「主、百物語をしよう」
三日月の脈絡のない提案に白兎は思わず胡乱な顔をした。
「まだ怪談をするような季節じゃないぞ。大体、百物語って、そんなに怪談のレパートリーがあるのかよ」
「うむ、百物語といっても略式だ。俺と主、国俊、宗三の四人で一人四つずつ、四巡でよい」
四人が四つずつ、16個だ。
「俺もやるのか?」
「数合わせだが強制参加だ。拒否権はない」
「えー…俺、話せるような怪談そんなに知らねーぜ?」
「…数合わせ、ですか」
「(こりゃ拒否できなさそうだな。まあ、いいか)じゃあ、ネットで適当に怖い話見繕っておこうか。俺も改めて言われると心もとないからカンペ作りたいし」
「おう」
「で、何時やるんだ?何かこっちで用意するものは?」
「今宵だ。必要な道具については、俺の方で探しておこう」
「わかった」
「何を話すかわかったら面白くないし、五個以上出力しておこうか」
「…色々あるんだな」
「ピンと来ない話をしても面白くないかもしれないし、何でもいいとはいかないがな。突然PCが勝手に再起動を始める恐怖とか、国俊たちにはピンと来ないだろうし」
俺はすごく怖い。
「それってどうなるんだ?」
「保存してなかったデータが消える」
「…?」
「途中で保存してなかった場合、そこまでの作業がなかったことになる。…そうだなあ。時間かけて作ってた報告書に墨を零して最初から書き直しになる感じ?」
「…それはすごく困るな」
国俊も神妙な顔をした。宗三が少し呆れたような顔をする。
「そのような間抜けをした経験があるのですか?」
「いや。書類の書き損じはしたことがあるが」
「大将、書類仕事してる間は俺らのこと相手してくれないだろ。その時間が長くなったら三日月とか絶対おっかないことになるぜ」
「…まあ、そうでしょうね」
「三日月は構ってちゃんなところがあるからなー」
「…あれを構ってちゃんで済ませられるのはあなたくらいのものですよ」
「そうか?」
白兎は少し不思議そうにして首を傾げた。
三日月が百物語の会場に選んだのは、基地内にある八畳程の和室だった。
「水盆は鬼門の反対…そちら側だな」
国俊が指示の通りに水盆を部屋の隅に置く。次に、燭台に立て火をつけた蝋燭をそれぞれで一つずつ部屋の四隅へ持っていく。部屋の中央には数を数えるための線香と線香立てが置かれている。三日月、宗三、国俊は戦装束。白兎も千早に身を包んでいる。
「さて、準備が整ったところで…とっぷばったあは主に務めてもらっても良いか?」
「わかった。…まあ、あまり怖い話ではないが、容赦してくれ」
白兎はそう前置きして話し始める。
「俺の地元で何百年だか前にあった、という民話だ。
…うちの地元は田舎の海と山に挟まれた土地でな。当時は幾つかの小さな村で構成されていた。住んでるのは皆農民か漁民。
その農民の男が、ある日、山に行ってそれまで気付かなかった穴を見つけたんだ。男はそれが気になって穴ン中に入った。そうしたら、それは昔の偉い人のお墓だったんだな。まあ、所謂古墳というやつだ。石棺があって、副葬品として盃やら皿やらが置いてあった。でだ、男はその盃やらを気に入って、幾つか自分の家に持ち帰っちまったんだ」
「そしたらその日の夜から、男は眠っている時に不気味な声を聞くようになった。"かえせー、かえせー"、ってな。そうやって魘されるもんだから、男はよぅ眠れなくてどんどん顔色が悪くなって、村の人間に何があったのか、と聞かれた。けど、何でもないって話しゃーせんかったんだ。
だが、毎日毎日うなされて、目に見えて大丈夫じゃない状態だったからな。村の人が長老に言ったんだ。長老に聞かれて、男は渋々、魘されてることを話した。長老は当然何を返せと言われてるのか心当たりがあるか、心当たりがあるならちゃんと返してきなさい、と言ったんだ」
「けど、男はそれを嫌がった。そんでついに床から起き上がれんようになっちまった。だもんで、村の人が代わりに盃を古墳まで返しに行った。行ったんだが、もう手遅れでな。男は死んじまった。そんで、そんな偉い人のお墓があることからその山を貴い山…とうてい山、古墳の方はとうてい山古墳、と呼ぶようになった、って話だ」
白兎は話し終わりを示すように線香に一本火を点け、線香立てに立てた。
「…相当馬鹿だな、そいつ」
「それは怪談ではなく民話だな」
「だって俺怖い話ってあんま好きじゃないもん。頭使うのはいいけど、びっくりするのは苦手なんだ」
「それより何より、話下手ですよね。全く怖くありませんでしたよ」
「うるせー。じゃあ、次は宗三の番な!」
「…いいですよ」
白兎、宗三、国俊、三日月の順で話して四巡目。
白兎の四つ目の話。
「転生って本当にあるんだってね。先輩の知り合いには子供の頃に死んでしまって、意地で同じ両親のもとに生まれたって人がいるそうだよ。その人はただ一言、"今度は落とさないでね"と言うためにそこに転生したんだって」
宗三の四つ目の話。
「その城にはあかずの間があって、何かが封じられていたそうです」
国俊の四つ目の話。
「男が夜道を歩いていると後ろからついてくる足音がする」
三日月の四つ目の話。
「羅城門には鬼が住むと昔から言う」
全員が話し終わり、三日月は一同の顔を見回す。
「…さて。これで皆話終わったわけだが…」
三日月は口角を吊り上げるようにして笑う。
「何やら、外から騒がしい声が聞こえておらぬか?」
「…ただ怪談話するだけじゃ終わらないとは思ってたよ」
始める前に禊をして着替えろなんて言われて何も起こらないと思う程白兎は鈍感ではない。
「ああ、やはり趣味の悪いことを考えていたんですね」
「退屈は好まんでな」
「祭りか?」
「…で、一体何をやらかしたんだ?」
「主はこのような言葉は聞いたことがないか?」
三日月は満足そうににっこりと笑う。
「"怖い話をしていると、怖いものが寄ってくる"」
「…大体わかった」
白兎は小さく溜息をついた。
「この結界を破れるものはそうおるまい。何しろ、主と俺が張っておるのだからな」
「国俊と宗三もな」
白兎は視線を戸に向ける。
「しかし、それは逆に言えば結界の外はやばい、ということなんじゃないのか」
「さてなぁ。仮にも術師を人員として置いているのだ、放っておいてもどうにかするのではないか?」
「…とても嫌な予感がするんだが。大体、此処の職員の全員が戦えるわけじゃないんだぞ。とりかえしのつかないことになる人が出たらどうするんだ」
「それは俺の関知することではないな」
「三日月」
咎めるように己の名を呼んだ白兎に、三日月はその頬を両手で包んで微笑んだ。
「何故俺が
「だからって他の奴らを積極的に危機に陥れてもいいって事にはならない」
「そなたは思わぬのか?あやつらは一体何にこんなにも時間をかけておるのか、と」
「・・・」
「何処に配属されたとして、何が変わるわけでもあるまい。俺が傍にいるのだからな。であるならば、奴らが何か余計なことを考えているのだということで間違いあるまい」
「…それは流石に発想の飛躍だと思うけど…君は心配性だなぁ」
白兎は三日月の頭を撫で、苦笑混じりの笑みを浮かべた。
「確かに、流石に配属先が決まるのが遅すぎると思うけど、だからって危ないことをするのは違うだろう?そりゃあ、僕もいっそ先輩の誘いに乗って陰陽寮の方に配置変えの希望出すべきかな、とか思ったりもしたけど」
「…大将の安全を考えると、このまま朝まで待つくらいの方がいいのか?」
「まあ、それが確実ではあると思いますよ。…主がそれを良しとするかはともかく」
宗三は白兎に目をやる。
「あの方はとても強いですし、アレもいますから、余程傷つけられることはないでしょうけど」
「大将、責任感強いもんな」
人柄としては、白兎は善人だ。ある意味、生き難いだろうと思う。
「自分に責任のないことまで責任を取ろうとしますからね」
「関係ないことなんて放っとけばいいのにな」
「そうですね」
「心配せずとも、そう大事ににはなるまいよ。あくまで俺たちの百物語は略式だったからな」
「そういう問題なのか…?」
「本式の五分の一もやっておらぬ、と考えればどうだ?」
「・・・」
考えるような沈黙の後、白兎は欠伸をして頭を振った。
「…駄目だ、眠い」
「いつもならば主はそろそろ眠っている時間だからなぁ。なに、俺たちは刀だ、一晩程度寝ずとも支障はない。起きていられぬのであればそなたは眠ってしまえ」
「これくらいの眠気、動きゃ覚める」
「なにもわざわざこの状況で自ら結界を出ることはあるまい。出ねばならん理由もないのだしな」
「…後味の悪いことになってたら恨むぜ、三日月」
そう言って、白兎は眠気に負けたのか、三日月の胸の中に倒れこんだ。
「…そなたが他者のことばかり気にするようになるのは嫌だなあ」
「大将、寝ちまったのか?」
「そのようだな。まあ、目覚めるまでは此処にこうしておるとしよう」
「いや、ちゃんと布団に寝かしてやった方がいいだろ」
「そうしようと思えば此処を出て寮に戻る必要があるだろう。それは流石に手間だ」
「抱えて移動しなければなりませんからね。妖が何のちょっかいもかけてこないということはないでしょうし」
民話はうろ覚えで書いたので間違ってるかもしれない