「この本丸の元々の審神者は私のお兄ちゃんなんだから、私が引き継ぐのが当然だと思わないかしら」
「…彼らがそれで納得するならそれでいいんじゃないか」
「だったら、私が正式に審神者になったらあなたはこの本丸を出て行くのね?」
「そうなるな。まあ、江雪、骨喰、小夜、前田、鳴狐、厚は僕の刀だから連れて行くけどな」
「はァ?その子たちもこの本丸の刀剣でしょう。置いていきなさいよ」
「江雪は俺の初期刀。残りの五口は俺が戦場で拾って顕現させた刀だ。前任とは縁もゆかりもないし、俺が審神者を辞めるわけではない以上、置いていく理由はない」
「欲張りね」
「それはそっちだろう。人のものを欲しがる奴を強欲と言わずして何を強欲と言うんだ?」
「「・・・」」
大広間に全ての刀剣と二人の審神者が揃った。
「まあ、そういうわけだ。君たちの意見を聞きたい」
「私は、主の刀ですが」
「俺も、正真正銘大将の守刀だからな」
江雪と厚は迷わず己が小鳥の刀であると言い切った。
「…僕も、主を変えたいとは思わないかな」
「それは僕もです」
「鳴狐の主は小鳥殿ただ一人なのですから、そちらの方のものになる理由はないのですよぅ」
「うん。僕の主は、この人だから」
「兄弟と別れることになるのは残念だが、主を裏切ってまで残ろうとは思わない」
小夜、前田、鳴狐、骨喰もそれに続く。獅子王が面白くなさそうな顔をして言う。
「えー、俺小鳥の方がいいなー。それ絶対見習いと代わらなきゃなんねーの?」
「…私はそれより、ぬしさまが戻っていらした時にそこの小娘がどうするのかが気になるのじゃが。小鳥は、そうやって移るのじゃろうが」
見習いは一瞬、こいつ何言ってるんだ、という顔をしたが、すぐ人懐こい笑みを浮かべて言う。
「勿論、お兄ちゃんが望めば返しますけど」
「…ふむ」
「なぁ、小鳥さん、見習いさん、ちょっくら俺っちと握手しちゃくれないか?あ、小鳥さんは素手でな?」
「いいですよ」
「…(はあ)」
二人と握手をした後、薬研はひょい、と小鳥の傍に座る。
「俺っちは小鳥さんのままがいいな。見習いさんの霊力は、そりゃあ
短刀の中でリーダー格とも言える薬研のセリフに、短刀たちは顔を見合わせて内緒話をし始める。
「…つぅか、そもそも積極的に主を変えたがってるやつなんていねーだろ。獅子王は例外だが」
「…どうでもいい」
「どっちにしても外見は主さんに似てないしねー」
「ふん。仮の主など誰でも同じだろう。主ではないことに変わりはない」
「・・・」
見習いは信じられない、みたいな顔をする。それを見て小鳥は他の刀剣には聞こえないよう(といってもすぐ隣にいる江雪には聞こえるだろうが)抑えた声で見習いに言う。
「これが、主を待つ刀の仮の主になるということだ。君がどう考えているのであれ、彼らにとっての主は前任…君の言うお兄ちゃんとやらのことだ。それが変わらない限り、あいつらはお前を主とは呼ばないぞ」
江雪は、その言葉に物言いたげな視線を小鳥に向ける。
「珍しい刀が欲しいとか、最初から高練度の刀がいいとか、そういう理由で言い出したんだとしたら、やめた方がいいぞ。確実に、自分で喚んだ刀と一緒に強くなる方が面倒もないし妙な対立も起こらない。あちらにもちゃんと自分の意志があるからな」
「…あたしの方が、あいつより優秀なのに」
「・・・」
小鳥は被り物の下で目を細めた後、黙って肩をすくめた。
「あいつは、あたしが欲しいって言ったら何でもくれたわ。どんなに大切なものでも、誰にもらったものでも」
「そんなもの、俺には関係ないし、あいつらも納得しないと思うが。大体、刀剣男士は物じゃない」
「刀なんだから、物でしょう?」
「人の都合に唯々諾々従うだけの
「あいつが今更審神者に復帰するなんてありえない。ほとんど死にかけで目覚める見込みもないのに審神者なんてできるわけない」
「んなこと言われても俺は前任がどんな経緯で今何処に居るのか知らないから何とも言えないんだが」
「…あんた、今何て言った?」
薬研の瞳孔がかっ開いている。
「大将が戻ってこられない?そんなわけないだろ。大将はこの本丸の主なんだ、此処以外に大将の戻るところなんてないんだから戻ってこないわけがないだろ」
見習いに掴みかかろうとする薬研を見て、小鳥は危険を察知して一歩引いた。江雪が小鳥を守るように己の鎧袈裟の中に招き寄せる。
薬研のただならない様子に、他の刀剣たちも異変に気付く。
「俺たちの大将は、青葉の旦那ただ一人だ!」
「…薬研」
たしなめるように、小狐丸が呼びかける。そして、目を細めた。
「それは流石に、仮初とはいえ主と認めた小鳥に失礼ではないか?」
「・・・」
薬研は乱暴な仕草でその場にあぐらをかいて座り込んだ。その視線は射殺しそうな鋭さをもって見習いに向けられている。
「…どうしたの、薬研。そんな怖い顔して。五虎退が泣いちゃうよ」
乱が問いかけるも、薬研は頑として口を割らない。くすり、と宗三が笑う。
「薬研はその女が主がほぼ死に体で審神者に復帰する可能性などないと言ったので激昂したんですよ」
「宗三!」
「え…」
薬研に睨まれても、宗三は笑みを崩さない。その場の空気がぐっと悪くなる。江雪も難しい顔をしている。
「小娘、貴様…」
「こぎつねまる」
幼い声が、無邪気さと冷ややかさを備えて言う。
「そのおんなはいりません。あるじさまをとりあげようとするにんげんなんていりません。それに、やっぱり、あるじさまのおよめさんはことりがいいです」
「(そもそも現代は兄妹の結婚はできないんだが)」
「やや、皆此処に集まっておったのか」
緊張感のない声が場に差し込まれる。
「…三日月?」
「主が死んだ」
「…なにをいってるんです?みかづき」
「冗談にしても言っていいことと悪いことってのがあるんだぜ、三日月の旦那」
「俺が冗談や軽口でこのようなことを言うと思うのか?」
「「「・・・」」」
あたりに沈黙が満ちる。三日月は静かに、江雪(+小鳥)と見習いの前まで歩いてくる。
「結局、この日まで会えずじまいとは、巡り合わせというのは難しいものだな」
「…主に何か用ですか」
「ははは、そう固くなるな。ただ、返さねばならんものがあるだけだ」
「…返さねばならんもの?」
三日月は頷いて衣の胸元から眼鏡を取り出す。それは、何処にあるのかわからなくなっていた小鳥の眼鏡だった。
「…それは」
「媒介とするのに良いかと、思ったのだがな」
三日月から眼鏡を受け取り、小鳥は被り物の下でしょっぱい顔をした。
「三日月、お前…今まで何をしておったのじゃ?」
「なに、ずっと主の傍についていただけだ。主は一人寝ができぬでな。…真名も魂も取り逃すことになったが」
「…!みかづき、ずるいです!」
「妻を守るのは夫の役目だろう?」
「誰が夫じゃ」
「ところで…そなたは俺たちとの正式な再契約を望むか?」
「どちらでも良い。無理に従える気はないし、俺が引き続き此処の本丸の審神者を続けるのであれ、他所へ移るのであれ、縁があればそいつと契約することになるだけだろうからな」
「うむ…?主がもう戻らぬ以上、仮の主を務めていたそなたが正式な主となるのが筋であろう」
「見習い殿が言うには、前任の妹である彼女が引き継ぐのが当然だということだったが」
三日月は、にこりと笑った。
「主に妹がいるとは初耳だ。どうでもいいな」
「ぼくはこのおんなをあるじにするのはいやです」
見習いを指差す今剣の指を、小鳥がそっと折る。
「俺は刀解を望みます。主以外の人間の元で長らえるつもりはありませんので」
「えっ」
「そうかわかった。他に刀解を望むものは?」
「…止めないの、小鳥さん」
「止めて欲しいのか?」
「・・・」
「ふ、普通止めるでしょ?!そんな、必然性もないのに刀解なんて」
「審神者の座学の講義で習った覚えはないのか?審神者を失った刀剣は他の審神者の元へ行くか、刀解するかを本人の意思で選んでもらう。…まあ、これは一応審神者が自然死する場合を前提にした話なんだが」
小鳥は平然と言う。
「主を喪った時に刀解を選ぶのも彼らの持つ権利だ」
そもそも、それだけ主にこだわっている刀を他の主の元で運用するのは難しいということでもあるのだが。
「感謝します、小鳥殿」
「自殺幇助で感謝されてもな」
「正直なところ、他の本丸へ移る方が主にとっては良いのではないかという気もしますが、他の審神者の運営していた本丸を引き継ぐことになるのであれば、同じことでしょうね」
「前の審神者と何らかの形で比べられるのは避けられないことだろうしな…まあ、主のことを大事に思うってのはわかるんだけどさ。俺も大将のことを大事に思ってるし」
「…主は、不器用なところはありますが、悪い方ではありませんしね」
「そんなの、俺もわかってるっての。江雪の旦那みたいに大将の手で振るわれはしなかったけどずっと大将の傍にいたんだからな」
「そう…ですね」
江雪は頭痛がしているような顔をする。小鳥は厚を顕現させる前、隠し持っていたと言っていい状態で常に持ち歩いていた。