小鳥はあまり積極的に自室を出てこない。かといって何をするでもなく、濡れ縁に座って中庭を眺めていることも多い。
軍からの書類仕事などがあればそれをしていただろうが、現在も本丸は現世と切り離されたままであり、連絡は当然のように断たれている。
「よっ」
「、」
突然目の前に現れた顔に、小鳥の瞳孔は開くが、それ以外の大きな反応はない。
「驚いたか?」
「…驚いた」
「そうか?その割に反応が薄かった気がするんだが」
「おかげで、それまで何を考えていたのかさっぱりわからなくなった」
忘れてしまった、と小鳥は呟く。そして、ええと、と首を傾げた。
「つるまは俺に何か用か?」
「鶴丸だ。…いや、主はどうしているかと思ってね。君もぼうっとしているだけではつまらないだろう。躯の方は無事でも、心の方から死んでしまいかねない」
「己の役目さえ覚束無い俺が死んだところで、それがどうした、という話の気もするが」
「んなこと言うなって」
小鳥は、物忘れが激しい。彼らの名さえ覚えきれていない。それどころか、己が何故、何のためにこの場にいるのかも忘れてしまっている。己に果たすべき役目があることだけはわかっているが。
「俺たちは君が主で良いと思っているんだぜ?」
「この役立たずでいいとは、酔狂にも程がある」
自嘲のように小鳥は哂う。
実際小鳥は本丸にやってきてから、軍の決めた"審神者の役目"をほぼこなしていない。鍛刀は勿論、手入れも必要がない。出陣や遠征の指示も出したことがない。ただ、刀剣たちの存在を維持するために霊力を供給しているだけ、といっても差し支えない状態である。それでも、刀剣たちが勝手に動いて本丸は成り立っている。
それを、刀剣たちは悪く思っていない。別に、彼女に"審神者の役目"を果たさせたければそのように動いている。そうしないのはそうする必要がないと思っているからだ。小鳥はただ、健やかにそこに在ればよい、と。
「気軽に触れ合えるところにこんな美人がいて、必要としてもらえるってのは存外いい気分だぜ?」
「…理解できんな。そもそも、美人というのは君らの方だろう」
「いや、主は十分美人だろ」
それこそ、散る花の風情というか、儚くか弱そうな佳人である。実際、か弱いし病弱だ。前の主が若くして病死した清光と安定などは小鳥の体調にいつも目を光らせている。
「…趣味の悪いことだ」
「主の手で振るわれる、肩を並べて戦う、どちらも良い。だが、やはり己で刀を持って守るのであれば可憐な女子を守るというのが浪漫というものだろう」
「…ひ弱なのは否定しないが、可憐…?」
小鳥は渋い顔をする。
「主は、同じことの繰り返しは退屈ではないのか。日々変わり映えがしない、同じことを繰り返しているというのは」
「…そう言われても、俺は数分前に何をしていたかさえ、覚えていないことがあるからな…ある程度、あらかじめ決めておかないと忘れてしまう。メモをしようにも、筆を取った時点で何を書こうとしたのか忘れるのでは意味がない」
小鳥はぼうっと、桜を見上げた。
「日々をルーチンに貶めて、それで漸く俺は間違わないでいられる。すべきことを忘れずにいられる。…だが逆に、常と違う、手順が崩れるとダメになってしまってな…融通が利かない己ながらに呆れかえる」
「…つまり、退屈とは思ってないのか」
「寧ろ、何とも思っていないな。俺は既にお前の言う"心が死んでいる"状態なのかもしれん」
「あるじさま、いっしょにおやつをたべましょう!」
集まってきた短刀たちに小鳥は微笑を返す。
「ん、ああ…今日は何だ?」
「僕たちでお団子を買ってきたんだ。主様は何味がいい?みたらし?あんこ?よもぎ?きなこ?」
「うーん…その中だったらみたらしかな」
乱が見せた包を見ながら小鳥は指をさす。そして、おやつの前にちゃんと手を洗わないと、と呟いた。
「主様、僕、今日の出陣で誉を取ることができたんです。あの、褒めてください!」
「ああ、えらいな」
よしよし、と小鳥は五虎退の頭を撫でる。五虎退はうっとりと目を閉じた。
「あ、ずるい!僕だって誉を取れましたよ!」
「ん、そうか。すごいな」
小鳥はそう言って秋田の頭も撫でる。淡々とした対応だが、小鳥が元々あまり感情を表に出さない人間なのは知っているため、短刀たちは気にしない。その手が優しいのだから、それで十分だ。
「それに、蜻蛉切さんも誉を取ってました」
「そうか…」
小鳥は蜻蛉切を見上げ、少し困った顔をする。
「"褒め"たいが、
短刀たちは頭を撫でられるのが好きだ、と小鳥は学んでいる。
「…同じで構いませんよ、主。あなたが褒めてくださるのなら、それで」
「そうか…よくやった」
小鳥が頭が撫でられるように蜻蛉切が屈んで、その頭に手が届いた。