「主君の一番の守刀である僕のことを忘れないで頂きたいですね」
「おいおい、俺のことを忘れてもらっちゃ困るな。主の手が空いたらまたセッションをやるって約束だっただろう」
立ち上がって主に歩み寄った六口に、彼女は被り物の下で小さく微笑した。
「…ありがとう」
その弱々しい響きに、それを聞いた最古参の、彼女が審神者となった最初の日から彼女と共にある刀たちは胸騒ぎを覚える。
「皆に、最後に一つだけ、尋きたいことがあるんだ」
世間話のような気軽さで、彼女は立ち上がらなかった刀剣に問う。
「
空気が凍る。誰も、その問いに答えられない。沈黙の中で、見習いが嘲るような笑みを浮かべた。
「…そうか。良い主であれなくてすまなかったな。これ以降の息災を祈る。…ばいばい」
そう言って、手を振って、彼女はすっとその場を後にした。一番にフリーズから立ち直った今剣が慌てて追いかける。立っていた五口も厳しい表情でそれを追いかける。残った刀たちは僅かに青い顔をして顔を見合わせたり、小声で何事か言い争ったりしている。
「あるじさま!」
「…今君。ごめんね、駄目な主で。…はは」
「あるじさま、けつろんをだすのはまだはやいです。とりあえず、あたらしいほんまるにおひっこししましょう」
「新しい本丸、か」
「主、大丈夫だ。大丈夫だから、そんな顔をするな」
「主君、少し休憩して落ち着きましょう。主君は何も心配しなくて大丈夫ですから」
「主、君は僕たちの良い主だよ。大丈夫、皆わかっているよ」
歌仙は彼女の小さな躯を抱え上げ、移動のためのゲートへ向かう。
「…全く、こんな悪趣味なことを最初に考えたのは誰だい、後でお説教だよ」
「…誰も主に対するフォローをしてなかったのか?荒れるぞ、ありゃあ」
「…原型を止めなくなるかもしれないな」
「…俺も残(って制裁に加わ)るべきだったか」
「不穏なこと言わないでください長谷部さん」
新しい本丸の広間。鶴丸が少し困った顔をして言う。
「主、その…な、今回、今此処に来てない奴らの選択はだな、君が思ってるものと違うんだ」
「…違う、とは?」
「君より見習いの方が主として優れていると思ってあそこに残ったものはいない。君との契約を絶とうと思ったものはいない」
「…じゃあ、何だ?」
「今回のようなことが再び行われては困るだろう?その為に手を打ちたかったのさ。俺たちの主は君だけだ。それを他の人間たちにも知らしめなきゃならない、ってね」
「…本当に?俺は、ちゃんと主をできていなかったわけじゃ、ない?」
「当然俺たちにとってはあなたが最高の主ですよ、主」
「君以外に僕たちの主を務められるものがいるわけがないだろう。君が僕たちを愛していること、僕たちが万全の力を発揮し、無事本丸にそろって戻ってこられるように思考を巡らせていること、それらをわかっていないものはいないよ」
「うたがうのなら、ぼくらのさくらをみてください。これがぼくらのあるじさまへのしんらいのあかしです」
「強いて言えば、一つだけ見習いが優っているところがあったな」
「おい、鶴丸」
「顔を見せて笑いかけられるところだな。主がそうして甘えてくれたら他に言うところはない」
「・・・」
「それしか見習いが主より優れているところはない」
「…それは、流石に過大評価だろう」
彼女は、小さく苦笑した。
「…あああ、主絶対勘違いしてる…後で沢山謝らないと…」
「僕もあっち側に立候補しとくべきだったかなぁ。でも、この手でやっときたかったんだよなー」
「やっぱり、悪趣味だったよね。せめてもう少しネタばらしを早くするべきだったんじゃないかな」
「じゃが、あの小娘、主のことを目の敵にしとるようやったき、とことん後悔させてやらんと、またちょっかいかけてくる可能性があるからにゃあ」
「あいつだけは絶対許さねぇ。あいつ、主が俺に作ってくれたストラップをちゃちで貧相で似合わねえなんて言いやがったんだ。ぜってー、ただじゃ済まさねぇ」
「…お前、それでそんな腹立ててたのか」
ひそひそ、ひそひそ。刀剣たちは言葉を交わしあう。
ゲートが作動し、主の気配が本丸から消えた瞬間、刀剣たちはゆらりと立ち上がる。刀剣たちは沈黙し、視線を一点に向ける。視線を向けられた見習いは状況がわかっていないのか、のんきに微笑みを浮かべた。
「…さて。主が席を外したところで、宴を始めるとしようか」
三日月が己の本体の鞘を払う。そして、懐から回復の呪符を何枚も取り出し、散らばせた。
「今剣たちがよしなにしてくれておるとは思うが…あまり時間をかけすぎぬ方が良さそうじゃの。はようぬしさまを追いかけて安心させてさしあげねば」
「…一人くらいは冷静に歯止めをかけられるものがいなければ拙いと残りましたが…間違いだったかもしれません」
刀剣男士とは、刀だ。で、ある以上、主の"敵"を屠ることに否やはない。それが、積極的に主に対して敵意や害意を持っているようであれば、どんな相手であろうと躊躇う理由はない。
幸か不幸か、彼女の刀剣たちは特にその傾向が強かった。敵と味方の区別が明確であり、敵には容赦せず、味方には尽くし、どちらでもないものに対しては無関心。その表出の仕方は個性の現れる余地が有るが、その根底は同じ。
「俺たちから主を奪おうってやつを許すわけにはいかないよね」
「僕たちのことも、主さんのことも、侮ってもらっちゃあ困るんだよね。首落ちて死ね」
「大和守の旦那、そう簡単に殺してもらっちゃ困るぜ。そいつには、主にかけた心労分も償ってもらわなきゃ困るんだしな」
「主が己をいじめた、だなんて嘘をついてまで僕らの気を引こうとしてくれたしね。…主が敵でもない相手に自分から手を出すわけはないだろう?あの人、底抜けにお人好しで優しい人なんだから」
「そうそう。主さんは寧ろあんたを避けてたじゃん。だから、主さんが顔合わせなくていいように俺たちで相手してあげてたんだよ?」
「何を勘違いしてたんだか知らねぇが、俺たちの基準はあいつだ。てめーがどんな顔でどんな霊力でどんな思想の人間だろうが、あいつじゃねぇ時点で問題外ってやつだぜ?」
「兼さん、主さんの前じゃないからってよく堂々とそんな惚気られるね…」
「そもそも問題外ってのもそうだが、主より上手く俺たちのこと使ってくれるとも思えないしなぁ。研修に来たってわりに、ずっと遊んでただろ?」
「働かざる者食うべからず、って言葉を知らないんですか?」
「大将を見習う気がないやつが何のために来たんだ、って話だよな」
「真面目に学んで去るのであれば、このような手間をかける必要もなかったのだがなぁ」
見習いの躯が切り刻まれる。しかし、呪符によって即座に癒され、その死を許さない。
「あれ、蜻蛉切さん、歯止め要員かと自分は思ってたんですけど、ちゃいますのん?」
「…未熟者でお恥ずかしい限りですが、主に頂いたものを"うっかり"壊されても腹を立てずにいられる程、自分は人ができていませんし、見習い殿に立てる義理もありませんので」
「…ああ、そらあかんわなぁ…主さんが自分ら一人一人に何がええか考えて、心こめて作らはったもんを壊された、ちゅうことでっしゃろ?そらあきまへんわ。寧ろ、此処まで耐えてたってのがすごいことですわ」
「ストラップ、見ないと思ったら、壊されちゃったの?…後で主様に直してもらおうよ。主様なら、きっと蜻蛉切さんのこと
「もし直せなかったとしても、主様ならば新しく作ってくださいますよ」
乱と平野が蜻蛉切を元気づけるようにそんなことを言う。蜻蛉切は返り血で頬を汚しながら微笑した。
「それにしても皆、血気盛んだよねぇ。まあ、この場に残った僕の言えることじゃないかもしれないけど」
「何言ってるんです、青江さん。俺たちは刀なんですから、人の血を求めるのは寧ろ当然でしょう?」
最後の呪符を使い終わったところで刀剣たちは見習いを切り刻むのをやめた。その躯に傷は残っていないが、精神は無事と言えない状態になっていた。
「こんのすけ、後始末は頼んだ。俺たちは禊をして主を追わねばならぬのでな」
「主さまの元で働き続けたいのは
「うむ、頼んだ」
「禊、しないと駄目なんですか?」
「見習い殿の
「う、はい。主様に嫌な思いをさせたら駄目ですもんね」
「主ー、加州清光、ただいま戻りました!ちゃんと説明してなくてごめんなさい、大好きだよ、主!」
「ぬしさま、野暮用を終えてまいりました。褒めてくださいませ」
「主さん、不安にさせてごめんね。主さんは俺たちの良い主だよ」
刀剣たちは順番に主を抱きしめて謝罪や好意を伝える。普段ならオープンにそんなことをしないものまでそうだったので、彼女は目を白黒させた。
「え、あ、えっと、ありがとう?」
「っていうかさあ、主様、もうちょっと僕らのこと信頼してよー」
「んー…僕、君らを信じてないというよりかは、僕のことを信じてないんだよね」
彼女は苦笑した。
「俺はいつも、間違えてばかりだから」
「主が"取り返しのつかない間違い"をしたことなんてこれまでにあったか?」
「現世での話だろう。つまり、どうでもいいことだな」
「間違いから学ぶことが出来るのが人間だろう?間違えたことをそのままにしていないなら、問題ないはずだよ」