*恋情の類はまったくない 依存傾倒コンボ決めてるけど
ただし長谷部は二口目がいる
彼女は、静かに装甲を解除した。
「前田君、さいごに一つ、手を貸してくれるかな」
「…何でしょうか」
彼女は前田の本体を手に取る。
そして、「…ごめんね」短刀で己の首を掻き切った。
よく手入れされた白い刃は、鮮やかな血を飛び散らせる。
「…え」
「主!」
刀剣たちに動揺が走る。長谷部が彼女に駆け寄った。
「主、しっかりしてください、主」
彼女にはまだ息があった。もっとも、喉を掻き切ったために話す事はできなくなっていたが。
彼女は目を細め、短刀を放した手で長谷部の頬を撫でる。
「あなたは、俺を他の人間に渡したりしないし、死出の旅の供をすることを約束してくださったではありませんか」
『…そうだったね』
彼女は薄く笑みを浮かべ、両手を出す。
『長谷部さん』
それが本体を渡せという意味だと長谷部にはわかった。彼女は此処で死ぬつもりで、約束通り彼を折ろうとしているのだと。
「…あなたは、もう生きるつもりがないのですね」
『だって、歌仙さんが見限ったということは、俺にはもうその価値がないということだろう。だったら、これ以上生き恥をさらすのはやめにするよ』
「…あなたの刀は、歌仙のみではないのですよ」
『俺を審神者にしたのは歌仙さんだ。なら、俺を審神者でなくするのも歌仙さんで間違っていないだろう』
大人しく刀を渡せ、という手振りをする。彼女の命をこの場に留めているのは、その膨大な霊力と長谷部と交わした約束だ。その傷が致命傷に至っていない訳ではない。
「…ぁ、主君、いやです。そんな…」
ようやく認識が現実に追いついた前田が彼女に縋りつく。彼女はそっとその頭を撫でた。
『…ごめんね、前田君。こんなことに使ってしまって。でも、自害するなら守刀を使うべきだと思って』
彼女は無邪気にそんな事を言う。
『今までありがとう、前田君。…非は僕にある。恨んでくれても構わないが、己を責めたりはしないでくれ』
「そんなっ…主君、僕は」
「…主」
『長谷部さん、あまり時間をかけては興ざめだし、潔くないだろう?約束を果たせというなら、早く渡してくれ』
「…俺は、ずっとあなたのお傍に」
彼女は長谷部の本体を受け取ると、にこりと笑った。そして、手に霊力を込める。刀の刃の中ほどにぴしりと罅が入る。
『おやすみなさい』
澄んだ音を立てて刃が折れる。それと同時に、彼女の躯からすっと力が抜ける。
「…おやすみなさい、主。あなたの眠りは、俺がお守りします」
長谷部の顕現が解け、折れた依代刀だけが残る。
「主君、長谷部さんっ…」
「…これは、一体どういうことだ?何故主が死んでいる?何故主が死ぬ必要があった?」
彼女は答えない。どうしようもなく、死んでしまっている。
「…うそ、だよね。主が死ぬなんて、だって、主が死ぬ理由なんてないはずだろう?主を害す者は全て、僕たちが退けるんだから」
「…主が、死んだ?何故だ。俺たちは生きているのに、何故主が死ぬんだ。おかしいだろう。主が死ぬ理由なんてないはずだろう」
誰が何を言おうと、何を否定しようと、彼女は死んでいる。どうしようもない現実として、彼女は既に死んでしまっていた。それを認識した刀剣たちに異変が起こる。
「…いやだ。やだよ主、おいていかないで」
「おかしいだろう。何故主が死ななくてはいけないんだ」
「…現世が疎ましければ、言えば俺が隠してやったというのに」
「主が死んだ?そんなはずないだろう。主は老いて死ぬまでずっと俺たちと共に在るはずだ」
「死ぬ前に俺たちに一言あってしかるべきだろう、大将。そうしたら止めることだって」
「主さんが死ぬなんておかしいよ。…歴史修正主義者が何かしたの?」
一振り、また一振りと刀剣たちは堕ちていく。過去の改変を強く望み、穢れていく。瘴気が発生する。
一振り、堕ちていなかった前田が叫ぶ。
「待ってください、皆さん、主君はこのようなことは望んでいません!」
「だが、死ぬことを望んでいたわけでもないはずだろう?大将が死のうと思う理由なんてないはずなんだから」
「それは…」
前田は首を振る。
「主君が何故自害を選んだのかは、僕にもわかりません、でも」
「…主が、自害?何故だ、どんなはずは…」
「何で、なんでこうなるのよ。後少しで全部手に入るはずだったのに」
「それだけ主さまが刀剣から慕われていたということです。…本丸を一つ駄目にして、優秀な審神者を一人殺してしまったこと、報告させていただきます」
「なっ…私は、悪くない!」
「お黙りなさい。主さまが死んだ時点であなたの非は明白です。敵が入り込んだわけではないのですから」