配属されてある程度の時間が経っている
「ちゃんと見てください、これがこの人の正体です」
見習いの放った呪術の陣が小鳥を包み込み、小鳥は痛みに耐えるように胸を押さえる。
「主!」
「っ…」
その姿が、不自然に変化する。早送りするかのように、その躯が成長し手足も髪も伸びる。幼い子供から年頃の女性にまで一気に変化したことにより、衣が大変なことになっている。
変化が止まったところで、小鳥は息を整え、深く溜息をついた。
「殺す気ですか?…いや、僕じゃなかったら発狂してもおかしくありませんよ。非常識な方ですね」
「だって、嘘をついて騙すのは良くないことでしょう?」
「…いけしゃあしゃあと」
「…これは、一体、どういうことだい?」
「見たままですよ。これがこの人の本当の姿、年齢です」
見習いの言葉に小鳥は肩をすくめる。
「僕が積極的に年齢詐称してたみたいな言い方はやめてくれませんかね。自己データの書き換えはそれなりにリスクのあることだし、やれって言われたからやっただけだぜ、俺は」
「…ってことは、そっちが本当だってのは否定しないんだな」
「君たちが思うより年嵩だと、伝えたはずですが」
「ああ、確かに言ってたな。それにまあ、本当の年齢を言わなかった理由も概ね理解できるが…驚いたぜ」
「国永さん、怒らないんですか?この人、嘘ついてたんですよ?」
「姿が偽りだったくらい、瑣末なことだろう。小鳥は己の命をかけて俺たちを救ってくれた、そこに嘘はない。…寧ろ、正しい選択だったと思うぜ。…さっきまでの姿に戻ったほうがいいんじゃないか?主」
「ゲートを介して切り替えるならともかく、そのままで変えるのは苦痛を伴うとわかったからなぁ」
「そうか…」
「何で瑣末だって言えるんですか。これは酷い裏切りでしょう?」
「じゃあ聞くが」
鶴丸は見習いに鋭い視線を向ける。
「君は、契約を交わしていない、己に従ってくれるとも限らない刀剣に己の命を差し出せるのか。己の命と引き換えに怒りを鎮めて次のものには優しくしてやってくれと潔くその身を捧げられるのか。30を超える刀剣の傷を引き受けて自分は人間だから大丈夫、と微笑むことができるのか」
「っ…」
「ははは、鶴丸さん、そんな言い募る程大したことじゃないでしょう。僕は僕の役目を全うするよう務めただけです」
小鳥は微笑む。偽りなくそう思ってそう言っているようだった。
「――鶴丸、ぬしさまの姿が見当たらぬのじゃが、心当たりは…」
「まずっ…」
「どうした?何かあったか」
鶴丸は咄嗟に小鳥を抱き寄せる。部屋の中を覗き込んだ三日月が小狐丸の後ろで目を細める。
「…これはどういうことだ?鶴丸」
「…ええとだな」
鶴丸は目を泳がせる。
「私が小鳥さんの嘘を暴いたんです。この人、私より年上なんですよ」
「ちょっ」
「…ほう」
「…ということは、やはり、鶴丸が抱え込んでいるのはぬしさまですか」
硬直の解けた小狐丸が鶴丸に歩み寄る。
「裳着を済ませている年なら問題ありませんね。ぬしさま、私とまぐわいましょう」
「真昼間から何を言ってるんだ君は」
「まぐわ…?」
「いや、小狐より先に俺とだろう?」
「この色ボケ爺ども…」
「え、ちょっ、なんですかその反応?!」
「五年程待たねばならんかと思ったが、待たずとも良いことになった、ということだろう?」
「…何故僕が合意する前提なんです」
「雛鳥はそれが必要なことであるなら拒まぬだろう」
「…本当に必要なことなら」
「いや、早まるな。少なくとも必要不可欠、絶対やらなきゃならないってことはないからな」
「ところで鶴、何故小鳥を抱きしめておるのだ」
「………冷静に考えてくれ。躯の大きさが変化して衣はそのままだった場合、どうなる?」
「…おお」
「食べてしまいたくなる状態というやつじゃな」
「え、俺喰われるの」
「君のそれは本気なのか茶化してるのかどっちだ」
「?」
曇りのない目に見上げられ、鶴丸は気まずそうな顔で視線を逸らした。
「純粋培養ってやつか…何で此処に来るまで無事だったんだ…」
「何で、その人は皆を騙していたのに…」
「騙す?10年程度、俺たちから見れば誤差のようなものだ。躯ができておらねば、負担が大きくて手は出せなんだがな」
「姿は偽れても、心根までは偽れるものではないのじゃから、瑣末なことじゃ。私が好いたのはぬしさまの姿ではなく魂じゃしな」
「そもそも俺は雛鳥が見た目通りの年ではないことは気付いておったぞ」
「…マジか」
「明らかに見目と中身の釣り合いが取れておらなんだろう」
「あー…」
「多少躯に引きずられることがないわけじゃないが、子供の姿になったからって精神まで子供になるわけじゃないですからね」
そういった後、思い出した、というように小鳥は付け加える。
「年齢はともかく…これが本当の姿と言われると若干語弊があるかな。私があの姿になるにあたって、単純に年齢データを書き換えたわけじゃなくて、体格と体質とかも若干いじったからね。元々あまり肉付きは良くなかったかもしれないけど、流石に此処まで肉付きが悪くはない」
「具体的に言うと体重が20kgぐらい足りてない」
「…軽すぎると思ったよ」
「…見習いは具体的にぬしさまに何をしたのですか」
「それをわかるように説明しようとすると、まず僕がどうやって子供の姿になってたかから説明しないといけなくなって面倒なので説明したくないです」
「そういえばさっき君じゃなきゃ発狂してたとかなんとか言ってなかったか。大丈夫なのか?」
「その辺はそもそもデータ書き換えそのものに対するSANチェックみたいなものなんで僕の場合はそこまででもないですね。わかりやすく例えるならアレですね。鶴丸さんが自分が太刀だという自己認識を保持したまま躯だけ短刀になったり薙刀になったりするようなものです。元々本丸の存在する狭間の領域というものは存在が不安定になる場所で自己認識がちゃんと出来ていない場合存在が希薄になって最悪消滅する危険性さえあるそうですからね。データ書き換えで姿を変化させるなんて芸当は狭間だからこそできる外法ですけど、まあ一般的な人間は精神と肉体の齟齬で気が狂うらしいです」
「…何でもないことのように言ってるが、君それ相当危険な行為だったってことだよな?」
「まあ正直、痛いし苦しいし死ぬかと思いましたけど、データ調整しなおすの面倒くさいなー、ってだけで割と平気ですよ」
流石に幼児化していた時と体重が変わっていないわけではないが、適正体重になっているわけではないため、小鳥の躯は不健康に細く、薄くなっている。骨ばっていると言ってもいい。
「…俺の羽織を貸すから、元に戻そう。確か、ゲートを介せばいいんだよな?」
「年齢はそのままで体重だけ適正に戻せば良いのではないのか?」
「なんか身の危険を感じるので嫌です」
「…そもそも、何故そんな極端なことになったんだ」
「年齢と身長は関連して定義付けされてましたけど、年齢と体重は関連付けされてなかったからですね。どちらかといえば体重は身長と関連して定義付けされてましたけど、BMIを維持したまま変化させる、というオプションが動作してなかったので、最低限身長の変化による骨格の変化と内蔵の変化に伴う分しか体重が増加してないみたいです」
その結果が筋肉も脂肪も死なない程度にしかない躯である。
「びーえむあい?」
「身長と体重の割合です」
「…で、その明らかに不健康な体型か」
「そうなりますね」
ゲートを作動させ、現世に繋げる。
「じゃあちょっと行ってきますね」
「…俺もついていこう」
「多分五分もかかりませんけど」
「すぐ終わるなら傍にいたっていいだろう」
「…えっち」
「えっ」
ゲートを一歩くぐれば、小鳥の躯は本来のものに戻る。儚げな容貌と長い髪はそのままに、いくらか肉付きがよくなる。それでも折れそうな四肢とスレンダーな体型は変わらないのだが。
「…昨夜の計測データを突っ込んでおけばいいか」
元々、最初に変化させた時も適当に小学生の頃のデータを引っ張り出して突っ込んだだけである。後、ヘルスデータも健康に替えた。もし体調を崩すようなことになった時に病院にすぐ向かうことができるとは思えなかったからだ。ただ、人の躯とは微妙なバランスの上に成り立っているのでヘルスデータをいじるのはそう簡単にちょいちょい、とできることではないのだが。
「…身体データはともかく、ヘルスデータは最新でも二週間前だな。…まあいいか」
今の状況であれば、多少の不調が発生してもどうにかなる、と小鳥は判断した。
「ただいま戻りました」
「すっかり元通りだな」
小鳥は鶴丸に羽織を返す。
「…ところで、三日月さんたちは…」
「…見習いをお説教中、だ」
「お説教、ですか」
「特にいわれのある八つ当たりとも言う」
いわれはあるのに八つ当たりなのか、と小鳥は首を傾げる。
「しかし、前から思ってはいたが、君はもう少し肉をつけた方がいいんじゃないか?あんな痩せぎすってのは良くないと思うぜ」
「僕も流石にあそこまで極端な体重に実際になったのは初めてですし、今の身長だとこれで標準やや軽め程度なので十分適正値です」
「おなごは少しふっくらしてるくらいの方がいいだろう。ただでさえ主は小柄なんだから」
「自分も痩せ気味で細い鶴丸さんに言われたくないです」
「ぐっ…」
「おじいちゃんたち、子鳥ちゃんがいなくならないかって心配で繋ぎ止めようとして奇行に走ったりもしてるから、落ち着くまで子鳥ちゃんは子供のままでいてくれた方がいいんだよ。流石に、おじいちゃんたちも子供に無体はしないから、巫女の純潔を散らさないで済むし」
別にそれを狙ってあの姿で此処に来たわけじゃないだろうけど、と光忠は付け加えた。
「…でも、姿を偽るのって不誠実極まりなくありませんか?」
「うーん、姿を偽るっていっても、子鳥ちゃんの場合、相応のリスクを受け取ってるわけだし、そこまで非難されなきゃいけないわけでもないと思うけど。口調こそ正してるけど、外面ってほど外面で僕らと接してるわけでもないし」