「短刀、か?」
「俺っちは薬研藤四郎。見ての通り、粟田口派の短刀だ」
「…ああ、薬研か。道理で肝が据わっている」
「そういうあんたは…骨喰兄、で、いいのか?俺の知ってる骨喰兄とは随分違う感じもするが」
「ああ。俺は焼ける前の太刀だった頃の骨喰藤四郎だ」
「…そういえば、俺の"知ってる"骨喰兄は太刀だったな。だが、焼ける前、ってことは…」
「俺は、脇差の骨喰藤四郎に欠けている記憶を持っている。…まあ、逆に焼けた後の記憶はないんだが」
「そうか…」
薬研はすっと目を細めた後、ツグミに向き直る。
「あんたが俺たちの新しい大将…ってことでいいんだよな?」
「君が俺を受け入れられない、というのでなければな。場合によっては刀解も受け付けるが」
「…そりゃあ、気に入らなきゃ折る、って意味か?」
「
ツグミの目は若干死んでいる。
「お、おう…」
「江雪たちはそういう話をする前になんかなあなあの内に契約を結び直されたので言ってないが」
「まあ、そういうわけで、よろしくな、鵺の大将」
「ああ、よろしく、薬研。…ところで、こんな言葉を知っているか?」
握手をして、ツグミは小首を傾げる。
「"我々が深淵を覗き込む時、深淵もまた我々を覗き込んでいる"」
「…。…いや、初耳だな。それがどうしたんだ?」
「いや、別に。言ってみたかっただけだ」
「・・・」
「…鵺鳥を名乗るだけあって、一筋縄じゃいかないお人だなぁ、新しい大将は」
「薬研兄さん、あの、新しい主様は…どう、でしたか…?」
「そうだな…悪いお人では、ないな」
薬研は遠い目をする。
「骨喰兄と小狐の旦那がぞっこんだった」
「えっ」
「いや、骨喰兄は鵺の大将の初期刀だし、太刀だったし、俺たちの知ってる骨喰兄とほぼ別刃だから不思議じゃないといえば不思議じゃないんだが」
薬研は複雑そうな顔をした。
「鯰尾兄が見たら、どう思うだろうなあ…」
「僕は、あの、五虎退、です。謙信公のお土産です。それから、えっと…」
「俺は虎鶫、あるいは鵺鳥だ。君は俺と再契約するのか、それとも、本霊に戻るのか?」
「え、えっと…」
ツグミは僅かに首を傾げる。
「あの…一兄が、その…」
「一兄…ああ、一期一振か。あいつがどうした?正直、よく知らないんだが」
「…主様がいなくなって、色んなひとが来て、一兄が怖いひとになって…僕、すごく、怖くて、怖くて、だけど、今の一兄は、怖くなくなってくれましたから、なんていうか、その…ありがとう、ございます」
「俺は大したことしてないぞ。多分、バミが頑張ったからだ。…正直、俺は何であいつが、再契約しようと思ったのかがわからん」
ツグミは目をそらして頭をかく。
「俺は君たちの良い主になれると、言える自信はないからな。そうなれるよう努めるつもりはあるが…良い主というものがそもそも基準として曖昧だしな。それでなくとも人を信じるのは難しい。まあ、君は君で己の望む道か、後悔しない道を選んでくれ」
「僕も、鵺鳥さんと契約を結ぶことにします。…えっと、いい、ですか?」
「俺は構わない。よろしく、五虎退」
「はい、よろしく、お願いします」
五虎退がはにかんだ時、ゆったりとした大柄な足音が聞こえてきた。
「あ、いたいた」
「御手杵か。僕に何か用か?それとも、五虎退の方か」
「俺が用があるのはコトラの方だぞ。…あんた、料理はできるのか?」
「…まあ、最低限度くらいは。でも、できるってほどできないぞ」
「つまりできるんだよな。だったら頼みがあるんだが」
「…何だ」
「短刀の何口かが起きてきたってんで、一期と江雪が珍しく衝突しちゃってさ。仲裁してほしいんだよ」
「…えっと、どういうことだ?」
「二振りとも、弟が元気になったのが嬉しいんだろうけど、今日の夕餉当番は俺と岩融だったんだよなぁ…」
「んー…よくわからないが、その、喧嘩?は止めないとまずいのか?」
「夕餉の献立が決められない。っていうか、そろそろコトラも俺らと一緒に飯食えばいいじゃん。骨喰と二人で別のもん食うんじゃなくてさ」
「…俺、すごく好き嫌い多いし偏食なんだよな。バミを付き合わせるのは良くないとは思うんだけど、そもそも食事にそこまで興味ないし」
必要なカロリーが取れればいいや、的な。
「俺たちは食べなくても平気だけど、人間はそうじゃないんだろ?ちゃんと食べなきゃだろ」
「(栄養は偏ってるだろうけど)ちゃんと食べてるから」
「…鵺鳥さんは、ご飯、一緒に食べないんですか?」
「食べ物の話は合わないと戦争になるからな」
「俺と御手杵の傍らに立つと殊更小さく見えるな、童子は」
「僕が小さいのは認めるが、君らがでかいってのも大きいんだからな」
結局御手杵に言いくるめられてツグミは厨に来ていた。それで食事を共に取るかといえば、正直わからない。
「コトラが小さいのは今更の話だろ?」
「がはははは」
「むぅ…」
ツグミはむすっとした顔をした。
「それで、此処にいるということは、童子は料理ができるのだな?」
「できないことはない、程度だ。胸張って言える程の腕じゃない」
「できないものは本当にできないからな。邪魔にならねば上等だ」
「期待値が低い」
「三日月とか本当、任せられないもんなー」
「うむ、三日月は手が掛かるからな」
「…で、江雪と一期は…」
視線をやって、ツグミは肩をすくめる。目の色が二人とも赤くなっているということは、戦闘態勢になりかけているということである。流石に抜刀しないだけの理性は残っているようだが。
「スルーしたら余計に悪化するってこと?」
「で、あろうなあ。俺たちではうまい落としどころが見つけられん故、童子が仲裁してやってくれぬか。最悪、主命を振りかざしてやればよい」
「何かよくわからない喧嘩で主命とか言い出すのヤなんだけど…で、具体的にはどう揉めてるの?」
「私は、弟たちが再び目覚めてくれたことを祝いたいのです。はんばぁぐかれぇなど、子供が喜ぶ献立だと言うではありませんか」
「…祝うことは、よろしいと思いますが、長く何も食べていなかったところに、突然味付けが濃く思いものを出すというのは、いかがなものでしょうか…私は、懐石などが良いと思います…」
「成程」
ツグミはこくん、と頷いた。
「弟たちの方に何が食べたいか、食べれるか、聞けばいいじゃん。それとも、聞けない理由でもあるの?」
ツグミが小首を傾げる。一期と江雪はすっと目をそらした。岩融と御手杵は苦笑する。
「こやつらは弟たちと喧嘩別れのようになっていてなぁ…仲直りはまだ出来ておらぬのだ。夕餉がきっかけになれば、とは思うのだがな」
「ふぅん…じゃあ、それこそこれをきっかけに仲直りしに行ってもいいんじゃないか。喧嘩した時は出来るだけ早くごめんなさいした方がいいんだぞ。一晩頭を冷やして、とか言ってると言うタイミングなくなるからな」
「経験があるのか?童子」
「年の近い兄弟がいたら喧嘩しない方が不思議だぜ。喧嘩は同じ高さにいるから出来ることだからな。喧嘩しないってのは結果的にどっちかが言葉を飲み込んでるってだけだ」
肩をすくめてそう言った後、ツグミは小首を傾げる。
「…いやでも、俺"仲直り"したことないな。大体一晩もしたらなあなあの内に喧嘩が過去のことと処理されて双方言及しなくなるから」
ただし恨み言自体は蒸し返される。
「それ駄目なやつなんじゃないか…?」
「そうか?」
「何で状況よくわかってない俺が付き添いなんだ…」
ぼやきながらツグミはきびきび歩いていく。江雪と一期はその後ろについていく形になっている。目的地は短刀部屋である。今、目を覚ましている短刀は四口だという。顔を合わせていない二口は左文字の末っ子と粟田口年少組の一口らしい。
「…弟たちをあなたに紹介する必要もありますし…」
「薬研と五虎退は自分から来てくれたんで話もしたけどなー。薬研は一期について全く言及しなかったけど」
「…。…そうなっても、仕方のないことを私はしましたからな」
「でも、別に悪感情はないんじゃねぇの?二人とも多分一期が俺と契約結び直したの知ってるのに俺と契約結んだわけだし。同じ本丸にいるのが嫌なら再契約しないだろ、多分」
「…鵺小鳥殿は容赦がありませんな」
「そうか?」
「薬研、ちょっといいか?」
「鵺の大将…?わざわざこんなところまで来るなんて、何か重大な用か?」
「んー…重大っていやあ重大、なのか?」
「…?」
薬研は戸を開け、ツグミの後ろに一期と江雪がいるのを見て目を細める。
「…成程、そうきたか」
「(あ、そういえば御手杵が来た時、五虎退がいたか)他の子たちも此処にいるのか?」
「ああ、四口揃ってるぜ。どうせだから秋田のたちとも話してってくれや、大将」
「おー」
薬研に手招きされてツグミは室に入る。ツグミが入ると薬研は戸を閉める。
「…閉めちゃうのか」
「自分から動かないやつのために開けてやる戸はないぜ」
「ははは。…まあ、話くらいはしてやれよ。一つ屋根の下でギスギスされると鬱陶しい」
「…容赦ねえな、大将」
「そうか?…って、さっき一期にもそう言われたんだよ。なんだ、普通に仲いいじゃねぇか」
「・・・」
薬研がふっと目を伏せる。ツグミがおや、と思ったところに五虎退が話しかける。
「あの、鵺鳥さん、一兄は…どんな様子、でしたか?」
「んー…俺はブラコンだなあ、と思った」
「ぶらこん?」
「ブラザーコンプレックスの略で…まあ、ざっくり言うと兄弟大好き、ってことだな。ちなみにただ仲良いだけの兄弟には使わない」
「それは…」
「まあ、自分でちゃんと話すのが一番だと僕は思うよ」
ツグミはそう言って目を細めた。
「鵺の大将、こっちは俺たちの弟分の秋田と、左文字の末っ子の小夜だ」
「僕は秋田藤四郎と言います」
「…僕は小夜左文字。あなたには、復讐したい相手がいるの…?」
「特に思い出せる相手はいないかなー。俺は虎鶫あるいは鵺鳥。まあ、好きに呼んでくれ」
ツグミは肩をすくめた。
「…兄様たちのことは?襲われたりしたんでしょう?」
「んー…思うことがないって言ったら嘘になるけど、恨んでいるというのは違うかな。どちらかというと、…んー、"何がしたいのかわからない"かな」
「(…あれ、俺これどうすればいいんだ?)」
ツグミは眉根を寄せる。ざっくりいえば、ツグミは夕飯のことについて聞きに来たのである。しかし、それは一期と江雪の短刀たちに話しかけるきっかけとしてである。ツグミが聞いてしまえばあまり意味がない。さりとて、あまり油を売っているわけにもいかない。
「…お前らさ、兄ーずと話す気ってある?」
ツグミの問いに、秋田と五虎退は目を見合わせ、小夜は目を伏せ、薬研は目をそらした。
「俺と再契約したってことは、もう二度と顔合わせたくない、とかってことはないと思うけど」
「…寧ろ、兄様は僕たちをどう思っているの?もう顔を合わせたくないとは、思っていない?」
「んー…そういう風に考えてるようには見えなかったけど。まあ、俺は付き合い短いし、何考えてるのか全然わからないんだけどさ。相手が何を考えてるかなんて、聞かなきゃわかんないぜ」
「…そう、なのかな」
「口にして初めてわかる、ってこともあるからな」
「――話が、したいのだが」
障子越しにかけられた声に、五虎退と秋田の肩がはねる。薬研が目を細めた。
「…一体、何の話がしたいってんだ?兄貴」
「…すまない、薬研」
「・・・」
「あの時は、ああするのが一番だと思った…いや、それは言い訳か。どう言葉を繕ったところで、私のしたことは変わらない。あの時の私はどうかしていたんだと今ならわかる。ただ、私はけしてお前たちが憎くてあんなことをしたわけではないんだ」
その声からは、心底己の過去の行動について悔いていることが伝わってくる。
その時、ツグミが動いた。
「えい」
すぱぁん、と障子が開け放たれる。刀剣たちが皆動きを止める。
「口にされない望みなんてくそくらえだ。望むものがあるならそう動け。そうして勝ち取ることに意味が有る。動かないのは己が傷つきたくないだけだろう」
「…鵺鳥さん」
最初にフリーズから立ち直ったのは小夜だった。一期の後ろに立っていた江雪に近づく。
「…江雪兄様」
「…小夜。…まだ、私を兄と呼んでくれるのですか?」
「…兄様が僕たちをどう思っていても、兄様は僕の兄様だから」
小夜は目を伏せる。
「それに、兄弟だからって、必ずしも仲良しとは限らないんだって、鵺鳥さんが」
一期と江雪がツグミに視線を向ける。ツグミは肩をすくめた。
「兄弟で争うことになった例を一つも知らないということはないだろう?」
「それは…」
「…俺たちだって、兄貴が憎いとは思ってない。けど」
薬研の強い視線が一期を射抜く。
「五虎退たちにあんな思いをさせるのは御免だ。…いや、多分、鵺の大将がいりゃあ大丈夫なんだろうが」
「…俺を信用してくれて光栄だ、とでも言っておけばいいのか?」
「…次は…いえ、次など起こしません。…起こさせません」
「じゃあ、誓ってくれよ兄貴。…もう、絶対に、一人で決めて突っ走らないって」
「…ああ、誓って言うよ、薬研。私はもう二度と、お前たちの幸不幸を勝手に決めつけたりしない」
「で、夕餉の献立どうする?っていうか、薬研たちは食べたいもんがあるのか?」
「えっ」
「鵺鳥さんは、得意料理とか、ありますか?」
「ない。最低限自分が困らないだけのスキルしかないからな。自信持って他人に振る舞えるようなものはない」
「そうなんですか…」
「俺はあくまで手伝い要員なんだから問題ないって。で、どうする?」
「あ、あの、はんばぁぐ、が、いいです」
「…僕は茶碗蒸しが食べたい、かな」
「お味噌汁も欲しいですね」
「俺は酒が欲しいな」
「…相分かった。だが、短刀は酒を飲んで大丈夫なのか?」
「あまりいい顔をしないやつもいるが、駄目ってことはないぜ」
「ふぅん…まあ、そういう感じで伝えるよ。じゃあ、また後でな」
ツグミはそう言って立ち上がるとひらひらと手を振り、すたすたと厨に向けて歩み去った。一期と江雪は僅かに逡巡し、すぐにはそれを追いかけないことにしたようだった。
「…俺、生のトマトは食えないんだけど」
「うーん、好き嫌いしてると大きくなれないぞ?」
「もう第二次成長期は終わってる年なのに背が伸びるかよ。…来なかったけど」
「これから伸びるかもしれないだろ?ほら、試しに一個」
「…無理。においが受け付けない。ていうか、俺
差し出されたトマトのくし切りのにおいを嗅いだ後、ツグミはいやいやと首を振った。
「そんな嫌なにおいなんてするか?」
「俺は嫌い。食欲なくなるレベルで嫌い」
「ふぅん」
「主!」
「どうしたのバミ、息せき切って」
「遠征の報告をしようと思ったら主が執務室にいなかったんだぞ。焦らないわけがないだろう」
「俺一応こんのすけに伝言頼んどいたんだけど。一応書置きもしたし」
「この目で主の姿を見なければ安心はできない」
ツグミは苦笑する。
「ところで、夕餉を一緒に取らないかって誘われたんだが」
「・・・」
「多分俺より岩融たちの方が料理スキル高い」
「…ツグミは、どうしたいんだ」
「別にいいんじゃないかなーって。少しずつ、交流を増やしていくべきかな、とは思うし」
「・・・」
「てか、俺らもコトラの食生活が心配になってきたんだが。俺たちも栄養とかはあんまりよくわかってないんだが、こいつは一体何食って生きてんだ?」
「…肉と米?」
「野菜も食わなきゃ駄目だろ」
「…全く食べてないわけじゃないし」
「まあ、味噌汁には野菜が入ってるな」
「汁椀に入る程度ではたかがしれておるな」
「多少食生活がアレでも死にはしないもん」
「珍しい。今日は鶉ちゃんと骨喰も一緒なんだ」
「コトラの食生活、本当駄目駄目だったんだぜ。ちゃんと料理するだけの能力はあるくせに」
「バミを付き合わせることになるのは正直どうかと思わないではないけど、毎日献立考えるの面倒なんだもん。俺好き嫌い激しいし」
「面倒くさいってのはわかる。俺も食事当番で献立決めが一番嫌いだもん」
「お前自主的に参加したことも献立決めに協力したこともなかっただろ…」
「だって腹が満たされれば何食べたって一緒でしょ」
「うんうん」
「俺らはそうだけど、コトラは人間なんだから違うだろ。ちゃんと栄養取らないと病気になったりするんだろ?」
「…まあ、極端な食生活とかだとそうなんだけど」
「鵺鳥、今夜は私の閨に来ぬか?」
「…何で?」
「私が鵺鳥が欲しいからじゃ」
「俺の主はやらん、と言ったはずだが」
「小狐丸殿、弟たちの教育に悪いことを言わないでいただきたい」
「閨事は我ら、太刀よりも短刀の方がよっぽど詳しいものじゃぞ。なぁ、秋田」
「…ええと」
「俺は戦場育ちだからそっちはあんまりだなー」
「・・・」
五虎退は目を合わせないようにしている。小夜は江雪と共にお猪口を傾けている。
「…僕も、女性の守刀になった経験がないではないので、一応知っていますけれど、双方の合意を得ない行為は宜しくないと思います。自害を選ぶ方もいますから…」
「…あーそっか、自害って選択肢もあったのか」
「大丈夫だ、ツグミの処女を貫いたのは俺だから」
「えっ」
骨喰はツグミを抱き寄せる。
「あちらは狐にとられたが、ツグミの初めては俺だ。ちゃんと合意も得た」
「全く記憶にない!っていうか、え、バミ何やってんの?つまりあの時のあらぬ痛みの原因の半分はバミってこと?殴るよ?」
「ツグミに殴られても痛くはないな」
「なぐるよ?」
「はぁい」
くすくすと薬研が笑う。
「骨喰兄は本当、鵺の大将が大好きなんだな」
「何を当然のことを言っているんだ薬研」
真顔で返した骨喰にツグミは何言ってるんだこいつみたいな顔をする。
「俺も抱いてみてぇな」
「殺すぞ?」
「俺遊女じゃねぇんだけど」
「薬研っ…」
薬研の問題発言に三方向から声が飛ぶ。
「だって骨喰兄はともかく、小狐の旦那が鵺の大将にぞっこんなのは抱いたからだろ?」
「それは違うぞ、薬研。私は、"鵺鳥の面の下を見たから"欲しくなったのじゃ」
「えっ」
ツグミが思わずというように面に触れる。
「見ると欲しくなるのか?」
「…さてなぁ」
「そうとも限らぬぞ、薬研。俺も鶫殿の面の下は見ておるからな」
「三日月が踏みとどまったのは鵺鳥を骨喰のものと思ったからじゃろう」
「・・・」
小狐丸と三日月が無言になっている一方で、ツグミがおろおろしている。
「え、俺の面はそんなすごいもんじゃないはずなんだけど。別に素顔がそうということもないはずだし…どういうことなの」
「ツグミの先輩がいっていただろう、それはまじないが施されていると。はっきり言えば封印具だからな、それは」
「え。…特に何か封じられてる感とかないけど」
「…ツグミの自覚していない部分だからな」
「じゃあ、その面の下ってやつ俺っちも見てみたい」
「そう簡単に見せてたまるか」
すごく嫌そうな顔をしている骨喰と楽しそうな顔をしている薬研を見比べ、ツグミは狼狽えている。
「薬研、人が隠しているものを無理に暴いてはいけないよ」
「じゃあ一兄は気にならないのか?」
「それは…」
「それに、それならつまり、鵺の大将が嫌がらなきゃいいってことだろう?」
視線を向けられ、ツグミは手でばってんを作る。
「顔合わせて平気だと思ってたら最初から面なんてしてない」
「えー」
「…そういえば、前の主様は面なんてつけていませんでした」
「引き継ぎと言ってきた人たちも…つけてなかったですよね」
「確か、そうだったと思います…」
「「・・・」」
「…どうなってるんでしょう」
「骨喰兄さんも隠したがってますし…」
小狐丸がツグミにお猪口を持たせる。
「ぬしも少しは飲んだらどうじゃ。一人素面ではつまらぬじゃろう」
「いやぁ、俺酒は体質に合わないから遠慮したいんだけど。酔うほどの量は飲めないし」
「なんじゃ、酔っ払う前に倒れるのか?」
「んー…まあ、系統的にはそっち、なのかなあ。酔って記憶なくしたこととかはないんだけど」
「ふむ…」
骨喰はすっかり飲まされて出来あがってきている。へべれけというやつである。
「…楽しそうだなあ」
ツグミは酒を飲んで騒いでいるものたちを見て呟く。しかし、控え目に言って死屍累々である。
「…ぬしはなかなか趣味が悪いのぅ」
「そうか?」
小狐丸はお猪口の中に酒を注ぐ。
「そら飲め。少しはぬしも醜態をさらしてみよ」
「醜態はさらしたくないかなぁ」
ツグミはぐい、とお猪口を煽り僅かに眉をしかめる。好みに合わなかったらしい。
「俺、甘党なんだよな」
ツグミは襖にもたれかかって浅い息をする。ぐったりしている、と言ってもいい。
「…どうした、鵺鳥」
「…これ以上は、無理だ。やっぱきついわ」
「酔いが回ってきたのか?意識はしっかりしているようじゃが」
「アルコールは回ってきたかな」
しどけないというよりは、やはり気怠そうというべきか。四肢にはあまり力が入っていないようである。呼吸の浅さは苦しげですらある。
「…調子が悪そうじゃな」
「おーいえす」
小狐丸は目を細めてツグミを己にもたれさせる。ツグミはされるがままになっている。お猪口は床に転がされている。ツグミの脈拍はかなり早まっている。おそらく平常時の倍以上になっているだろう。
「…神力に酔った時とは趣が異なるのう」
「だから、体質に合わねーんだって言ったじゃん」
明らかに具合の悪そうなツグミに蛍丸が気づく。
「あれ、鶉ちゃんどうしたの?小狐丸に何かされた?」
「…お酒、飲みすぎた」
「…あんまり酔っ払ってる感じには見えないけど」
「体質的に合わないだけで酔ったわけじゃないから」
「室に帰った方がいいんじゃない?」
「動くのしんどい」
ふぅん、と呟いて、蛍丸はツグミを抱き上げようとする。
「…蛍丸」
「小狐丸が無理に飲ませたんでしょ。ダメだよ、無理させちゃあ。人間は俺たちより脆いんだから」
「・・・」
小狐丸はしぶしぶ蛍丸にツグミを渡す。
「♪~」
離れへ向かう蛍丸の腕の中でツグミは低く歌を歌う。
「なに、どうしたの」
「おまじないみたいなもん。歌える内は大丈夫だから」
簡潔に答え、ツグミはまた歌う。
「♪~」
軽い呼吸器の異常か、息があまり続いていない。長く伸ばすところも、逆にBPMが早くワードの多いところも、歌いづらそうにしている。
「…大丈夫じゃないね」
「まだ大丈夫」
その返事が強がりにしか蛍丸には思えなかった。
「歌えてないんじゃない?」
「歌えないってのは歌うことに意識を向けられない、上手く声が出ない状態を言う」
「それ完全に駄目じゃん」
「歌える時はそれだけ余裕が有る」
そう言ってツグミはまた歌う。
「♪~」
「しんどいならさっさと休んだ方がいいんじゃない」
「正直、横になる方がしんどい」
「…じゃあ、何で飲んだの。多分、わかってたんでしょ?」
「…しんどくなる前にやめようとは思ってたんだけどねー」
お猪口が空にならなくて、とツグミは言う。
「…沢山飲まされたと」
「口をつけたものは空にしなきゃ駄目だろ」
「それで体調崩したら本末転倒、じゃないの」
「あははー」
「虎鶫様、バイタルに異常が出ているようでございますが」
「んー…ちょっとお酒飲みすぎちゃって」
「虎鶫様は確か喘息を持病としていましたよね?そういう方は一般的にアルコールで体調を崩されることが多いのですよ」
「うん、わかってるんだけどね…」