まだ検非違使は確認されてない
「
「…どう、と言われても困るんだが」
ツグミは兵法書を閉じて横に置く。鶯丸は目を細めてツグミの隣に座る。ツグミは僅かに首を傾げて鶯丸を見た。
「万全じゃないし小狐丸には近づきたくないけど、まあ別に」
「小狐丸がどうかしたのか?」
「ムラムラするって言われたから」
「…ムラムラ」
「血の匂いとか興奮するって言ってた」
「…(そういえば月のものという話だったな)」
「…鶯丸たちもそうなのか?」
「…いや、俺は…戦で高ぶることはないとは言わないが、そういうことは…ない(多分)」
「ふーん」
ツグミは気だるげにしている。
「…ささはやはり体調がすぐれないのか」
「別に…酷い人は床から出てこれなかったりするらしいし、俺は腹痛かったりちょっとだるかったりするくらいだし、体調に関してはそこまででもないかな」
「だが、このところ姿を見せなかっただろう」
「…いや、それは主に小狐丸の件とか…」
ツグミは僅かに言いよどむ。
「…精神的に不安定になってて、感情的になったり地雷が増えたりするみたいだから…喧嘩になったらやだし…」
「…ふむ」
普通の、審神者を主と慕う刀剣ばかりの本丸であればまた違っただろう。我儘なんかを言っても、関係が悪くならないと思えるのであれば。だが、ツグミは引継ぎでやってきた審神者であり、この本丸にはまだきちんと契約を結んでいない刀剣もいる。安易に感情を出せない。
「ささはささの思うようにすればいい。他人のことなど気にするな」
鶯丸はツグミの頭を撫でる。
「円滑な共同生活のためには相互に気遣いが必要だって昔から言われてるから」
「俺はささが怒っても泣いても気にしないぞ」
「そんなこと言われても反応に困る」
「おや、鶯丸も来ていたのか」
「鶴丸」
「気分転換に甘味でもどうかと思ってね。
「…嫌いじゃないけど」
「狭間の方の店で買ってきた芋きんつばだ」
「…名前から芋が使われているのはわかるが、どういった菓子なんだ」
「うーん…甘くて柔らかいぞ」
「さっぱりわからん」
「俺も相伴に預かって構わないか?」
「ああ。その代わり美味い茶を淹れてくれ」
「引き受けよう」
こいつら仲良いなあ、とツグミは二人を見ている。鶯丸は茶を入れるため立ち上がり、鶴丸は書を退かして鶯丸が座っていたのと反対の隣に座った。
「室に篭るのはやめたのかい?」
「…少しは気分が落ち着いたからな。母屋にまで行く気にはなれないが」
「誰かと喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩…は、したかもしれないな」
ツグミは目を伏せる。
「…バミと、粟田口の打刀と、小狐丸に邪険な態度を取った」
「狐コンビはともかく、骨喰にもか?」
「…あまり機嫌がよろしくないところで地雷を踏まれたから、つい」
「地雷」
「…真昼間から合意もなしにえっちぃことしようとするんだもん」
「…あー」
鶴丸は頭をかく。
「小狐丸と同じく何かムラムラしたってことかもしれないけど、俺そういうのってちゃんと合意の上でするもんだと思うしそういうことしたいと思ったことないし簡単に許すと思われてるのて何か嫌だったし」
「…今度色街の方に連れていってみるか?」
「…まあ、気分転換程度に頼む」
「…しかし、雀は骨喰に体を許しているわけではないんだな」
「えっちぃのはよくないとおもう」
「…おう」
「…ちゅーくらいなら、親愛表現としてありかな、と思わないではないけれど」
「…ちなみに俺がしたらどうなる?」
「え?んー…ちゅーくらいならデコピンで許す」
「…ちゅーはいいのか」
「ちなみに人体で一番雑菌が多いのは口らしいぞ」
「・・・」
鶴丸は視線を彷徨わせる。
「――茶が入ったぞ」
「ありがとう」
「…おう」
「ところで、俺がささにちゅーした場合はどうなるんだ?」
「…
「デコピンじゃないのか」
「何というか、実績的に。…いや、あれは白鶴じゃなくて黒鶴だったからノーカン?」
「…鶴丸」
「えっちぃことはしていない」
「…結局黒鶴がどういう意図であんなことしたのか聞いてないな」
「白鶴はわからないのか?」
「…正直、ささべが黒鶴が前の主に思いを残していると言ったからだと思う」
「…ああ」
「…?」
ツグミは首を傾げるが、鶯丸はなんとなく察した顔をした。
「だが実際、何も思うところがないとはいかないだろう。鶴丸を黒鶴にしたのだけは彼女だしな」
「…俺が、一番精神的に脆かった、ということになるのかね」
「どうだろうな。それだけ必死に求めたからかもしれない」
「…正直、あの頃のことはよく覚えていない」
「…(多重人格は大抵辛いことをもう一つに押し付ける形で生じることが多いってのは言わない方がいいのかね)」
それが当てはまるのかまではツグミには判断できない。それをするには情報がたりなさすぎる。
三人で並んで芋きんつばを食べているところに御手杵と陸奥が姿を見せた。
「…おや」
「コトラー、そろそろ俺出陣したいんだけど」
「んー…(ごくり)ちょっと待て」
ツグミは口の中のものを飲み込み、端末から部隊管理と戦場情報を起動する。
「他の部隊メンバーは決まっているのか?」
「蛍丸と岩融は行っていいって言ってたぞ。後、青江と鯰尾は誘ったら来てくれるんじゃないか?」
「んー…じゃあ、適当にフルメンバーそろえて5-1でどうだ。言い出したからにはお前が部隊長な。刀装ちゃんと装備して、負傷者か刀装全壊が一人でも出たら途中でも帰還すること」
ツグミはそう言って隊長章と門の起動カードを御手杵に渡す。
「おう、行ってくる」
御手杵は朗らかに笑って母屋の方に向かった。残った陸奥を見てツグミは首を傾げる。
「…君は出陣勢じゃないのか?」
「わしは…あー、おんしとちゃんと話がしたいと思ってにゃあ」
「残念ながらささの隣は空いていないぞ」
「何ならささべを俺の膝に座らせてもいいが」
「(生理的な意味で)事故ったらやだからやだよ」
ツグミは鶴丸にジト目を向けた。鶴丸は残念そうにする。
「鶴丸」
「俺はささべを猫可愛がりしたい」
「俺もささを猫可愛がりしたいな」
「…猫はしつこく構われるより適度に放っておかれる方が好きなんだぞ」
「おんしらはまっことそいつを気に入っとるんじゃのう…」
陸奥が感心してるのか呆れてるのかわからない顔をする。
「おんしはこの本丸の刀をどう思っとるんじゃ?」
「…どう、とは?」
「陸奥守、ささべにそういう問答をしても禅問答にしかならないぞ。あまり感情で動いていないからな」
「わしは、あまり難しく考えゆうのは苦手じゃあ…」
「なら遠まわしではなく直接聞いてくればいいだろう。推測なんてやつは当たるも八卦、当たらぬも八卦みたいなものだぞ」
「…そう言われてものう」
陸奥は頭をかく。
「理性でわかっても心情として納得しきれんことがある。心とゆうもんは、ほに面倒ぜよ」
「まあ、人間でもそういうのはよくあることだ。その上で心情を優先したり、理性で出した解を見ないふりするものが多いから余計に争いは増える。理性だけを重視するのもそれはそれでよろしくないとも言うから難しいんだが」
ツグミは肩をすくめる。
「感情的な納得を得ていないことは不満を招くからな」
「理性だけで納得しようとせんでもえいがか」
「寧ろ感情的な納得の方が重要だろう。他のやつがどうこうできるものでもないからな。…正しさなんて絶対的な価値観として存在してくれやしないし」
「じゃけん、おんしも困りよう?」
「全く困らんとは言わないが、無理に従えようとは思わない。俺はそんな立派な人間じゃないし、嫌々従おうとしてくれるよりは、刀解を選ぶなり、はっきり不満を口にするなりしてくれる方がわかりやすくていい。まあ、不満を口に出されて、改善できるかはわからないんだが」
「刀解、か…」
「一つの権利として、主をなくした刀剣は刀解か再契約かを選べることになっている。半々らしいがな」
「…わしは、おんしに特に不満があるわけでもないきに、余計に困りゆう」
「そりゃあ、俺が君らの主に似てるとか似てないとかっていう話か。そいつがどんなやつかよぅ知らんから俺には何とも言えんが」
「おん。主は、"悪い人間"ではなかったけんど、"良い主"でもなかったきに、わしには、どんな人間を信じればえいがか、わからん」
「そりゃあ、信じていいと思えた相手を信じればいいんじゃないか。大体、よく知らん相手を簡単に信じるってのは警戒心がないだけだろう」
「…それはささべに言えたことじゃないだろう」
「…鶴丸、信頼と信用は違うぞ?」
「…おう?」
「俺がバミ以外を信頼しているといつ言った?」
「、」
「まあ、信用はされても信頼はされないだろうなぁ」
鶯丸は目を細める。
「ささから見れば俺たちは敵まがいだったわけだしな」
「そこまでは言わないが」
ツグミは僅かに首を傾げる。
「敵に回ることはないだろうとは承知しているが、同じ価値観の下にあるかどうかわからないからな。ほら、例えば甘党に酒を勧めても喜ばれるかは怪しいところだろう」
「俺は酒よりも茶の方がいいな」
何でもないことのようにツグミは言う。
「"善意"で状況を悪化させるものもいるんだ、相手のことをよく知らん内は信頼しかねる」
「…人とは、まっことむつかしいのう」
陸奥がしみじみと溜息をつく。
「ああ、難しい。しがらみや我欲が関わるごとに面倒臭くなる。皆同じ価値観というのは難しいにしても、せめて善悪の基準くらいは一致しておいてもらいたいものだが。…いや、それもまた価値観か」