その本丸に降り立った瞬間、神域と言われても納得できる清浄さにこんのすけは毛を逆立たせた。
「…ブラック?」
「…一年以上経っているとはいえ、この本丸には審神者一人と三日月宗近しかいないはずなのですが」
なにしろ、この本丸は物理的に、他の領域への繋がりが断たれていた。狭間という立地条件から妖横町にだけはいけるが、出陣遠征はできない。政府からの供給もない以上、資材がなくて鍛刀はできないはずだ。
彼らが考え込んでいると、軽い足音がした。反射的にそちらを見ると、まだあどけなさの残る小柄な少女が困惑した様子で彼らを見ていた。
「この本丸の審神者の小鳥さまですか?」
「ん、俺は小鳥だよ」
こてり、と首を傾げたそれが欲しいと、鶴丸は半ば衝動的に思った。
「俺は鶴丸国永だ。…俺みたいなのが突然来て驚いたか?」
鶴丸が小鳥に触れようとした時、横合いから声がかかる。
「――俺の
「あ、三日月」
「おいで、小鳥」
三日月に呼ばれ、小鳥は大人しくその腕に収まる。
「それで、お前たちは今更何用だ。小鳥は俺のものだぞ」
こんのすけには、小鳥と三日月の間で結ばれている契りが通常の、審神者と刀剣男士の主従契約とは異なることを見てとれる。それはどちらかといえば、神と巫覡のものに近い。少なくとも、この二人は主従ではない。
「…政府は、この本丸の凍結を解いて"有効活用"したいと考えています」
三日月は目を細める。小鳥はきょとんと首を傾げた。
「俺は、政府の意向に従う必要性は感じないが。…小鳥を連れて己の神域に引っ込んでも良いしな」
「私個人として小鳥さまの政府からの扱いに問題がなかったとは言いませんが、それはそれ、これはこれです。人材不足の今、優秀な審神者を腐らせておくのも神隠しされるのも困るんですよ」
「そういえば、狐さんは誰?何?」
「申し遅れました。私はこんのすけ、式神を統括し審神者の補佐をする役目を与えられた管狐でございます。本日より小鳥さまにつくことになっております」
小鳥はきょとんと首を傾げた。
「審神者の、補佐?おれは、三日月がいれば大丈夫だよ?」
「その通りだ。小鳥には、俺以外必要ない」
鶴丸は三日月の小鳥に向けた視線に、情愛と狂気じみた執着を感じ取った。しかし、小鳥の側に三日月への執着はないように思った。その不均衡を危うく思う。そして、何に惹かれたのかもなんとなくわかった。
小鳥は何も求めない。求めないが、きっと、こちらの求めには応える。小鳥は鶴丸を求めないが、鶴丸の求めには応えてくれる。そう感じたから、欲しくなったのだ。
執着されることに疲れても、刀も神も人に必要とされねば存在意義を失ってしまうから。
「小鳥の目に映るのは俺一振りでいい」
三日月は小鳥を抱きしめる。小鳥はゆるく首を傾げる。
「見なければいいの?」
「それは困ります」
小鳥は己の目元に触れる。
「潰れたら、三日月は安心する?」
「潰れたら俺のことも見えんようになるだろう。それは嫌だ」
「そう」
小鳥の言葉には温度がない。
「そもそもそなたも見えぬようになれば不便だろう」
「そうなったら三日月が俺の目の代わりをしてくれるでしょ?」
「それは…そうだがな」
嬉しそうに照れる三日月に鶴丸はドン引きした。
「…で、どうするんだ。俺はこの本丸の刀になるんじゃないのか」
「いらん。狐ともども余所へ行け」
「刀を増やして、どうなるの?」
「単騎じゃあ、戦うにも限界があるからな。…まあ、二振りじゃそう変わらないかもしれんが」
「たた、かう?」
きょとりと小鳥は目を瞬かせる。
「
「
「そんなもの、歴史修正主義者…遡行軍に決まっているだろう」
「そこうぐん」
鸚鵡返しに繰り返す小鳥を見て鶴丸は気付いた。この本丸は出陣遠征を出来ない状態にあった。縁が繋がれているのが目の前の三日月のみであるらしい事からして、小鳥が他の本丸にいたことはないだろう。つまり、小鳥は出陣した事がないのだ。この本丸《はこにわ》の中に、三日月と二人きりで閉じ込められていただけで、審神者としての経験は皆無に近いのだろう。
「何故戦ってやらねばならん。政府に義理立てする理由はないぞ」
「俺たちは戦うのが役目で、審神者は俺たちを戦わせるのが役目だろう」
「…三日月は、俺の役目は此処の維持だけだって言ってたよ」
「"他"もこなせるのであればそうしてほしい、というのが上の意向です」
「だから、たたかうの?」
「はい」
「・・・」
小鳥は目を伏せる。
「小鳥が嫌な事を無理にさせようというのであれば…」
「…僕で役に立つのであれば、やれることはやるけど」
無感動に小鳥は小首を傾げる。
「主さまは真面目な方なのですね」
こんのすけがほっとしたようにそんな事を言うが、それが的外れだと鶴丸は思う。小鳥はただ無関心なだけだ。