好意を向けられたことなど覚えがない、というのもあるだろう。大抵は無関心、そして嫌悪、たまに悪意。嫌われるのには慣れている。理由はよくわからないし、快くはないけれど、いつものことだから、驚きも戸惑いもしない。ただ、ああ、嫌われているのだなあ、と思うだけだ。
だから、俺は他者と関わるというのが酷く落ち着かない。俺の存在が相手を不快にさせているのではないか、直接的な悪意を向けられるのではないか、平然とした顔の下で蔑んでいるのではないか、とそう思う。多分被害妄想だか加害妄想だかのようなものだろうけど。人が他者に向ける感情は、無関心というのが一番多いのだと俺は知っている。
まあ、ここではそうもいかないのだろうが。
「…何か言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
言葉もなしに理解できるほど俺は鋭くない。寧ろ、言葉にされても理解できない可能性さえある。それぐらい私は鈍く、疎い。
「…じゃあ聞くが、あんた何でまたそんなもん着込んでるんだ」
「そんなものはこれの防御力が高いからに決まってるだろう。マスクなしでも完全シャットアウトしてくれるぞ」
ハウスダストにアレルギーのある僕としては、とてもありがたい限りだ。
「何をだ」
「何をって、埃に決まってるだろう。掃除して埃が出ない方が驚きだぞ。そして埃を吸ったらクシャミが出る。宜しくない」
まあ、後で着ぐるみについた埃を綺麗にしなきゃならないが。
「それぐらいでガタガタ言ってんじゃねぇよ」
「それぐらい、か。お前にはそれぐらい、でも俺はそれぐらい、じゃねぇんだよ。割と深刻だ」
「あ?」
「下手すると止まらなくなるからな」
それこそ発作が出る可能性だってある。…一応ツールの中に気管支拡張剤は入ってるが、あんまり使いたくないんだよなあ。薬の濫用よくない。
「後、単純にこの方が便利だから」
デバイスが組み込まれてるからな。
「…そうかよ」
何か、色々と変なものがあったが、前任以前の遺物なのは間違いないだろう。服が男女のものが残っていたことからして、前任が自分の前任以前の審神者の私物を片付けずに放置して部屋をそのまま使っていたのはほぼ確実だ。
だから、発見された妙な物体が前任かそれ以前のものかを俺が判断することはできない。そもそも前任の情報は与えられてないしな。
「…しかし、一体何なんだ、これは。玩具か何かか?」
何故か生理的な嫌悪感を覚えた。とりあえず適当に廃棄してもいいんだろうか、これは。
「んなもん俺に向けるんじゃねぇ」
「お前これが何か知ってるの?」
「…わからねぇのか?」
「んー…何かの模型か何かか?」
「…。…模型、なぁ」
何だその意味深な視線は。
「これって勝手に捨てたら拙いもんかな」
「別に俺らは困らねぇぜ」
「ふーん」
じゃあ捨てよう。というか、前任以前の私物は大体廃棄処分にしよう。うん、それがいい。他人のもんってあんまり使いたくないし。家族のもんでも物によっては躊躇われるのだから、赤の他人のものなんて言わずもがなというやつだ。
とりあえずの見極め期間である一週間の後に俺が残っているかはわからないが、それで俺の次に来る奴が困るということもあるまい。業務で使うものじゃないんだし。
「…躊躇なくごっそりいったな」
「いらねぇもん残しといたって場所を取るだけだろ。持ち主が取りに戻ってくるってこともないだろうし」
なんかやな感じもするしな。家具も全部いじるべきかなー。俺あんまデザインセンスに自信ないからあれだけど。
「…って」
…何だこれ。写真?………
「…うわあ」
「どうした?って…」
「…見なきゃよかった。とりあえずこれは…燃やすか?いやでも、室内じゃ燃やせねぇからな流石に」
まあいわゆる、ハメ撮り写真的な。しかも短刀たち(推定)である。どいつか知らんがショタコンこじらせてるペドがいたようだ。趣味が悪いにも程がある。見なかったことにしたいし、じっくり見る気はない。とりあえず廃棄確定。
「何でこんなもんが…」
「誰のか知らんが趣味悪すぎんだろ。…残しとけとか言わないよな?」
「い、言わねぇよ…」
だよな。適当に廃棄消去しておこう。復元とか不可能なレベルでな。いらないもんだからな。
とりあえず私室は徹底的に改造した。まあ、洋室でクローゼットとベッドとテーブルセットがあるというのは変わりないのだが、色相、位置、デザインを全て変えた。構成要素はそう変わらなくとも、印象はだいぶ変わったと思う。赤系、豪奢系でまとめられていたので、アースカラーのカントリー系にした。まあ、外装を変えただけではあるのだが。
「…随分変わったな。あんたの趣味か?」
「いや、僕はもうちょい青系かモノクロ系のスタイリッシュなのの方が好きかな」
けど、青ってあの人の色だしな。なんとなく今は使いづらい。
「俺がずっと使うとも限らないし、無難なものにしておいた方がいいだろ」
「・・・」
…殺すんならさっさと殺せばいいのになあ。
正直なところ、殺される方が苦しまないで済むんじゃねーかな、と思っている。僕は人と関わるのは苦手だし…ひとを信じる方法なんて、俺の方が聞きたいくらいだ。
…俺心労で死ぬんじゃねぇかな…。
「…何のつもりかと、尋いても良いか?」
後はもう寝るだけだという時間だというのに、何故こいつは此処にいるんだろう。…見張り、か?異種族とはいえ、見た目年頃の男女が夜を共に過ごすというのはどうなんだ。いかがわしいことをする気は毛頭ないが。
「…一人にはしておけねーだろ」
「僕にはプライバシーなどないということか」
…いや、ないと覚悟しておけと先輩は言っていたが。流石にトイレと風呂は入ってこなかったが、近くで待機してやがったもんな…見極めるったって、程度ってもんがあるだろ。
「…お前此処で寝るの?」
「………おう」
そんだけ葛藤するならやめろや。
「ベッド使っていいぞ」
「あんたは何処で寝るんだよ」
「此処(=椅子)」
「は?」
「そもそも、寝付けるかどうかわからないからな。仮眠程度なら座ってもたれるところがあれば十分だ」
「だからって俺がこっちで寝てあんたがそこで寝るってのはおかしいだろう」
「お前らは体が資本みたいなもんだろう。体調管理がちゃんと出来てなきゃいけないんじゃないか?」
「俺たちより人間のあんたの方がよっぽど脆いだろうが。そっちこそ体調崩したらどうする気だ」
「数時間前には本気で俺を殺そうとしてたやつのセリフか?…一晩変な格好で寝たくらいでどうにかなる程虚弱じゃねーよ、流石に」
まあ、着ぐるみを着込むぐらいのことはした方が安全だろうが。春の夜は意外と冷える。
「うっ……いや、なんというか…結論出す前にあんたに死なれたら困るだろ」
「それぐらいのことで死んでたまるか。丈夫じゃねーからってそこまで簡単に死なねーっての」
「…人間は簡単に死ぬだろうが」
「椅子で寝ただけで死んでたら世界の人口は居間の十分の一以下になってるだろうさ。簡単に死ぬったって何かしら明確な理由もなく死にやしねーっての」
結局、夜更かしして仮眠程度の睡眠しか取らなかった。奴が意外に強情でベッドを使わずに向かいの椅子で仮眠することを選んだのは誤算だったが。面倒臭い奴だ。
「…何か用か」
「いやあ、試しに寝起きドッキリでもしてみようかと思ったんだが…なんだ、お前たち徹夜しようとして途中で寝落ちでもしたのか?」
「…百歩譲って同室で夜を明かすのは許容しても、同じベッドで寝るわけにはいかんだろ。俺は別に自殺志願者じゃない」
この本丸、過去になんかやばいことやってたくさいが、誰がどうトラウマ持ってるかわからないしな。そういう危ない橋は渡りたくない。…男も女もいたみたいだし。
「…ああ、成程。君も一応女の子だしな」
「一応な…」
「しかしどうだ、それは和泉守に欲情するということか?」
「あ゙?」
何言ってんだこいつ。
「自分殺そうとした相手に?好意を持ってるわけでもないのに?俺がんな色狂いだと?どつきまわすぞてめえ。童貞処女だっつってんだろうが」
「…冗談だ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるって言うんじゃなかったか」
「…いや、すまんすまん。俺の知る女といえば、まず、先々代の審神者でなぁ…そりゃあ、刀だった時に見た女がいないとは言わないが、こうして言葉を交わしたりした相手となれば審神者だからな」
…ペドは先々代かな。他のにも手を出してないとは言い切れないし…。
「ふーん。なんかとことん趣味が合わなさそうだな。俺は綺麗なもんはあんま触りたくねぇや」
汚してしまいそうな気がする。…この本丸の刀剣に関しては既にブラック化しかけてたり先々代に穢されてたりするんだろうが。だからどうした、という話ではあるのだが。