引き継ぎ拒否してるが堕ちてるのはいない、元ブラック 暴力と過労 折れてるのもいる 前任は更迭されてる 政府ブラックだから 初期刀歌仙の折れている本丸 全刀揃ってない
審神者がいない事で荒れ果てた様子の本丸を見やり、歌仙は「雅じゃない」と零した。小鳥は歌仙に手を引かれて、興味なさそうにぼーっとしている。というか、実は小鳥には手の届く程度の近距離しかちゃんと見えていないのである。小鳥にははっきり見えているのは歌仙だけなのだ。
「――引き継ぎでやってきた審神者様ですか?」
二人の前に現れたこんのすけが問いかける。それに答えたのは歌仙だ。
「僕たちが本丸を間違えていなければその筈だね。この子が僕の主の小鳥だ」
「小鳥様ですか」
小鳥は我関せずとそっぽを向いている。
「ご存知かもしれませんが、私はこんのすけと申します」
こんのすけの言葉にも歌仙の言葉にも反応しない小鳥を見て、こんのすけはおそるおそる歌仙に問いかける。
「…歌仙兼定、小鳥様は聴覚を喪っているのですか?」
「いや、主は重度の自閉症でね。基本的に自分に話しかけるものなどいないと思っているんだ。認識していないかもしれないけれど、音自体は聞こえているはずだよ」
「そうですか…」
何故そのような人間が審神者になっているのか、とこんのすけが考えたのに気付いたのか、歌仙が言う。
「ちなみに、主が
「…それでも審神者としての務めを果たす事は出来る故にこの本丸に送り込まれてきた、と」
「そうなるね」
こんのすけが先触れをした上で、歌仙と小鳥は刀剣たちの集合する大広間へとやってきた。人間に対する敵意に燃えていた何振りかは、実際に小鳥を見て、危害を加えることに躊躇いを覚えた。大きい方の短刀程度の体格、肩上で切り揃えられた髪、衣から出ている首も手足も細く脆そうで、見るからに弱者だ。その上、黒い瞳は何処を見ているかも定かではなくぼうとしていて、表情は乏しく、歌仙に手を引かれるがままになっているのである。それが、以前の審神者がいた頃の短刀の内気弱なものたちの様子を思い起こさせた。虐げられて心を閉ざすことで己を守っている子供にしか見えなかったのである。
「おや。一振りくらいは刀を向けてくるかと思ったのだけれど」
歌仙皮肉気に口角を持ち上げ、僅かに首を傾げる。
「…こっちだって分別がねぇわけじゃねぇっての」
「そうかい。…相手を選べる程度の人間不信なら、さっさと捨ててしまった方が身の為だよ。折角の好機をふいにするだけだからね」
歌仙は笑う。彼らはそれを異質に感じだ。
「それで、君たちは僕の主を受け入れるのかな?」
それにすぐ答えられるものはいなかった。肯定も否定もなく、沈黙が流れる。
「…主は、彼らに何か言うことはないかい?」
肩を軽く叩かれて問われた言葉に、小鳥は僅かに首を傾げ、一拍置いて言う。
「殺したいなら殺せばいい。抵抗するつもりはない。殴られれば殴り返す用意はあるが、僕から殴りかかるつもりはない。出来損ないの小鳥で役に立つなら言われた事はする。期待に応えられるとは限らないが」
かくり、と首を傾げ、歌仙を見上げて小鳥は言う。
「僕が死んでも仇討ちは必要ない。遅いか早いかの違いだ」
「先輩殿は引き継ぎ審神者の仕事は死ぬことというわけではないと言っていたはずだけれどね」
「前は死ぬかと思ったが死ななかった。苦しめたかっただけなら、苦しめる気がないなら殺すだろう」
歌仙は彼らに目をやる。あまりの事に言葉を失っている様子のものが多い。
「彼らが君を殺すと」
「刀は人を殺すためのものだろう」
「こ、殺しはしねぇよ!」
これまでに引き継ぎの為にやってきた審神者を脅しかけ、時には斬りつけた事はあるが、殺した事はないのである。その言葉に、小鳥は反応しない。
「刀剣男士は修正主義者と戦う為に呼ばれるものだそうだが、あちらの彼らは僕を斬りたがった。そうでないものもいたけれど、よくわからなかった。僕は痛いのは嫌いだ」
「…なんだか相当碌でもないことをされてそうだから前回の話はいいよ。君は、まともに言葉も交わしていない相手の行動を決めつけるのかい?」
「歌仙は、彼らが僕を斬ると思ったんだろう」
「戸を開ける前は殺気がしていたからね」
「私が誰か関係のない敵意なら、私がどんな人間で何をしようがしなかろうが関係がない」
小鳥は首を傾げる。
「初対面の相手に殺される覚えはないが、僕ではなく人間あるいは審神者という記号でしかないのなら、そんなものだろう」
「…殺しはしないで追い出す心算だったようだけれど」
「僕が役目を果たせなくなるのは死んでしまった後らしいから、また誰かに連れ出されない限り、僕が審神者でなくなるのは死んだ時だろう。生きてさえいれば本丸は回る」
小鳥は首を傾げる。
「それに私は"どうやったら家に帰れるのかわからない"」
「そういえば、ゲートを現世に繋ぐコードは教えてもらっていないね」
「…拒むのであれば殺せと、そう言うのか」
「そうなってしまうようだね。それとも、こんのすけは主を現世に還せるかい?」
「…私がゲートを現世に繋ぐためには政府の許可が必要になります。小鳥様が審神者を続ける事に支障が出ない限り、許可が下りないかもしれません」
「手入れ…式神に霊力に供給すればいいのか、それとも、俺が直接自分の手でやる方がいいのか?」
小鳥は首を傾げる。その瞳は目の前の相手を映していない。
「俺、軽傷だし、直接パパッとやってもらいたいんですけどいいですか?」
鯰尾がそう言って進みでてくる。
「鯰尾っ…」
「一兄は心配し過ぎなんですよ」
「手入れ道具は手入れ部屋にあるのか?」
「は、はい。ご案内します」
こんのすけが先導して歩きだそうとする。小鳥は立ち上がって辺りを見回す。
「小鳥様?」
「主、こちらのようだよ」
歌仙が立ち上がって手を引く。小鳥は大人しく従って歩く。
「…小鳥様は視覚に何か問題が?」
「見えている」
「手の届く範囲ならば、だけれどね」
「私は支障ない」
「…私の存在はきちんと見えていないという事ですか」
「何かいるのはわかる」
「立った時に自分の足元も見えていないようだからねぇ」
小鳥の手入れは丁重で手際よく申し分のないものだった。そして、彼女が刀剣に対して何ら悪感情を持っていないこともわかった。
「…小鳥さん他の刀剣に斬られたりしてるんですよね。恐ろしいとか憎いとか思わないんですか」
「…死ぬ事は恐ろしくない。痛いのは嫌いだが。あいつらの考えることは理解できなかったし望みも理解できなかった。どうするべきだったのか未だにわからない」
淡々と小鳥は言葉を紡ぐ。
「僕を主と呼び、好いていると言いながら斬りつけるものもいた。守るためと椅子に縛り閉じ込めるものがいた。愛しいと言い組み敷いてくるものがいた。それが愛情表現だというなら僕には尚更理解が出来ない」
「ん、んんん…?腹いせとか人間を嫌いとかで危害を加えられたんじゃないんですか?」
「最初は確か、そうだった。同じ人間なのだから、思い知れと、殴ったり蹴ったりもされた」
「それが、好きだって言いながら斬るようになったんですか?」
「…鯰尾藤四郎は、僕を構成するものの中で一番好きなのは血液で、傷ついてぐったりしている位の方が可愛いと言っていた」
「…うわあ」
「あなたは、復讐を望んだりはしないの…小鳥」
「…復讐とは、何だ?」
手を止め、小鳥は首を傾げる。
「例えどんな相手でも、傷つけることを快いとは感じない。傷ついているものをそのまま放置することを快いとは思わない。自分が嫌な気分になる事をわざわざ必要もないのにする理由はない」
そう言って、再び手入れを進める。
「…それに、彼らは先輩と三日月さんたちが破壊した。手遅れだと言っていた。私が己の取るべき行動を見つけられなかったからだ。…それなのに、僕はたすけて、なんて言ってしまった。きっと責任を取って死ぬべきだったのに」
「あなたはおかしい。自分が危害を加えられたことは何とも思わないの?」
「痛いのは嫌いだし被虐趣味はない」
「だったら」
「僕は他者に嫌われる。好意的に接するのはその方が都合がいいか。そうするように言われたからだ。それだけの話だろう」
顔を上げた小鳥と視線があったような気が、小夜はした。
「嫌いな相手に危害を加えるものがいても何ら不思議はない」
「…之定は、他者じゃないの」
「………歌仙は僕と価値観を共有している。殊更邪険に思うきっかけは今の所ないんだろう。その方が楽しければ裏切るんじゃないか」
その思考時間は之定とは何ぞや、と考える間だったんだろうと歌仙は思った。本人の目の前で聞く辺り、小夜もなかなか意地が悪い。
「僕は今の所主を裏切るつもりはないよ」
「人の心は些細な事で変わる。刀剣がそうでない理由はない。あいつらも何故か好意を口にするようになったことに、これといったきっかけは思い当たらない。特別な事は何もなかった」
「君にとっては大したことではなかっただけかもしれないよ」
「それは些細な事だろう」
「他者から見て些細なことでも、本人にとっては大きな事だから、変わるきっかけになるんじゃないのかい」
「・・・」
小鳥は手を止めて歌仙の方を向く。
「そんな当たり前の事を今更言う必要があったか?」
「小夜とは意見が違うかもしれないだろう?」
「・・・」
「…些細な事で変わるなら、大きな事があったら尚更変わらなきゃおかしいと思うんだけど」
「好意的かと思った相手がそうじゃなかったのは初めてじゃない」
「…?最初は腹いせか何かで危害を加えられていたのが、いつの間にか
「初対面は危害を加えてきそうな様子はなかった。何日かしてから、危害を加えられるようになった。…仮契約は、それより後だったかな」
「…それで、僕たちも危害を加えると思うんだね」
前例があるのでは、仕方がないだろう。
一の丸の使用していなかった部屋の内二つが小鳥と歌仙の部屋と言う事になった。小鳥は早々に自室を大幅改造した。独立した水回りを設置し、洋間に組み替えた。引き籠る気満々である。
「主は彼らと積極的に関わる気がないんだね」
まあ、知っていたけれど。
小鳥は他者の存在を必要としていない。一人で完結してしまっている。このまま放っておかれても気にしないだろう。歌仙としては、自分以外の存在が黙殺されても別に構わない。自分が意思表示をして話しかければ反応してくれることはわかっている。執着されないにしても、存在を認識し、多少なりと気にしてくれる分位置づけとしては上等だ。歌仙という個を捉えてくれているのだから。
「夕餉はどうするつもりでいるんだい?」
小鳥は首を傾げる。
「僕が何か作ろうか」
「どちらでもいい」
歌仙が作ればそれを食べるだろうし、作らなくても自分でどうにかするだろう。小鳥は自分では何もできないというわけではない。必要に迫られなければやらないだけだ。
小鳥が前任と同じ事をしないことだけはわかる。だが、それでいいのだろうか。こちらから働きかけない限りこちらを見向きもしない、そんな主を置くことが良いとするべきなのだろうか。
かといって、積極的に関わりに行こうと思えるほど割り切れているわけではなかった。
「…あんたはどう見るんだ?一兄さんよぅ」
和泉がやけっぱちな様子で問いかける。一期は疲れた様子で考える素振りを見せ、言う。
「…審神者殿をあのままにしておくのは弟たちの教育によろしくない気がしますなぁ」
「…あの子はきっと、放っておけばずっとあのままだろうね」
光忠が口を挟む。その瞳には後悔の色が浮かんでいる。それが何に対してのものかまでは和泉にはわからなかった。
「同情ってやつか?」
「歌仙君に軽蔑されてしまいそうだけれどね」
「軽蔑…ねぇ」
「だってあの歌仙君は自分の主が今のままである事を肯定していただろう。…上手く言えないんだけど、あの子を可哀想だというのは傲慢なんじゃないかとも思うよ」
少なくとも、本人は同情など求めていないだろう。色々酷い扱いを受けたらしいことは言っていたが、それは聞かれたから答えただけという様子だった。聞かれなければ何も言わなかっただろう。
「俺たちに手ぇ出す義理とかがあるかはおいといて、あれをあのままにしておいていいもんか?」
「良くないのではありませんか?」
「…どうだろうな。あの子は外界に恐怖して内に籠っているわけではないのだから、そうとも言い切れないんじゃないか」
「おじい様」
「怯えて閉じこもっている子なら、外に連れ出してやることも必要だろう。だが、あの子は寧ろ…」
鶯丸は目を伏せる。
「…あの子に他人のことなど気にするなと言っても、言われるまでもないと返されるだろうな」
小鳥は音楽を聞いて口ずさんでいた。
「♪~」
歌仙も隣で音楽に耳を傾けている。
「♪~」
小鳥にとって自分は居場所だろうか、と歌仙は思う。寧ろ、歌仙の居場所が小鳥の隣なのだと思う。だって、小鳥は歌仙を必要としているわけじゃない。許容しているだけだ。いなくなったとしても、恐らく気にしないだろう。その方がいいと思えば裏切る、とも思われているわけだし。
夕餉と風呂を早めに済ませ、小鳥は九時頃にさっさと眠ってしまった。歌仙は日課の書をしたためていたが。
「…こんな夜更けに何の用かな、鶴丸殿」
「おや、気付かれていたか」
「これでも先輩方にみっちりしごかれてきたものでね。練度こそ特が付いた程度に留まっているが、最低限主を逃がせる程度の実力は身に付けてきたつもりだよ。…主が僕の助けを必要とするかはともかくね」
「…状況にもよるが、逃がされた所でどうにもならない気もするがな」
「主はその気になれば何でもできるよ。前の本丸の刀剣だって、主がそうしようと思えば皆鉄くずにできたんじゃないかな。…そもそもそういう発想がなさそうだけど」
「そりゃおっかないな」
「主は平和主義者だから余程腹にすえかねるようなことでもなければ何もしないだろうけどね」
筆を置いて、歌仙は鶴丸に問う。
「それで結局何の用だい。用がないなら、病みあがりはさっさと自室で休んだ方がいいんじゃないかな」
「一つ、聞きたい事があってな」
緩く口の端を持ち上げて、鶴丸は問う。
「君は小鳥は驚きは嫌いだと思うか?」
歌仙はその問いに僅かに眉をしかめる。
「…ものによるんじゃないかな。主は、無理に急かされたりするとパニックを起こすから」