「おや、ぬしさまは…?」
顕現した小狐丸は首を傾げる。
「…あいつなら、自室にいるんじゃないか」
「訪ねてもいいですけど、あちらから僕らに話しかけてくることはまずないので自分から行かないと駄目ですよ」
「変なちょっかいかけると二代目に首落とされるからやめろよ」
「…まあ、そもそも相手にされないかもしれないが」
「…変わった方だとは聞いていますが」
「どうしても会いたければ本丸の案内も兼ねて俺が連れていくが」
物言いたげな視線を向けられ、小狐丸は僅かに眉間に皺を寄せる。
「…なんぞ言いたいことでもあるのか」
「…いや、前の主が何年もかかって喚べなかった刀が今こうして此処にいるのだと考えると、色々と思う所があってね」
「なんじゃ、事情持ちか」
「というより、
「ブラック本丸というやつか」
鶴丸は半眼になる。
「君、そんな知識まであるのか」
「あるようじゃな」
「俗っぽい知識なんかは顕現した審神者の知識にもよるとはいえ…」
「まあ、きっかけがなければその知識がある事にもない事にも気付かんものじゃ。そう深く考えるな」
「…まあ、小鳥が刀剣に与えられる知識に特に制限をかけているとも思わないし、知っていても当然といえば当然か」
「おぬしたちが元ブラックだからか?」
「いや、小鳥がこの本丸に来る前、別の元ブラックに居たらしいことを言っていたからだ。…碌でもないところだった、ということ以外はわからんが」
「…危害でも加えられていたのかえ」
「確実なのはそこの刀剣に斬られた経験があること、その本丸のことが原因で自分の殻に閉じこもってしまっていること、だな。…それも、仮契約を行ってからも暴行を受けていたらしいから…下手に距離を詰めようとすれば怖がらせることになるかもな」
「…契約を結んだ相手に危害を加えることには忌避感を抱くものではないのか」
「さてなあ。…だが、好意を口にしながら乱暴を働いたらしいことを言っていたからな。狂っていたんじゃないか」
「…泥沼じゃのう」
「小鳥、少しいいか?」
言いながら鶴丸は戸を開けて中に入る。室内はしんとしている。まさか留守か、と思いながら部屋の中を見回し、ベットに目を止める。転落防止用か、低い柵のついたベットの中で、小鳥は丸くなって小さく寝息を立てていた。
「…昼寝中だったか」
「この方がぬしさまか?」
「ああ。…珍しいな、この時間に眠っているとは」
鶴丸は時計に目をやる。時刻はおよそ三時。八つ時である。
「出直すか」
「否、少し待ってみよう。起きている時間より眠っている時間の方が長い、というわけではないのじゃろう?」
「まあ…おそらくな」
「歯切れが悪いのう」
「基本的に此処から出て来んから、小鳥がいつ起きて寝てるのか把握できないんだ。…歌仙は把握しているんだろうが」
鶴丸はベッドサイドの椅子に座り、小狐丸が小鳥を見守る体制で暫く経ち、ぴくり、と小鳥が動く。睫毛が震え。瞼の下からぼうとした瞳が現れる。
「おはようございます、ぬしさま」
小狐丸が声をかけると、小鳥は小狐丸から逃げるように勢いよく身を捻って柵に頭をぶつけた。
「?!」
「お、おい大丈夫か」
心配そうにぶつけた所に触れようとした鶴丸の手も避け、ベッドから転げ落ちたところでハッとしたように目を丸くして辺りを見回した。
「――何か変な音がしたけれど、どうしたんだい、主」
隣室から歌仙が駆け付けてきて、眉根を寄せた。
「…寝ぼけて…小狐丸の声がした気がして」
「いや、気の所為じゃなくて実際いるんだが。先刻来た所なんだがな」
「ぬしさまは"私"と面識がおありなのですか」
歌仙が早足で小鳥に歩み寄って抱き上げる。
「恐ろしい事を敢えて思い出そうとしなくても良いよ、主。過去は過去だ。僕が傍に居る限り主に危害は加えさせない」
「…ちがうの、知ってるよ。知ってるけど、わからなくて。ちがうのは、わかるのに」
「主は主のできることをすればいい。無理をする事はない」
ぽんぽん、と落ち着かせるように背をさする。
「…歌仙」
「何だい、主」
「喉が渇いた」
「…さっきまで昼寝をしていたんだったね。降ろした方がいいかい?」
小鳥が頷くので歌仙が降ろすと、さっさとキッチンスペースに向かってしまった。
「どうやら、寝起きの主には近付けてはいけないものがいるみたいだね」
「…そうなるか」
「パニックを起こしたんだろう。主はまだ、心の傷が癒えたわけじゃないんだよ」
「私はぬしさまに危害を加える気はないぞ」
「先輩方からの伝聞になるんだけどね」
歌仙は眉をひそめる。
「具体的には誰なのか知らないが、前の本丸で主は刀剣に手篭めにされているんだよ。それもおそらく複数から。その内一振りは小狐丸で確定の様だけどね」
「…そりゃあ駄目だな」
「…私はまだ触れてもおらぬのだがなあ」
「自分はやらない、とは言わないんだね?」
「正直、同意が得られればやりたい」
「アウト」
「小狐丸…」
小狐丸は心外そうな顔をする。
「あのように愛らしく、甘い霊力の持ち主のぬしさまを"美味そう"だと思わん"小狐丸"がいるわけがないじゃろう」