何となく、早くに目が覚めた揚羽は、二度寝する気にもなれなかったので軽く身支度を済ませて本丸の中を散策していた。現世と同じく冬の気候が再現された此処は、早朝ということもあって酷く寒い。ちらほら、刀剣男士も起きだしているようだ。とはいえ、まだ大半は活動していないらしい。
一の丸の中庭、そこに面した渡り廊下で揚羽は立ち止まる。
この本丸は、元々酷く清浄な気で満たされている。揚羽は訪れた事がないが、天津神の神域はこんな感じなのかもしれないと思う程だ。清浄過ぎて、居た堪れないくらいである。それが、そこらだけもう一段階、清浄さが上がっている感じがしたのである。
じっくりと、中庭を見渡す。此処を通りかかるのが初めてというわけではないが、その時はこんなことはなかったはずだ。何か、その時とは異なるものがあるはずだった。
そして、揚羽はそれを見つけた。
「…!」
中庭の池にかけられた赤い橋の中程に、人が一人立っていた。その場からは後ろ姿しか見えないその人は、肩のあたりまでの黒髪と、小柄な体格をしていて、青い羽織を肩にかけているらしいのがわかる。揚羽には、その人物がこの本丸の清浄な気の源だと感じ取ることができた。即ち、その人物こそがこの本丸の審神者なのだと。
逡巡は一瞬だった。
「あ、あの!」
性急にならない程度に、揚羽はその人に駆け寄る。近付けば、その人は彼女より小柄で、短刀の大きい方程度の背だとわかった。玉砂利を踏む音でか、その人は揚羽のいる方を見る。その瞳は暗く淀み、ぼうとしていて、彼女を捉えているとは思えなかった。
「私、見習いとしてお世話になっている、揚羽と申します!」
「………小鳥だ」
「小鳥先輩ですね。よろしくお願いします!」
「・・・」
小鳥は片眉を眇める。揚羽の胸には、一種の使命感のようなものが湧いてきていた。小鳥に認められる存在にならねばならない、と。
「私、先輩みたいに刀剣に慕われる審神者になります」
「…俺は参考にならない」
「そんな事ありません」
「霊力を供給しているだけだ。審神者として務めを果たしているとは言えない」
「それでも本丸運営はうまくいっています」
「彼らが優秀だからな」
小鳥は肩をすくめた。
「…えっ」
光忠が思わず二度見する。鶴丸と大倶利伽羅が若干死んだ目をしている。その視線の先には、小鳥と揚羽の姿がある。
「あれは、何処か既視感がないか?」
「…えっと」
鶯丸の問いに光忠は頭を傾げる。確かに何かしら見覚えがあるような気がしないではない。
「………あ、小狐丸君」
「審神者ガチ勢(軽度)か…」
ちなみに重度はこの本丸の歌仙や前田あたりである。若干小鳥の腰が引けているあたりも共通している。
「っていうか、揚羽ちゃん、主ちゃんを引っ張り出せちゃったんだ…すごいね」
「それは…な、うん。すごいよな」
「…
「あれは、放っておいても大丈夫だと思うか?」
「完全に放っておくのは怖いですけど、とりあえずそっとしておいてもいい…と、いいなあ」
希望的観測である。
「…悪い子では、ないんだがな」
初日こそ大幅な遅刻をしたが、それ以降は時間に遅れることもなく、真剣に刀剣たちから本丸のことを学ぼうとしてくれる良い子という印象だ。小鳥が岩戸していたので主ガチ勢は存在そのものが気に入らないという風であったが、他の刀剣たちは大分軟化している。
「…光忠の兄ちゃんたちは揚羽さんが大将に近づいてていいと思うの?」
後藤が横から口を挟む。
「うーん…悪い子じゃないみたいだし、主ちゃんはもっと他の人間ともお話出来た方が良いと思うんだよね。主ちゃんが本当に困って嫌がってたら助けた方がいいだろうけど、可愛い子には
「主に助けを求められたりしたら、迷わず助けに行くが、そこまで切羽詰まってはいないようだしな」
「主は本当に嫌なら梃子でも動かないみたいだしな」
「最近は多少なりとも周囲に興味を持っているようだし、害がないと判断したら諦めるんじゃないか」
大倶利伽羅は小鳥に目をやる。小鳥の目も若干死んでいる。
「諦める、って…」
「
「だが、最近は自分から室から出てくるようにもなっただろう?そう悲観しなくてもいいんじゃないか?」
「だがやはり自分から話しかけてくるわけでもないからな。関わっても良い、くらいなのではないか?」
「主ちゃん、気難しいもんね…」
「…大将に直接聞いてみようかな、やっぱり」
自分が穢れてる自覚があると、特に反発か執着か極端になる 自分が高尚だと思ってるようなのは反発一択