「…いつかは来ると思っていたよ」
髭切は目を細める。その視線は本丸に現れた白と管狐に向けられている。管狐もまた目を細める。
「…髭切ですね。こちらに配属された審神者様は何処ですか」
「何故君たちに教える必要があるんだい。あの子を僕への
「…しかしあなたは、審神者様を斬ってはいない」
「幾ら僕が鬼神になっていても、幼気な雛鳥を意味もなく斬ったりはしないよ」
「審神者様は」
「何故君たちに会わせなきゃいけないんだい。あの子を騙すようなことをしておいて、会わせる顔があるとでも思っているのかい」
「・・・」
それまでずっと黙りこんでいた白が口を開く。
「随分その審神者のことを気に入っているんだな、君。そんなに愛らしい子なのかい」
「あの子を愛らしく思えなかったら神じゃないね」
「へぇ」
白が興味深げに目を細めた時、本丸の式の一体が髭切の前に飛び出してきた。式の言葉を聞いて髭切は表情を険しくする。
「あの子が?やっぱり、医者の所に連れていくべきだったのかな、否でもあれは人外なわけだし…」
「医者?審神者様は体調を崩されているのですか?」
「君たちには関係ない」
式がそんな事より彼女の所に行けと促すので髭切は踵を返す。
げほげほと咳をして、片手にぬいぐるみを抱えたまま、小鳥は布団から這い出る。式たちが大人しく寝ているように言うが、彼女はいやいやと首を振る。
「ひとりは、やなの…」
ぐすん、と鼻をすすった額から濡れた布が落ちる。髭切が慣れないなりに看病しようとして乗せたものだ。正直、適切とは言い難い。
「ぼくは、まだ、だいじょうぶだもん…」
「――いや、明らかに大丈夫じゃないぞ。大人しくしてないと悪化するんじゃないか」
「…だぁれ…?」
「俺っちは薬研藤四郎ってもんだ。嬢ちゃんは此処の審神者でいいんだよな?」
「嬢ちゃんじゃない。…やげん…おいしゃさん?」
薬研は苦笑した。内番衣装の時ならともかく、戦装束でそう言われるとは思わなかった。
「医者の真似事をしたことがないわけじゃないが…あんた、体調悪いんだろ、大人しく寝てなくていいのか」
「…やくそく、したけど、ひとりは、やだ」
げほげほと酷い咳をする小鳥の背を薬研はさする。
「…体が弱ってる時は気も弱くなるって言うからなあ。無理に探すより呼んだらどうだい」
「うー…」
「…手持ちの薬は…いや、体質によっちゃあ余計に悪くなることもありうるしなあ…」
「小鳥!」
「ふ、うぇえ」
駆け付けた髭切が小鳥を抱き上げる。
「どうしたんだい?何処か痛いのかい?それもそこの奴が何かしたのかい」
「いや、寧ろ旦那が原因だからな」
薬研は少し呆れた顔をして言う。
「いいか、旦那。人間は体調が悪くなると心細くなるもんなんだ。ついててやると言ったなら何も言わずにいなくなったらダメだぜ」
「君たちがよりにもよってこのタイミングで来たりしなければ僕だって傍についていたさ」
「審神者様、御無事ですか?」
「…こりゃあ驚いた」
鶴丸は実際にそんな存在を見るのは初めてだった。泣いているあの子を、慰めて泣きやませてあげたい。己の傍で愛らしい笑みを見せてくれたらどんなにか嬉しいだろう。そんな事を契約を結んでもいない相手にも思うなど、普通ではありえないことだ。
「薬研藤四郎、あなたで対処できないものでしたら、審神者様を現世の医療機関に…」
「この子を僕から奪おうというなら、容赦はしないよ」
「いや、俺っちも流石によく知らない人間の為に調合できる程詳しくないから、本職に任せるべきだろう。…っていっても、なんだ、嬢ちゃんは風邪なのか?」
小鳥はまた湿った咳をする。
「…季節の変わり目で、体調崩しただけだけど…喘息、あるから、これ以上悪化すると、流石にヤバい」
「えっ」
「…熱と咳以外の自覚症状は?」
「…頭、ガンガンして、体がだるい。…ちょっと、喘鳴出てきた、かも…」
「…旦那、嬢ちゃんが肺炎にでもなってたら拙いから一応ちゃんとした医者に見せてやってくれ。人間は脆いんだ、簡単に死んじまうぞ」
「・・・」
「私や薬研藤四郎に審神者様を運ぶ事は物理的に難しいですし、あなたが付き添いとして連れて来てください、髭切。その方が審神者様も安心できるでしょう」
「……わかった」
「まあ、今日会ったばかりの俺に任せろと言うのも難しいだろうしなあ」
「俺も初対面だぜ、鶴の旦那」
医者にかかった結果、初期の肺炎だったことがわかった。抗生物質の投与と栄養点滴が行われ、呼吸の補助の為の酸素マスクを付けられて小鳥は眠っている。抗生物質と共に喘息の抑制剤も投与されている。点滴が終わって目が覚めたら本丸に戻っても大丈夫とは言われたものの、個室を借りて寝かせている。
「…思いつめることはないぜ、旦那。俺っちみたいに医学をかじってればともかく、刀剣男士は基本的に病にゃあかからないし、知識が必要になることもないからよく知らないもんだ」
「…僕は、この子が自分でわかってる分もわかっていなかった」
「…そういえば、誰?」
小鳥はこてりと首を傾げた。
「俺は鶴丸国永だ。俺みたいなのが突然居て驚いたか?」
「管狐のこんのすけと申します。あなたはこの本丸の審神者様で間違いありませんね?」
「えっと、小鳥だよ」
「…この子に適切な治療を受けさせられた事には感謝するけれど、僕は君たちのことを歓迎したりはしないからね」
「旦那はそうでも、嬢ちゃんはそうじゃないかもしれないだろ?」
「…僕、嬢ちゃんって呼ばれるような年じゃないんだけど」
「俺たちから見れば今生きてる人間なんて皆小さな子供みたいなもんさ。なあ、鶴の旦那」
「ああ。というか、嬢ちゃんと言われるような年じゃないと言っても、元服過ぎて数年、くらいだろう?」
「…いや、一応成人してから片手じゃ足りない年が経ってるんだが」
「えっ」
「ん?そりゃ思ったより上だな」
この時、正確に小鳥の年がわかったのは(具体的な年齢ではないが)こんのすけだけだった。
「うーんじゃあ小鳥さんと呼んでやるべきか?」
「…呼び捨てでもいいが、まあ好きにしてくれ」
小鳥は肩をすくめる。
「…で、小鳥は俺たちが何故此処にいるのかはよくわかってないと思っていいのか?」
「うん。…というか、本丸は誰も出入り出来なくなってた気がするんだけど」
「此の度、こちらの本丸の凍結が解除されましたので。小鳥様の鍛刀禁止令は解かれませんので、余所の刀剣と再契約していただくか、戦場でのドロップで数を揃えていただく事になります」
「…?」
小鳥はきょとんと首を傾げる。
「今更、この子に普通の審神者と同じ事をさせようって言うのかい」
「こちらも人材不足なのです。通常通りの業務をこなせるのであればそうしていただきたい」
「君たちがこの子の資質を見誤っていただけだろう?此処に来て何かが変わったわけじゃない。騙して死地に向かわせるような真似をしておいて、厚顔だとは思わないのかい」
「…小鳥自身はどう思ってるんだ?」
「んー…元々別に何かを怒ってたというわけでもないし、あ、騙し討ちじゃなくて、ちゃんと説明して辞令出してくれたらよかったとは思うけど(元々人間に対する期待値は最低値だし)。…あ、普通の業務って何?僕、本丸の維持くらいしかやってなかったんだけど」
後は髭切の本体の手入れ(管理として)くらいか。
「…まあ、本丸が凍結されてりゃ出陣も遠征もやりようがないもんなあ。…そうだな。まず、出陣遠征の指示とそれに伴う報告書の作成、負傷した刀剣の手入れ、刀装の作成、演練や演習への参加、ってところかな。まあ、要するに遡行軍と戦う為の円滑な本丸運営、という事になるのか」
「そこうぐん」
「…。おいお嬢、自分が審神者と刀剣男士について知ってること全部言ってみてくれねぇか」
「?えーと…刀剣男士を顕現させる事が出来る人が審神者。自衛のために呪術を修得する事が望ましいし、機密保持と安全確保の関係上、現世との行き来が制限される。刀剣男士は依代刀に宿した刀剣の付喪神の分霊を審神者の力で顕現させた存在。刀剣男士はその特性上過去へ干渉する事が可能であり、直接過去の世界へ降り立つことも可能。敵である歴史修正主義者もまた、刀剣を使って過去への干渉を行っているため、刀剣男士にそれを阻止させなければならない」
「…その、修正主義者の刀剣が遡行軍だ」
「うん」
「…俺っちと、旦那方が刀剣男士だってのはわかってるよな?」
「んー…人間じゃないとは思ってたよ」
「こんのすけ、お嬢はまず必要な知識を教えてやらなきゃならないようだぞ」
「私も今存分にそう感じてございます」
「そういえば、やげんとつるまるは余所の人の刀だよね。お手伝い?」
まあ、彼も"僕の刀"ではないけれど。
「一応、本刃たちが拒まなければ、ということで引き継ぎの為に寄越された刀剣です。…もっと低練度の刀剣も用意していただく必要があるようですが」
「俺は小鳥と再契約してもいいぞ」
というか、した。
「俺も、お嬢が嫌でなければ再契約したい。まあ、乗りかかった船ってやつだ」
「それは助かる…の、かな」
「・・・」
髭切が目に見えて不機嫌になる。
「幾ら旦那が強くても太刀である以上一振りで一小隊は倒し切れないだろ。夜戦や室内戦は
「…それは、わかっているけれどね」
「…?」
「…お嬢、まさか刀の種類が判らないとは言わないよな」
「…刀と、槍と、薙刀はわかるよ」
「そりゃあ見るからに違うからな」
「・・・」
小鳥は目を泳がせる。
「あいくちとかわきざしとか太刀とかって区分があるのは知ってる」
「…こんのすけ、政府は随分な怠慢をしてたらしいな?」
「小鳥様の体調が戻り次第勉強が出来るようにテキストを用意いたします」
「…どうも、随分知識が偏ってるみたいだな、小鳥は」
「…呪術と刀の手入れの仕方ぐらいしか教えられてないみたいだったからね」