ジャパリ・フラグメンツ   作:くにむらせいじ

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〈 としうえ 〉

 

 ゴコクエリアの海岸、砂浜。

 

 バス(いかだ)の木の部分に、サーバルとかばんが隣り合って座っていた。

かばん   「ふたり、戻ってこないね。大丈夫かな」

サーバル  「水の音、そんなに遠くないんだけど、迷ってるみたい」

 サーバルが、かばんにもたれかかった。

サーバル  「かばんちゃん、ちょっと、どきどきしてるね」

かばん   「わかるの?」

サーバル「なんとなく、だけど、くっついてると、伝わってくるんだ……あれ、早くなってる?」

かばん   「そんなこと、ないよ……。サーバルちゃんはどうなの?」

サーバル  「ここに手をあてて」

 サーバルはかばんの手をとり、自分の胸にあてた。

かばん   「ちょっとよくわからない、かな」

サーバル  「じゃあ、耳を」

 かばんはサーバルの胸、谷間に耳をあてた。

かばん   「けっこう速くない? ……なんか、これ、あったかくて、ふわふわしてて、気持ちいいかも」

 かばんはサーバルの胸に頭をぐりぐりと押し付けた。

サーバル  「みゃああ、やめてよかばんちゃん、髪の毛、くすぐったい」

 かばんはサーバルの胸から頭を離した。

かばん   「ごめん。サーバルちゃん、胸、大きいよね」

サーバル  「そうかなあ……。小さいほうだと思うけど」

 サーバルはかばんの胸をちらりと見て、慌てて言った。

サーバル  「えっと、かばんちゃんは、これから大きくなるよ!」

かばん   「ぼくはそんなこと気にしてないんだけど……。これから大きくなるってことは、ぼくよりサーバルちゃんのほうが年上、ってことなのかな?」

サーバル  「わかんない……。わたし、自分がいくつなのか、なんて考えたことなかったよ」

かばん   「フレンズの歳って、わからないよね。……元の動物で何歳の時にフレンズ化したのか、フレンズ化してからどのくらいの時間が経ったのか、フレンズ化した体は、ヒトでいうと何歳なのか、心の年齢は……」

サーバル  「そんなむずかしいこと言われても、わからないよ……」

かばん   「フレンズ化してからの時間、だったらぼくは0歳だもんね」

サーバル  「赤ちゃんだね。だから、今みたいに甘えたくなるのかな?」

かばん   「恥ずかしいけど、そうかもしれない。……サーバルちゃんは、ぼくのおかあさんみたいなものなのかも」

サーバル  「なにを言うのかばんちゃん。かばんちゃんのおかあさんは…………あれ? …………ごめん! 本当にごめん。わたし……」

かばん   「いいんだよ。生みの親は、たぶんミライさんになるんだけど、育ての親は、サーバルちゃんなんだ。名前もつけてくれたし」

サーバル  「わたしが、かばんちゃんのおかあさん? ……すごくへんなかんじだよ! やっぱりお友だちがいいよ!」

かばん   「そうだね。でも、ぼくにとって、サーバルちゃんは……お友だちで、おかあさんで、おねえさんで、せんぱいで、そして、こいb……」

 かばんはハッとして、顔を赤くした。

サーバル  「こい? ……かばんちゃん、すごくどきどきしてるよ。だいじょうぶ?」

かばん   「……だいじょうぶ、だいじょうぶ……。とにかく、サーバルちゃんは、ぼくにとっての全て。特別なフレンズなんだ」

サーバル  「わたし、そんなこと言われたの、はじめてだよ! わたしにとっても、かばんちゃんは特別なんだよ!」

 サーバルは、嬉しそうに、かばんに抱き着いた。ふたりは、砂浜に倒れた。

 

 

 森の中。

 

 アライグマが低い崖を登っていて、フェネックはそれを見ていた。

 フェネックが横を向いて言った。

フェネック 「恋人以上なんだねー」

 

 

 砂浜。

 

 サーバルがビクッとなった。

 

 

 森の中。

 

アライグマ 「フェネック、なにを言っている……」

 アライグマの足元が崩れた。

アライグマ 「のだっ!」

 アライグマが崖から落ち、あおむけに倒れた。フェネックが崖に触れると、土がボロボロとこぼれ落ちた。

フェネック 「アライさん、ここは登れないよ」

 

 

 砂浜。

 

 サーバルとかばんが、砂の上で抱き合っていた。顔を赤くしたサーバルが、さらに強く、かばんを抱きしめて、かばんの耳元でささやいた。

サーバル  「ちょっと、声を小さく」

かばん   「どうしたの? …………えっと、もうちょっと甘えさせて……」

 かばんはサーバルの胸に顔をうずめた。

かばん   「やっぱり、あったかくて、ふわふわしてて、気持ちいい……」

サーバル  「かばんちゃんは、甘えんぼさんだなー」

 サーバルは、かばんの頭をやさしくなでた。

かばん   「サーバルちゃん、すごくどきどきしてる」

サーバル  「おかあさんは、子供に甘えられて、どきどきしないよね……。わたし、かばんちゃんの、おかあさんじゃ、ないよ……」

かばん   「……おかあさんじゃ、ない、なら……」

 かばんは、サーバルの脇から服の中へ、手を差し入れた。

かばん   「みゃああ、だめだよかばんちゃん!」

 

 

 森の中。

 

フェネック 「あのふたり、仲良すぎて怖いくらいだねー」

アライグマ 「そんなの、当たり前なのだ……」

 アライグマが立ち上がった。

アライグマ 「こっちから水のにおいがするのだ……」

 アライグマは、崖を迂回するように歩き始めた。

フェネック 「アライさんはすごいなー」

 フェネックは、アライグマの後を追った。

 

 

 砂浜。

 

サーバル  「大きい声、出ちゃった……」

 サーバルが、かばんの耳元でささやいた。

サーバル  「砂まみれになっちゃう。続きはまた今度、ね」

 

 

 森の中。

 

 アライグマとフェネックはひらけた場所に出た。そこには沢があり、澄んだ水が流れていた。

アライグマ 「ついに見つけたのだ! やっぱりアライさんは正しかったのだ!」

フェネック 「かなり遠回りしたけどねー。……ちょっと休んでいこうか」

 アライグマとフェネックは沢の水を飲んだ。

アライグマ 「おいしいのだ!」

フェネック 「この水、サンドスターが含まれてるね……。火山が近いのかな?」

 アライグマとフェネックは、大きなペットボトル ※1 に水を汲み、岩に座った。アライグマはあたりを見回して、気付いた。

アライグマ 「フェネック、困ったのだ……。帰り道がわからないのだ……」

フェネック 「アライさん、波の音、聞いてみて」

アライグマ 「聞こえないのだ……」※2

フェネック 「こっちから近道できそうだよー」

 フェネックは、来た方向と逆の方を指差した。

アライグマ 「…………」

 

フェネック 「アライさん、アライさんにとって、わたしってなんなのかなー?」

アライグマ 「お友だちなのだ!」

フェネック 「だよねー……。ほかには?」

アライグマ 「あいぼうなのだ! それから、ゆうのうな助手なのだ!」

フェネック 「有能な助手、ね、いいかんじだね」

アライグマ 「それからそれから、相方なのだ! ……はんりょなのだ!」

フェネック 「……アライさん、それ、意味わかってて言ってる?」

アライグマ 「もちろんなのだ!」

フェネック 「…………戻ろうか」

 フェネックは立ち上がり、アライグマに背を向けた。

 

 

 砂浜。

 

 バスの木の部分に、サーバルとかばんが座っていた。かばんは、サーバルの胸と、自分の胸を見た。

かばん   「体の年齢と、フレンズとしての年齢は、ぼくより、サーバルちゃんのほうが上、なんだよね……」

 かばんは、少し暗い表情だった。

サーバル  「そうなのかな? 背の高さは同じくらいだけど、かばんちゃんは、顔が子供っぽくて、かわいいよ!」

かばん   「サーバルちゃん、変なこときくけど……フレンズの寿命って、どのくらいなの?」

サーバル  「……ヒトと同じくらい、じゃないかなあ……。でも、フレンズによって、寿命がちがうかもしれないね。わたしの、元の動物としての寿命は、10年くらいかな。たぶん、それよりは長いと思うよ。フレンズ化が解けたら、元の動物の寿命に戻るね」

かばん   「フレンズ化が解けなくても、ヒトより寿命が短いかもしれないんだよね?」

サーバル  「そう、だね。でも、サンドスターの量によっても変わるかも……。かばんちゃん、なんでそんなこときくの?」

かばん   「…………サーバルちゃんのほうが、ぼくより、先に……」

サーバル  「なーんだ、そんなことか」

かばん   「そんなこと、って」

サーバル  「……かばんちゃん、とっても悲しいけど、お別れは、必ず来るんだよ。どっちが先か、なんて、わからないよ」

かばん   「……う……」

 かばんは少しうつむいた。

サーバル  「わわっ、泣いちゃだめだよ! まだお別れじゃないよ!」

かばん   「だって、そんなの、耐えられないよ……」

 

 

 森の中。

 

フェネック 「……アラーイさん、こっちから果物のにおいがするよー」

 フェネックが横を指差した。

アライグマ 「……ちょっと、寄り道していくのだ!」

 

 

 砂浜。

 

 サーバルが森の方を見て、言った。

サーバル  「ありがと」

かばん   「なに?」

サーバル  「なんでもないよ。言いたかっただけ。…………かばんちゃん、昔のはなし、聞いてくれる?」

かばん   「え? うん」

サーバル  「わたしね、弟がいたんだよ……。ほかの動物がつくった巣穴で、おかあさんが、わたしと弟を育ててくれたんだ。おかあさんが狩りに出ているときに、弟と遊んでいてね、夢中になっているうちに、ふたりとも、巣穴から出ちゃったんだ。……そうしたら……あれは、なんていう鳥だったのか、わからないけど、大きな鳥が、びゅーんって、ものすごい速さで飛んできて、わたしは巣穴に逃げ込んだけど、弟は、逃げられなかった。……巣穴の外に、ちょっとだけ、毛のかたまりが落ちてたけど、見つかったのは、それだけ。さらわれちゃったんだ」

かばん   「そんな……」

サーバル 「そのときわたし、悲しくなかったのかな?よく覚えてないけど、そのときは、ああ、食べられちゃったんだ、って、それだけだった。……たぶん、弟をさらっていったあの鳥にも、子供がいたんだよ。わたし、わかっちゃった。おかあさんがくれた食べ物が、なんだったのか」

かばん   「ぐ……」

サーバル  「おかあさんには、甘えてばっかりだった。さっきの、かばんちゃんみたいにね。 ……おかあさんには、長いこと会っていないんだ……。たぶん、もう、いないね。また会えたとしても、この体じゃ……」※3

かばん   「ごめん、ぼく……サーバルちゃんのこと、おかあさんなんて……」

サーバル  「だめだよかばんちゃん。そこは、ありがとう、だよ。それに、うれしかった。かばんちゃんが、わたしに甘えてくれて」

かばん   「……ありがとう……おかあさんになってくれて」

サーバル  「……わたしが、かばんちゃんに甘えているところもあるし……て、話がそれちゃったね」

サーバル  「フレンズになってから、弟のことや、おかあさんのことを、思い出したら……ねむいような感じがして……横になったら、動けなくなっちゃって……体がふるえて……涙が、だらだら流れてきて、止まらなくなっちゃった」

サーバル  「わたし、びっくりしたよ。ヒトの気持ち、悲しみが、こんなに強いなんて、知らなかったから。心がこわれちゃう、って思った」

サーバル  「でもね、しばらく泣いたら動けるようになって、そのあとは、フレンズのみんなとおしゃべりしたり、狩りごっこしたり、いつも通りのわたしに戻れたんだよ」

かばん   「サーバルちゃんは、強いね。ぼくには、とても無理かな」

サーバル  「わたしが強いんじゃなくて、たぶん、ヒトの心は、そういうふうにできてるんだよ。ずっと悲しいままだったら、なにもできなくなっちゃうし、心が、こわれちゃうから。ほかのみんなも、悲しいこと、あったと思うよ。でも、今は笑っていられる。かばんちゃんも同じだよ。かばんちゃん、やさしいから、長引くかもしれないけどね。いっぱい悲しんで、いっぱい泣いたら、すっきりできるから」

かばん   「そういうもの、なのかな」

サーバル  「…………かばんちゃん、もし、もしね、わたしが先に死んじゃったら、たまーにでいいから、さばんなに帰ってきて、わたしとの、たのしかったこと、思い出して、ちょっとだけ、泣いてくれると、うれしい、かな」

かばん   「それ、ちょっとじゃすまないよ。ぼく、ぼろぼろに泣いちゃうよ」

 かばんは泣き笑いのような表情をうかべた。

サーバル  「笑えたね。もう、だいじょうぶだね」

かばん   「すごいよサーバルちゃん。ぼくよりずっと大人だよ」

サーバル  「そうかなー。でもそれって、老けてるってことだよね……」

かばん   「そんなことないよ! サーバルちゃんは若いよ!」

サーバル  「その言い方も、なんかやだなー」

かばん   「あはは」

 

 

 森の中。

 

フェネック 「もうすぐ砂浜だよー」

アライグマ 「フェネック! くだものはどこなのだ!」

フェネック 「ごめんねーアライさん。かんちがいだったみたい」

アライグマ 「ええー!」

 

フェネック 「……アライさん、わたしとアライさんって、どっちが年上なのかなー?」

アライグマ 「えっと……わからないのだ! そんなこと、どうでもいいのだ!」

 アライグマは、どこか楽しげだった。

フェネック 「だよねー」

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※1 大きなペットボトルは、4リットル入りの、取っ手付きのもので、海岸にあった漂着物です。沢の水で、アライさんがよく洗ってから使いました。

 

 ※2 アライさんにも少し波の音が聞こえていましたが、沢の水の流れる音にかき消されてしまい、海岸の方向まではわかりませんでした。

 

 ※3 フレンズの姿のサーバルちゃんと、サーバルちゃんの母親が再会した場合、サーバルちゃんの母親は、においや雰囲気などで自分の子だと認識できるんじゃないかと思います。ただ、自分の子だと認識する前に、サーバルちゃんの母親が逃げてしまう可能性が高いです。そこは、サーバルちゃんの身体能力で追いかけて……。

 




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 今回も、〈 こんなけものフレンズは嫌だ 〉に引っかかっています。
 サーバルちゃんが大人っぽくなりすぎました。サーバルちゃんとかばんちゃんは、あくまで友達であり、対等な関係だと思うのですが、サーバルちゃんは結構経験豊富なんじゃないかと思っています。経験豊富、ということで、サーバルちゃんの家族の話を、勝手に作ってしまいました。

 アライさんとフェネックの会話などは、ばっさりカットして、かばんちゃんとサーバルちゃんの会話に集中してもよかったかもしれません。


 ―― フレンズの年齢や寿命について ――

 フレンズの年齢や寿命が、公式設定ではどうなっているのか気になります。赤ちゃんや老人のフレンズがいないことから、外見はあの姿のままかもしれないのですが、博士が7話で「合わないちほーでのくらしは、寿命を縮めるのです」と言っているので、フレンズは不老不死ではないようです。フレンズ化が解けず、ずっとフレンズのままだったら、寿命はどのくらいなのでしょう? 妖怪や神に近いフレンズ(火の鳥までいますね)は、ほとんど不老不死なんでしょうけど、普通の動物のフレンズは、ヒトと同じくらいの寿命なんじゃないか、と、勝手に思っています。
 フレンズは、いつか必ず元の動物に戻り、その姿で寿命を全うする、とも考えられます。


 ―― 動物の感情について ――

 ヒト以外動物の感情はヒトよりも種類が少ない、という話があります。でも、そんなことないだろう、同じだろう、と感じるヒトも多いはずです。『大好き』な飼い主が帰って来た時のイヌは、明らかに『喜んでいる』ように見えます。ヒトと同じどころか、ずっと強い感情を持っているように見えます。でも、全裸でいても『恥ずかしい』、とは感じないようです。リアクションが無いから何も感じていない……かというと、それも違うようです。
 思うに、感情の『方向性』『感じ方』『強さ』『表現』が違うのだと思います。動物の脳は、それぞれハードウェアが違います(多分OSも違う)。そこに後天的なものが加わります。感情も違って当然です。ヒトと似ている部分もあるし、違う部分もあると思います。
 ですが、ヒトはそれを勝手に解釈して、『擬人化』してしまいます。

キュルル 「わかり合えなかったとしても、わかろうとするのは別にいいじゃん」(2期 #11)
 このセリフは、とてもヒトらしいと思います。エゴにも思えます。実際には、ヒト同士でもわかり合えないものです。

 フレンズの感情はどうなっているのでしょう? フレンズ化すると大きなギャップが生じるはずです。下手をすれば脳が壊れてしまうほどの。
 フレンズの感情は、ほとんどヒトと同じようです。でも元の動物の習性は残っています。
 いや、けものフレンズはファンタジーなんだから、考える必要ないことかもしれませんが。

 ちなみに、ヒトの感情は、140種類(喜び、悲しみ、怒り……というのを数えると)ぐらいある、という説もあります。





 おまけ

かばん   「もしぼくが、サーバルちゃんより先に死んじゃったら……サーバルちゃんと同じで、ときどき思い出して、ちょっとだけ泣いてほしい、かな…………サーバルちゃん?」
 サーバルは放心していた。
サーバル  「かばんちゃんが、死んじゃう……」
 サーバルはぽろぽろと涙をこぼし始めた。
かばん   「えええ!」
 サーバルは、うつむいて泣いた。
サーバル  「う、うううう」
かばん   「ぼくはまだ死なないから! だいじょうぶだから!」
 かばんはサーバルの背中をさすった。
フェネック 「かばんさん、彼女を泣かせちゃだめだよ」
かばん   「か、彼女じゃないよ!」
サーバル  「ひどいよかばんちゃん……ぐす……彼女じゃない、なんて……」
かばん   「うわあ、どうしよう……」



 [ 初投稿日時 2018/04/22 14:46 ]
 

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