まえがき
麻枝准さんとriyaさんのアルバム「Love Song」の「僕らの恋」のパロディです。でも、パロディというよりは、大きくずらしてトレースした感じです。
暗いおはなしです。元の曲を知らなくても読めるように書きました。
さばくの夏の夜。
ちょっとだけ月明かりがさしこむ、さばくの岩穴のおうちの中で、ボクはかべに絵を描いていた。それは、サーバルたちが島を出たときに、はじめて見て、すっごくびっくりした場所、海の絵だった。石と爪をつかって、かべに線をひいていった。
さばくにも季節がある。夏と冬の二つだけ。ある年の、季節が夏にかわったことを感じた日、夏には、水がたくさんある海が似合うな、ボクはそう思って、海の絵を描きはじめた。でも、一日もたたないうちに、ボクはあきて、投げだしてしまうだろう。いつものことだ。そう思ったけど、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
次の夜。
ボクがおきると、好きなにおいがした。においのしたほうを見ると、ツチノコが立っていた。ツチノコは、じっとボクが描いた絵を見ていた。
スナネコ「……おはようございます」
ツチノコは、こちらを見て、おどろいた。
ツチノコ「うああ!……おきたのか」
そんなにおどろくことないのに。
スナネコ「こんな夜にどうしたんですか?」
ツチノコ「ちと、月が気になってな」
おうちの外を見ると、出口のちょうどまんなかに、まんまるな月があった。
スナネコ「きれーですね」
間。
ツチノコは、月明かりにてらされた海の絵を見た。
ツチノコ「あの絵を描くの、手伝わせてくれ」
え? いまなんて?
ツチノコ「オレは、おまえほど絵はうまくないがな」
とってもうれしいけど、ツチノコはこんなことを言う性格じゃないよね? なんでだろう?
ツチノコ「ただの気まぐれだ」
あれ? なにも言ってないのに。気まぐれならしょうがないね。
スナネコ「いいですよ。ふたりで描くなら、かべいっぱいの、おっきな絵にしましょう」
そんなことできないって思ったけど、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
次の夜。
ツチノコが、ジャパリまんが三つくらい入りそうな大きな缶を、ふたつ持ってきた。
スナネコ 「なんですか、それ?」
ツチノコ 「ペンキだ。絵に色をつけるものだ」
色を付ける? この絵に? そんなことできるの!?
スナネコ 「すごいですね。これをあけるんですか?」
ボクは缶のふたを引っ張ってあけようとした。だけどすごくかたくて、あかなかった。ボクは爪を出した。
ツチノコ 「待て待て。まだたくさんあるんだ。運ぶのを手伝え」
ペンキをおうちの中へ運んでいる途中、ツチノコの右うでの、手首のあたりに、白いものが巻き付けてあることに気づいた。すこし、血のにおいがした。
スナネコ 「うで、けがしてるのですか?」
ツチノコ 「あ、ああ、気にするな。探索中に、ひっかけて切っちまっただけだ」
スナネコ 「そうですか」
ツチノコの言う通り、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
毛のついた棒、『はけ』や『ふで』をつかって、ふたりで海の絵に色を塗った。あるとき、ツチノコが塗った部分がおかしいことに気づいた。
ツチノコ、海は赤くないよ。どうして赤く塗ったの?
ペンキのにおいがひどかった。血のにおいがまじっていたような気がしたけど、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
ある夜。
ボクがおきると、あぶないにおいと、なつかしいにおいがした。おうちの中に、三体の、ちいさな赤いセルリアンがいた。すぐににげて、出口へ走ったけど、なにかが変だった。
かばん 「スナネコさん、逃げなくてだいじょうぶですよ」
フェネック「しばらくぶりだねー」
振り向くと、セルリアンといっしょに、かばんとフェネックがいた。
ツチノコ 「なんで、こんないいやつらが……」
ツチノコは、怒っているようにも、くやしそうにも見えた。なぜだろう? と思ったけど、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
かばんとフェネックの毛皮……じゃなくて服はぼろぼろで、血と砂で汚れていた。三体の赤いセルリアンも、からだが切れたり欠けたりしていて、石にひびが入っていた。
スナネコ 「サーバルとアライグマはどうしたんですか?」
フェネック「あー、それねー……」
かばん 「セルリアンといっしょに、水を探しに行ったんです。……あはは」
かばんとフェネックが、顔を見合わせて笑った。
ツチノコ 「くそっ!」
ツチノコがペンキの缶をけった。缶の中にのこっていた、赤いペンキが飛びちった。
わからないことだらけだったけど、こわかったから、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
おうちの外を見ると、出口のちょうどまんなかに、欠けた月があった。
ボクたち七人は、海の絵に色を塗った。セルリアンたちは、触手ではけをつかんで色を塗った。ちょっとねむかったけど、みんなにあわせて、お昼に絵を描くこともあった。かばんとフェネックは、旅で見たものや、出会ったフレンズのことを話してくれた。とってもたのしかった。あきることなんてなかった。ツチノコもすっごくたのしそうだった。そして、みんな痛そうだった。どうしてだろう?と思ったけど、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
この夏がおわるころには、かべをぜんぶ海の絵にしよう。みんなでそう決めた。
でもボクは、そんなことできない、できるはずがないって思っていた。 だって、ここにいる、おともだちは、みんな、傷だらけだから。大切なものを、なくしていたから。
ある夜。
ボクは、高いところの空を塗ろうとして、ぴょんぴょんと飛びはねていた。
ツチノコ 「見てらんねーな。ほら」
ツチノコは、ボクの股にうしろからあたまを通して肩車をして、高いところの空を塗るのを手伝ってくれた。ボクがツチノコの肩にまたがるとき、ツチノコのフードがぬげたけど、ツチノコはボクの足をつかんでいたから、フードをかぶりなおすことができなかった。
ツチノコ 「疲れた。きょうはそのぐらいにしておけ」
ツチノコがボクを肩からおろすとき、スカートの中が、ツチノコのかみのけでちょっとくすぐったかった。おりたあと、ツチノコの顔を見ると、なぜか赤かった。かわいい、って思った。
ボクはツチノコのことが、もっともっと好きになっていった。でも気にしないことにした。気にしなければいけない気がした。
海の絵はどんどん大きくなり、このままいけば、ほんとうに夏のおわりまでに、かべのぜんぶが海の絵になりそうだった。おともだちといっしょに描けば、ボクでもあきずにつづけられる。できるはずがないって思っていたことが、できるかもしれない。そう思った。すっごくうれしかった。
ある夜。
だれかの、たべないで、っていう声が聞こえた。ボクが目をさまして、手を見ると、ゆびが赤くなっていた。爪も赤かった。赤いペンキなんてつかったっけ? ゆびからペンキのにおいがしたけど、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
ある夜。
だれかの大きな声が聞こえた。ボクは、なにも見たくなかった。目の前で、サンドスターと、赤いペンキが飛びちった。赤いセルリアンが消えた。フェネックの手が赤く染まった。ツチノコが赤いものをけった。セルリアンの赤い触手がのびた。赤いぼうしがおちていた。ツチノコは、ボクを守ってくれた。
思っていたとおりになった。やっぱり、ここにいたおともだちは、みんなこわれていたんだね。
おうちの外を見ると、出口のふちに、まんまるな月があった。 気にしないことにした。
ボクは、おうちの中で、ひとりきりで、かべに海の絵を描きつづけた。あきっぽいボクが、こんなことをつづけているなんて、じぶんでも信じられなかった。なんども冬がきた。ペンキのにおいに慣れてしまった。はけや、ふでが、ペンキでかたまって、かたくなってしまった。服があちこち青くなってしまった。ぜんぶ、気にしないことにした。気にしてはいけない気がした。
ある夜。
ボクは高いところの空を塗ろうとして、ぴょんぴょんと飛びはねた。天井まで塗るのはむりだから、空はボクの手の届く高さまでにしよう、と決めた。むねのあたりがずきずきと痛かったけど、気にしないことにした。気にしなければいけない気がした。
ある夜。
もう少しでかべのすべてが塗りおわる。塗りのこったのは空の、ほんのちょっとだけ。この絵を描きはじめてから、何年たったのか、なんて、とっくにわからなくなっていた。
かべからはなれて、海の絵全体を見てみると、そこに描かれていたはずのおともだちと、大好きなひとが、青く塗りつぶされて消えていた。いや、そんなもの描いたっけ? とても気になったけど、答えてくれるひとはいなかった。
空がかべの高いところまで塗られている部分があった。いままで気にしないように、見ないようにしていた部分だった。
あんな高さまでは塗れないね。ほかの高いところは、さいごまで、塗れなかったね。
目をとじると、ほっぺたにあたたかいものが流れるのがわかった。じぶんが泣いているのがふしぎだった。ボクは、すっきりした、でこぼこのない気持ちなのに。むねの痛みなんてないのに。
わけがわからないから、気にしないことにした。気にしなくてもいい気がした。
ボクは、のこった部分を塗りはじめた。涙がだらだらと流れつづけた。ぐしぐしと目をこすると、よけいに涙がこぼれた。手がふるえて、うまく塗れなくなった。にぎっていたはけがおちて、それをひろおうとしてしゃがんだら、青いペンキでかたまった砂に、涙がぽたぽたとおちた。
ボクは、こわれてしまったの? もう、ずっとずっとまえから、こわれていたはずなのに……。
ボクは、砂まみれになったはけをひろって、たちあがり、ぼろぼろに泣きながら、ふるえる青い手で、空を塗りつづけた。
さいごのひと塗り。この線で、おわりにしよう。
ボクは、砂のうえに大の字にたおれた。やっと夏がおわった。つかれたよ、ほんとうに。
横を見ると、おうちの外、出口のちょうどまんなかに、ぼやけた、まんまるな月があった。
おわり
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
このおはなしは、元の曲の歌詞の力に頼っています。自分なりにオリジナル要素を入れて、元の歌詞の単語を避けるなど、工夫したつもりですが、いまいちです。
「なにか」がおきる部分で悩みました。狂気っぽくしてごまかしてしまいましたが、それにより元の曲から大きくずれてしまいました。もっといいやりかたがあったはずなんですが、力不足でした。変な方向にずれてしまったことで、スナネコとツチノコでやる意味があんまりなくなってしまいました。
最初は、かばんとサーバルで、バスに色を塗る、というものを書こうとしたんですが、うまくいかず、スナネコとツチノコにしました。三人称では難しいため、歌と同じ一人称にしました。
ひらがなを増やしたかったのですが、やりすぎると非常に読みづらくなるので、適度に漢字を混ぜています。
「僕らの恋」は大好きな曲なんですが、知名度が低いのでパロディをやる意味があんまり無いかもしれません。自己満足です。
おまけ
カットしたシーンです。
ツチノコにつれられて、奥の穴からあの大きな道、地下のバイパスに入った。ここは夜目が効くボクでも暗すぎてほとんど見えないところだ。突然、明るい光が放たれた。光は、ツチノコが持っていた短い棒から出ていた。
スナネコ 「おー」
そこには、四角い板の下にジャパリまんくらいの丸いものが四つついている、よくわからないものあり、板のうえにはさっきの缶、ペンキがたくさん積み重なっていた。
それは小さなバスのように見えた。たぶん、これが動くのだろう。
ツチノコにつれられて、地下迷宮に入った。迷宮のわきには、出口へすぐに出られる道がある。その道を少し進んだところに、ドアがあった。ドアの先には、部屋があって、よくわからないものがたくさん置いてあった。そのなかに、あの缶と同じものがたくさん積み重なっていた。
[ 初投稿日時 2018/06/21 18:00 ]