ジャパリ・フラグメンツ   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 詳しい場所や時間の設定はありません。



第21話~第40話
〈 フェネはえる 〉


 

 昼の砂漠。

 

 かばん、サーバル、アライグマの三人が、停車したバス ※1 の中にいた。

アライグマ 「おそいのだ……」

サーバル  「フェネック、暑さにつよいって言ってたけど、どのくらいならだいじょうぶなんだろう?」

かばん   「さすがにこんな長い時間外にいたら、あぶないよね……」

アライグマ 「さがしにいくのだ!」

 アライグマがバスから飛び出した。

サーバル  「わたしもいくよ!」

かばん   「ぼくも!」

ラッキービースト(腕時計型)「カバン、イマ動キ回ルノハアブナイヨ。救助ヲ待トウ」

サーバル  「かばんちゃんは待ってて。すぐ戻るから」

かばん   「そんなわけにいかないよ!」

ラッキービースト「測位情報ヲ取得。短イ時間デ移動デキテ、バスヘ戻ッテコラレル範囲ヲ指示スルカラ、ソレ以上ハ動カナイデネ」

 

 

 三人は、フェネックの足跡をたどり、砂漠を歩いていた。アライグマが、ほかのふたりよりも先を行っていた。

アライグマ 「はあ、はあ、はあ……。フェネック……」

かばん   「アライさん! 待って、ください……わっ!」

 かばんがふらついて、砂に足をとられて、倒れかかった。それを、わきからサーバルが支えた。

サーバル  「だいじょうぶ? かばんちゃん……。お水、のまないとだめだね……。わたしも足が痛いよ……」

ラッキービースト「コレ以上進ムト、バス二戻ル前二熱中症ニナルヨ」 ※2

かばん   「ラッキーさん、もうすこしだけ、探させてください……」

 アライグマが、立ち止まった。

アライグマ 「え? なんで……」

 あとのふたりが追いついた。

サーバル  「あしあとが消えてるよ!」

 三人の行く先の、フェネックの足跡が、消えていた。

かばん   「そんな……どうして……」

アライグマ 「フェネーック!! どこなのだっ!!」

 かばんが遠くを見た。

かばん   「あれ? なにかあるよ!」

アライグマ 「フェネック!! ついに見つけたのだ!!」

 アライグマが、遠くに見えた何かに駆け寄った。

サーバル  「やった!」

かばん   「よかったー!」

 

アライグマ 「たいへんなのだ!! フェネックがうまってるのだ!!」

サーバル&かばん「ええー!!」

 

 砂の上に、黄色くて太い、ふさふさしたものが飛び出していた。その先端はとがっていて、茶色くなっていた。それは、フェネックのしっぽのようだった。

 

 残りのふたりも、しっぽに駆け寄った。

三 人   「どうしてこんなことに……」

 三人は、砂に半分ほど埋まっていたしっぽの、まわりを掘っていった。しっぽの全体が見えたところで、アライグマが、そのしっぽを引き抜こうと、両手で引っ張った。

アライグマ 「ぐぬぬぬ……」

かばん   「ひっぱっちゃだめですよ!」

サーバル  「しっぽがとれちゃうよ!!」

アライグマ 「うわあっ!」

 しっぽが砂から抜けて、アライグマがうしろに倒れた。

かばん   「え?」

サーバル  「なんでー!!」

アライグマ 「しっぽがとれたのだ!!」

 アライグマは両手でしっぽをつかんでいた。だが、その先にあるはずのフェネックの体が無く、代わりに、もう一つの小さなしっぽがついていた。小さなしっぽは、砂から飛び出していたしっぽを小さくしたようなものだった。

サーバル  「しっぽにしっぽがついてる……」

かばん   「わけがわからないよ……」

 アライグマは、両手でつかんでいた、フェネックのしっぽのようなもののにおいをかいだ。

アライグマ 「これ、フェネックのにおいがしないのだ!」

 サーバルの耳が、ぴく、と動いた。

サーバル  「みゃ?」

 サーバルが振り向いた。

サーバル  「ええー!!」

 サーバルの視線の先には、今引き抜いたものと同じような、しっぽのようなものがあった。それは、半分ほど砂から飛び出していた。

 三人がしっぽのようなものに駆け寄った。

かばん   「どうなってるの!?」

アライグマ 「とりあえず、掘りだすのだ!」

 三人は、先ほどと同じように砂を掘った。

かばん   「おなじだね……。しっぽがついてる……」

 砂の中から出てきたしっぽの先には、先ほどと同じように、もう一つのしっぽがついていた。だが先ほどと違い、深く埋まっていた方のしっぽは大きめで、それは砂から抜けなかった。三人が協力して、さらに砂を掘っていった。

サーバル  「また出てきたよー」

 サーバルは困惑していた。その先に現れたのは、三つ目のしっぽだった。

かばん   「からだはどこにあるんだろう?」

アライグマ 「これもフェネックのにおいがしないのだ!」

かばん   「これ、フェネックさんがどこにいるのかの、ヒントになるかもしれない」

サーバル  「よくわからないけど、ひき抜いてみようか」

 三人が協力して、フェネックのしっぽのようなものを、引っ張った。砂の中から、ずるずると、しっぽのようなものが次々に出てきた。それらは、くさり状につながっていた。

サーバル  「きもちわるいよー」

かばん   「なんなんだろう、これ」

 ぱさ、ぱさ、と、小さな音がした。三人が音のしたほうを見ると、フェネックのしっぽのようなものが二つ、砂の中から飛び出していた。

かばん   「まただ……」

サーバル  「フェネックのいたずらかな?」

 また、ぱさ、ぱさ、と、音がして、砂の中からしっぽのようなものが次々に飛び出してきた。

アライグマ 「フェネック! どこにいるのだ!」

 しっぽのようなものが、三人のまわりに、どんどん増えていった。

かばん   「こわいよ……。どうなってるの……」

 かばんがおびえ始めた。

かばん   「うわあっ!」

 突然、かばんが左足を上げた。かばんが左足をついていた所から、しっぽが飛び出していた。

サーバル  「セルリアン、ではないね。あぶなくはなさそうだよ……うみゃっ!」

サーバルの足首を、砂から飛び出してきたしっぽがなでた。

アライグマ 「フェネックが怒ってるのだ!」

 しっぽのようなものはさらに増えていき、三人のまわりや足元は、砂から飛び出したしっぽだらけになってしまった。

サーバル  「すごい数だね……。この中に本物がいるのかな?」

かばん   「そんな分身みたいなことできたの……フェネックさん……」

アライグマ 「フェネック! フェネック! フェネックだらけなのだ!」

 アライグマは混乱していた。

 

 突然、三人のそばの砂が、ずぼっと陥没した。陥没してできた穴から、砂煙とともになにかが飛び出した。

 

サーバル  「みゃっ!」

 サーバルが、飛び出してきたもののほうを向いて、戦う構えになった。

かばん   「わあっ!たべないで!」

 かばんは、頭を抱えてうずくまった。

アライグマ 「フェネック!」

 砂の中から出てきたのは、フェネックだった。

かばん   「え?」

サーバル  「フェネック! なんで?」

フェネック 「だめだよみんなー、まっててって言ったじゃないかー」

アライグマ 「フェネック、よかった! 生きてたのだ!」

フェネック 「わたしは、そんなかんたんには死なないよー。これのにおいがしたから、探してたのさー」

 フェネックがしゃがんで、しっぽのようなもののひとつを、片手でなでた。

 サーバルが、フェネックのしっぽを見た。

サーバル  「ほんもの、だよね?」

フェネック 「ほんもの?」

 かばんが、あたりを見回した。しっぽのようなものが数え切れないほど生えていた。新たに生えてくるものはなかった。しっぽが生えるのは、止まったようだった。

かばん   「フェネックさんの、しっぽがこんなにたくさん……」

フェネック 「これを、わたしのしっぽだと思ったの?」

 フェネックが、片手でしっぽのようなものをつかんで、砂から引っ張り出した。

フェネック 「なんでまちがえるかなー。ぜんぜん似てないじゃないかー」

 フェネックは、しっぽのようなものをつかんだまま立ち上がった。しっぽのようなものが、ずるずると、連なって、砂の中から出てきた。同時に、付近に生えていたしっぽが数本、砂に沈んだ。

かばん   「つながってる……」

 さらに、フェネックは、両手でしっぽをつかみ、そのままうしろに歩いて、しっぽを引っ張った。すると、砂の中から、何本にも枝分かれし、連なったしっぽが次々に出てきた。周囲にあったたくさんのしっぽは、ほとんどが地下でつながっていた。

フェネック 「すごいねー。こんなにいっぱい生えてるのはなかなかないよー」

かばん   「フェネックさん、これがなんなのか知ってるんですか?」

フェネック 「まーねー」

 フェネックが、しっぽのようなものの一つを、ねじってもぎ取り、先端の茶色い部分をちぎり取った。

サーバル  「なにしてるの?」

フェネック 「水分補給さー。さばくを歩くときは大事だからねー」

 フェネックは、しっぽのようなものの、切り口の部分をくわえて、しっぽを握り潰しながら、ちゅうちゅうと吸った。※3

アライグマ 「アライさんものむのだ!」

サーバル  「かばんちゃん! お水がのめるよ!」

 アライグマがしゃがんで、しっぽのようなものの一つをもぎ取ろうとしたが、うまくちぎれなかった。

アライグマ 「取れないのだ!」

フェネック 「もっとねじって、一気に引っ張るのさー」

 アライグマは、言われた通りに、しっぽのようなものを、ねじって引っ張った。

アライグマ 「うわっ!」

 しっぽのようなものが、急に途中でちぎれて、アライグマがうしろに転んだ。アライグマは、しっぽのようなものがちぎれた勢いで、それを握りつぶしてしまった。しっぽのようなものの中から、白いゼリー状の液体が飛び出し、アライグマの顔にかかった。

フェネック 「もったいないなー。アライさん、ちょっと、じっとして、目をとじてねー」

 フェネックが、アライグマの横にしゃがんで、両手でアライグマの頭を軽くおさえた。そして、アライグマに顔を近づけていった。

アライグマ 「フェネック……なにを……するのだ……」

 アライグマが目を閉じると、フェネックは、アライグマの顔にかかった液体を、ぴちゃぴちゃとなめて、ちゅる、と吸った。

アライグマ 「やめるのだ! なめなくてもまだたくさんあるのだ!」

 フェネックが、なめるのをやめた。アライグマが目を開けた。

フェネック 「これね、目に入るとよくないんだよー。だからきれいにしてあげたのさー」

 フェネックが、しっぽのようなもののひとつを、もぎ取った。

フェネック 「ほい」

 フェネックは、もぎ取った、しっぽのようなものを、アライグマに渡した。

 サーバルもしゃがんで、しっぽのようなものをつかんだ。

かばん   「のんでだいじょうぶなの、それ?」

サーバル  「フェネックがのんでるならへーきだよ。みゃっ! みゃっ!」

 サーバルは、しっぽのようなものを二つ、爪で切り取った。

サーバル  「かばんちゃんものみなよ!」

 サーバルは、しっぽのようなもののひとつを、かばんに渡した。

 アライグマは、フェネックのまねをして、しっぽのようなものの先端の、茶色い部分をちぎり取って、中身のにおいをかいだ。

アライグマ 「おいしそうなのだ」

サーバル  「うみゃっ!」

 サーバルが、しっぽのようなものの先端を、爪で切り落とした。

 アライグマが、しっぽのようなものをくわえて、中身を一気に吸った。

 

アライグマ 「……ぶはあっ!!」

 アライグマが、飲んでいた液体をふきだした。

 

サーバル  「なに!?」

かばん   「どうしたの!?」

アライグマ 「どろどろで、へんな味なのだ!!」

 アライグマがふきだした、白いゼリー状の液体が、フェネックの、頭から胸のあたりまでに、かかっていた。だがフェネックは平然としていた。

フェネック 「ちょっとくせがあるから、はじめは、のみにくいかもねー」

サーバル  「のまなくてよかったよ……」

フェネック 「この近くに水場はなかったから、のまないと死んじゃうよー」

 サーバルが、意を決したように、しっぽのようなものをくわえて、中身を吸った。少し飲んだ所で、サーバルは顔をしかめて、しっぽのようなものを口から離し、すぐに手で口をおさえた。そして、無理やり、口の中のものを飲み込んだ。

サーバル  「うみゃー……すっごく……ふしぎな、味だね…………。かばんちゃん、これ…… まずくは……ない、よ? …………うええぇ……口の中にのこって、きもちわるいよー」

 かばんは、手に持った、しっぽのようなものを見つめていた。

かばん   「ぼくも、のまなきゃ、だめなんだよね……」

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

※1 バスがスタックしたうえにバッテリー切れ、水も食料もない、という状況です。ラッキーさんが救難信号を発信しており、かばんたちは救助を待っています。

 

※2 ジャパリバスにはエアコンがない(?)ので、バスに戻ってもかなり暑いはずです。でも、日陰になるので、炎天下よりは良いんじゃないかと思います。ただ、エアコンがなくても、扇風機くらいはほしいところです。バッテリー切れでは動かないですが。

 あえてエアコンをなくして、運転席や客車に大きな開口部を作った、あの設計は正しいのかもしれません。バッテリー切れになるとエアコンが動かないので、密閉されたつくりでは、室温が上がって危険だからです。

 ただ、それは日差しが強くて暑いときの場合で、寒冷地や砂漠の夜では、寒くてたまらないと思います。パークが正常に機能していたころには、バスに毛布などが常備されていたのかもしれません。あるいは、寒冷地仕様のバスがあった、とも考えられます。

 

※3 ストロー付きパウチに入った、ゼリー飲料を飲む感じです。

 




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 アライさんが降るなら、フェネックが生えてもいいじゃないか、という謎の理由により、書いたおはなしです。



 フェネックのしっぽのようなものの設定

 フェネックのしっぽのようなものは、「フェネコログサ」または「フェネコウィード」と呼ばれる、砂漠に生える、非常に珍しい植物。ほとんどの場合、地下の根だけで生きている。

 その根は地下で長く伸びて、何本にも枝分かれしている。その根が肥大して、くさり状にいくつもつながった塊根になる。塊根の外見はキツネのしっぽによく似ており、長い毛で覆われていて、芯の部分は細長い。芯の部分の中には、白色のゼリー状の液体が詰まっている。その液体の成分はほとんどが水で、わずかにデンプンやミネラルが含まれている。これは、ヒトやフレンズが飲めるものである。だがこれは、表現の難しい、複雑な味がする。

 フェネコログサが、どのようにして水分や養分を得ているのかは分かっていない。塊根は地下2~3mの深さまで潜ることもあり、また、この植物のある所には、地下水脈があることが多いため、水脈から上昇してくる水蒸気や、砂や岩石の隙間にある水分を、塊根の毛から吸収しているのではないか、との説がある。

 数か月に一度、根の一部が地上へと飛び出すことがある。その理由は、おそらく呼吸のためと思われるが、正確な理由は分かっていない。根を引っ張るなどの刺激を与えると、周囲の根が飛び出してくることもある。また、地上へと飛び出した根から、まれに茎や葉がのびることがある。葉や茎が地上に出ている期間は短く、数日で枯れてしまう。葉や茎が出ても、花はめったに咲かず、基本的には、フェネコログサは塊根で繁殖する。

 フェネコログサは、数百年に一度、花を咲かせると言われている。しかし、フェネコログサ自体が希少であることに加えて、花の咲いている期間が、数百年のうち、二日間から三日間しかないため、花を見た者はほとんどおらず、公式な記録も残っていない。生育地の近くの住民らの間で語られている伝説によると、フェネコログサの花は黄色がかった白(ピンク色という説もある)で、とても美しいフレンズのような形をしていたという。また、その花と会話ができた、とか、夜に輝き、サンドスターを吹き出していた、という伝説もある。


 [ 初投稿日時 2018/07/05 20:40 ]
 

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