まえがき
あけましておめでとうございます。
投稿日時が【 2019/01/01 00:00 】ですが、正月とはあんまり関係ないおはなしです。
冬の夕方。日本の地方都市。住宅地にある普通の民家。
かばんが少し速足で階段を上った。かばんは体格に見合わない大きなダウンジャケットを着ており、手袋をはめていて、左手で大きな茶封筒 ※1 を持っていた。
かばんはドアを開けて部屋に入り、ダウンジャケットを着たままベッドの端に座った。そして、茶封筒をわきに置いて、手袋を脱いでポケットに突っ込んだ。
かばんは、茶封筒のとじ目に指を突っ込み、ぺりぺりと開封した。
ゆっくりと、ていねいに。
そして、書類を取り出した。
最初の一枚には、まず日付とかばんの名前があり…………。
ジャパリ環境保護財団
採用担当
先日はジャパリパーク飼育員採用面接へお越しいただき、有難うございました。
多数の応募者様を慎重に審査いたしましたところ、誠に残念ながら、今回は採用を
見送らせていただくこととなりました。
つきましては、ご応募に際し、お預かりしました履歴書等を返却いたします。
末筆になりますが、今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。
…………とあった。
かばんは、しばらくの間選考結果の紙を見つめると、封筒の中に戻した。
そして、立ち上がって、封筒を机の上に置き、机の上に置いてあったリモコンのボタンを押した。ピピっと音がして、エアコンの吹き出し口が開いた。かばんは、ダウンジャケットを脱いでハンガーにかけて、それをカーテンレールに引っかけた。ダウンジャケットの下は、薄手のセーターだった。
かばんは再び封筒を手に取り、中身を取り出した。そして、しゃがんで、選考結果の紙を、床に置いてあった手回し式のシュレッダーにセットして、ハンドルを回した。
すぐにパキっと音がして、ハンドルが不自然な角度に曲がった。かばんはハンドルを回したが空回りして、ハンドルが外れた。かばんはハンドルを取り付けようとしたが、付かなかった。※2
かばんは椅子に座って机に向かい、選考結果の紙の中途半端に細断された部分を、はさみで切り落として、残った部分を折り始めた。
選考結果の紙は、紙飛行機になった。
かばんが窓を開けた。外は快晴だった。 遠くで甲高いサイレンの音が聞こえた。※3
かばんは、外に紙飛行機を飛ばした。
強い風が吹いて、紙飛行機は一瞬浮き上がり、すぐに落下した。
ひらひらと回転しながら落ちていく紙飛行機。落ちる先は、かばんの家の前の道路だった。かばんはそれを、ぼんやりと見ていた。
そこへ、爆音をたてて、明らかに違反なスピードでバイクが走ってきた。※4 そのバイクのライダーはノーヘルだった。サイレンの音が近づいてきた。
紙飛行機は暴走バイクの前へ落ちていった。
紙飛行機が、ライダーの顔のすぐ前を通過した。ライダーが、紙飛行機を目で追った。
バイクがバランスを崩して転倒し、ライダーが投げ出された。バイクは倒れた状態で路面を滑り、電柱に衝突して止まった。
暴走バイクを追って、白バイ ※5 が走ってきた。サイレンの音が止まった。暴走ライダーが立ち上がって逃げようとした。白バイ隊員は、素早くバイクを停めた。
白バイ隊員が、人間離れしたジャンプをして、逃げようとしたライダーに飛びかかった。
白バイ隊員のヘルメットには、大きなけもの耳がついていた。※6 黄色い髪が、ヘルメットの後ろからはみ出していた。おしりからは、黄色と茶色の縞模様が入ったしっぽが生えていた。※7
暴走ライダーは、白バイ隊員に後ろから飛びつかれて前のめりに倒れ、ひざをついた。白バイ隊員は、ライダーの両腕を後ろにまわして、素早く取り押さえた。
ライダー「はなせっ!! このっ!!」
ライダーは暴れたが、白バイ隊員は手と足でライダーを押さえており ※8 、ライダーは一歩も動けなかった。
白バイ隊員「暴れないで! 頭打ってるかも! 救急車呼ぶから!」※9
白バイ隊員の声は、かわいらしい感じの女性の声だった。
白バイ隊員「……えっと、道路交通法違反のげんこうふぁっ! かんじゃったぁー……」
白バイ隊員は、犯人や無線と簡単なやり取りをした。そして、片手で犯人の腕をつかんだまま、片手でヘルメットのバイザーを上げ、斜め上を見た。
そして、かばんに向かって、明るい声で言った。
白バイ隊員「きみ! 助かったよ! でも、あぶないことしちゃ……」
白バイ隊員は、かばんを見て固まり、急に気の抜けた声を出した。
白バイ隊員「え?」
かばんは、呆然と白バイ隊員を見つめていた。その頬に涙が流れた。
かばん 「さ……」
かばんは白バイ隊員から顔をそらして、涙をぬぐった。
そして、再び白バイ隊員を見て、かすれた涙声で言った。
かばん 「……あ、あのっ! すみませっ!」
かばんは再び涙をぬぐった。涙声が、少しだけ明るい声に変わった。
かばん 「……それっ! 紙飛行機! 細かく切って、捨ててください!」
おわり
※1 角形2号のクラフト封筒です。A4の紙が折らずに入ります。
※2 ハンドルの取り付け部が壊れていました。表からは見えない部分です。
※3 白バイのサイレンの音です。筆者の記憶が曖昧なのですが、これはパトカーとは違って、音が高くて、電子音っぽかったはずです。「ウー」ではなく「ピュゥーン」みたいな感じです。
※4 このバイクは違法な改造が施されており、結構速いです。でも不安定なので、乗りこなすのは難しいです。これで一般道を暴走するのは(周囲も自分も)かなり危険です。この時のスピードは、住宅地の細い道路ではありえないものでした。それなので、この白バイ隊員は、事故を起こさせないように慎重に追っていました。 ……らしくないですが、厳しい訓練を受けた警官なので。
※5 この白バイは、ヤマハFJR1300がベースです。
※6 ヘルメットの耳は、けもの耳を覆うふくらみで、中身と違って流線型になっています。小さな穴(スリット)がいくつかあり、通気性と音の通りを確保しています。耳が付いている以外は、普通の白バイ隊員用のヘルメットと同じ形です。
※7 ズボンの後ろの、腰に近い所に穴があり、そこからしっぽを出しています。
※8 足は犯人の体に軽く添えているだけですが、動きを抑える効果は十分にあります。これは、サ……この白バイ隊員が格闘術に長けているためです。
※9 この暴走ライダーは、直接頭を打っていなくても、バイクから投げ出されて倒れた時の衝撃で、脳や脊髄などにダメージを負っている可能性があります。意識がはっきりしていても、時間がたってから症状が出ることもあります。あとは骨折や擦過傷など……。サー……白バイ隊員はそれを分かった上で対応をしています。なお、この白バイ隊員は、もっと悲惨な現場も見ています。
あとがき
改めまして、あけましておめでとうございます。そして読んでいただきありがとうございます。
投稿日時を大晦日にするか、元日にするかで迷ったのですが、切りがいいので元日にしました。切り捨てる、という意味では、大晦日の方が良かった気もしますが……。不吉な感じですし……。
設定が謎なおはなしです。複数の捉え方ができます。
切るのが得意そうだからって、警察のひとをシュレッダー代わりにしてはいけません。あと、履歴書はともかく、選考結果の紙をすぐにシュレッダーにかけてしまうのもどうかと思います。
日本の白バイ隊員の制服は、機能性重視なのか、見た目がいまいち……。アメリカの制服はかっこいいのですが。隣の芝生は青い、ということでしょうか……。日本の白バイ隊員の制服は青い。
「おめでとうございます」と言っておいて、年明けに水を差すようなことなんですが。
個人的には、正月の何がめでたいんだ、という、ひねくれた気持ちもあります。区切り目を過ぎただけですから。
これは、宗教や歴史のことは無視した、単純な私の考えです。
めでたいのは、「無事新年を迎えることができたから」ということなのでしょう。でも「無事」ではない人も多いですし、新年を迎えるのが憂鬱な人もいます。
年越しや正月には「次はいい年に」という意味もあるでしょう。でも元日は、人間が「この日を始めにしよう」と勝手に決めたものです。ただの区切り目です。ですから私は、年越しや正月は、騒ぐほどのものでもないんじゃないか、と思っています。