ジャパリ・フラグメンツ   作:くにむらせいじ

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 まえがき


 後編です。








〈 やさしさ 後編 〉

 

 

 

 

 

 

 

 サーバルの腕が切り落とされてから三日後。実験室。

 

サーバル 「ああああ!!! うああああ!!! 痛い痛い痛い!!!」

 サーバルは涙をだらだらと流し、叫び続けていた。

上 司  「サンドスター、レベル8」

研究者  「了解」

サーバル「うぎああああ!!! やめてっ!! いらない!! うでっ!! いらないからっ!!

     やめてえええ!! うああああ!!!」

研究者  「ごめんな……。あと10秒がんばってくれ……」

 研究者は、祈るようにつぶやいた。

 サーバルの右腕の切り口から血が噴き出し、サンドスターに変わった。切り口が強く光った。

緑 札  「やった!」

サーバル 「あ゛っ!! あ゛っ!! あ゛っ!!」

 サーバルの体が、ガクンガクンとはねた。縫い痕の一つから血とサンドスターが漏れ出した。

研究者  「これ以上は無理です! 止めます!」

上 司  「まだよ。続けて」

サーバル 「う゛あ゛あっ!!! うっ…………」

 サーバルが失神した。

サーバル 「ううううう…………」

 サーバルの体は、失神したあともビクビクと震え続けていた。腕の切り口の光が弱まっていき、消えた。サーバルの腕の切り口のまわりや、手術台は血まみれになっていて、サンドスターのきらめきが残っていた。

上 司  「失敗ね。目覚めたら、もう一回」

 研究者が機器のスイッチを切った。サーバルの震えが止まった。

研究者  「実験は失敗です。 何回やっても無理です」※1

 研究者の声は、激しい怒りをこらえたものだった。

上 司  「腕が戻らなくても、反応があったわ。続けて」

 

 研究者が、無言で上司の右手首をつかんで、実験室のドアに向かって引っ張っていった。

 

黄 札  「おい! やめろ!」

 黄札が、研究者の腕をつかんで止めた。

緑 札  「何してるんですか!?」

 

研究者  「出ていけ……」

 研究者の声はひどく暗く、重かった。

 

上 司  「……実験は中止。……頭を冷やしなさい」

 

 

 上司の右手首に、赤紫色のあざがついていた。

 

 

 2週間ほどあと。飼育室。

 

サーバル 「わあ! ひさしぶりだね!」

 サーバルは、とても嬉しそうだった。研究者が飼育室に入ってきた。サーバルの右腕は失われたままだった。

 

 研究者が、サーバルの左腕に注射をした。

サーバル 「いたたっ……。やっぱり下手だね。ほかのひとはこんなに痛くないよ?」

研究者  「俺は医者じゃないからな」

 サーバルは、少し暗い、あきらめたような表情で、注射針が抜かれるのを見ていた。

サーバル 「こんどはなに? またくらくらするやつ?」

研究者  「少し待て。じっとしてろ」

サーバル 「なにこれ……ふわふわする」

研究者  「痛み止めだ。強力なやつ。気休め程度かもしれんが。……他の連中には内緒だぞ」

サーバル 「こんなことしたら、また怒られるよ?」

研究者  「大丈夫だ。気にするな」

サーバル 「ありがと」

研究者  「やめろ!」

 

 沈黙。研究者はうつむいたままで、その表情は見えなかった

 

サーバル 「ごめんね」

研究者  「……なぜ謝る?」

サーバル 「わたしが、あなたを苦しめてるんだよね?」

研究者  「なにぃ!? 何を馬鹿な……」

サーバル 「ふふっ。わたし、あなたの弱いところ、わかってきたよ」

 

 突然、ドア(引き戸)が開いて、部屋に、白衣を着た緑札が入ってきた。緑札はワゴンを押してきた。ワゴンには、薄茶色のペーストがアルミ製の大きな深皿に盛られたもの ※2 と、コップに入った水と、いくつかの錠剤と、注射器が二つ乗っていた。

緑 札  「サーバル、ごはんの時間……え?」

 緑札は、研究者を見て驚いた。

緑 札  「あんた!! 出入り禁止でしょ! どうやって入ったんですか!?」※3

 

 研究者は、うっとおしそうに緑札を見た。

研究者  「上に許可をもらった。サーバルの飼育係は俺だ。出ていってくれ」※4

 

サーバル 「かーっこいいー!」

 研究者は、少し顔をしかめた。

研究者  「……どこが」

 

 緑札が、部屋から出ていった。

 研究者はサーバルを見て、穏やかな口調で言った。

研究者  「次は、ジャパリまんを持ってくるよ」

 

 

 二か月ほどあと。飼育室。

 

 サーバルの頭の電極が、右のヒトの耳を切り取った部分に2本追加されて、6本に増えていた。その周囲の皮膚は赤紫色になっていて、血をふき取ったあとがあった。右目が白く濁っていた。

 

サーバル 「ねえ、カラカルは、どうなったの?」

研究者  「……別の場所にいる。実験は終わったからな」

サーバル 「うそつき。カラカルの叫び声、聞こえたよ?」※5

研究者  「……嘘は言っていない」

サーバル 「カラカル、もとの姿に戻ったの?」

 

 沈黙。

 

サーバル 「死んじゃったんだ」

 

 沈黙。

 

研究者  「怒らないのか」

 

サーバル 「怒ってるよっ!! けほっけほっ。切り裂いて、やりたいよっ!! でも、でもっ、

      つめが、ないし! からだ、うごかないし! ぐす……カラカルはっ!!

      なにしても、帰ってこないからぁ…… けほっ、けほっ、けほっ……うううう」

 

 サーバルは、ぼろぼろに泣いた。

 

サーバル 「せめてもう一回、会いたかったよう……。カラカルうぅ……」

 

 涙が、ヒトの耳があったところに向かって流れた。

 

 

 

 一か月ほどあと。実験室。

 

サーバル 「うあっ!! ああああ!!! げぼっ!!」

 サーバルが、どろどろした赤黒いものを吐いた。数か所の縫い痕から出血した。

 サーバルと手術台が、サンドスターに包まれていった。

サーバル 「げほっげほっ!! う゛ああっ!!! げほっげほっげほっ!!」

研究者  「緊急停止!!」

 研究者が、赤いボタン押した。

上 司  「まだよ」

 上司が、別のスイッチに手を伸ばした。

 黄札が、後ろから上司の両肩をつかんで、後ろへ引っ張った。

上 司  「何するの! 放しなさい!」

黄 札  「ちょいと、頭を冷やしてください」

 

 

 二か月ほどあと。実験室。

 

 手術台の周囲には、様々な機器が10台以上置かれていた。それらは、ランプ類を点滅させたり、画面に数値を表示したり、ブーンとうなったり、ピッピッピッと音を立てていたりした。

 

サーバル 「もう、サンドスター、くれないの?」

 サーバルの声は弱弱しかった。体のあちこちに、血まみれの包帯が巻かれ、包帯の隙間から、何本ものケーブルやパイプが飛び出していた。右足が失われていた。右目が包帯とガーゼに隠れて見えなかった。左目は閉じていて、くぼんでおり、まぶたの間から細いケーブルが飛び出していた。

研究者  「おまえの体がもたない。……話ができるのは、これで最後だ」

サーバル 「よく生きてるね……わたし。フレンズって、なんでこんなに丈夫なのかなあ……。

      らくに、死なせてほしいよ……」

研究者  「く……強力な麻酔を使う。楽にしてやるよ」

 研究者が、隣に立っている上司を見た。

研究者  「なに勝手なことを、って言わないんですか?」

上 司  「……勝手にしなさい」

 上司は、部屋を出ていった。

 

研究者  「お別れだ」

 研究者が、機器のスイッチを切り替えていった。一つ……二つ……。

研究者  「おやすみ、サーバル」

 三つ目のスイッチに指がかかった。

 

サーバル 「まってまって! けほっ!」

 サーバルの口から血が飛び散った。サンドスターの輝きは無かった。

 

サーバル 「もう少し、おはなししたい……」

 

 

 10分ほどあと。

 

サーバル 「ふたりきり、なんだね」

研究者  「気を効かせてくれたらしい。馬鹿な連中だ」

サーバル 「ありがと。みみと、のど、残してくれて」

研究者  「……おまえと話がしたかった。それだけだ」

 研究者は、絞り出すように言った。

サーバル 「なんだろ……。すっごく、うれしい」

研究者  「…………」

サーバル 「さいごに、約束して」

研究者  「約束?」

サーバル 「じっけんしたこと、ちゃんと、役に立ててね。みんなの、ために」

研究者  「わかった。約束する」

サーバル 「ありがと」

研究者  「感謝されることなんて、してない!」

サーバル 「いっぱいしてくれたよ。……これからも、してもらうんだよ。がんばって、ね」

研究者  「これが、興味本位の、どうなるか知りたいだけの実験だったら、どうする?」

サーバル 「だったら、お墓からよみがえって、あなたたちを、たべてやる。

      ……カラカルと、いっしょに」※6

研究者  「おまえ、人殺しなんてできないだろ」

サーバル 「そんなことないよ。ネコ科は、怖いんだよ? …………安心して。あなたは、

      らくに死なせてあげるよ」

 サーバルが、かすかに笑った。

研究者  「……悪いが、墓には入れてやれないかもしれない」

サーバル 「どうなるの? わたしの、からだ……」

研究者  「訊かないでくれ……」

サーバル 「ほんとうに、ひどいね。死んだあとも苦しめるんだ」

研究者  「済まない。本当に……」

 研究者は、顔をしかめて、うつむき、目を閉じた。涙がこぼれた。

サーバル 「ごめんね」

研究者  「あやまるな!!」

サーバル 「ふふっ、すっごい声。やっぱり、わたしが、あなたを、苦しめてたんだね……。

      だいじょうぶ。すぐに、らくになるよ」

研究者  「……なんとかして、墓に入れてやるよ。カラカルといっしょに」

サーバル 「できるの? そんなこと。また、怒られるよ」

研究者  「なんとかする。……俺は墓じゃなくて、刑務所行きかもな」

サーバル 「けいむしょって、なに?」

研究者  「知らなくていい。まあ、めちゃくちゃ怒られる、ってことだ」

サーバル 「どうして、そこまで、してくれる、の?」

研究者  「さあ、なんでかな。俺にもわからん」

 

サーバル 「そうだ……。さいごに……ほんとうに、さいごに……」

研究者  「なんだ?」

 

 

サーバル 「あなたの、なまえ、おしえて」

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※1 これも筆者の勝手な想像です。フレンズの体は基本的にはヒトと同じであり、それ以外の、耳、しっぽ、羽、服などは、けものプラズムによるもの、という設定なので、腕を切り落としたら再生はできないんじゃないかと思います。

 

※2 薄茶色のペーストは、サーバルちゃんいわく、「意外とおいしい」らしいです。でも無駄に量が多く、食べ終わると気持ち悪くなります。この中には、実験に必要な薬品類が入っています。

 食事とは言い難い、“餌”です。

 

※3 この施設の実験エリアの入り口や各部屋は、タッチ式パス(カード)を使ってロックを解除しないと入れません。

 

※4 「上に許可をもらった」の「上」は、直属の“上司”ではなく、もっと上の人たちです。

 

※5 サーバルちゃんのいる飼育室と、実験室は結構離れています。ですが叫び声が大きかったことと、サーバルちゃんの聴力が高かったため、聞こえました。

 

※6 奇跡的に再フレンズ化したら、本当に復活できるかも?

 




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 うわー、やっちゃったー、って感じです。ごめんなさい。

 〈 ヤー・パー・リー 〉の後なので、誤解されそうなのですが、〈 ヤー・パー・リー 〉と〈 やさしさ 〉はつながっていません。書いてから、つながっていると解釈するのもありかも、と思いましたが。

 また、「短いもの・ネタ」の中にある、〈 こんなけものフレンズは嫌だ 〉 から発想したおはなしです。
 私は、動物実験に対して、強く反対はしません。興味本位の実験でも、後世には役に立つこともあります。それによって救われた命もたくさんあります。でも、どんな理由があるにせよ、動物実験は人間のエゴなのですが。
 せめて、犠牲、苦痛は最小限、本当に最小限に抑えてほしいです。生き物を無意味に苦しめることは、絶対にやってはいけません。

 実験の内容が、ワンパターンになってしまいました。サーバルちゃんに対しては、作中には書いていない実験もたくさん行われています。
 実際の動物実験はもっといろいろなことが行われています。生きたまま解剖したり、大きな腫瘍を作ったり、異物を移植したり、臓器を切除したり、細菌やウイルスに感染させたり、様々な化学物質を投与したり……。変わったものでは、(眠らせた?)鳥を、稼働中のジェットエンジンに撃ち込む、という実験もあります。人命を守るためには必要なことですね。
 筆者の記憶が曖昧なのですが、猫の頭蓋骨に穴を開けて、脳に電極のようなものを取り付けることは、実際に行われた実験のはずです。

 作中の研究者のように、苦悩している方もたくさんいるのでしょうね。罪の意識は、慣れてしまえば薄れるのかもしれませんが、実験動物になつかれてしまったら、実験動物に情が移ってしまったら、とてもつらいでしょう。





 ――― 設定 ―――


 【 オリジナルキャラクター 】


 研究者

 冷酷な感じだが、根はやさしい男。正義感は弱く、大きな流れには逆らえない。だが時折大胆な行動を見せる。医者ではなく学者。30代前半。サーバルの飼育係。前の飼育係が辞めたため、別の部門(こちらも動物実験を行う部門)から異動してきた。注射を打つのが下手で、打たれた相手はかなり痛い。

 結局、彼は刑務所送りにはならなかった。のちに、フレンズに対する虐待、生体実験などの実態を、匿名でネットに投稿し続けた(1年ほどで正体がバレて、嫌がらせを受けた)。これが大きな流れを作り、法律が改正され、フレンズに対する虐待、生体実験などを厳罰化するに至った。


 研究者の上司

 女性の学者。40代中頃。苦労人。研究熱心で好奇心旺盛。研究熱心すぎて、行き過ぎることもある。管理職的な立場でもある。研究仲間からは、冷酷で非情な人物、と見られている。だが、平静に見えても内心は大きく揺れていることもある。
 「実験動物は、科学の発展に必要な犠牲」、と考えている。
 一人息子がおり、家庭では、「やさしい母親」である。


 緑札

 これといって特徴のない学者。研究者の後輩。注射を打つのは研究者よりも上手い。


 黄札

 大柄な男。研究者と同世代。皆がやりたがらない仕事を進んで行う。


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