まえがき
いちごバナナ。また粗品です。
夜道を走る、古めかしい路線バス 。 *1
車内は照明が弱く薄暗かった。バスのやや後方の左側、二人掛けの窓側の席にフェネックが座っていて、窓の外を流れるわずかな光をぼんやりと眺めていた。膝の上には大きめの紙袋があり、バゲット *2 が飛び出していた。
乗客は、フェネックの他には、灰色でぼんやりした姿の3人だけだった。運転手はおらず、運転席の画面には地図が表示され、ハンドルが勝手に動いていた。運転席の後ろには、乗客に向けてバス停の名前を表示する画面があり、そこだけ明るかった。 *3
とあるバス停で、バスが止まった。
後方のドア *4 から、あくびをしながらアライグマ乗り込んで来た。ふらふらしていて、とても眠そうだった。
アライグマは、少し車内を見渡したあと、フェネックの隣の、通路側の席に座った。
フェネックはぴくっと一瞬驚いたが、すぐにいつもの表情に戻った。
アライグマは、フェネックをちらりと見て、フェネックにもたれかかり、目を閉じた。ふたりの肩がくっつき、アライグマの髪が、フェネックの頬をくすぐった。
バスは走り続けた。
フェネックは少し困った顔で、アライグマから目をそらし、体を固くしていた。少しだけ呼吸が荒かった。対して、アライグマはおだやかな寝息を立てていて、頭をフェネックの肩に乗せて、無防備に眠っていた。バスの揺れとフェネックの心臓のリズムが心地よい波になって、アライグマに伝わっていた。
フェネックがうつむくと、バゲットが飛び出した紙袋があった。
フェネックは袋から大きなバナナを取り出したが、すぐに戻した。
次に取り出したのは、透明なフィルムのパックに入った、8粒のいちごだった。 *5
フェネックは、アライグマの顔をチラッと見たあと、いちごのパックの端から一粒取り出し、いちごのヘタ側をかじって、ヘタごと3分の1ほど食べた。いちごは甘い部分だけになった。
フェネックは、いちごの切り口を、アライグマの鼻先に持っていった。
アライグマがぴくっと反応した。
フェネックは、いちごの先端を、アライグマのピンク色のやわらかい くちびるに当てて、やさしく、ゆっくりと横になぞった。
くちびるの隙間に沿って、いちごの先端が行ったり来たり。
アライグマの口がゆるんで、舌の先が少し顔を出した。
その舌にいちごの先端が当たり、くりくり、くるくると細かく動いてくすぐった。
アライグマは眠ったままだったが、いちご特有の甘酸っぱい香りと味が、脳を刺激した。
口が少し開いて、いちごの先端とくちびるが、期待であふれ出したとろとろの唾液でぬれていった。アライグマの、みずみずしいくちびると、はみ出した赤い舌は、いちごゼリーのようだった。
フェネックは、ぷるぷるのゼリー……アライグマの口にいちごを突っ込み、人差し指でゆっくりと押し込んだ。いちごは、ぬぷっ、と口の中へ入った。
いちごがアライグマの口の中に収まると、くちびるがフェネックの人差し指を包んだ。
フェネックがいちごゼリーから指を抜くと、唾液が糸になって、一瞬きらめいて消えた。
フェネックは人差し指をくわえて、甘酸っぱい汁をなめて、ほんの少しだけ微笑んだ。
アライグマは、目を閉じたまま、もごもごと口の中でいちごを潰していった。噛むたびに、じゅわっと甘酸っぱい果汁と香りが広がった。
のどが動いた。アライグマは、いい夢を見ているような、ゆるんだ表情になった。
フェネックは、アライグマの寝顔を少し眺めて、いちごをもう一つ取り出した。先ほどと同じくヘタ側を食べて飲み込んでから、甘い部分だけのいちごを口にふくみ、もぐもぐと潰した。
フェネックは、甘酸っぱいとろとろを口にふくんだまま、アライグマの頬に手を添えて、顔を近づけていき、目を閉じた。
とあるバス停で、バスが止まった。
アライグマが目を覚まして、ふらっと立ち上がり、ふらふら歩いてバスから降りていった。フェネックは、アライグマから目をそらして、降りていくところを見なかった。
バス停に降り立ったアライグマが、口に片手を当てた。表情は暗くて見えなかった。
アライグマの口の中に、いちごの味と香りが、洗っても取れないくらい残っていた。
翌日の昼。廃墟の学校。
教室の後方の席にフェネックが座って、机に突っ伏していた。窓から斜めに差し込む光が、フェネックの背中にかかっていた。
フェネックの大きな耳がぴくぴくっと動き、ぴんっと立ち上がった。
廊下を駆ける、誰かの足。
フェネックが顔を上げると、目に近すぎてぼやけた赤い粒があった。
さらに顔を上げると、アライグマの、屈託のない笑顔があった。
フェネックが何かを言おうとしたら、その口に、いちごキャンディーが押し込まれた。
おわり
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
書いていたらいちごが食べたくなりました。でもいちごの旬は過ぎてしまいましたね。
(2020/05/15投稿)
私が書くものは、台本みたいにセリフが並んでいる作品が多いので、「セリフ無しの三人称で書いてみよう」と思って書きました。「会話しないアラフェネ」って難しいです。擬音語も避けています(擬態語は使っています)。穏やかなBGMを付けるといいかもしれません。
これ、けものフレンズの二次創作で書く必要なかったのでは……という気もします。でもオリジナル作品にするとすごく薄くなってしまうんです。原作の力に頼っています。
本当はふたりでバナナを食べてほしかったんです。でも、「フェネックがバナナをアライさんの口に突っ込む」とか、へんな方向に行くので、色っぽい(?)いちごにしました。
バナナはいろんな使い方ができる(?)ので、たのしくなりそうなのですが。
フェネックは肉食なので、果物は好きではないかもしれません。でもフレンズはヒトと同じものが食べられますし、野菜を食べるイヌとか、バナナが好きなネコとかもいるので、気にしなくていいかな、と思います。
最初ちょっとホラーっぽいですが、このバスはただの自動運転の路線バスです。
ただ、アライさんが乗ったのと降りたのは、同じバス停です。
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