まえがき
長いので前後編に分割しました。
後編のあとがきに設定が書いてあります。
それは、子供のような無邪気な言葉だった。
ギンギツネ 「ねぇ、ふたりで逃げちゃわない?」
ごく一部で人気の飼育員、菜々さん(仮名) *1 にあこがれて、僕は、この世界に飛び込んだ。
僕は、花形職のパークガイドさんではなく、地味で大変なお仕事をしている飼育員さんを、格好いいと思ったんだ。もちろん、動物にいちばん近いから、っていうのが大きいけれど。 *2
入ってみたら……僕の想像以上に楽しくて……つらいお仕事だった。
飼育員とアニマルガールが、好き同士になる……この好きは、ただの好きじゃなくて、 “ 落ちちゃった ” ってやつ。それは、いけないことなんだ。
まさか僕が、って思っていたのに……。
飼育員と、その担当するアニマルガールは、1日の半分以上を一緒に過ごす。ごはんをあげるだけじゃなくて、お勉強……しつけも大事だし、遊び相手や、さみしいときの話し相手にもなる。簡単な医療行為や健康診断もして、病気になったら付きっきり。時には服を選んであげたりして……。冷たくドライに接してくれれば良いのだけれど、困ったことに、彼女たちは、過剰なくらいやさしくて、赤面しちゃうほどフレンドリーで、スキンシップとか当たり前なんだ。おまけに、罪深いほどかわいくて、強すぎる個性が魅力的で……好きにならないほうがおかしいよね。
そんなの、言い訳にならないけれど……。
アニマルガールと飼育員は、なかよしな “ ともだち ”。それは確かだ。間違いない。でも、ともだち以上の関係になったら、それは不祥事。 *3
研修で噂話を聞いた。アニマルガールと深い仲になって、突然、飼育員から事務職へ転属になった人がいるって。他にも、引き離されたとか退職したとか、そんな話がいくつもある。*4
パークの飼育員やガイドさんに女性が多いのは、男女の関係になるのを防ぐためかもしれない。
……じゃあ、なんで僕は採用面接を突破できたんだろう? *5
やっぱり、気弱な草食系に見られた、ってことなのかなぁ……。認めたくないけど、たしかにそうなんだよね……。声小さいし、緊張するとオドオドしちゃうし……。 *6
そんな僕が初めて担当したアニマルガールが、ギンギツネだった。たぶん、奈々さんが、『初めは手のかからないアニマルガールを担当させよう』って、配慮してくれたんだと思う。 *7
なんというか、ギンギツネには魅力しかない。
それだけじゃない。理屈ではなく、言葉では説明できない、キラキラ刺さる何かがあるんだ。
ギンギツネは、分からないことだらけの僕を、笑顔でサポートしてくれた。そして、怠けがちな僕を叱ってくれた。業務日報の提出が遅れてしまった時は『毎日ちゃんと書きなさい』と言いつつも、書くのを手伝ってくれた。 *8
恥ずかしい話だけど、飼育員の僕が、ギンギツネにお世話されていたんだ。
ギンギツネは、アニマルガールながら、スタッフに近いお仕事までやっていて、知り合いも多いから、ある意味、先輩の飼育員よりも頼りになる。
いや! 先輩って菜々さんのことじゃないよ!
そんな、大人のお姉さんなギンギツネだけど、発明と言って、あやしげな薬品や機械をいじるのに夢中になるという、子供っぽいところもある。そのギャップがまた魅力的なんだ。
この前、ギンギツネが、『 ネコデレール
ギンギツネは、変な発明で周囲を振り回しているけれど、陰ですごく努力していることも、僕は知っている。夜遅くに、難解な科学の本を、悩んで読み解いているのを何度も見た。
やさしいお姉さん。強くてやわらかいココロとカラダ。たまーに見せる、天使の笑顔。
まずいなあ……って思う。
自分の気持ちを必死に否定しようとしたけれど、僕は始めから気づいていた。目をそらしているだけだって。明らかに僕は落ちていたんだ。
ギンギツネが近くにいると、頬が熱くなってドキドキする。笑顔と声とにおいが、とろけるほど熱くて甘いんだ。ひとりでいるときは、ギンギツネに会いたくて、胸が痛くて、声が聞きたくてたまらなくなる。夜、布団をかぶると、じわっと涙が出て、ギンギツネを想って、えっちなこと考えて…………罪悪感で死にたくなる……。
こんなに熱いところに落ちたのは、生まれて初めてかもしれない。
ギンギツネに自覚があるか分からないけれど、無防備でオープンで近すぎる。顔を近づけるとか、手をにぎるとか、後ろから抱きつくとか、当たり前みたいにしてくるし、スカートの中……黒いパンスト越しのぱんつを見られても気にしないし……。この前なんて、いっしょにお風呂に入ろうとか言ってきて、もうやめて……ってなったけど……結局、ギンギツネにも自分の欲にも勝てなくて、一緒に入っちゃった……。 *10 あの時は、のぼせて死ぬかと思ったよ……。 *11
危険なところにいるって、分かってるけれど、わいてくる気持ちはどうしようもないんだ。
僕は、アニマルガールになりたい。
飼育員の立場を捨てて、ヒトをやめれば、ギンギツネに、僕の気持ちを伝えられるから……。
ある冬の日。職員寮の、僕の部屋。
ギンギツネ 「あなた、またベッドの下拭いてないわね……」
ギンギツネがベッドの下をのぞき込んだ。
僕 「えっと、おいしいジャパまんがあるから、ちょっと休憩……」
ギンギツネ 「先にお掃除! 拭くだけなら時間かからないでしょ?」
ギンギツネは、長い柄が付いたダスターを、僕に渡した。
部屋の掃除が一段落して、ふたりで、床に置いたクッションに座って、ひと休みした。
こういう時は、となり合って座るのが習慣になっていた。向かい合うとまぶしすぎるから。となり合うと、肩でふれあえて、時には、もたれ合うこともできるから。
唐突に、ギンギツネが言った。
ギンギツネ 「ねぇ、ふたりで、逃げちゃわない?」
雑談の延長のような、気軽で明るい感じだった。
僕 「…………逃げる? なんのこと?」
僕は動揺を隠した……つもりだった。
ギンギツネ 「あなた、わたしと “ つがい ” になりたいんでしょ?」
ギンギツネはそう言って流し目をした。くらくらっとくるほど、お姉さんだった。
僕 「そんな! えっと、えっと、僕は……」
ギンギツネに『あなた』って呼ばれるのには慣れていた。でも今回は、その甘い響きのせいで、言葉がまともに出なくなってしまった。
ギンギツネ 「わかるのよ。あなたのにおいとか、心臓の音とか……あと、野生のカンでね」 *12
僕 「バレバレ、だったんだ……」
ギンギツネから目をそらした。顔が熱い。ドキドキがいつもよりずっと強くなって、痛いくらいだ……。
ギンギツネ 「……あなたは、なにも気付かなかったのかしら?」
心の痛いところをくすぐるような声だった。
僕 「へ?」
僕が横を見ると、やわらかい微かな笑みを浮かべてうつむいた、ギンギツネの横顔があった。
ギンギツネ 「あなたらしいけど、それはちょっとひどくない?」
ギンギツネがこっちを見て微笑んだ。僕はドキッとして、再び目をそらしてしまった。
そんなバカなって思うけど、ギンギツネも……。
やわらかいものが、頬に、ちゅっ、て当たった。
……ほんのりあったかかったけれど、すぐに冷えた。
…………なにが起きたのか、理解したくなかった…………
ギンギツネ 「わたし、ヒトのふりならできるわ。耳もしっぽも消せるのよ」
ギンギツネの耳としっぽが消えかけて、すぐに元に戻った。
ギンギツネ 「山奥の、だーれも来ない場所で、ふたりで暮らすとか……いいじゃない?」
ギンギツネも、僕と同じことを考えていたなんて……。
僕 「……そんなの無理だよ…………ギンギツネは、ヒトにはなれないし……
この場所を、仲間を捨てるなんてできないでしょ……」
自分の言葉が痛い。
ギンギツネ 「…………」
ギンギツネのココロをえぐる手応えが、伝わってきた。
僕 「それに、僕は……」
……ごめん。ひどいこと言うよ。
僕 「僕は、キツネじゃないからっ!」
ギンギツネは、ほんの少し目を丸くした。
僕 「…………ヒトとキツネは……つがいになれないんだよ……」
ギンギツネ 「…………」
ギンギツネは、驚いた顔のまま黙り込んだ。
ガラスが割れて、砕け落ちていく様を見ているようだった。
……ああ……最低だ……最低な言葉、ぶつけちゃった……。
ギンギツネ 「……そうね。ごめんなさい、へんなこと言って……」
鈍感な僕でも気付いた。ギンギツネが、痛みを我慢して、笑おうとしていることに。
僕 「僕のほうこそ……情けない飼育員で……ごめん……」
ギンギツネ 「情けなくなんてないわ。あなた、今すっごくがんばったじゃない」
ギンギツネは、やさしく諭すように言った。
僕 「え?」
ギンギツネ 「言いたくないことを、ちゃんと声に出せたでしょ?」
ギンギツネが、僕の頭をやさしくなでた。
ギンギツネ 「よくできました! がんばったわね」
涙があふれた。我慢してたのに……。
ギンギツネのやさしさには、底がないのだろうか……自分を傷つけた相手をほめるなんて……。
ギンギツネ 「ふふっ……わたしの分まで泣いてちょうだい」
ギンギツネは、ちょっと強めに僕の頭をなでた。
ギンギツネ 「キツネは……泣かないけものだからっ……」
ひどいよギンギツネ。涙が止まらなくなっちゃったじゃないか……。
ギンギツネ 「もう一回だけ……ゆるして……」
ギンギツネらしくない、細くて切なげな声だった。
横を見ると、とても近くに、ギンギツネの顔があった。恥ずかしいのを我慢して、目をまっすぐ合わせて、近づいて……あとは、目を閉じる……で、いいんだよね。
くちびるに、ぷるんとした、ふしぎな感触が来た。強くて熱い。
ギンギツネ 「……ちゅ……んむ………んん……」
はむはむとこすれ合って……水っぽくなって…………気持ちよくて………………離れた。
ギンギツネ 「……はぁ……」
僕が目を開けると……
ギンギツネ 「今のは忘れてちょうだい!」
ギンギツネが、まぶしい笑顔をくれた。
その頬が濡れているように見えたのは、僕の目がかすんでいたせいだと思う。
そのあとふたりは、すぐに、いつもの生活に戻った。見たいものから目をそらして、見てほしいものを隠して。
悲しいけれど、同時に、うれしくて安心した。日常って、そんなものなのかな……って思う。
後編へ続く
こういう気弱で幼い飼育員くんは、逆にアニマルガールに(情的な意味で)食べられてしまう気もします。
ネコデレールβMaxの設定を、あとがきに書きました。
アニマルガールと男性飼育員が一緒にお風呂に入るのは規則違反ですが、『よくある事故』として黙認されている(アニマルガールには、裸を見られても平気な子が多く、強引に飼育員と一緒に入ろうとする子や、ひとりでお風呂に入るのが不安な子もいるため)……という設定です。
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
タイトルが気に入らないです。
元は1話でしたが、長いので前後編に分割しました。
ここでおわりにした方が良かった気もします。
後編は、変態っぽくて下品(?)です。ヒトの男の子がアニマルガールになるおはなしです。
フルル 「そういうの、TSFって言うんだよね」
[ 初投稿日時 2021/03/13 13:13 ](分割前)