ジャパリ・フラグメンツ   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 アライグマの手(前足)って、形がヒトの手に似ていますね。
 


〈 いたずらなゆび 〉

 

 ある春の日。廃墟と化した駅のホーム。 *1

 

 アライグマとフェネックが、となり合って、ほんの少し離れてベンチに座っていた。アライグマが左側、フェネックが右側だった。

 そろりそろりと、アライグマの右手がフェネックの左手に近づいていき、そっと触れた。

フェネック 「ん?」

 フェネックが、スッと手を引いて逃げた。

アライグマ 「むぅ」

 今度は、フェネックの左手がアライグマの右手を捕まえようとした。だが覆いかぶさる寸前で逃げられた。

 

 ふたりの手は、別の生き物のように動き、ベンチの上で追いかけっこをした。

 軽く触れて、たたたっと素早く逃げて、追いかけて、ジャンプして、つんつんと触れて挑発して……重なりそうで重ならない、ふたりの手指。

 

フェネック 「ほっ!」

 こつんと、手首同士が衝突した。

 フェネックが、その隙を利用して、アライグマの指をつかもうとした。

 

 次の瞬間……

 

アライグマ 「ふっふー! つかまえたのだ!」

 アライグマがフェネックの手首をつかんでいた。目に見えないほど速い、カウンターアタックだった。

 

フェネック 「…………」

 フェネックが、ふっと目をそらし、うつむいて頬を赤くした。

フェネック 「…………やるねぇ……」

 照れているようだった。

 

アライグマ 「なんなのだ……その反応は……」

 アライグマが微妙に引いて、手をゆるめた。

 

フェネック 「……もっとあそびたいかな? アライさん……」

アライグマ 「え? もちろんなのだ!」

 

フェネック 「……ならさ…………」

 

 微妙な間があった。

 

フェネック 「裸になっちゃえー!」

 フェネックが顔を上げて、左の手袋を、シュルシュルっと取った。

 そして、裸になった左手を、アライグマに見せつけた。

 

アライグマ 「あ……」

フェネック 「ほら、アライさんも脱いで脱いでー」

 フェネックがアライグマの右の手袋を引っ張った。

アライグマ 「わわ! じぶんで取るのだ!」

 

 アライグマは、靴下を脱ぐように、薄い手袋を脱いだ。

 

アライグマ 「スースーするう……」

 右手だけ裸になったアライグマが、その手を左腕で覆って隠した。頬を赤くして。

アライグマ 「てぶくろ取っただけなのに、なんではずかしいのだぁ……」 *2

 

フェネック 「ごめんねアライさん。ちょっと見せて」

 フェネックは、手相を見るように、アライグマの右手をとった。

フェネック 「わー、細い……きれいな指だねー」

アライグマ 「あうぅ……」

 

フェネック 「いたずらする悪い子は、どの指かなー?」

 フェネックは、手相とは逆に、手の甲を見た。

 

フェネック 「親指と人差し指は……すっごーく器用で、つまんだり、ひっぱったり、

       こりこりしたり……えっちだよねー」

 フェネックは、満足げな顔をして、アライグマの人差し指をさわった。

 

アライグマ 「こりこりしてないのだ!」

 アライグマは、強めに否定して……

アライグマ 「……やさしく、くりくりしてるのだ……」

……ごにょごにょっと、小さな声で言った。

フェネック 「…………わぁ……やめてよー……」

 フェネックは、ぽっと顔を赤くして、両手で顔を覆った。

アライグマ 「だからなんなのだ! その反応は!」

 

フェネック 「んやー、えっちなのは中指かなあ? いちばん長いからねー」

 フェネックは、アライグマの中指を軽くにぎった。

アライグマ 「長いから? どうしてなのだ?」

フェネック 「それは、アライさんがよく知ってるでしょ?」

アライグマ 「…………しらない…のだ……」

 アライグマが目をそらした。

 

フェネック 「くすり指は……涙が出るくらい大切…………」

 フェネックは、うっとりした顔になって、人差し指・親指・中指の三本を、アライグマの薬指の先端に当て、根元へ滑らせた。見えない指輪をはめるように。

アライグマ 「……なんで……どうして胸が痛いのだ……」

 

フェネック 「小指は、意外と活躍するんだよね。しっぽをなでられると、くすぐったくて、

       とーっても気持ちいい」

 フェネックは、アライグマの小指に自分の小指を引っかけた。

フェネック 「はいっ、と」

 だが、アライグマが指に力を入れず、すり抜けてしまい、指きりにならなかった。

 フェネックは、かすかに驚いたあと、微妙な笑みを浮かべた。  *3

アライグマ 「フェネック?」

 アライグマは、意味が理解できていない様子で、首をかしげた。

 

フェネック 「もう……ぜーんぶ悪い子じゃないかー」

 

アライグマ 「アライさんの指はいい子なのだっ!」

 

 人差し指と人差し指がつんつんして、くるくるとこすれ合って、からまるようにくっついた。

アライグマ 「ほら! フェネックの指とがったいしちゃう、いい子なのだ!」

フェネック 「……んふ……合体ねぇ……えいっ」

アライグマ 「やっ!」

 しばらく、人差し指同士のじゃれ合いが続いた。

 

 

 ふたりの指が、互い違いに重なった。恋人つなぎだった。

 

 ふたりは、つないだ手を見つめた。

 

 そして、顔を上げて、目と目を合わせて、笑いあった。

 

 

 

 ぺきっ、と音がした。

 

フェネック 「あれー?」

 アライグマが、フェネックの左手の人差し指を、やさしく握った。関節がぷらぷらしていた。

アライグマ 「じっとしてるのだフェネック……の指」

フェネック 「なにするのさアライさん。わたしの指、ありえない向きに曲がってるよ?」

 フェネックは、のんびりしたままで、怒っている風ではなかった。

アライグマ 「フェネックの指、疲れてるみたいだから、いやしてあげるのだ」

 アライグマは、ぽき、ぽきぽきっ、と、フェネックの指の関節を外していった。根元の第三関節だけではなく、第一関節、第二関節まで、一つ一つ。単純に引っ張るのではなく、曲げとひねりを加えた複雑な動きを一瞬で行っていた。 *4

フェネック 「……んっ……いやすというより、く、壊してなーい?」

 フェネックは、指の関節を外されるたびに、ぴくっと反応した。自分の指が異常な曲がり方をしているにも関わらず、ゆるい感じのままだった。

アライグマ 「痛いのか? フェネック?」

フェネック 「……ちょっと気持ちいいかもー」

 アライグマが、フェネックの指を左右にひねりながら引っ張った。ぐにーっと指が伸びた。 *5

フェネック 「ヒトの指って、こんなに伸びるんだねぇ」 *6

 

 アライグマが、フェネックの手をつかんで、親指で手のひらを強めにマッサージした。

 同時に、ぐにゃぐにゃになった指を包むようにして、軽く揉んだ。

フェネック 「んーちょうどいい……なんでそんなに上手なのさ……」

アライグマ 「アライさんは、おてての匠なのだ!」

 今度は、五本の指をまとめてつかんで押さえ、反対の手で、前腕の筋肉をマッサージした。

フェネック 「おおぅ……そこ、指にクるぅ……」

アライグマ 「ここは、指を動かす “すじ” なのだ」

 アライグマは、親指でフェネックの手首の裏側をぐりぐりした、

フェネック 「こりこりしないでよ……へんなかんじする……」

 

アライグマ 「めいんでぃっしゅなのだ」

 アライグマは、再びフェネックの指をひねって引っ張り、ぐにぐに曲げて、ぎゅーっと握って、マッサージした。一本ずつ、ていねいに。

 

フェネック 「はぁー……きもちー」

 

 

 ………………………………………………

 

 

アライグマ 「フェネック、ちょっとがまんなのだ」

フェネック 「がまん?」

 

アライグマ 「外すときより、戻すときのほうが痛いのだ……」

 アライグマが、にやりと笑った。 *7

 

フェネック 「…………やば……」

 

 

フェネック 「いたっ! ……ふあっ! ……んぅ!」

 アライグマは、こくっ、こくっと、フェネックの指の関節を戻していった。軽いひねりを加えつつ、斜めにズレていた骨を直して、押し込む。まさに『匠の技』であった。 *8

 

アライグマ 「ふっふっふー。フェネックは痛いの好きなのだ!」

 

 

 ………………………………………………

 

 

アライグマ 「仕上げなのだ」

 アライグマの両手が、フェネックの左手を包みこんだ。

 指の隙間から、サンドスターの光が漏れた。

フェネック 「……痛みが、消えてく……」 *9

 フェネックは、ほんの少し驚いた顔をした。

 

 

 ………………………………………………

 

 

フェネック 「びーっくりするくらい軽く動くねぇ」

 フェネックは、左手を数回ぐーぱーしてから、指を細かく動かした。ピアニストのような軽やかな動きだった。

アライグマ 「フェネックは指が凝ってたから、アライさんがほぐしてあげたのだ!」 *10

 

フェネック 「ありがと………でも……かたっぽだけじゃなくて、こっちも……」

 フェネックが右手を差し出した。

アライグマ 「もちろんしてあげるのだ!」

 

 

 ………………………………………………

 

 

 ふたりの手指は、しばらくいちゃいちゃした。廃駅に、たのしげな声が響いた。

 

フェネック 「あっ! くぅ! あうぅ……」

アライグマ 「いいのか? さきっぽがいいのか?」

 

フェネック 「んんっ……おてて、変になっちゃうよっ……んうぅ……」

 

アライグマ 「そんなにいいのかー!」

 

 

 ………………………………………………

 

 

 ぎゅっと手をつないで、草が繁って花が咲いた線路跡を歩くふたり。 *11

 

 

アライグマ 「フェネックの手、ふわふわなのだ…………」

 

 ふたり同時に、つないだ手を見た。

 

アライグマ 「ええーーー!!」

フェネック 「おお?」

 

 フェネックの手が、長めの毛に覆われていた。指が太くて丸っこい、ぬいぐるみのような手だった。毛の中に埋もれるように、かぎ爪と肉球があった。 *12 反対の手も同じ状態だった。

 フェネックが、両手の指を動かして、しげしげと観察した。

 

フェネック 「もう、アライさんのせいで、おててが変になっちゃたじゃないかー」

 

アライグマ 「か……かわいいのだぁ……」

アライグマ 「じゃなくて! ごめんなさいなのだ……」

 

フェネック 「……まー、いいや」

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

*1
 モノレールではなく普通の鉄道です。複線で、ホームは島式です。どこなんだろう、ここ……。

*2
 お互い、『裸の手』なんてしょっちゅう見ているので、今さら恥ずかしがることではないのですが。

*3
 ひどいよアライさん。

*4
 アライさんだからできる技です。絶対にまねしないでください。

*5
 まねしないでください。

*6
 伸びないと思います。

*7
 滅多に見られない、アライさんのサディスティックモードです。これが発動するのは、フェネックとふたりきりの時だけです。

*8
 まねしないでください。

*9
 『手当て』です。関節を外したことで、フェネックの手の組織(軟骨や腱など)が傷つきましたが、『手当て』で組織を修復し、炎症を抑えています。

*10
 『指が凝ってる』って、分かるような分からないような……。

*11
 廃線跡を歩くって、なんかいいですね。筆者も歩いたことがあります。(日本には廃線跡を歩くことができる場所がいくつもありますが、無断で立ち入ると不法侵入になる場所が多いので注意が必要です)

*12
 要はケモノの手です。




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 手だけでいちゃいちゃするおはなしが書きたかったのです。でも、関節外すとか、おかしなことになりました。いつも通りです。

 『いたずらなゆび』ってアニメ2期っぽいタイトルだな……と書いてから気付きました。


はかせ 「このおはなしの手指の描写は大嘘なのです」
助 手 「ヒトの手指、骨・軟骨・腱・筋肉・神経などは、精密機械より複雑で繊細なのです」
はかせ 「下手にいじるとあぶないのです」



 [ 初投稿日時 2021/03/30 23:30 ]
 
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