森の中のひらけた場所。
ボスが動かない。ピーピーと音を出し続けている。
リカオン 「どうしたの? ……病気?」
わたしはボスを抱き上げたが、ボスは足も耳もしっぽも動かさず、からだ全体が硬くなっていた。まわりには誰もいなかった。このあたりはハンター以外はあまり立ち入らない場所。見回りの途中だけど、ボスをおいていけない。ヒグマさんとキンシコウさんに合流してから、図書館へつれていこう。ボスを抱いて歩きだした。
左から音が近づいてくるのに気づいた。小さい。おそい。……この音、このにおい ※1 緊張する必要はない。
リカオン 「ボス!」
左から別のボスが現れた。二匹のボスが近くにいるなんて珍しい。
リカオン 「ボス、この子、調子がわるいみたい。なんだかわかる?」
左から現れたボスがこちらを……抱いているボスの方を見上げ、ぴょんぴょんと飛びはねた。ボスはこちらに背をむけ、来た道を戻りはじめた。ボスはすこし歩いて、こちらを振りかえった。
リカオン 「ついてこい、ってこと?」
どこへ行くんだろう? ボスがこんな行動をするなんて……。ジャパリまんを配る以外、フレンズにはかかわろうとしないのに。あまりおそくなるとヒグマさんのオーダーを守れなくなるけど、調子がわるいボスが心配だ。ついていくことによう。
調子がわるいボスを抱いて、突然現れたボスについていくと、崖にトンネルの入り口がある場所についた。入り口の左右には門番のようにボスがいた。ここは知っている。フレンズが入ろうとすると、ボスに止められて入れないんだ。先を歩くボスが、トンネルのなかへ入っていく。
わたしはそのままついていくが、入れないはず。強行突破はかんたんだけど、そんなことはしたくなかった。
…………門番のボスはこちらを見たが、その場から動かなかった。わたしはすんなりとトンネルに入ることができた。なぜだろう?
トンネルを抜けると、広い場所に出た。林や池があった。そこで、めまいのような気持ちわるさを感じた。ぜんぶがおかしい。この空はなんだろう? トンネルに入る前はくもっていたのに、今は不自然に青い。今の季節の太陽はこんなに高くないはずだし、方角もずれている。※2 それに地面。やわらかい土だけど、きれいすぎる。たいらで、みじかい草がびっしりとはえていた。※3 林の木も、不自然にそろっていた。
ボスのあとを追いながらまわりを見ていると、空に四角い黒い部分があることに気づいた。空に穴? あれが空の一部だとしたら、低すぎる。鳥のフレンズは、空に頭をぶつけてしまうだろう。
よく見ると、穴のむこうに細い棒のようなものが何本か見えた。※4 棒のようなものは、太さが一定で、きれいにそろってならんでいた。自然にできたものとはちがう。遊園地などの、ヒトの作ったものに似ていた。
この場所にあるものは全部、ヒトが作ったものなの? ヒトは空や地面を作ることができたの? 以前、ボスはヒトが作ったものだ、と聞いたのを思い出した。わたしは信じていなかったが、正しいのかもしれない。ヒトは空や地面、いきものまで作れたの? そんなの、いきものにできることじゃない。すごい、を通りこして怖くなった。そんな存在が、なぜいなくなったんだろう?
ふしぎな場所に戸惑いつつ、ボスについていくと、大きな、白くて四角い建物についた。入り口は見当たらなかった。先を行くボスは建物の前に立った。ピピっと音がして、建物が口を開けた。 ……じゃなくて、扉が左右に開いた。ボスは建物の中へ入っていった。なかの壁も白くて、天井にたくさんのひかりの点があった。正直、なかに入るのは怖かったけど、ボスがフレンズをあぶない場所につれていくとは思えなかった。それにわたしはハンターだ。多少のことは自力でなんとかできる。
建物のなかへ入った。入ると、すぐにうしろの入り口が閉じた。
閉じ込められた! 予想はしていたが、おどろいた。
リカオン 「ボス! 出られないよ!」
先を行くボスが振り向き、目を光らせた。ピピっと音がして、すぐに入り口が開いた。ボスが開けてくれたんだ。どうしよう? 出ていくか、ついていくか……。調子がわるいボスをここにおいていけば、なんとかしてくれるのだろう。でも、本当にそれでいいの?
悩んだ末、すこし勇気をだして、ついていくことにした。
建物に入ってすぐに、奥にむかってみじかい通路があり、つきあたりで、先を行くボスが立ち止まった。
ボスに近づくと、突然天井から霧のようなものがふきだし、もろにあびてしまった。※5
リカオン 「なに!?」
ふきだしたものは、たぶん毒じゃない。むしろきもちいいかんじだった。
再びピピっと音がして、つきあたりの扉が開いた。扉が二重になってる……。門番のいるトンネルを含めれば三重だ。なんでこんなに厳重なつくりなんだろう? きょうは疑問だらけ。
扉の先にあったのは、理解を超えたものだった。
リカオン 「なに、これ……」
広い部屋に、たくさんのよくわからないものがあった。わかるのは、たくさんのボスがいること、おそらくこれはヒトが作ったものだろう、ということくらいだった。
いきおいで数歩、なかに入ってしまった。すぐにうしろの扉が閉まった。
部屋には長いテーブルのようなものがあり、その上にはボスがたくさんならんでいて、その多くは毛皮……殻? のない、中身がむき出しの状態だった。ボスと天井が、何本もの糸のようなものでつながっていた。これは、いきものではない。……ボスはヒトが作ったもの、というのは正しかったんだ。テーブルのまわりにはたくさんのボスが歩きまわっていて、別のボスを耳でつかんで運んでいた。
入ってはいけない場所、見てはいけないもの……。厳重なつくりの理由がわかった。
突然、天井から大きな腕のようなものがのびてきた。危険。強い。野生開放! ……できない! なんで!? ※6 大きな腕は、わたしが抱いていたボスをつかんで持ち上げた。ものすごい力だった。わたしはボスをつかんだままだったので、ボスといっしょに持ち上げられた。
リカオン 「なにするの! かえして!」
かえして? ちがう。それはむこうのセリフなんだ。
ぶらさがったままむりに抵抗すれば、ボスが怪我をしてしまうだろう。そう思って、手をはなし、着地した。
大きな腕は、つかんだボスを部屋の奥へつれていった。
わたしは、ボスをつかんだ大きな腕を追いかけた。大きな腕は天井からぶら下がっていて、部屋のどこにでも移動できるようだった。※7 深入りするのはあぶないかもしれないけど、ここまで来たんだ。どうなるか見てみよう。
ボスをつかんだ大きな腕は、テーブルにボスを置いた。大きな腕やテーブルから、数本の小さな腕がはえてきて、ボスの体のいろんな部分をつかんだ。ボスのおなかについていた丸い部分が体から離され、宙に浮くように持ち上げられて、チカチカと光りはじめた。そして、小さな腕がボスのやわらかい殻? をいろいろな方向ににはずした。
リカオン 「!」
一瞬目をつぶってしまった。ボスの中身は、やはりいきものには見えなかった。
天井から細い棒と、それにからまった糸のようなものがおりてきて、ボスの頭のうしろに突き刺さった。痛そうなんだけど、たぶん、治すためには必要なことなんだろう。ボスの目がいろいろな色に光り始めた。
ボ ス 「LB-J104G型、登録番号1138、10時52分、機能停止ケースC発生。位置情報記録アリ。エマージェンシーコールニヨリ回収。メインモジュール、ハード、ソフト共に異常ナシ。エラーコードE-2235ノ記録アリ。ボディ側診断モード、エラーコード、E-2235ヲ確認、ボディ側メインメモリ異常。外部チェック、同様ノ異常ヲ確認、再現性アリ、要交換。メモリカードA・B正常、通信アンテナ正常、メインカメラ正常。ステータスランプ正常。ホログラフィックカメラ正常。上部捕捉装置正常。脚部駆動軸A、異常振動の記録アリ、外部駆動チェック正常、要経過観察…………」
ボスがしゃべってる……。この声を聞くのはあの時以来だけど、なにを言っているのかさっぱりわからない。時々ボスの足やしっぽ、耳が動いたり 耳が赤や黄色に光ったりした。
小さな腕がボスの背中を引っ張ると、ふたが開いた。小さな腕がふたの中に入り、黒く四角いものを取り出した。内臓……には見えない。
天井から別の小さな腕が下りてきた。取り出したものと同じ、黒く四角いものをボスの背中に入れ、ふたを閉めた。天井からボスにつながっていた、糸のようなものが外され、殻? が元に戻った。
もとの姿に戻ったボスが動き出した。こちらを向いて、ぴょん、と飛びついてきた。わたしはそれを抱きとめた。
リカオン 「よかった……」
声 「LB-J101C型、登録番号0800、倒木の直撃ニヨリ大破。機能停止時間不明、位置情報記録読ミ出シ不能、除草作業中ノ個体ニヨリ発見、回収。メインモジュール破損、ボディ破損個所多数、自己診断不能ノタメ詳細不明、ボディフレーム修復不能、部品取リナシ、廃棄」
廃棄? 今廃棄って言った? 今の声は、上の大きな腕から聞こえた。
テーブルの上、大きな腕の下に、別のボスがいた。運ばれて来たようだ。治療を見ていて気付かなかった。そのボスは、体が潰れてボロボロになっていた。死んじゃったんだ……。でも、廃棄って……。
大きな腕が、死んだボスをつかんでどこかへ持っていく。わたしはそれを追いかけた。
大きな腕は別の部屋へ入った。わたしも追ってその部屋へ入った。
一瞬、頭のなかが白くなって、むねのあたりがぎゅっとしめつけられるような感じがした。
そこには大きな棚があり、棚には動かないボスがたくさん並べられていた。動かないボスは、もとの姿とほとんど変わらなかったり、潰れたり、割れたり、原型をとどめていなかったりした。バラバラになったものが半透明の箱に入れられていた。見るにたえない光景だった。
大きな腕は、死んだボスを棚に置いて戻って行った。廃棄という割にはていねいな扱いだった。
これは、お墓なんだ。
治ったボスを抱いていたことを思い出して、お墓に背を向けた。
リカオン 「ごめんなさい! ……見たくなかったよね?」
ボスは無反応だった。お墓を見たくなかったのは、わたしのほうだった。なみだが出てしまったかもしれないけど、よくわからなかった。
治ったボスを抱いて、もと来た道を戻った。治ったばかりのボスを抱いたままでは止められるかと思ったが、すんなり戻ることができた。
トンネルを出てすこし歩くと、ヒグマさんとキンシコウさんに鉢合わせした。やっぱりこうなるよね……。
ヒグマ 「ここは範囲外だぞ。それに、見回りじゃこんなに時間かからないだろ。なにやってたんだ……。またボスと遊んでたのか?」
ほとんど正解。ボスを抱いたままじゃ言い訳できない。正直に言っても信じてもらえないだろうし、あれをどう説明すればいいのか……。
リカオン 「…………」
ヒグマ 「お前、ハンターの仕事をなんだと思って……」
キンシコウ「まあまあ、無事だったんだからいいじゃないですか。ヒグマさんは、あなたを必死で探したんですよ。においが途切れたから、セルリアンにやられたんじゃないかって」
ヒグマ 「必死じゃねえよ」
心配かけちゃったみたいだね。
リカオン 「すみませんでした!」
あやまるしかなかった。
でもちょっと疑問があった。ヒグマさんは、とてもにおいに敏感だ。わたしがどこにいるか、なんてすぐにわかってしまうはず。においが途切れた、ってどういうことだろう? ほんとうに、きょうは疑問だらけだった。
図書館。
はかせ 「そんな場所、この島には存在しないのです」
助 手 「あのトンネルの向こうには、ジャパリまんを製造する設備があるのですが、あなたの言うような場所ではないのです。白い大きな建物なんて聞いたことありません」
やっぱり信じてくれないか……。なにか知ってるかと思ったんだけど……。
はかせ 「……たぶん、夢でも見ていたのです」
眠ったつもりはないんだけど……。思い返すと、すべてが普通じゃなかった。夢だった、というのが一番自然な気がした。
リカオン 「ありがとうございました。これで失礼します」
図書館を去ろうとした時、うしろから博士の声が聞こえた。小さな声だが十分聞こえた。
はかせ 「あなたは、ラッキービーストにとても気に入られたのです」
おわり
※1 モーターから発生するオゾン臭や、機械油のにおいなどです。
※2 この太陽(ランプ)は動かないため、この場所に入ったフレンズは時間や方角の感覚が狂ってしまいます。
※3 条件にもよりますが、日本のような気候だと、手入れがされていない場所はすぐに背の高い草が茂ってしまうはずです。
※4「空の穴」は天井のパネルの一部が外れてしまったものです。中の梁や配管が見えています。
※5 入る者の消毒や洗浄(ゴミを吹き飛ばす)と、空気中のチリの侵入を防ぐためのものです。
※6 狭い閉鎖された空間でサンドスター由来の力を使うと危険なため、この場所(建物内だけでなく外の空間も含む)では、原理は不明ですがフレンズの力が抑え込まれています。
※7 「大きな腕」(ロボットアーム)は天井のレールに沿って移動しています。
読んでいただきありがとうございます。
キャラクターソングアルバム「Japari Cafe」の、ドラマ「じゃぱりまんがり」をヒントにしています。空から侵入できないように蓋をして、閉鎖された空間にしました。この場所は、自然環境を地下に人工的に再現したシェルターのようなものです。それに加えて、パークのどこかに「ラッキービーストの墓場」があるのではないか、と思ったのと、ラッキービーストのような高度なロボットを多数・長期間維持するには、メンテナンスのための設備が必要なんじゃないか? という考えを組み合わせた結果がこのおはなしです。また固い話になしまいました。
ラッキービーストの整備システムで、声を出す必要はないんじゃないか、とも思ったのですが、作品内容的にわかりやすくするためと、かつてはここに居たヒトのために、声で整備状況を表す必要があった、という二つの理由で、声を出して整備状況を説明しています。
墓があるのなら、生まれる場所もあるのかも? そうしないと数が減ってしまいますからね。
三人称だと筆者の言いたいことを書くのが難しいため、リカオンの一人称にしました。
私はリカオンのキャラクターがいまいちよくわかっていません。別人になってしまったかもしれません。「廃棄」という単語をリカオンが知っているのか? という疑問もあります。
[ 投稿日時 2018/03/29 01:40 ]
※ 一回削除して再投稿したため、最初の投稿日時はこれよりも前です。正確な日時は不明です。