まえがき
むかしむかし、まだヒトがいた頃のパークで……。
まだ暗い早朝。
カリカリ、ガリガリ、音がしていた。
常夜灯だけがついた、広い調理場。 *1
サーバルが、シンクのわきに立てかけてあった特大のまな板で、爪とぎをしていた。
くるっと けもの耳が後ろを向き、サーバルは手を止めた。
声 「………かりかりしちゃだめ……」
パチンと明かりがつき、ぼそっとした、小さな声がした。
サーバル 「わわ! ごめんなさい!」
サーバルの背後の入り口から、女性の飼育員が入ってきた。伏し目がちの、少し困ったような表情をしていた。
サーバル 「こんにちは! ……じゃなくて、こんばんは、かな?」
少し間があった。
なみみ 「……おはよう、じゃないかな……」
なみみは、底が見えない暗さの中に奇妙な『きらめき』が混入した、静かなヒトだった。
サーバル 「おはよう! なみみさん! きょうも早いね!」
一方サーバルは、明るく元気にあいさつした。
静かな間があった。
なみみ 「……ジャパまん、食べる?」
ふたりは、調理場のテーブルで、小さなジャパリまんを食べた。
サーバル 「静かにしてると、いろんな音が聞こえるね」
なみみ 「…………」
なみみは、伏し目がちで、黙り込んでいた。
サーバル 「ほら……葉っぱの音、虫の声。……むこうに鳥の子がいるよ」
サーバルが、窓の外を指差した。
なみみ 「……?」
なみみが、ふっと窓の外を見た。かすかに空が白み始めていて、木々のシルエットが見えた。
なみみ 「……見えない……」
なみみは、動物たちの食事の下ごしらえをした。大量の野菜や肉や魚。
サーバルも作業を手伝ったが、なみみは戸惑った……困った様子だった。 *2
サーバル 「みみみっ!……ねむぃ……ふみゃみゃみゃ!」
サーバルは、半分寝ながら、野菜を投げ上げて、爪で高速カットしていた。*3 まな板の上に、刻んだ野菜の山が出来ていった。
なみみ 「……怪我するよ……」
なみみは、プラスチック製のバケツのような入れものに、大量の刻んだ野菜を入れた。
なみみ 「……これで、おしまい」 *4
サーバル 「おかたづけ、やらせて!」
サーバルが、元気に手を上げた。
なみみ 「……もういいから……よい子は寝る時間……」 *5
屋外が明るくなり、“ 明け方のパーク ” から “ 朝のパーク ” へと変わっていった。
サーバル 「なみみさん、あしたも会おうね! わたし、この時間ひとりだから、さみしくて」
サーバルは、にっこりと、少し恥ずかしそうに笑った。
なみみ 「……………」
なみみの目が、ほんの少し揺れた。
サーバルのけもの耳が、ぴくっと動き、なみみの胸を『注視』した。
サーバル 「どうしたの? ドキドキしてるよ?」 *6
なみみは、そっと胸に手をあてた。
なみみ 「………こんな……求められること、無かったから……」
サーバル 「どういうこと?」
サーバルは、きょとんとした。
なみみ 「……友達いないから、わたし」
なみみは、素っ気なく答えた。
サーバル 「え、えっと……そんなこと、あるの?」
サーバルは、動揺を隠しきれなかった。
なみみ 「…………ときどき、そういう子がいるの。……ヒトの世界では」 *7
サーバル 「でも、あなたと おともだちになりたい子、いっぱいいたでしょ?」
なみみ 「……近づいてくるひとはいたけど、私をいじ……いじってるだけだった。
変なやつがいる、って」
サーバル 「それはかんちがいだよ! その子、あなたとなかよくしたかったんだよ!」
サーバルは、強めの口調で言った。
なみみ 「……なんにもしゃべらない。……話しかけても、無視………無視しかできない……
そんな子と、仲良くなりたいなんて思わない」 *8
サーバル 「……なんでしゃべらなかったの?」
なみみ 「…………わたし……言葉をうまく組み立てられなかったの。……声に出すまで、
時間がかかるの。……めんどくさくて黙ってたら……じゃべれなくなっちゃった。
……こうやってお話しできるのは、ずいぶん進歩したの」 *9
サーバル 「つらかったんだね……」
なみみ 「違うの。……普通は、悲しいとか寂しいとか、感じるらしい、けど……
わたしは、ひとりが当たり前だから、つらくない」 *10
サーバル 「わたしがおともだちになるよ! たのしいこと教えてあげる!」
サーバルは、屈託なく笑った。
なみみ 「……あなたは輝いてる……もっと早く出会えていたら、友達に、なれたかも……。
でも……こんな歳*11 になったら、手遅れ」
サーバル 「おともだちに歳は関係ないよ!」 *12
なみみ 「……友達は、いらない」
サーバル 「え……」
サーバルの笑顔が消えた。
なみみ 「あきらめたら、ラクになったの」 *13
サーバル 「あ、あきらめちゃだめだよ! わたしについてきて!
おともだち、いっぱい、いーっぱいいるから!」
サーバルは、うろたえながらも笑顔を作った。
なみみ 「…………わたし、そういうの苦手なの……」
サーバル 「怖くないよ! みんな、あなたをいじめたりしないから!」
なみみ 「……押し付けないで………迷惑なの」 *14
なみみの口調は淡々としていて、感情がこもっていなかった。
サーバル 「!」
サーバルが、一瞬、目を見開いた。
心臓のやわらかいところを、アイスクリームのスプーンで突かれるようで……。
なみみ 「……重いの……友達は……」
サーバルが、うつむき加減になった。
サーバル 「……じゃあ、どうしてあなたはここに、パークに来たの……」
サーバルには珍しく、暗い声だった。ほんの少し、声がふるえていた。
なみみ 「……………しゃべらない動物が…好きだから……………」
なみみの声は、とても小さかった。
サーバル 「…………」
サーバルは言葉を失った。
夕方。
カラカル 「すごいわあのひと。サーバルを怒らせるなんて」
広い食堂のような部屋の一角で、サーバルとカラカルが立ち話をしていた。
サーバル 「怒ってないよ! すっごく悲しくて……」
カラカル 「……あたしだったら、ひっぱたいてるわ」
腕組みをしたカラカルが視線を向けた先……部屋の対角に、調理場の入り口があった。
サーバル 「だめだよカラカル。なみみさん、おはなし得意じゃないだけで、
やさしくて、すっごくいいひとだよ?」
カラカル 「そうは見えないけど?」
サーバル 「なみみさん、朝早くにごはんの準備して、すっごーくきれいに おそうじ
してるんだよ。みんな嫌がる大変なお仕事を、黙ってやるの」
カラカル 「たしかにね……。そういうとこはすごいわ」
サーバル 「でしょ! それに、わたし見たよ! なみみさん、動物に食べものあげるとき、
とろーんとかわいい顔になるんだ! きっと、とってもやさしいひとだよ!」 *15
カラカル 「……まあ、そんなに話してくれたのは、サーバルだからね」
サーバル 「ん?」
サーバルが、不思議そうに首をかしげた。
カラカル 「あんたはなにも考えてないから、話しやすいのよ」 *16
サーバル 「ひどいよー!」
カラカル 「……どうするの? あのひと、セルリアンより強敵よ?」
サーバル 「敵じゃないよ。おともだちだよ!」
サーバルは、にっこりと笑った。
カラカル 「はぁ……どうしてこの子は……」
サーバル 「たのしく遊ぶだけがともだちじゃないよ?」
カラカル 「そうね。むりしないのがいいんじゃない? 距離をおいて付き合うのよ」
サーバル 「それはちょっとさみしいなぁ……」
サーバルは、明るい苦笑いをした。
カラカル 「……で、作戦は?」
カラカルの目が、獲物を狩る肉食獣のものに変わった。
サーバル 「おはなしが得意じゃないなら、ちょっと離れたところから笑いかけて……」
カラカル 「じーーっと機をうかがって……」
サーバル 「ちょっとずつ、じわじわ近づいて……」
カラカル 「相手が油断して……」
サーバル 「向こうから近づいてきたら、大チャンス!」
カラカル 「びゅーん!! って飛びかかって!」
サーバル 「がぶーっ!! って……食べないよっ!!」
カラカル 「案外、いいかんじの攻略法じゃない?」
カラカルが、いつもの感じに戻った。
サーバル 「がしっ! て 抱きついて すりすりしたら、めいわく、なんて言ってられないね!」
カラカル 「……ちかっぱ嫌われるわよ?」 *17
カラカルはちょっとあきれた感じで言った。
サーバル 「そんなことないない! はじめは嫌がるかもだけど……いつかきっと……」
カラカル 「……落ちるわ」
カラカルが、ぼそっと言った。
サーバル 「なんか、ネコになったみたいで、わくわくしてきたよ!」
5日後の早朝。調理場。
サーバルは困惑していた。
サーバル 「どうしてこんなことに……」
なみみ 「………んふふっ……サーバルぅー……」
床に座り込んだサーバルに、なみみが抱きついて頬ずりしていた。彼女は頬が赤く、至福の表情をしていた。 *18
サーバル 「みゃふふっ! しっぽはだめだよ!」
なみみは、サーバルのしっぽを、くしゃくしゃもふもふした。
カラカル 「あーあ……やっちゃったわねー、サーバル」
調理場に入ってきたカラカルが、なかよしなふたりを見て、からかうように笑った。
なみみ 「…………」
なみみが、サーバルを、ぎゅーっと抱きしめた。お気に入りのぬいぐるみのように。
サーバル 「わわ! ちょっと、たすけてカラカル……」
なみみ 「……むぅ……あぅ…ありが、ぅ゛……ぐす……ぐ……ううぅ…………」
なみみが、サーバルの胸にぐりぐりと顔をうずめて、肩をふるわせ始めた。
サーバル 「なんで泣いてるのー!!」
カラカル 「こういうとき、言葉は邪魔なのよね……」
おわり
仕事を教えるには、大変な労力と時間とコミュニケーション能力が必要で、一人でやった方が楽で速いのです。でも、それではいつまで経っても自分の負荷が減りませんし、後輩が育ちません。これは、仕事でも家事でも同じですね。
ネコ科動物は断続的に昼寝している(ように見える)ので、『昼夜逆転』とは違うのかもしれません。イエネコは薄明薄暮性なので、サーバルちゃんも、朝夕がいちばん元気なのかもしれません。
あと、サーバルちゃんも年齢不詳です。
毎日(質素な)おいしいごはんが食べられたら、十分幸せ。それ以上を求めるのは贅沢。
ただ、なみみさんの年齢でそう考えるのは早すぎます。
あとがき
即落ちでもいいじゃない。ハッピーエンド(?)だもの。
読んでいただきありがとうございます。
ラストシーンは、投稿直前に追加したものです。蛇足だったかもしれません。
『なみみさん』は、筆者が、突然思い付いて でっち上げたキャラです。
地味で寡黙な女性飼育員で、30歳くらいと思われます。非常にコミュニケーションが苦手で、友達も恋人も結婚も完全にあきらめている(その方が気楽)人です。『のけもの』ではなく、自ら望んで周囲と距離を取っています。いわゆる『クーデレ』ではなく、もっと生々しくて痛いキャラです。ヒト以外の動物が好きなようです。
なみみさんは無口なはずなのに、セリフが多くなってしまいました。彼女が考えていることや無口な理由を説明するには、このくらい必要なのです。過去のシーンを入れるか、なみみさんの一人称にするべきだったかも……。
↓〈 しずかなのけもの 〉を、一人称で書き直しました。(別作品として投稿)
https://syosetu.org/novel/272073/
[ 初投稿日時 2021/07/07 07:07 ]