ジャパリ・フラグメンツ   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 カラカルの耳筆、
 または、アニマルガールの耳に異物を入れると警察に逮捕されるといううわさ話。
 


〈 みみふで 〉

 

 山林の、暗いけもの道。 *1

 

 急に森がひらけて、ふたりのフレンズに光が当たった。

 

サーバル&カラカル 「まぶしっ!」

 

 ふたりがいたのは、山の中腹、崖の上だった。

 カラカルの左耳の奥が、キラッと光った。

 サーバルが、それに気付いた。

 

サーバル 「なにこれ? わっかっか?」

 カラカルの左耳の中に、リング状のものが埋もれていた。色あせた黄色いプラスチック製で、親指が通りそうな大きさだった。

 

カラカル 「ん?」

 

ハカセ  「『あんぜんピン』なのです」

助 手  「『しょうかき』が作動しないようにするのです」

 ハカセと助手が音もなく降下してきて、ふわりと着地した。

 

カラカル 「しょうかき?」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 カラカルが、口から、ブシュ――!! っと大量の消火剤を噴射し、炎上する草を消火した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

ハカセ  「……森林火災を防ぐです」

サーバル 「かーっこいぃー!」

カラカル 「そんな能力ないわよっ!」

 

 

サーバル 「取ってあげるよ。耳にへんなのついてると嫌でしょ?」

 サーバルが、カラカルの耳の中のリングを引っ張った。

カラカル 「ふあっ!」

 カラカルがぎゅっと目をつぶった。

サーバル 「なにこれかたい!」

 リングの先の、耳の中に埋もれていた部分は、錆びたナイフのようだった。

カラカル 「いたたっ! もっとゆっくり!」

 それは、何かに引っかかっているように、キュッ、キュッ、と少しずつ出てきた。

サーバル 「なにこれ長い……」

 細長い刃が見えてきた。

助 手  「これは……」

ハカセ  「解いてはならない封印なのです!」

カラカル 「……んうぅ……」

サーバル 「がんばって! もうちょっとだよ!」

 

カラカル 「くっ!」

 カラカルが、ぴくんと震えた。

 

サーバル 「ぬけたよ!」

 

 カラカルの耳から出てきたのは、錆びたはさみの片割れで、刃渡りは10cm近かった。 *2

 血は付いていなかった。

 

サーバル 「うわー……こんなの刺さってたんだ……。すっごい痛かったでしょー?」

ハカセ  「その長さ……どう見ても、だいじな所に深ーく入ってたです」

助 手  「よく死ななかったですね」

カラカル 「そんな痛くなかったわよ? ……前からかゆいなーとは思ってたけど」

 カラカルは、不思議そうに左耳をさわった。出血は無さそうだった。

サーバル 「だいじょぶそうでよかった」

 サーバルが、カラカルに、はさみの片割れを手渡した。

 

ハカセ  「あたまが空っぽだから、かゆい程度で済んだです」

カラカル 「失礼ね! あたまが空っぽなのは、こ・の・子・よ!」 *3

 カラカルは、サーバルの両肩を、後ろからつかんだ。

 

サーバル 「うんうん! わたし、あたま空っぽだから、軽くて楽なんだよ!」

 サーバルは嬉しそうに言って、指でつんつんっと頭を突いた。 *4

助 手  「たしかに空っぽなのです」

 

サーバル 「わたしもなんか出るかな?」

 サーバルが、首をかしげて、側頭部をとんとんと叩いた。

 

 けもの耳の中から、白いせんべいのような破片が、三つ転がり出てきた。

 

カラカル 「いやあーー!! ()()よそれぇ!!」

 カラカルが悲鳴をあげた。黒光りするG的な虫を見つけたような反応だった。

 

ハカセ  「 だれ ? 」

助 手  「そこは流しましょう。ハカセ」

 

サーバル 「おっと! いけないいけない」

 サーバルは、ちょっとおどけて笑い、白い破片を耳の中に戻した。自販機にコインを入れるかのように。

 

カラカル 「見ちゃいけないもの見ちゃったわ……」

 

サーバル 「いけない…もの? ……あれれ? なんだっけ?」

カラカル 「あきれた……また忘れたのね……」

 カラカルの表情は、憐れみのようなものを含んでいた。

サーバル 「うーん……」

 サーバルは、少し考えこんだ。

 

カラカル 「まあ、忘れちゃった方が楽よね」

 カラカルは、はさみの輪っかに人差し指を通して、ナイフのように握った。そして、それを頭の上へ向け、反対の手で左耳の黒くて長い筆のような毛(リンクスティップ*5)をつまんだ。すました横顔だった。

カラカル 「……あたしにはできないけど」

 

サーバル 「カラカル?」

 

 カラカルは、片割れだけのはさみを、ヒュッ! と素早く動かし、耳毛を切り取った。

 

サーバル 「なにやってるのっ!!」

 

カラカル 「約束したの……」

 カラカルは、切り取った毛と、自分の人差し指の長さを見比べた。ほぼ同じ長さだった。

 

サーバル 「やくそく?」

 

カラカル 「『 この毛が、ゆびより長くのびたら、また会おうね 』、って……」

 

サーバル 「だれと約束したの?」

 

カラカル 「……わかんない……」

 カラカルは、すねたように目を閉じた。

カラカル 「……忘れちゃった」

 そして、つんと上を向いて微笑んだ。自分に酔っているかのように。

 

ハカセ  「そっとしておくのです。サーバル」

助 手  「めんどくさいのです」

 助手は、冷たく言って……ふっと顔をそらした。

助 手  「……泣いちゃうと」

 

 

カラカル 「……いいの。こんなのまた伸びるんだから」

 カラカルは、素っ気ない感じで言って、指を離して、パラパラっと毛を落とした。

 

 

 それは風に乗って飛び、森へ消えた。

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

*1
 広葉樹の森に覆われた、急峻な山岳地帯です。日本っぽい気候・地形・植生です。身近で地味なせいか、けもフレではあまり注目されないような……。

*2
 はさみの刃はステンレス鋼です。ですが非常に古いものであり、保存状態が悪かったため錆びています。握りのプラスチック部分(リング)は、茶色がかった黄色のABSで、インサート成形です。プラスチック部分も白っぽく劣化しており、もろいです。

*3
 『思考は頭(脳)で行われていて、記憶も頭(脳)にある』ということを、この子たちが知っているのか? という疑問があります。『心は心臓にある』と信じられていた時代(国)もありましたからね。

 脳以外の場所にも記憶(の一部)が保存されている、という説もあります。

*4
 『空っぽ』というのは、脳がどうこうではなく、3Dモデル(ポリゴン)の中が空洞ということです。

*5
 リンクスティップの詳細はあとがきで。




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 よくわからん。

 ちょっぴり不安になるような、モヤモヤしたものを含ませたかったのです。



 ―― リンクスティップの話 ――

 ネコ科動物の耳の先端にある房毛は、リンクスティップと呼ばれています。タフトとも呼ばれますが、タフトはもう少し広い部位を指し、耳の中の毛や、肉球まわりの長い毛などもタフトと呼ばれるようです。
 カラカルのリンクスティップは長くて、他のネコ科動物よりも目立ちますよね。耳のラインの延長で、シュッと跳ね上がっていると格好いいです。たれ下がっている個体もいます。おしゃれな 耳筆 です。多分、空気の流れを感じるくらい敏感で、触ると怒られます。
 けものフレンズのカラカルは、リンクスティップが短めです。幼いカラカルはリンクスティップが短い(?)ようなので、けもフレのカラカルは子猫なのかもしれません。個人的には、もっと長く伸ばしてほしいです。


 [ 初投稿日時2021/07/30 21:30 ]
 

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