ジャパリ・フラグメンツ   作:くにむらせいじ

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 後編です。
 


〈 プールのかけら 後編 〉

 

 アニマルガールと暮らすには手続きが必要だ。特に“身元不明の子”場合は、検査だの聞き取り調査だの登録だのと、めんどくさい。

 病院へ行ったら、獣医さんが、専門家のカコ博士を紹介してくれた。有名な学者で、忙しい人らしく、会えたのは運が良かった。おかげでスムーズに手続きができた。 *1

カコ  「とても興味深い事例ですね。……ただ、この子は……」 *2

 カコ博士は、ニホンカワウソがアニマルガールになった原因を、はっきり教えてくれなかった。

カコ  「……身体的には健康そのものです。……薄いけれど……」

わたし 「うすい? なにがですか?」

カコ  「え……毛皮が薄いの。……最初のうちは、2週間おきに検査を受けると良いでしょう」

 なんだか歯切れが悪くて不思議な感じがした。……気のせいだよね。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 3人の生活が始まった。

 

 思い切ってベッドを捨てた。*3 マットレスの上に布団を敷いて、3人で川の字になって寝た。狭い部屋だから、リビングと寝室を切り替えて使うんだ。これが大正解。

 かわいすぎるふたりに挟まれて寝る贅沢。寝る前のゆったりした時間が楽しくて、天使の寝顔を眺めて……。そして、休日はだらだらしちゃう。

 

 

 ニホンカワウソにも、コツメと同じ、小さな花の髪飾りを作ってあげた。

 

ニホンカワウソ「 ……… 」

 ニホンカワウソが、はにかんだ笑顔を見せて、わたしはドキッとした。

コツメ 「わー! おそろかわいー!!」

わたし 「それだと“恐ろしい”みたいだよ……」

 “おそろいでかわいい”ってことだよね。“おそろしくかわいい”でも正解だなぁ。

コツメ 「んぅ?」

 この子も変な言葉作るね。かーちゃんの悪影響かな……。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ときどき ふたりが行う、サンドスターの交換(?) は、とっても直接的だった。

コツメ 「ちゅ……んんっ……」

 要は口移しである。

ニホンカワウソ「… ………・・・……」

 かわいい百合の花が咲いている……のではなく、ともだちのあいさつだ。

 変なアニメを見せたのが原因だった。ふざけてまねをして、クセになってしまったのだ。

 眼福なのに、目のやり場に困るのが悩ましい。

 

コツメ 「かーちゃんも ちゅーしよー! おいしーよ!」

 あんまり抵抗はなかった。わたしは、『猫吸い』ならぬ『カワウソ吸い』の名手だ。それはアニマルガールになっても変わらない……はず。

わたし 「いいの? ほんとにいいのね?」

コツメ 「きもちいーよー!」

ニホンカワウソ「………」

 なぜかニホンカワウソがドヤ顔をしていた。

 

 

 まずは、コツメとわたし。

 改めて見つめ合うと、なんか恥ずかしい。

 この子はカワウソだから大丈夫。ヒトの姿になっただけ。“ ぷるつや ” な唇になっただけ。

 いつもの感じで吸っちゃえ、わたし!

 

コツメ 「むちゅ! ……んんんんんむぅーーーーー!!」

 接続してる時は考えないけもの。

 

コツメ 「……ぷはっ!」

 確かにおいしい……甘味のあるあっさり系のカワウソ汁に、コツメの濃厚なうま味が効いている。ちょっぴり混じったサンドスターのスパイスが、心臓をくすぐる。

わたし 「ふぅ……」

コツメ 「あはは! 吸いすぎだよー!」

 あたまの中が虹色でぼーっとする……。これ、一度吸ったら抜け出せなくなるアレだ……。たぶん万病に効く。

 

 

 今度はニホンカワウソとわたし。

 どちらでもなく顔を近づけ……目を閉じて……。

 

 ニホンカワウソ「…・・・…・………… ・ 」

 

 あれ?

 

 感触が軽い? 熱がない? 味が薄い? ……違う。しっかり感じるのに、やさしい違和感があった。だめだ……脳が混乱して気持ちいい……。

 

 ……妖精とキスするって、こんな感じだろうか。

 

 

 ずっと感じてる予感。気にしない。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 今日もプールへ行こう。

 

 

 

 たくさん泳ぐと、おなかが空くよね。

 

 段ボール箱を開けると、ジャパまんがいっぱい。ふたりともすっごく喜んでくれた。コツメは底抜けに明るく、ニホンカワウソは、ふんわりと微笑んだ。

 わたしはうんざりだけど……。このジャパまんは、うちの工場の“ワケあり品”だから。 *4

 

 狭すぎるお風呂も、3人で入ると笑えるものだって知った。

 

 みんな遊び疲れてすぐに寝ちゃうんだ。でもわたしは次の日仕事。3人のためにがんばるよ。

 

 

 わたしたちは、たぶん、最小単位の群れになったんだ。

 

 

 いつか、もっと大きな家に住みたいな。豪邸はいらない。3人で楽しく暮らせる家が欲しい。

 そんな、届きそうで届かない夢物語。

 

 

 ジャパリパークに引き取ってもらう……なんて考えたわたしは、本当にバカだった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ある春の日の早朝。

 

 

 コツメが泣きじゃくる声がして、目が覚めた。

 

コツメ 「……うああーー! ……んぐ……うぅ……ひっ……うぐっ……んうううぅ……」

 この子も泣くんだ……って、それは失礼だよ。

 

 何が起きたのかすぐに分かった。いつかこんな日が来るだろうと思っていたから。

 

 布団で寝ていたはずの二ホンカワウソが、いなくなっていた。

 枕の上に、花の髪飾りが落ちていた。                     *5

 

コツメ 「……うぐ……う…ひっ…うう……ぐす……こんなのやらぁ! たのしくないぃ……」

 あまりのことに、わたしは涙も出なかった。

 コツメは、肩をふるわせて泣きながら、両手で何かを包むように握っていた。毛か骨か分からないけど、ニホンカワウソの遺物だろう。

 

コツメ 「おねがい! かえってきてぇ!! おねがいだからぁ……ぐす……ううぅ……」

 コツメは、遺物に自分のサンドスターを与えて、再びアニマルガールにしようと思ったのかもしれない。そんなことできないっていうのは、この子がいちばん分かっているはずなのに……。

 

コツメ 「……いやぁ……やらの……ぐす……うううぅ……ひっく……ぐしゅ……」

 わたしは、コツメに声をかけようとして、やめた。今は慰めるときじゃない。思いっきり泣かせてあげよう。気持ちを吐き出した方が楽だから。

 

 

 コツメは、ひとしきり泣いて落ち着いてから、小さな白いかけらを見せてくれた。

わたし 「こんな小さなもの、よく見つけたね……」

 長い所で15mmほどの、白くて硬いもの。骨っぽいけど、どこの部位か分からなかった。 *6

 たったこれだけで、あの子は生きていたんだ。

 そう思ったら……やっと、わたしも涙が出てきた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 こういう時、頼れるのはカコ博士だ。

 白いかけらを詳しく調べてもらったら、カワウソの頭骨の一部だと判明した。 *7

 

 どうしてこんなことが起きたのか。カコ博士の推測は……

 

 プールの建物のコンクリートに含まれている砂利に、ニホンカワウソの骨が混じっていた。それが最近の内装工事でポロっと取れて、プールに落ちた。*8 そこに、コツメカワウソから流れ出たコツメ汁……じゃなくてサンドスターが接触し、アニマルガールが誕生した……

 ……ということらしい。

 普通、そんな微量なサンドスターではアニマルガールは生まれないが、近い種だから周波数がシンクロしたのかもしれない、とか……。

 

カコ  「研究者としては避けたい言葉だけど……奇跡としか言いようがない」

 

 元がひとかけらの骨だけで、初めに与えられたサンドスターが少なすぎたから、あの子は、とっても薄い輝きになって、シャボン玉みたいに消えちゃったんだ。言葉を持たなかったのも、不完全だったから。

 この骨が再びアニマルガールになる可能性は、ほぼゼロだろう。

 

カコ  「ごめんなさい。力及ばずで……」

 ちょっと陰がある雰囲気と、強くて儚げな目は、このひとの魅力だと思うな。

わたし 「いえ、いろいろとありがとうございました。

     すっごく悲しいですけど……この子は自然に返ったんですよ」

 

 今までが不自然だったんだ。それは長くは続かないし、ヒトの力が及ばないものなんだよ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ニホンカワウソの骨は、遺骨用のペンダントに入れることにした。いちばん頑丈な、チタン製の飾り気のないものを選んだ。*9 花の髪飾りは収まらなかったから、花びらをカットして、ひとひらだけ入れた。

 ペンダントをコツメの首にかけてあげると、ちょっぴり大人びた笑顔をくれた。

 わたしは、顔をそらして、涙をこぼしてしまった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ニホンカワウソが消えて、数か月が過ぎた。

 

 プランターのジャガイモを掘り返してみたら、カラフルな何かがもりもりと…………

 …………埋め戻した。わたしは何も見なかった。

 

 

 

 『空港検疫、カワウソの密輸入を阻止』というニュースがあった。狭い檻から救出された、コツメカワウソの映像。コツメカワウソの飼育は合法だけど、取引は規制されている。ペットとして飼われている個体の多くは、密輸された子らしい。 *10

 

 ペンダントの中の骨は、未来のコツメカワウソの姿なのかも……そんなことを考えて、背筋が寒くなった。生き物は、想像以上にあっけなく絶滅してしまうんだ。

 

 わたしがやりたいのは、絶滅を防ぐとか密輸を根絶するとか、そんな大きなことじゃない。

 

 

 この子といっしょに暮らそう。死がふたりを分かつまで。

 

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 カコさんが手続きの仕方を教えてくれたうえに、一筆書いてくれたことで、すんなり飼育許可が出ました。

*2
 カコさんの話し方はどう書くか迷いました。筆者は、“医者っぽいクールで硬い感じ”かと思い込んでいたのですが、原作は少しお姉さんっぽいようで……。

*3
 ベッドの廃棄にはお金がかかるので、中古品買取り業者に回収してもらいました。現在の価値で200円ほどの値で売れました。

*4
 『ワケあり品』というのは、製造工程で割れてしまったものなどの、売り物にならない製品です。今回のものは、ジャパまんの原料の混合比率を間違えるというとんでもないミスで大量に出てしまったものです。ちょっと皮が生っぽいだけで、食べても害はありません。

*5
 寝るときは髪飾りを外すのでは? とツッコまないでください……。

*6
 薄くて、少し凹凸があります。

*7
 生物学者さんって、小さな骨の破片から種を特定しますよね。すごいなーって思います。

*8
 カコさんは、このプールで最近内装工事があったという事実まで調べました。“プールの利用者の足にくっついていた”、“清掃の際に落ちた”、なども考えられます。

*9
 こういったものは実際にあります。“遺骨を肌身離さず持ち歩く” ことの是非については、筆者は何とも言えません。

*10
 法律では、コツメカワウソの輸入・売買・譲渡は禁止されています。(動物園や水族館は、特別な許可を受けて飼育しています)飼育自体は合法ですが、一般個人では、法規制される前に譲り受けたとか、一時的に保護したとか、特殊なケースを除いては飼えないはずです。(国内で繁殖させた個体で、正規の手続きを経て登録されていれば飼える場合もあるようです)




 
 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 このおはなしは、筆者の偏った知識と考えで書きました。そうじゃないよ! という意見もあると思いますごめんなさい。
 “ エキゾチックアニマル ” って何だろう? という疑問がベースになっています。

 絶滅したはずのニホンカワウソが目撃された? という話は、たびたび話題になりますね。絶滅指定された生き物が『再発見』された例もあります。ニホンカワウソは目撃情報が多いので、生き残っている可能性は高そうです。

 『ジャパリ・フラグメンツ』にカコ博士が登場したのは、このおはなしが初です。“原作とは別人であり、同一人物とも解釈できる”という曖昧な設定であり、“カコ博士に本人役で出演してもらった”という感じです。話し方とか間違ってますよね……。もっと硬い話し方の方が似合う気がします。
 『だけど』→『だが』、『ごめんなさい』→『すまなかった』とか。
 でも、初対面で同年代(あるいは『わたし』の方が年上)なので、ですます調にならないとおかしい気もするし……迷いました。



 ――― 設定 ―――

 【 わたし 】( かーちゃん )

・ 名無しの主人公。おそらく女性。年齢不詳(20代~30代?)。
・ コツメカワウソからは『かーちゃん』と呼ばれる。
・ 地味な見た目。質素なものを好む。
・ 作中で『マフィンちゃん』と呼ばれたが、ぷにっとしているだけで太ってはいない。
・ 大人な中に、子供っぽい面が点在する。
・ 常識的でクールに振舞っているが、内面はアップダウンが激しい変人で、たまにそれが表に出る。(隠しているわけではなく、自然にそうなる)
・ ジャパリまんじゅう(“ジャパリまん”ではない)の工場で品質管理の仕事をしている。
・ 手先が器用。
・ 重度のカワウソ中毒。


 【 ニホンカワウソ 】

・ 原作とは違う、不完全なフレンズ。
・ 脆くて儚い。
・ ヒトの言葉を話せない。声が細く、よく聞くと、キューキューなどと鳴いているのが分かる。ヒトには聞こえない音(超音波)も使っている模様。
・ セリフは基本「……(三点リーダー)」。たまに強調の意味で「・(中点)」が入る。スペースは、息継ぎや間を表す。
・ ある程度ヒトの言葉を理解している。
・ コツメカワウソとは会話ができる。
・ 元は小さな頭骨の破片。


 [ 初投稿日時 2021/09/21 21:09 ]
 

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