まえがき
ちょっぴりダウナーな雑談です。
割と “後の時代” のおはなしです。クリスマス前のようですが、日付は曖昧です(けもの のカレンダーは大雑把であり、天候などにより変動するので、ヒトの暦通りにはならないのです)。
冬、夕方のジャパリカフェ。
テラス席にフェネックとスナネコがいて、夕日を眺めていた。
日が沈み、カフェの窓の中に点々と暖色の明かりが灯って、カフェがバーに変わった。
同時に、建物の外のイルミネーションも点灯した。白と青を基調にした、控えめなキラキラ。*1
太陽が沈んだあたりの空の赤が、ゆっくりと紫に変わり、星が見え始めた。
スナネコ 「もういいのです。中に入りましょ?」
フェネック 「もーちょっと、がまんしない?」
スナネコ 「きれいな星空は、あきるほど見たのです」 *2
ふたりは屋内へ入り、カウンター席に隣り合わせに座った。
明かりは雰囲気のある暖色で、店内はやや暗かった。
アルパカ・スリ 「ふたりとも、なんにのむぅ?」
フェネック 「 “プリズムドライバー” がいいかなー。濃いめで」
スナネコ 「ボクは、 “おいしいお水” 。あったまるやつ」
アルパカ・スリ 「んー…ちょっとまっててにぇ……」
アルパカ・スリ(以下アルパカ)が、慣れた手つきでアルコールと謎の液体と粉末を注ぎ、シェイカーを振った。 *3
アルパカ 「はいどーぞ」
アルパカは明るい笑顔だったが、昼間より抑えた上品な雰囲気だった。
フェネックの前には、グラスに入った乳白色のカクテル。
アルパカ 「どーぞ。ちょこっと味付けしてみたゆぉ」
スナネコの前には、広口のグラスに入った “おいしいお水”。
フェネックが、“おいしいお水”を見て、微かに笑った。
フェネック 「ふふー “おいしいお水” ねぇ……」
フェネックが、チラッと窓の外を見た。ガラスの反射で、星空はよく見えなかった。
フェネック 「かばんさんがさぁ、『きれいすぎる空は怖い』って言うんだよ?」
スナネコもつられて窓の外を見たが、すぐにフェネックの方に視線を戻した。
スナネコ 「ふしぎですねぇ」
フェネック 「わたし、ちょっとわかるよ」
フェネックは、グラスを見つめた。
フェネック 「かばんさんから、宇宙がある……とか、聞いちゃったからかなぁ……」
スナネコ 「うちゅう?」
フェネック 「ヒトは、たくさん知りすぎて、怖がりになっちゃったのかもねぇ」
スナネコ 「雲があったほうが安心ですね」
しばらく経って。
フェネックが、薄いピンク色のカクテルが入ったグラスに口を付けた。
つやつやで血色が良い、ぷるんとした唇が、ぬれて、点光源を反射して光った。
こく……っと、一口飲み込んだ。
揺れたカクテルに明かりが溶けて、クリアな琥珀色に変わった。マジックショーのようだった。
スナネコ 「 “くちすい” って、おいしいんですか?」
フェネック 「くちすい?」
スナネコ 「ちゅっちゅっ、って」
スナネコは、自分の唇に人差し指を当てた。フェネックより紅色が薄めで、少しつやがある、ぷっくりやわらかな唇だった。
フェネック 「あー……くちすいねー……したことないから、わからないよー」
フェネックは、いつものとぼけた感じで言った。
間があった。
スナネコ 「アライグマは、あまいですか?」
フェネック 「……ちょっぴり、しょっぱかったかも……」
スナネコ 「それ、泣いたあとだったのでは?」
フェネック 「……思いーっきり泣いてたねぇ……子供みたいにさ……」
フェネックが遠い目をした。
スナネコ 「んふ……想像つかないですぅ」
フェネック 「わたしのために泣いてくれるの、すっごくうれしくてさ……
そんなふうに思っちゃうわたし、嫌な子だなーって……」
スナネコは、 “おいしいお水” をぺろぺろ飲んだ。素早く出入りする舌、水面と舌を結ぶ水の柱、明かりを反射する波紋、ごくわずかなしぶき。
フェネックは、黄色く光るカクテルを一口飲んで……
フェネック 「んく……スナネコは静かに飲むねー」
……けだるい感じで頬杖をついて、スナネコを見た。
スナネコが顔を上げ、フェネックを見た。
スナネコ 「聞いていたいので。フェネックのおはなし」
見つめ合うふたり。
点々と明かりが映る、やわらかいガラス玉のような眼球。それを覆う涙の膜。限りなく透明なレンズと、ごくわずかに濁りがある瞳孔の奥……。まぶたと眼球の境目には微かに涙がたまっていて、明かりを反射し、砂粒よりも小さなサンドスターの粒子が、キラキラ泳いでいた。
フェネック 「スナネコさぁ……」
フェネック 「オトナの目になったよねぇ……」
スナネコ 「そうですかー? ずーっと子猫のままだって言われますけど」
フェネックが、テーブルの上のカクテルに視線を戻した。不透明なオレンジ色だった。
フェネック 「アライさん、このごろ……ちょっぴりイライラしてるみたいでさ……
でもやさしいんだ。わたしにぶつけてくれてもいいのに……って、思うんだよ」
スナネコ 「ツチノコは、いつもそんなですよ」
フェネック 「あの子は、ちょっと違うんじゃないかな?」
スナネコ 「まるで……ヒトみたいです」
フェネック 「長ーくこの姿でいるとさ、けものの気持ち、忘れそうになるよねぇ……」
フェネックが、
フェネック 「ん……ヒトってさ……自分に嘘をつくんだよ」
スナネコ 「やっぱりふしぎですねー」
スナネコも、再び水を飲み始めた。
間があった。
フェネック 「わたし……アライさんのこと、そんな好きじゃないのかも……」
スナネコ 「ほぇ?」
スナネコがはっと顔を上げ、目を丸くした。彼女にしては珍しく驚いていた。
フェネック 「ほんとうは好きじゃない、って気づいちゃうのが……
好きなものがなくなっちゃうのが、すっごく怖くってさ……
“好きなふり” してるんじゃないかなーって……」
スナネコ 「そんなわかりやすい嘘、ないと思うのです」
スナネコは、やわらかい表情をしていた。
フェネック 「んやー……だいすきだいすき言ってるのと同じかもだねぇ」
フェネックは、照れたように笑った。
スナネコ 「こころが離れてる、って感じるときは、どうすればいいのでしょうね」
フェネック 「……なーんにもしなくて…いいんじゃないかなー……」
フェネック 「アライさん……かばんさんばーっかり見ててさ……たのしそうで……
わたしは……うしろを付いていくことしかできなくて……」
プツン……と、明かりとイルミネーションが消えた。
窓の形の月明かりが、店内を照らした。
アルパカ 「あんれまー……まーた でんち切れちゃったゆぉ……」 *4
アルパカが、店の奥へ消えた。
無言で飲む、ふたりのシルエット。
スナネコ 「あしたは、アライグマとふたりきりですか?」
フェネック 「そ……」
フェネックは、けだるく色っぽいしぐさでグラスを振った。3分の1ほど残っていた薄い青紫色のカクテルが、月明かりを吸い込んで、透明に近い青緑色に光った。
間があった。
フェネック 「アライさん目が悪いからさー、ペタペタさわってくるんだ。わたしのカラダ」
スナネコ 「フェネックのお耳は、あったかいカタチなのです」
スナネコが、微かに浮かぶフェネックの けもの耳のシルエットを、人差し指でなぞった。
フェネック 「アライさんは、あったかくて安心するねー。でもわたしは、胸が苦しくなるよー」
スナネコ 「ツチノコも、そんな感じで、おもしろかわいいのです。
ボクがじーっと見ると、顔を赤くして、ひっつくと、わたわたして……」
フェネック 「スナネコは、砂漠の小悪魔だねぇ」
スナネコが、フェネックのしっぽに顔を近づけた。しっぽはそれを避けるように横に動いた。
スナネコ 「フェネックのしっぽは、ケモノっぽいにおいですね」
フェネック 「……まー……けものだものねぇ……」
フェネックは、微妙な苦笑いのような顔をした。
スナネコ 「キツネの子も、おしりのにおいを嗅ぐのですか?」
スナネコは、フェネックに見せるようにしっぽを上げ、先っぽだけくねくね揺らした。
フェネック 「気づかれないように、ササーっとね」
スナネコ 「ネコは……こうするのです」
スナネコが、フェネックに顔を近づけた。
熱っぽい目で見つめ合うふたり。
ふたりのシルエットが近づき、ちょんっ、と鼻先が触れた。
ふたりが、鼻をくっ付けたまま少し首をかしげて……。
無音だった。
ぱちっ、と、明かりとイルミネーションが灯った。
アルパカ 「にえぇ!」
ひどく驚く声がした。悲鳴のような。
ふたりが顔を離した。
フェネックが、ゆっくりと目線を振った。
フェネック 「ありゃー」
フェネックの視線の先にはアルパカがいて、思いっきり引いていた。
アルパカ 「……い、イケナイとこ見ちゃったゆぉ……」
少々おびえているようでもあった。
スナネコ 「フェネックの鼻は、お花みたいなにおいですね」
フェネック 「それは、 “プレーリードライバー” の香りだよー」
フェネックが、ぺろりと唇をなめた。
フェネック 「というか、 “おいしいお水” って、しょっぱいんだねぇ……」
アルパカ 「みんなには ないしょにぃぃ……」
フェネック 「なんか、誤解されちゃったかなー?」
スナネコ 「フェネックとボクは、とっても似ているのです」
フェネックとスナネコが顔を見合わせて、やわらかく笑いあった。
そして、シンクロするようにアルパカを見た。
フェネック 「似た者同士はすぐに仲良くなれるけど、ぴったりじゃないんだよー。
でこぼこの方が、ぴーったり はまるのさー」
スナネコ 「ぱちっと はまる と、ここちよいのです」
アルパカ 「そだねぇ」
アルパカが微笑んだ。
フェネック 「 “あたりまえにいる誰かさん” …って、長ーくいっしょにいると、
空気みたいになっちゃうけどさ……いないと死んじゃうよねぇ……」
スナネコ 「フェネック、くりすます のあと、砂漠で、思いーっきり穴掘りしませんか?」
スナネコは、やや真剣な顔で、楽しそうに言った。
スナネコ 「子供みたいに!」
フェネック 「いーねー」
スナネコ 「すっきりしましょー!」
おわり
電源をどこから取っているのかは謎です。太陽電池+蓄電池では電力不足な気がします。ロープウェイがあるのだから、強力な電源がある(あった)はずですが……。
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
フェネックのカクテルの色が変化するのは、多分意図的な作画ミスです。
[ 初投稿日時 2021/12/24 00:00 ]