まえがき
『絶対に』とは言わない。
ふざけたタイトルですが、シリアスです。
『スーパー猫の日』なのに、キツネのおはなしです。
夜の雪山。
温泉宿の畳敷きの部屋で、ギンギツネとキタキツネが、一緒に布団に入っていた。
ギンギツネ 「向こうのおふとんで寝なさい」
隣に、冷えた布団があった。
キタキツネ 「やーだ! いっしょにぬくぬくして……」
キタキツネは甘えた声を出した。その表情は、ギンギツネだけに見せるものだった。
ギンギツネ 「もう……キタキツネ、こんなにべったりじゃだめよ」
キタキツネ 「……ギンギツネ、なんか怖いこと考えてるね」
キタキツネの両目の瞳孔が、きゅっと収縮して、猫のように縦長になった。
ギンギツネ 「……怖くない、怖くないわ……」
ギンギツネは、キタキツネのおでこをかき上げるようになでた。
キタキツネは、ギンギツネをぎゅーっと抱いて、胸に顔を押し付けた。
キタキツネ 「ぼくを……捨てないで……」
泣き出しそうなつぶやきだった。
ギンギツネ 「え?」
キタキツネ 「おかあさんみたいに……捨てないで……」
ギンギツネ 「あなた、覚えてるのね……」
キタキツネ 「思い出したよ……これのせいかも」
キタキツネが、布団から、にゅっと手を出した。
その手は毛に覆われており、手首より先が黒く、太く短い指に、肉球と小さなかぎ爪があった。
ギンギツネは、ほんの少し顔をしかめて、暗い表情になった。
ギンギツネ 「…………」
キタキツネ 「あんなにやさしかったのに、急に怖くなって、ひとりで生きろって……」
キタキツネが顔を上げた。鼻が、犬のような黒い鼻に変わっていた。
ギンギツネ 「それは捨てたんじゃなくて、ひとりだち。
あなた、もう狩りができるでしょ? ひとりでも生きていけるわ」
ギンギツネはやさしく言った。母親のように。
ギンギツネ 「ん?」
ギンギツネが何かに気づいた。
ギンギツネ 「あなた、やっぱりオスだったのね」
そして、やさしく微笑んだ。
キタキツネ 「そうみたい」
キタキツネが、ほんの少し気まずそうに笑った。
キタキツネの服が、人工的な布から、ふわふわの毛に戻りつつあった。
キタキツネ 「ありがと……ありがとうギンギツネ……
もっといっぱい、いっぱい言っとけばよかった……ありがとー……って……」
ギンギツネ 「……あなた、わたしを泣かそうとしてるでしょ?」
ギンギツネは、あきれたような顔をした。
キタキツネ 「えぇ? そんなことしないよ?」
キタキツネは、とぼけて言った。
ギンギツネ 「泣かないわよ。これは当たり前のことなんだから」
ギンギツネは、少し無理をして笑顔を作り、言い聞かせた。
ギンギツネ 「わたしたちは、いつか必ず、元の姿に戻るの」 *1
キタキツネ 「……さいごに……さよならが言える時間があって、よかった……」
キタキツネの弱く儚げな声と微笑みは、少々わざとらしく、若干芝居がかっていた。
ギンギツネ 「……そんなこと、言っても……っ…………」
ギンギツネが一瞬声をつまらせ、顔をそらした。
ギンギツネ 「……泣かないわよ……」
キタキツネ 「ダメダメだねギンギツネ。そんなんじゃ、おかあさんになれないよ」
ギンギツネ 「……泣いてないわよ……」
ギンギツネは、ちょっといじけた様子だった。
キタキツネ 「……ねぇ、ギンギツネ……もういっかい会えたら……ぼくと………に……」
ギンギツネ 「え?」
キタキツネ 「……あ……あうぅー……」
キタキツネが困り顔をして、弱々しい声をもらした。
ギンギツネ 「キタキツネ?」
ギンギツネが、キタキツネの方に向き直った。
キタキツネ 「……ぐわぅー……きゅーん……」
キタキツネが絞り出したのは、イヌのような鳴き声だった。
ギンギツネ 「そうね………そうなれたら、いいわね……」
早朝。
明るくなり、雪山の様子がはっきり見え始めた。
山の雪が半分ほど無くなり、川に雪どけ水が流れていた。
ギンギツネが目覚めた。目の前に、ケモノの顔があった。
キタキツネの顔は毛で覆われ、
骨格が、四つ足の動物に戻り始めていた。
長い金色の毛が、ギンギツネの鼻先をくすぐった。
ギンギツネ 「っ!」
ギンギツネが、バサッ! と上体を起こした。
キタキツネ 「ぎゃう……」
キタキツネも起きて、眠たげな顔で、ぺたんと布団に座った。
ふたりは、視線を落とし、同じ所を見つめた。
視線の先、キタキツネの枕に、長い毛が落ちていた。ウィッグのように、かたまりになってごっそり抜けていた。
キタキツネの頭の毛は、ふわふわした “けものの毛” に変わっていた。
キタキツネは、一房の髪の毛を両手ですくい上げた。我が子のように。
ギンギツネ 「くれるの?」
ギンギツネが一房の髪を受け取ると、それは、さらさらと、砂のように消えた。
ギンギツネが、ぐっと歯を食いしばった。
ふたりは、しばらく黙り込んだ。
ギンギツネ 「キタキツネッ!!」
ギンギツネが、ひと回り小さくなったキタキツネを抱き上げた。
キタキツネ 「やあー!! わぁうー!!」
キタキツネはバタバタ暴れたが、そのまま連れて行かれた。
ギンギツネは、キタキツネを宿の外へ連れ出し、しばらく歩いた。
ギンギツネ 「向こうが、あなたの生きる世界よ」
ギンギツネは、“ヒトが造った道” と “森のけもの道” の境目で、キタキツネを地面におろした。
純真無垢な目で、ギンギツネを見上げるキタキツネ。もはやヒト面影は残っていなかった。
ギンギツネ 「行きなさい!! 早くっ!!」
ギンギツネは、呆然とするキタキツネに背を向け、宿へ駆けた。
完全に元の姿に戻ったキタキツネが、混乱した様子で、ギンギツネを追いかけた。
ギンギツネが宿に駆け込んだ。
キタキツネがあと一歩で宿に入るところで、ギンギツネが、内側から荒っぽく引き戸を閉めた。
キタキツネ 「ギャワァー!」
“彼” は、叫び声をあげて、ガリガリと戸を引っかいた。
ギンギツネは、戸に背を向けて寄りかかった。そのまま、ずるずると座り込み、膝を抱いた。
ギンギツネ 「……ごめんね……」
キタキツネは、宿に入るのをあきらめて、ゆっくりと歩き去って行った。
一回だけ振り返って、しばらく見つめたあと、暗い森の中へ消えた。
夏間近なある日。温泉宿の廃墟。
キタキツネのフレンズが、枯れ草の間のけもの道から、ふらっと現れた。
キタキツネ 「ひさしぶりだね。元気だった?」
つぶれた建物の陰から、灰色のキツネ……元の姿のギンギツネが現れた。その目はやや鋭く、警戒しているようだった。
キタキツネ 「この前会ったばっかだけど」
キタキツネがしゃがんだ。少し視線をずらして、両手を広げた。
キタキツネ 「ほら、こわくないよ」
元の姿のギンギツネは、一瞬固まったが、すぐに屋根の下……巣穴に戻った。
キタキツネ 「だましてごめん。ぼくはだいじょうぶだから、安心して……」
キタキツネが、中を覗き込んだ。そこは、かつて畳敷きの部屋があった場所だった。
キタキツネ 「……………………」
キタキツネが何かをつぶやいた。とてもとても小さな声で。
子ぎつねが4匹、無邪気にじゃれ合っていた。母親似の黒っぽい子が3匹と、きつね色の子が1匹。みんな小さくて、丸っこくてふわふわで、走れるようになったばかりのようだった。
母親は、それを見守りながら、授乳できるように横になっていた。 *2
彼女は、キタキツネに視線を振った。表情は無かった。
キタキツネは、ぐいっと目をこすった。
キタキツネ 「……んぅ……けものは 泣かないんだよね。ギンギツネ」
おわり
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
何が起きたのでしょう? 筆者にも分かりません。真相を知っているのはキタキツネだけです。
このおはなし、どん……何かのCMに似ている所がありますが、全くの偶然です。あのCMが公開された時(2022/02/17)本作は、投稿予約(非公開・投稿日付設定)状態でした。筆者はあのシリーズが好きですし、似ていて嬉しかったのですが、同時にあせりました。投稿やめようかと……。
でも、『2が並ぶ日』に投稿しようと準備していた作品なので、予定通りに投稿しました。
本日の夜に、もう1話投稿する予定です。
[ 初投稿日時 2022/02/22 02:22 ]