ジャパリ・フラグメンツ   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 暗いおはなしです。
 


〈 やみあがり 〉

 

 森の奥の、苔むした洞穴。

 

 アライグマが目を開けると、逆光のフェネックの顔があった。焦点が不安定で、ぼやけていた。

アライグマ 「……ふぇ……ね?」

フェネック 「もー、寝すぎだよアライさん」

 フェネックは、あきれたように微笑んだ。

フェネック 「ちょっぴり、怖かったじゃないかー」

アライグマ 「……あ……ぅ……」

 フェネックが、ふっと憂いを見せた。

フェネック 「……もう起きないかも……ってさー……」

 アライグマは、枯れ草の布団にあおむけに寝ていた。やつれていて血色が悪かった。

アライグマ 「アライさんは、こんな病気ごときに負けないのらぁ……」

フェネック 「ん、だよねぇ……」

 再びふにゃっとした表情になって、やさしく声をかけた。

フェネック 「調子はどーぉ?」

アライグマ 「すっごくげんきなのだっ! ……くっ……」

 アライグマは笑顔で起きようとしたが、顔をしかめた。

アライグマ 「……うぅ……」

フェネック 「あー……むりしない、むりしない」

 アライグマが、くたっと倒れた。

アライグマ 「さむい……さむくて……からだじゅ…痛いのだぁ……」

 そして震えながら丸まった。

 

 フェネックが、ごろんと横になって、アライグマに寄り添い、抱きしめようとした。

アライグマ 「いたっ!」

 アライグマが、苦痛で顔をゆがめた。

フェネック 「おっと……」

 フェネックは、さっと手を引いた。

フェネック 「あー……ごめんねー」

アライグマ 「いいのだ……」

 アライグマが、ふっと顔をそらした。普段からは考えられないほど、弱くて儚げだった。

アライグマ 「フェネック、その……」

 

 彼女はフェネックの方に向き直って、目を合わせた。ほんの少し瞳が光った。

 

アライグマ 「……痛くてもうれしいから……抱いてほしいのだ」

 

フェネック 「わー……そんなこと言うと……食べちゃうよー」

 フェネックは、アライグマを抱きしめた。

アライグマ 「んぅ……」

 目を閉じて、痛みに耐えるアライグマ。    *1

 

フェネック 「痛いのは、生きてるから……生きてるから痛いのさー。

       ……ふつうのことだから、だいじょうぶだよ、アライさん……」

 

 フェネックの声は小さく、ひとり言のようだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 2週間ほど前の夕暮れ。暗い森の中。

 

 アライグマの足が、何か、ぶよぶよしたものを踏んだ。

アライグマ 「うあっ!!」

 パチン! っと、四角い破片が飛び散った。

 アライグマは後方に倒れ、しりもちをついた。

 

フェネック 「だいじょうぶー、アライさん?」

 後ろからフェネックが声をかけた。

アライグマ 「不覚なのだ……こんな罠にはまるとは……」

 アライグマの靴の裏に、三つの黒い光点があった。

 

フェネック 「くんくん……」

 フェネックが、アライグマの靴のにおいを嗅いだ。

 そして、長い木の枝を折り取って、近くの地面を突いた。

 

 先ほどと同様に、パァン! っと何かがが爆ぜて、落ち葉を吹き飛ばした。

 銃弾のような勢いで真上に飛んだ針が、高い木の枝を砕いた。

 

フェネック 「アライさーん、あぶな……」

 

アライグマ 「へ?」

 アライグマの頭上に、重そうな枝葉のかたまりが落ちてきた。

 

フェネック 「ほっ」

 フェネックが、ビュンッ!! と回し蹴りをして、枝葉を弾き飛ばした。

 

 飛んだ枝が落ちた所から、先ほどと同様に、パチン! っと破裂が起きた。

 

 

 ふたりは、素早く背中合わせに立って、周囲を見回した。

 朽ちかけの落ち葉が積もった地面に、オレンジ色の木漏れ日が当たっていた。生き物の姿は見えなかった。

 

フェネック 「んー、なかなかの数だねー」

 フェネックは軽い感じだったが、どこか楽しそうでもあった。

アライグマ 「敵ながら、見事な擬態なのだ……」

フェネック 「けもの道に こんなのいたら、あぶないねぇ」

 

 

 アライグマ立ち上がって、落ちてきた枝葉を拾い上げた。

アライグマ 「お掃除するのだっ!!」

 そして、上下逆さまに持ち、ほうきのように構えた。

フェネック 「ほいきた」  *2

 

 ふたりは、木の枝で地面を突いて、『地雷型セルリアン』*3 の除去作業を始めた。

 

 森に、パチン! パチン! パチン! ……っと、いくつもの破裂音が響いた。 *4

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 森の奥の洞穴。

 

フェネック 「きょうもこれだよー」

 フェネックが、得体の知れない芋のようなもの*5 を持ってきた。

 

 平たい石の上で、芋をサイコロ状に切っていく、フェネックの爪。

フェネック 「火が使えればいいんだけどねー」 *6

 

 フェネックは、切った芋を数個、口に含み、噛み潰した。

フェネック 「もくもく……」

 

 そして目を閉じ、アライグマに顔を……乾いた唇を、ゆっくりと近づけていった。

 

アライグマ 「フェ、フェーネッ! だめっのぁ……病気が……むうぅっ…………」

 

 

 ………………

 

 

 …………アライグマの喉が、こくんっ、と動いた。

 

 

フェネック 「……はぁー……」

 フェネックは、満足そうな顔で、ぺろっと上唇をなめた。

 

フェネック 「セルリアンの毒はうつらないよー、アライさん」

 

 

アライグマ 「…………」

 

 

 呆然としていたアライグマが、ぽつりとつぶやいた。

アライグマ 「おいしくないのだ……」

 

フェネック 「え?」

 

アライグマ 「フェネックの…ちぅ…おいしくないのだ……いつもの味じゃないのらぁ……」

 泣き出しそうだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 別の日。

 

 洞穴に戻ってきたフェネックが、荒い息を整え、笑顔を作った。

フェネック 「……はぁ……は……こーんなの捕れたよー」

 フェネックは、小さなネズミをつまんで見せた。

フェネック 「かたいところ、つぶしてあげるから、がんばって食べてねー。

       ふぅ……わたしは、おなかいっぱいだからー」

 

アライグマ 「……フェ…え……」

 アライグマは、意識が朦朧としているようだった。

 

フェネック 「くだものが良かったかなー? ごめんねー、あれ遠くってさー……」

 

アライグマ 「フェーネ……えっと……」

 

フェネック 「ははーん……また、おしっこだねぇ」

 アライグマが、ポッと顔を赤くした。

アライグマ 「ちがうのらぁ!」

フェネック 「“うーん” も、我慢しないでねー。手伝ってあげるからさぁ……」

アライグマ 「……なにも出ないのだ……アライさんの おなか、空っぽなのだ……」

 

フェネック 「……それは……」

 フェネックの笑顔が消え、寂しげにうつむいた。

フェネック 「……困ったねぇ……」

 

 

アライグマ 「……フェネック……もう、がんばらなくて、いいのだ……」

 アライグマは、やさしく、なだめるように言った。

 

フェネック 「そんな、がんばってないよー?」

 

アライグマ 「……フェーネ。隠してもだめなのだ」

 アライグマがフェネックの手首のふわふわをつかんだ。

アライグマ 「これ、取るのだ」

 

 

 間があった。

 

 

フェネック 「アライさんは全部お見通し……ってことか……」

 

 フェネックが、シュルっと手袋を脱いだ。

 

 骨が浮き出た前腕、細い手首、肌が荒れた手の甲………

 

アライグマ 「フェネック……手をにぎっててほしいのだ……」

 

フェネック 「こーんな手でよければ」

 

 ………紫色の、ひび割れた爪。血色の悪い手のひら。

 

 

 

 横になって手をつないだ、無言のふたり。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 上下が逆さまの、傷だらけで色褪せた映画フィルムような映像。

 

 砂漠のオアシス。

 

 アライグマとフェネックが、池のふちに座って、足を冷やしていた。

 

 音声も、ぷつぷつとノイズが混じり、古い電話のように不明瞭だった。

 

アライグマ 「フェネックは、なんでアライさんについてきてくれるのだ?」

フェネック 「アライさんといっしょにいると、おもしろいこと、いーっぱいあるからさ」

フェネック 「それにアライさん、わたしの汚いところを、洗い流してくれるから……

       ムズムズピリピリを、すっきりさっぱり」

アライグマ 「フェネックに汚いとこなんてないのだ!」

フェネック 「たまーに、へんなゆめ見るんだよー。砂を掘ると、骨がいーっぱい出てくる

       とか……。あれって、わたしの汚いところじゃないかなー?」

アライグマ 「それは、汚いところじゃなくて、やわらかいところなのだ!」

フェネック 「やわらかいー?」

アライグマ 「フェネックはつよい子だから、やわらかいとこがすっごく痛くても、

       がまんしちゃうのだ」

アライグマ 「だから、無敵のアライさんが、フェネックを守るのだ!」

フェネック 「それじゃあ……ついていくしかないねー」

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 白紙のような場所。

 

 

 アライグマが、ぱちっと目を開けた。

 

アライグマ 「あれ?」

 

 あおむけに寝ていたアライグマが上体を起こした。眠そうでもだるそうでもなく、ごく自然に。

 彼女は、水彩画のような、淡くて滲んだ姿になっていた。

 

アライグマ 「痛くない……」

 

アライグマ 「フェネック?」

 

 そこにいたのは、アライグマだけだった。

 

アライグマ 「フェネック!! フェネックッ!! どこなのだっ!! 

       ひとりにしないでほしいのだ!!」

 

 

フェネック 「ここにいるってば」

 

 フェネックが、アライグマの隣に立っていた。急に現れたように見えたが、ずっとそこにいたかのような佇まいだった。こちらも、アルコールマーカー*7 でさらさらと描いたような姿だった。

 

アライグマ 「フェネックッ!! よかったぁ……」

 

フェネック 「アライさん、急に行っちゃうからさぁ、あわてて追いかけたよー」

 フェネックは、のんびりした雰囲気で、少しおどけてみせた。

 

フェネック 「調子はどーぉ?」

 

 アライグマが立ち上がった。

アライグマ 「すっきりして……ほわほわーっと軽いのだ」

 

フェネック 「……んー……ついに来てしまったねぇ……」

 フェネックが、あたりを見回して、噛みしめるようにつぶやき、寂しく苦笑いした。

 

アライグマ 「ついに?」

 

フェネック 「まー、アライさんといっしょならいいかなぁ……」

 

アライグマ 「アライさんも、フェネックといっしょがいいのだ! 

       でも、いったいなにが起きたのだ?」

 

 

フェネック 「苦しい病気が……終わったのさー」

 

 フェネックがアライグマに、ふわっとやさしい笑顔を向けた。

 

 

 

アライグマ 「!」

 

 

 

アライグマ 「……フェネックぅ……こんな所まで……ついてきちゃだめなのだ……」

 アライグマが、かすれた声でつぶやいて、はにかんだ笑顔で、ぐいっと目をこすった。

 

フェネック 「ふふー……ざーんねん。いつでもどこでも道連れだよー」

 

 

 

アライグマ 「…………」

 

 

 

 アライグマが、まっ白な空に叫んだ。

 

アライグマ 「アライさんと、フェネックはっ!! 病気にっ! 勝ったのだぁーーーっ!!!」

 

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 意図せずに五七五になってしまった……。

*2
 フェネックは『ほいきた』なんて言わない気がします。ここは『はいよー』が無難です。でもあえてこれで。

*3
 そんなセルリアンはいません(公式には)。これ、破裂する力自体は弱いですが、3本の針を銃弾並みの速さで真上に射出するので非常に危険です。アライさんの足は頑丈なので針が刺さるだけで済みましたが、普通のヒトが踏んだら骨が砕けます。半分落ち葉に隠れており、カメレオンのように色が変わるので厄介です。

*4
 周囲に誰もいないことを確認してから『お掃除』しています。

*5
 サツマイモっぽい謎芋です。

*6
 この謎芋、加熱するとやわらかくなるようです。

*7
 コピックとかそんな感じのものです。100円ショップでも売っていますね。




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。


 このおはなし、筆者が、新型コロナウイルスワクチンの副反応で寝込んでいた時に思いついたものです。いや、こんなに重いものではなく、普通の風邪より軽い症状でしたよ。発熱と寒気と全身の痛み(筋肉痛?)がありましたが、1日で回復しました。


 フレンズ(アニマルガール)は、ヒトと同じ病気になるのか? は不明です。フレンズ特有の病気はあるようですが。










 ――― おまけ ―――




 サーバルが困惑していた。

サーバル  「……なにこれ……ふたりは、しあわせになったんだよね? 
       死んじゃったなんて嫌だよ?」

アライグマ 「ふたりともばっちり健康なのだ!」
フェネック 「まー、これはある意味嘘だからねー」

か ば ん 「……このおはらし………エイプリルフールには合わない気が……ぐす……」
 かばんは、声を震わせ涙をこらえていたが、ちょっぴり鼻水が出ていた。

アライグマ 「えいぷりる…ぷーる? ってなんなのだ?」

フェネック 「楽しくて、ちょっぴり悲しい日……かなー」
 フェネックは、目を閉じて、すました顔をしていた。余韻にひたるような。

か ば ん 「変わったとらえ方だけど……合ってるかもですね」

サーバル  「すっごーく楽しい日を、楽しめない子もいる……大切なことだね」



 [ 初投稿日時 2022/04/01 00:00 ]
 
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