まえがき
鳥のハヤブサは、戦闘機よりも急降下爆撃機っぽいと筆者は思います。でも、小型軽量で機動性も高く、空中で獲物を捕らえるので、マルチロールファイターでしょうか。F-16にぴったりの名ですね。
夏の早朝。町の外れにある高架駅。 *1
レッサーパンダ風デザインの跨座式モノレールが、走行装置の和音と共にゆっくりと加速して、走り去って行った。
エスカレーター……の隣の階段から、少年が駆け足でホームに上ってきた。
少 年 「はっ……はっ……はぁ……」
彼は荒い息していた。あごから首へ、玉の汗が流れ落ちた。
年齢は10代前半。日焼けした腕に短い黒髪、小ぶりな青いリュック。純朴そうな男の子だった。
少年が、駅の柱に設置してある、大画面タッチパネル式の時刻表に触れた。
【 特急 らくうん 6:30 東キョウシュウ 行 】 *2
【 各 駅 停 車 7:39 ヒュウガ浜 行 】 *3
少年は腕時計を見た。大きめのデジタル表示で、『 6:16 』。
――……やっちゃった……シントミは秘境駅だから、特急は停まらないんだ……。
突然、バサバサッ! っと羽音がして、何かが空から降りてきた。
少 年 「わ!」
鳥のフレンズだった。彼女は、逆光で黒いシルエットに見えた。頭の羽がステンドグラスのように透けて、一枚一枚の形がくっきりと見えた。
少 年 「あなたは……」
ハヤブサ 「わたしはハヤブサ。いちばん……」
少 年 「この世でいちばん速いけもの!!」
少年は、目を輝かせ、興奮気味だった。
ハヤブサ 「速いな」
少 年 「どうしてこんなところに!? 今日はスカイインパルスの予行ですよね!?」
ハヤブサ 「そんな情報どこで……それに、なぜこんな時間に、ヒナがひとりでいる?」
ハヤブサは、あきれたような顔で言った。
少 年 「……ぼくはヒナじゃ……」
―― ハヤブサさんから見れば、ぼくはヒナだろう。
家族といっしょにいるのが嫌で、ホテルから逃げ出してきた……なんて言えない。
ハヤブサ 「まあ、話は後だ」
ハヤブサは、猛禽らしい美青年顔……を丸くしたような、愛らしい顔で言った。
ハヤブサ 「ひこうじょうへ行くなら、運んでやるぞ」
少 年 「ぅええ!!」
ハヤブサ 「あれは遅すぎて眠くなる」
ハヤブサが遠くを見た。
ふたりの視線の先……モノレールがカーブを走り、岩山のトンネルに入って行くのが見えた。
ふたりは、モノレールの高架、太いコンクリート製のレールの上に立った。そこは高架鉄道にしては異様に高く、地上の林から20メートル以上あった。 *4
――……女の子とくっつくなんて初めてだ……。汗臭く思われたらいやだなぁ……。
ハヤブサが、少年を後ろから抱いた。リュックは少年が前に抱えていた。
――……細くて やわらかい腕が、ぼくの腰を抱いてくる……。
熱い……くすぐったい……。
ハヤブサ 「少し前にかがんで……そう、そんな感じ」
―― ハヤブサさん、腕をもぞもぞ動かして、がっちり抱ける位置を探してるみたい。*5 密着したところから、ぷにぷに、コリコリ……ふしぎな感触がする。ぼくのゴツゴツした体とは違うんだ。……ふたつの ふわふわ が、ぼくの背中でつぶれて……それは考えちゃダメだ……。
とっとっとっとっ……と、少し速い心臓の音を感じる。すごく…生きてる。
ハヤブサ 「だいじょうぶ。めったに落とさない」
――……冗談なのか本気なのか わからない……。
しっくり安心するところを、ギュッと抱きしめられた。シートベルトみたい。
たぶん、緊張をほぐそうとしてくれたんだよね。ぼくの心臓の音も伝わってるから。
ハヤブサさんといっしょに飛べるなんて、すっごくうれしい……けど……
少 年 「ぼく……重くない?」
――……こんな細い体に頼るのは、 “いけないこと” のような気がする。
ハヤブサ 「わたしは力があるし頑丈だ。ワシタカには及ばないが」
ハヤブサが、まっすぐに前を見た。前髪が、ほんの少し揺れた。
ハヤブサ 「いい風が来た」
ハヤブサは頭の翼を大きく広げて、音もなくレールから飛び降りた。
一瞬降下してから、数回羽ばたき、風に乗った。
―― 地上がぐんぐん遠ざかっていく……森と海岸線、遠くの平原……うねうね曲がっているモノレールの線も見える。衛星写真そのままだ。
スイーーっと上昇して、15秒ほどで、岩山 *6 の高さを超えた。
―― 岩山が立体的に形を変えていく。戦闘機で急上昇するって、こんな感じなのかな……。
びゅーびゅー当たる風が、痛いくらい冷たい。でも、ハヤブサさんの胸は熱い……。
ふたりは、まばらな雲の間を抜けた。
ハヤブサ 「空の機嫌が悪い。少々揺れるぞ」
ハヤブサが腰をひねり、軽く片足を曲げると、横に30度ほど傾き、旋回を始めた。
ハヤブサ 「雲を避けて高度を上げ……っ!」
ふたりは突風に襲われた。不意打ちだった。
ガバッ!! っと横に90度以上傾き、大きく流された。
少 年 「うわあああーーー!!」
バランスを崩して失速し、急降下が始まった。ぐるんぐるん回転しながら、木の葉のように落下していく。撃墜された戦闘機のようだった。
ハヤブサが、少年を守るように、ぎゅーっと抱きしめた。
ハヤブサが軽く翼を広げて体をひねり、バッ!! っと一瞬で姿勢を回復した。尾羽と足も細かく動かし、乱気流の中、巧みにバランスをとる。
だが急降下は終わらない。頭を下に向け、翼を畳んで空気抵抗を減らし、加速していく。
激しい気流が、ボコボコボコ!!! ……と、少年を襲った。
―― 苦し……ゼリーの中みたい……空気って、こんなに粘るんだ……。
石が落ちるよりも速い
少 年 「……ぅぐっ…………ひき……できなっ……」
少年は目を開けられず、呼吸もままならない。 *7
殴りつける風圧で、少年の首が不自然に曲がった。
―― 首がもげる! 体がバラバラになっちゃう!
海岸の小さな飛行場……滑走路が近づいてきた。
墜落寸前で、ハヤブサが、翼を、がばぁっ!! と最大まで広げ、急ブレーキをかけた。
そして強引に、急降下から水平飛行に切り替えた。
強烈な重力加速度が少年を襲った。
―― つぶれる!!
少 年 「ごぼっ!!」
少年の口から何かが飛び出し、キラキラ光る霧になって広がった。
――……ああ……さっき飲んだコーヒー、全部出ちゃったかも…………。 *8
ふたりは、滑走路上を高速で通過し……大きな半径で旋回しながら減速……そして、小規模な管制塔の近くで空中停止した。
少 年 「…………」
少年は、半ば失神していた。
ハヤブサ 「おい! 大丈夫か!?」
ハヤブサは体を横に傾け、少年の角度を……抱き方を変えた。片腕と片足で支える無茶な姿勢。
少年の頬に手を当てて、顔を自分の方へ向かせた。
そして、少年とくちびるを密着させて、ふーーっと息を吹き込んだ。
少年の肺が、風船のようにふくらんだ。
少年は、混濁した意識の中で思い出した。
――……ひこうきの、きんきゅうじ には、 “ さんそますく ” が おりてくる……。
サンドスター混じりの“酸素”と“元気”が、少年の血液にとけて、全身に広がっていく。
ハヤブサが、くちびるを離した。
少 年 「ぷはっ! …………くはぁ……はあぁ…………」
ハヤブサ 「……息、ラクになったか?」
少 年 「……ぁ……ぅん……」
少年は、とろーんとした目をしていた。
――……意識が はっきりしてきた……
目の前に、大きなガラス玉がふたつあった。数百メートル下にいる小鳥をとらえるカメラ。それを、15センチメートルの距離で使うなんて間違ってる。
猛禽のキリッとした顔。でも近くで見ると、くりくりっとした目がすごくかわいい。
少年は、顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
――……ドキドキを超えて、頭の奥がじんじん熱い……。
ハヤブサ 「ヒトは、くちばしを合わせるとハッピィになる、って……
……ハクトウワシが言ってたんだが……」
ハヤブサが、不安そうな美青年顔で、少年を見つめた。 *9
ハヤブサ 「嫌だったか?」
少 年 「や! いやじゃないよっ!! すき!」
ハヤブサ 「なにを言う……」
少 年 「……わあぁ! そゆことじゃなくて! しまった! というかその、えと……」
少年は混乱した様子で、わたわたと慌てた。
ふたりは、管制塔の屋上に、ストンと着陸した。
ハヤブサ 「気持ちよかっただろ?」
少 年 「……えっと…………どっち、が?」
―― 落ちるのは苦しかったけど、人工呼吸は 気持ちよかった……
……あれ?
少 年 「もしかして……わざと落ちたの?」
ハヤブサ 「落ちたんじゃない。駆け足でダイブしたんだ」
少 年 「かけあし……」
ハヤブサ 「音の速さの半分も出していない」
少 年 「……ハヤブサさん、音より速く飛べるんですか?」
ハヤブサ 「無茶すれば一瞬だけ、な。砂のように硬い空気を切り裂いて、熱に耐えれば」
ハヤブサ 「速く飛ぶなら高いほうが有利だ。下の空気はねっとり濃くて、
上の空気はさらさら薄い。無いも同然だ」
ハヤブサが空を見上げた。とても濃い青に、小さな雲がいくつか浮いていた。
少 年 「……それ、どんなに頑丈でも死んじゃうでしょ……」
少年の声が暗くなった。
ハヤブサ 「……流れ星になって空に溶ける。そんなゴールも悪くない……」
少 年 「やめて!! あぶないことしないでください!!」
少年は強い口調で言った。
ハヤブサが一瞬目を丸くして驚き、やさしい顔になった。
ハヤブサ 「ふふ……心配ない。わたしは死なない……きみの前では」
少 年 「え? ぼく?」
ハヤブサ 「ヒトとつながるのは、いいものだな」
ハヤブサは、どこか感慨深げにつぶやいた。
少 年 「でも、ハヤブサさん、スカイインパルスの仲間がいるでしょ?」
ハヤブサ 「……なかま、か……」
ハヤブサ 「ほら、左から三つめの山の上、オジロとイヌワシがいるだろ?」
ハヤブサ 「……見えないよ……あの点々?」
ハヤブサの、遠くを見る目は、望遠ズームレンズのように景色を拡大した。映像が、陽炎のようにメラメラとぼやけていた。分厚い空気の向こうで、オジロワシとイヌワシのフレンズが、笑い合っているように見えた。
ハヤブサ 「ハヤブサは……ワシやタカより、インコやスズメに近いんだ」
少 年 「へ?」
ハヤブサ 「ふふ……意外だろう?」
ハヤブサが、少し得意げに微笑んだ。
―― ちょっと意外だけど、すごく納得した……なんて言ったら怒るかな?
ハヤブサ 「わたしは編隊飛行が苦手なんだ。……きみと同じで」
ハヤブサが、クールな感じを崩し、やさしい笑顔を少年に向けた。
―― バレてた。
ハヤブサ 「まわりとズレてるのが気まずい。でも、合わせるのも面倒」
少 年 「おんなじ、ですね……」
ハヤブサ 「置いて行かれるのはつらいが、置いて行くのもさみしいものだ」
―― このひとは速すぎるから、誰もついて行けないんだ。
少 年 「すっごく速いライバルがいると、楽しいんじゃないですか?」
ハヤブサ 「わたしは急降下専門、キングチーターは短距離走。住む世界が違う」
少 年 「キングチーター?」
ハヤブサ 「……ただの知り合いだ。速さでは張り合ってるが、勝負ができない」
少 年 「むぅ……それなら、こんなのはどうでしょう?」
少年は、指差しジェスチャーを使いながら説明した。
少 年 「ハヤブサさんは、あのいちばん高い岩山から飛び降りて……
キングチーターさんは、山のふもとからスタートして……
ふたりで、同じ獲物を追いかける」
ハヤブサ 「先につかまえた方が勝ち、ってことだな。しかし……獲物は誰がやる?」
少 年 「それは……ぼくが……」
『みっみっ!!』
遠くで、自動車のクラクションのような鳴き声が響いた。
ふたりが、はるか遠くの平野を見た。
水色のフレンズが、砂煙をあげて道を走っていた。
ハヤブサ 「適任すぎる子がいた」
ハヤブサの望遠レンズが、猛禽の鋭い目に変わった。
少 年 「……レースは、ショーのあとにしてくださいね……」
少年は、ふにゃっと苦笑いした。
ハヤブサ 「なら……レースをショーにすればいい」
少 年 「……さ……」
少年が再び目を輝かせた。
少 年 「最高です!! それ!!」
ハヤブサ 「また一緒に飛ぼう」
少 年 「や、遠慮しときます!! 軽い方が速いですし!!」
ハヤブサ 「じゃあ……『 行けっ! 』って指示を頼む」
少 年 「ぅえ?」
ハヤブサ 「ショーには進行役が必要だ。飛び立つタイミングは、きみにまかせる」
少 年 「そんな!! 責任重大ですよ!!」
ハヤブサ 「遅くてもかまわない。そばにいて、わたしの背中を押してくれ」
海岸の飛行場から1kmほどの場所に、小さな無人駅があった。
そこへに、レッサーパンダ風のモノレールが、ゆっくりと進入して、停車した。
おわり
遊園地の乗り物などよりはるかに大規模なので、建設費も維持費も莫大な額になると思います。
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
ハヤブサは、まだ気づいていなかった。このあどけない少年が、伝説の鷹匠になろうとは……。
嘘です。でも、筆者はこのコンビが結構好きです。
――― 設定 ―――
【 少年 】
・ 名前は『エンゴ』(燕吾)
※ 本編では名無しの主人公にしました。
・ 元気で純朴な男の子。年齢は10代前半。
・ スカイインパルスの大ファン。
・ 両親と兄と一緒にジャパリパークに遊びに来ていた。
・ 家庭は割と裕福。エンゴ以外の家族は、非常に明るくハイテンション。
エンゴは比較的冷静な性格であり、周囲についていけず、居心地の悪さを感じている。
[ 初投稿日時 2022/08/22 22:22 ]