ジャパリ・フラグメンツ   作:くにむらせいじ

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 まえがき

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〈 かみかみ 〉

 

 夏の終わり。森に飲み込まれつつある廃墟の街。

 

 簡易な屋根の下に、水没した地下へ向かう階段があった。まるでプールサイドのようだった。そこに、フェネックとかばんが隣合って座って、水に素足を浸していた。枯れ葉が浮いていたが、水は澄んでいた。

  *1

 フェネックが、かばんの首筋を不思議そうに見た。

フェネック 「虫刺されー? …………『 ヤブチスイネコ 』っていう悪い虫かなー?」

 かばんのシャツのえりから、ガーゼを加工した ばんそうこうが半分ほど見えていた。吸血鬼が噛むような位置だった。

 

か ば ん 「血吸い、ネコ? 

       …サ……チスイネコちゃんは そんな、血が出るほど噛まないです!」

 少しあせる かばん。  *2

 

 階段の最上段に、ふたりが脱いだ靴と靴下が置いてあった。

 屋根の上の看板は、板面が失われて骨組みだけになっており、階段の上の案内板は、半分以上がツタに覆われていて読めなかった。

 『……央駅……A2……』 *3

 

 かばんが、シャツのえりをずらし、首筋のばんそうこうを剥がした。端っこを付けたままにしたため、ぺろんとぶら下がった。

か ば ん 「……これはその……はずかしくて……」

 うっすら赤くなっている跡は、よく見ると歯型と分かるもので、犬歯が食い込んだ跡もあった。

 

フェネック 「おー、ぎりぎりを攻めたねぇ」

 フェネックは、クールな感じを保ちながらも、どこか楽しそうだった。

か ば ん 「ぎりぎり?」

 

フェネック 「かばんさん、 “かみごこち” よさそうだからさーぁ……」

 フェネックの声は、ほんのり甘かった。

か ば ん 「ぅえ?」

 フェネックは、かばんの首筋に顔を近づけ、耳をくすぐる声でささやいた。

フェネック 「かばんさんの くびすじ、とーっても魅惑的だし……」

か ば ん 「ふやぁ!」

 かばんが、うずくまるようにして、両肩を抱いた。

 

フェネック 「あまがみって痛いけどさ、たのしいよねぇ」

か ば ん 「アライさん、ですね?」

フェネック 「さーあ? どうだろうねー」

 フェネックは、ふんわり棒読みっぽく言った。

 

か ば ん 「どうして好きな子を噛んじゃうのかなぁ……」

 

フェネック 「それは……」

 フェネックが、うつむいて暗い顔になった。

 

フェネック 「生肉が恋しいからだよ」

 

か ば ん 「ふえぇ!?」

 

 フェネックが、ちらりと牙を見せた。

フェネック 「抱きあって夢中になってるとき、目の前に、ぷりっとしたお肉があると、

       たべたくなっちゃうのさー」

 

か ば ん 「たべないでくださーい!」

 かばんは、ちょっと怖がるふりをして、笑顔になった。

 

フェネック 「……というのは冗談でー」

 

フェネック 「あまがみは2種類あるよー。 『いやだよやめてー』の、あまがみと、

       『だいすきだいすき』の、あまがみ」

か ば ん 「その、だいすきのあまがみ が、ふしぎなんです」

フェネック 「『だいすきだいすきー』 で、かみかみ するのは……

       たぶん、おかあさんを思い出して、甘えてるのさー」

 かばんが自分の胸に手をあてた。

か ば ん 「なるほど……赤ちゃんに戻っちゃうんですね」

 

フェネック 「噛んでも……なんにも出ないのにねぇ……」

 フェネックも自分の両胸に手をあてて、目を閉じた。

フェネック 「『あまいのだ』…って言ってくれたけど……」

       わたし、ウシの子じゃないんだからさぁ……」

 そう言って、愛おしむような顔で、ため息をついた。

 

か ば ん 「……痛かった、ですか?」

 かばんは若干苦いしながら言った。

フェネック 「だいじょーぶ。あの、おっきな赤ちゃんは、あまがみ上手だから」

フェネック 「わたしは……あまがみ下手なんだけどね」

 フェネックが、照れたように笑った。

 

か ば ん 「……うらやましいかも、です」

 

フェネック 「『 チチスイバル 』は、無限に甘えさせてくれそうじゃない?」

 フェネックは、“ 当たり前のこと ” という感じで、さらっと言った。

か ば ん 「いえ、意外ときびしいところもあるんですよ、チ…ち、ちち? ちチチチ……

       ……へんなこと言わせないでください!」

 

フェネック 「きびしいのは、いちばん好きな子だからだよ? もう、うらやましいなー」

か ば ん 「……ぁぅ……」

 

フェネック 「かみかみされたら、甘えていいんだよ?

       反撃しちゃいなよー。むき出しの肩とか腕を、かぷかぷーって」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

夢中で、1本まるごとのトウモロコシをかじる かばん(イメージ映像)。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

か ば ん 「……しっかりした歯ごたえで、ほんのり塩味がして、おいしかったですぅ……」

 かばんは、赤くなった顔を両手で覆った。

フェネック 「……あー……もうやっちゃってたかー……」

 

か ば ん 「ぼくはやさしく噛んでますよ? ……あとが残っちゃうと はずかしいから……」

フェネック 「もっと強く噛んでもいいんじゃないかなー?」

か ば ん 「加減がわからないんです……」

 

 ふたりの雑談が、 “ お悩み相談 ” になってきた。

 

フェネック 「ちょっと痛いくらいがうれしいのさー」

か ば ん 「たしかに、強く噛むと、肩こり とか治りそうですね」

 かばんが、自分の首筋の噛みあとを、ぐにっとつまんだ。

フェネック 「……そういう意味じゃーないんだけどなぁ……」

 フェネックは、ふにゃっと苦笑いした。

か ば ん 「?」

 

フェネック 「かばんさんも、ピリっと痛いのが好きでしょー?」

 フェネックは、ちょっと からかうように言った。

か ば ん 「なんで知ってるんですかぁ!」

 再び頬を赤くして、あせるかばん。

 

 フェネックが、ふっと目をそらした。

フェネック 「……やっぱり、ふたりとも…………なんだねぇ……」

 フェネックの声は暗く、聞き取れなかった。

か ば ん 「?」

 

 フェネックは、すぐにゆるい感じに戻った。

フェネック 「んー……強めに がぶがぶ するなら……毛皮で隠せるとこがいいねー」

 

か ば ん 「おしりは見えないけど、座るとき痛いですよね」

 かばんが、階段から軽くおしりを浮かせて、ズボンをさわった。

フェネック 「……どんな遊びしてたら、おしりを噛まれるのかな?」

 フェネックは、微妙に引いていた。

か ば ん 「いえ! 噛まれたことないです! 痛そうだなーと思って!」

 

か ば ん 「……ほ、ほかの部位はどうでしょう?」

 かばんは、ごまかすように苦笑いした。

 

フェネック 「お耳は弱いから、かるーく歯を当てるくらいがいいかなー。

       あと、しっぽは噛んじゃだめだよ?」

 フェネックが、しっぽを振って見せた。

フェネック 「ほんとに痛いから、気をつけてねー」

か ば ん 「勉強になります」

フェネック 「まー、かばんさんと『 カミツキネコ 』の関係なら、だいじょうぶかな。

       相手の反応をよーく見ながら、はむはむ するといいかも」

か ば ん 「……痛いのがまんしてるときと、気持ちいいときの違い、難しいです……」

 

 少し間があった。

 

フェネック 「練習してみるー?」

 

か ば ん 「へ?」

 

フェネック 「ここ ここ。噛んでみてよ」

 フェネックが、腕を差しだした。

 

か ば ん 「そんな! できないです!」

 

フェネック 「毛皮あるから痛くないよ。遠慮せずに、どうぞー」

 *4

 

 

 

か ば ん 「…………」

 

 

 かばんは、フェネックの腕をしばらく見つめた。

 

 

 

 

 

 

かばんが、フェネックの前腕に ゆっくりと顔を近づけていき………

 

 

 

 

 

 

 ……… 目を閉じて ………

 

 

 

 

 ……… 口をあけ ………

 

 

 

 

「 だめなのだっ!! 」

「 やめて!! 」

 

 

 

 フェネックとかばんが振りかえった。

 

フェネック 「 やーっと出てきた 」

 フェネックは、あきれるのではなく、楽しそうだった。

 

 錆びて草に埋もれた軽トラック。その陰から、サーバルとアライグマが現れた。

 

 

サーバル  「わたし『 カミカミネコ 』じゃないよ!」

 

フェネック 「おしり噛んだのに?」

サーバル  「それは! かばんちゃんが、おいしそうな声 出すから……」

 サーバルがしおらしくなった。

アライグマ 「かばんさんの声はマタタビなのだ!」

サーバル  「そうなんだよ! においも、ぽわぽわーって、すっごくかわいくて……」

フェネック 「それは、しょうがないねー」

 

 フェネックが立ち上がり、水から出た。

 

か ば ん 「…………」

 かばんは、口元を両手で覆って うつむいていた。耳までまっ赤だった。

 

 

 フェネックが、サーバルに何かをささやいた。

 少し驚くサーバル。

 一瞬ふたりの目が合って、フェネックの微笑みが、ちらっと よぎった。

 

 

 サーバルが、階段の水に足を入れた。

サーバル  「つめたっ!」

 そして、にっこりと かばんに笑いかけ、隣に座って……

サーバル  「気持ちいいねー……こんなふしぎな池初めて見たよ」

 ……くたっ、と、かばんに寄りかかり……その首筋を舐め始めた。

サーバル  「ぺろぺろ……」

 

 サーバルは、ザラザラの舌で、しょりしょりしょり……と、噛みあとを削るように舐め続けた。

 

フェネック 「そのくらいにしないとー……」

 

か ば ん 「ふふふっ、痛いよぅ『 チスイジェネットちゃん 』!」

 

フェネック 「……血が出ちゃうよー」

 

サーバル  「わたしは、サーかむ゛らよっ!!」

 サーバルは、 “我慢の限界!” とばかりに噛みついた。

か ば ん 「んう!」

 

サーバル  「……むちゅ……んぷ……ちゅううぅーーーー!!」

 そして、噛みあとを思いっきり吸った。

 

フェネック 「おー、吸ってる 吸ってるー」

アライグマ 「吸血猫なのだぁ!!」 *5

 戦慄するアライグマ。

 

か ば ん 「……ぅく……はぁっ♡ ………んぅう……」

 かばんは、甘い痛みと むずがゆさを味わっていた。

 

 戦闘モードになるアライグマ。

アライグマ 「救出せねば!!」

フェネック 「気がすむまで吸わせてあげようよー。かばんさん、しあわせそうだし」

 

サーバル  「は……」

 サーバルが吸うのをやめて顔を離した。けだるい横顔だった。

 

か ば ん 「サーバルちゃ……」

 今度は、かばんが、サーバルのボウタイ(首のリボン)を やさしく引っ張ってずらし……

か ば ん 「はぷっ!」

 ……首と紐の隙間に口先を突っ込んだ。

サーバル  「ふみゃぁ!」

 ぴくぴくっ! と震えるサーバル。

 

か ば ん 「あむあむ……」

 もごもご…とサーバルの首筋を味わうかばん。口元はボウタイに隠れて見えなかった。

サーバル  「かばんちゃ! 痛い痛い! あははっ!!」

 ふたりとも、とても楽しそうだった。 *6

 

 くやしげなアライグマ。

アライグマ 「……かばんさんまで吸血鬼にぃ……」

フェネック 「『 カヴァンパイア 』ってとこかなぁ」

 

アライグマ 「逃げるのだっ!!」

 アライグマが、フェネックの手をつかんだ。

フェネック 「どうしたのさ? そんなあわてなくても……」

 青ざめるアライグマ。

アライグマ 「アライさん、チスイグマのチスイさん にされちゃうのだぁ!!」

フェネック 「つよそうだねー」

 のんびりしたまま動じないフェネック。

アライグマ 「フェネックも逃げないと……」

 

 

フェネック 「ところでアライさん、『 チスイスナギツネ 』って、知ってるかなぁ……」

 フェネックが、やさしく微笑んだ。

 

 きょとん とするアライグマ。

アライグマ 「フェネックぅ? なにを

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 文章と画像は多少異なる部分があります。

 ふたりは、疲れた足を冷やしていたようです。

 この水は、地下道の壁や天井から漏れ出した地下水がたまったものです。排水ポンプは止まっていますが、近くの川などへの排水路は生きているので、水はきれいです。なぜか水位が変化します。この絵は水位が高い状態です。

 こんな風に水がたまるのは、ありえないと思います。海抜ゼロメートル地帯なのか、地下水がとんでもなく豊富(実際、東京は地下水が多い)で、谷になっている土地なのか……。

*2
 『ヤブチスイネコ』の漢字表記は、『藪血吸い猫』です。愛称は『やぶちー』。

 英名は『Savanna vampire cat』。

 『やぶ』の漢字は、『藪・薮・籔』があり、『藪』が正式です。筆者は、日本語と中国語の違いかと思っていたのですが、そうではなく、『薮』は俗字だそうです。『籔』は違う意味を含む字らしく、ややマイナーかも。

*3
 ここは地下鉄の出口でした。

*4
 フェネックの長手袋(ロングストッキンググローブ?)はたぶん薄いので、結構痛いかもしれません。フェネックは、 “ 少々の痛みは楽しんでしまう ” 余裕がある子だと思います。

 猫の引っかきや甘噛みが強すぎるのは、 “ 毛に覆われている前提でじゃれている ” ……つまり “ ヒトの皮膚が薄くて弱いのを理解していない ” からなのでは……と筆者は思います。

*5
 吸血は演技です(たぶん)。安全に配慮して撮影しています。

*6
 甘噛みです。(おそらく)吸血はしていません。安全に配慮して撮影しています。




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 ツッコミ不在のまま変な会話が続く……筆者はそういうのが好きです。
 絵を描くのに時間をかけすぎました。簡単な説明図のつもりだったのですが……。
 ここまで描くなら、キャラも描くべきだったかな……。筆者は人物の絵が苦手なんですよ。

 ちなみに、ここは『パークの外のどこかの街(おそらく日本)』という設定です。


 [ 初投稿日時 2022/09/19 19:19 ]
 [ 挿絵修正  2022/09/29 23:30 ]
 
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