ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第百一話 「完成」

ミルディアン。

 

街中いたるところに時計が溢れている魔導士達の都。時を守る使命を課せられた、いわば時の番人足ることがその町に住む者達の役目。その中でも最も大きな力を持つ時の番人ジークハルトは身に纏った外装をはためかせながら一際大きな建物の一室へと向かって行く。

 

 

「失礼します、ミルツ様。少しお時間を宜しいでしょうか」

 

 

ノックと共にジークは許可を得ながら入室する。そこには一際小柄な老人がいるだけ。だがその老人は只者ではない。時の賢者と呼ばれるほどの力を持ち、ミルディアンの長。加えてジークにとっては師にもあたる人物ミルツ。実力の上ではジークの方が圧倒的に上なのだがそれを度外視してもジークにとっては頼りになる父といってもいい存在だった。

 

 

「ふむ、ジークか。どうした、改まって。何か問題が起こったのかね?」

「いえ、今のところ大きな問題はありません。ハル達は時空の杖を、ムジカは新しいTCMを手に入れることに成功しています」

 

 

ミルツの言葉に応えるようにジークはこれまでの現状を報告する。今ジーク達は最後のシンクレアをここミルデイアンへと封印した。それを持ったままハル達と行動を共にすればあまりにもリスクが大きすぎるため。最悪全滅する危険すらある。リスクの分散とハル達が自由に動ける意味もあり、ジークはあえてここミルディアンに留まりシンクレアを守護していた。そのおかげもありハル達は順調に旅を続けている。

 

ハル達はリベイラの町で出会った解放軍の少女、ナギアの案内によって解放軍のアジトへと向かいリーダーであるユーマ・アンセクトと接触。その地下に封印されていた物を手に入れることができた。

 

『時空の杖』

 

かつてリーシャ・バレンタインが生み出したエンドレスに対抗するための杖。様々な物を違う世界、時空へ送ることができる世界を繋ぐ力を持つもの。だが本来の目的は全力の魔導精霊力を解き放つためとエンドレスを星の記憶へとおびき寄せるため。いわばエンドレスに対する切り札。ユーマの父はシンフォニアの軍人であり、魔導精霊力を持つ者、この世界であればエリーに時空の杖を託すために防人を続けてきたのだった。

 

時同じくしてムジカもまた新しいTCMを手に入れた。正確には自らの手でハル為の剣、聖剣レイヴェルトを創り上げた。ムジカは当然、世界一の鍛冶屋であり祖父でもあるガレイン・ムジカにTCMを造り直してもらわんとしたがガレインは決してそれを行おうとはしなかった。

 

TCMはレイヴマスターの、世界の剣であるが最も重要な根幹がある。それはTCMはシバのための剣だということ。五十年前、ガレインがシバのために魂を込めて打った唯一の剣。その証拠にハルは第九の剣である羅刹剣を制御できなかった。第十の剣を使いこなすことはできない。故に方法は唯一つ。

 

ハルのために、ハルだけのために誰かが魂を込めた世界で唯一の剣を造ること。その役目に辿り着いたムジカは己の全てを賭けて挑み続けるも失敗し続けるだけ。ついにあきらめかけるもそこに予想だにしなかった人物が現れる。

 

銀術師レイナ。元六祈将軍でありムジカにとっては共闘し、心を通わせたことのある女性。レイナ自身はムジカを追って来たわけではなく、かつて調査で知ったガレインに孫であるムジカが生きていることを伝えるため、ムジカに助けられた借りを返すために訪れただけだったのだが結果的にそれはムジカにとって光明となった。

 

レイナの言葉によって自分が銀術師、金属を操る者であることを思い出したムジカはその力で最期の練成を挑む。自らの半身、魂である銀。レイナとの出会いによって生まれた絆の銀を合わせることによってハルのためのTCM、聖剣レイヴェルトが誕生。ムジカ達はそのままレイナ、ガレインを連れだって五つ目のレイヴポイントへと向かうことになったのだった。

 

 

「そうか、では後はハル君達が最後のレイヴを手に入れるのを待つだけということじゃな」

「はい。ですがもう一つ、エリーの記憶を蘇らせることも必要です」

「そうだったの。魔導精霊力の完全制御ができなければエンドレスを倒すどころか魔導精霊力で世界が滅んでしまいかねん……」

 

 

髭をいじりながらまだ大きな問題があったことを悟りミルツは唸るしかない。最後のシンクレアはミルディアンハートに封印している以上簡単に見つかることはないが復活したエンドレスの動きはどうしようもない。今はまだ大きな被害は出ていないが大陸、人間が住んでいる場所に現れれば甚大な被害が出てしまう。時間は残されていない。残された最後の希望が魔導精霊力とレイヴ。ジークの言葉と決意によってミルツもまたその可能性に賭ける決意をしていた。

 

 

「ミルツ様……そのことについて少し相談したいことが」

「相談? 一体何の話かね?」

「はい、実は……」

 

 

ジークは自分たち以外誰も傍にはいないことを確認しながらミルツへと明かす。エリーの正体がリーシャ・バレンタイン本人であるかもしれないという可能性を。かつてシャクマによって示唆された情報だった。

 

 

「なるほどのう……確かにそれならば辻褄は合う。あり得ん話ではない」

「そうですか……しかし本当に自らの体を氷漬けにすることで五十年もの時間を超えることができるのでしょうか」

「確かに普通はできぬじゃろう。だが魔導精霊力の魔力なら不可能ではない。それにお主も似た魔法を目にしたはずじゃぞ」

「オレが……?」

「ふむ。絶望のジェロじゃよ。お主が言っておったであろう。絶対氷結。あれに封じられた者は時間さえも凍結させられてしまう。永遠に死ぬことすらできん禁呪じゃ。もっとももしエリーがリーシャなのだとしたら彼女が使ったのはそこまでではない、五十年で目覚めるように調整したのか、それか誰かが彼女を目覚めさせることになっておったのかもしれんの」

「…………」

 

 

ミルツは賢者と呼ばれる程の知識でおおよその事態を見抜く。自らの体を氷漬けにすることで。コールドスリープのようにリーシャが時を超えてきたのだと。魔法の知識においてはミルツの右に出る者はいない。ジークはそんなミルツの言葉によってやはり自らの考えは間違いではない確信を得る。だがそれ以外にも気にかかる点がいくつかあった。それを口にしようとした瞬間

 

 

凍てつくような吹雪が全てを飲みこんだ――――

 

 

「これは――――!?」

 

 

思考の隙を狙われたかのようなタイミングによってジークは咄嗟に魔法を使うことができない。何故なら今、ジークの腕にはマジックディフェンダーと呼ばれる腕輪が嵌められている。魔力を封じ、探知されることがなくなるマジックアイテム。自分の魔力を追跡されることがないための策。だがそれが完全に裏目に出てしまう。こんな短時間で居場所がばれてしまうこと。何よりも街ごと氷漬けにするという離れ業を想定していなかった甘さ。

 

 

「っ! ジーク、ワシの後ろに下がるんじゃ!!」

 

 

だがジークの窮地を間一髪のところでミルツが救う。ミルツは杖に魔力を込め、全力で吹雪の凍結から自らとジークを守る。だがそれだけで精一杯。とても反撃するような余裕はない。街全体を狙った、いわば広範囲の魔法であるにも関わらず防ぐことしかできないという絶望的な戦力差を肌で感じながらもミルツは何とか耐えきることに成功する。

 

 

「ミルツ様……! お身体は……!?」

「ハァッ……ハァッ……! ワ、ワシのことなどどうでもよい! お主は一刻も早くシンクレアを持ってこの街を離れるのじゃ!!」

 

 

すぐさまマジックディフェンダーを外し、臨戦態勢になりながらジークはミルツに駆け寄るもすぐさまミルツ自身の言葉によって遮られてしまう。

 

 

「しかしそれでは……」

「何をしておる!? ここはワシらが時間を稼ぐ……お主がシンクレアを守らずしてどうする! あれがルシアの手に渡れば世界は終わってしまうのじゃ! さっさと行かんか!!」

 

 

鬼気迫る表情でミルツはジークへと叫ぶ。この状況が意味する物。絶望のジェロが間違いなくこの街へ攻めてきたこと悟ったミルツは一刻も早くシンクレアと共にこの街を脱出するよう命令する。戦うのではなく逃げろと。自分たちを見捨てて行けと。ミルツとて先の一瞬で自分がジェロ相手には全く歯が立たないことを悟っていた。恐らくは足止めすらできないことも。だがそれでもミルツはジークに迫る。今この時に何を為すべきか。確かにジークならジェロに勝てる可能性はある。しかしそこまで。もし考え得る中で最悪の展開ならばジェロを倒したとしても無駄であるかもしれない。そこまで見越した上での言葉。

 

 

「――――分かりました。ご武運を」

 

 

一瞬で全てを悟ったジークは一言告げた後、流星となりながら駆ける。後ろを振り返ることはない。それはミルツの、街の住人の意志を裏切ることになると知っているからこそ。それでも悔しさと情けなさに歯を食いしばりながらジークは飛ぶ。

 

 

(この結界……間違いない、ジェロだ! まさか街ごと氷漬けにしてくるとは……しかもこの結界の中では空間転移ができないようだ……直接突破するしかない……!)

 

 

視界に広がる氷の世界、生きた者は彫像になってしまった白銀の街を視界に収めながらジークはその力を感じ取る。かつて自分と戦った時と同等、もしくはそれ以上の強力な魔法、呪術が街を覆い尽くしていることに。氷の結界。この中は全てジェロの掌の中。空間転移に属する移動系の魔法は意味を為さない。クロノスであれば結界を解き、氷にされてしまった住民も元に戻すことができるが今それを行っても意味はない。すぐさま同じ結界が張られてしまう。加えて副作用であるエンドレスの力の増大すら起こってしまう。故に使うタイミングはシンクレアを回収し、空間転移でこの場を離脱する直前の一度のみ。もし使ったとしても恐らく自分以外を救うことはできないと知りながらもそれ以外に選択肢はない。

 

 

(しかし何故こんなに早く……まさかハル達がやられたのか? いや、それならば何らかの動きはあるはず……!)

 

 

光速にも似た速度で走りながらもジークは疑念を振り払うことができない。あまりにも襲撃が早すぎる。ミルディアンハートはかつてクロノスすら封印していた聖地。シンクレアであったとしても例外ではない。完全に隠し切ることはできなくともすぐに見つかることなどあり得ない。ハル達がやられ、場所が漏れた可能性も考えるがやはりあり得ない。もしそんなことがあるならば気づかないはずがない。まるでミルディアンに最後のシンクレアがあることを最初から知っていたとしか思えないようなタイミング。いくら考えても答えが出ることがない問いを切り捨て、ジークはその場所に辿り着く。

 

『魔都の中心ミルディアンハート』

 

クロノスが封印されし、大魔道でしか入ることが許されない聖域。かつてハジャとの魔法戦が行われ、今は完全な廃墟と化しているものの、その中心には小さな闇の輝きがある。

 

 

(よし……どうやらまだここまでは侵攻されていないようだな……)

 

 

ジークは封印を解き、すぐさま中心部に保管されていたシンクレアをその手に取る。まだジェロはここまでは侵攻していないことに安堵するもゆっくりしている時間はない。文字通り、ミルディアンの民は今も命を賭けてジェロを足止めしてくれているのだから。ジェロの気配は街の入り口近くから動いてはいない。他に敵となる者の気配は感じ取れない。ならばジェロの反対側に向かって移動し、タイミングを見計らってクロノスによって結界を消滅、空間転移によって離脱する。ここミルディアンハートの中でも空間転移は使用できないため一刻も早くここを脱出せんとジークが流星を纏わんとしたその時

 

 

ジャリ、と瓦礫を踏みつけるような足音が微かに響いた。

 

 

「―――――」

 

 

ジークは声を発することもなくただゆっくりと音のした方向へと振り返る。だが知らず、ジークは息を飲んでいた。額が、体が汗ばんでいる。まるで蛇に睨まれた蛙のよう。その手にあるシンクレアに力を込めながらジークはただその人影に目を奪われる。

 

 

あるのは驚愕だけ。何も感じなかった。ジークはこの場に来る、今の瞬間まで臨戦態勢だった。事実ジェロの位置は今も捉えている。魔導士であるジークにとっては敵の位置を把握することなど造作もない。ましてや今のジークは超魔導。だからこそあり得ない。今のこの瞬間まで、背後を取られるまで敵の接近に気づかないなど。

 

 

「……最後のシンクレアをもらいにきた」

 

 

機械的に、全く生気を感じさせない声で人影、ルシア・レアグローブはゆらりと姿を現す。影から姿を見せながらも黒い甲冑、マントのせいで全容を見ることができない。

 

 

「…………」

 

 

ジークは一歩後ろに下がりながらもあまりにも想定外の展開に翻弄されていた。一つがルシアの気配を全く関知できなかったこと。その存在に気づいた今ならルシアの力を、気配を感じ取れる。まるで突然現れたかのよう。ここでは瞬間移動は使えないにもかかわらず。ジークは知らない。それがハイドと呼ばれるDBの力だと。奇しくもジークの追跡から逃れるために生み出したDB。ジークは知る。これがルシアの罠だったのだと。ジェロは最初から囮。わざとジークを動かし、最後のシンクレアの場所を特定するためのもの。ルシアはただ気配を消し、姿を消しながらジークの後を追って来ただけ。四天魔王すらも囮に使う策。かつて未熟な時、持てるすべての力で動いていた頃を彷彿とさせるような在り方。

 

 

(何だ……!? 以前とは全く違う……これは……!?)

 

 

何よりもジークを圧倒しているのがルシアの纏っている空気。明らかに前とは違う。力自体は大きく変わらないが眼が、表情は全く別人だった。かつてのルシアは確かに強大な力を感じさせる存在。事実四天魔王すら束ねるに相応しい空気があった。加えてその力に比例するようにどこか甘さ、慢心も同時に含んでいた。ハルやエリーに接する際にも確かにそれが見え隠れしていた。

 

だが今はそれがない。死んだ魚のような濁った瞳。生気を感じさせない不気味さ。幽鬼なのではと疑ってしまうほど。しかしその眼には確かな意志がある。瞳がはっきりとそれを捕える。ジークの右手。そこにある最後のシンクレア。獲物を前にした獣のような狂気がジークを射抜く。

 

瞬間、ジークは跳ねた。技術も何もない、ただ単純にルシアから逃れるために。本来であればルシアに対してここが分かった理由などを問い詰めると同時に隙を伺う選択をしただろう。もしくはルシアの方からシンクレアを渡せば見逃してやる、といった言葉があったかもしれない。だがもうそれはあり得ない。

 

本気になったダークブリングマスターには誰も敵わない。対極であるレイヴマスターでない限り。

 

 

「くっ……!!」

 

 

ジークは流星を纏いながら最短距離でその場を脱出せんと飛ぶ。その名の通り流星にも匹敵する速度を見せながら。一瞬、魔法で足止めをするべきか迷うも本能に従うようにジークは逃げに徹した。恐らく今のルシアにはいかなる魔法も足止めにはならない。そう悟ってしまうほどに今のルシアは異常だった。全く油断も慢心もない。純粋に最後のシンクレアを奪いに来ている。間は数秒ほど。だが流星を纏ったジークであれば十分すぎるほどの時間。今のジークの速さは閃光のDBを持つルナールに匹敵、凌駕する。こと速さにおいてジークに敵う者はない。ルシアも例外ではない。しかしジークは知らなかった。

 

『大魔王からは逃げられない』

 

そんな不文律が、理不尽が存在することを。

 

 

「……ヴァンパイア」

 

 

ぽつりとルシアがその名を口にした瞬間、ジークは見えない力によって動きを封じられてしまう。それだけではない。進行方向とは真逆、ルシアの元に向かってこの世の物とは思えないような万力で引き寄せられていく。引力支配。かつてドリューが持っていた五つの頂きの内の一つ。今のジークはまるで引力に引かれて堕ちていく隕石。その力に抗う術はない。だがその例外をジークは持っていた。

 

 

(これは……引力!? シンクレアの力か……!!)

 

 

物理法則さえも操るシンクレアの力によって引き寄せられながらもジークは瞬時に己が力を解放する。クロノス。時空操作によって対象を消滅させる禁忌。ルシア自身を消すことはできないが自分を引きつけている引力を無効化することは可能。このまま囚われれば敗北は必死。副作用も全て度外視ジークはクロノスの力によってヴァンパイアの引力を無効化する。後は再び離脱するだけ。だが

 

 

「―――邪魔だ」

 

 

ルシアはそれさえも凌駕する。ジークは既に眼の前に迫っているルシアに圧倒されるだけ。引力は無効化したものの、引き寄せられた事実までは変えられない。加えてルシアにとってはそれすらも囮。その手には既に闇の音速剣から形態を変えつつあるネオ・デカログスがある。

 

ヴァンパイアの引力と闇の音速剣による超加速。

 

それがルシアの狙い。引力による足止めなど二次的な話。単純に流星の速さを上回ればジークに逃げ場はない。単純であるが故に覆せない真理。だがジークにはまだあきらめはない。自らの魔力、魔法で対抗しようとするもすぐさまジークの表情は絶望に染まる。

 

『鉄の剣アイゼンメテオール』

 

何の魔力も持たない鉄の剣がジークの右手を切り裂く。かつての戦いの時と同じ決着。魔導士である以上覆せない真理。魔導士は魔力なき物は防げない。加えてルシアは対魔導士戦を知り尽くしている。攻撃には鉄の剣。防御には封印剣。いわばジークにとってルシアは天敵。ルシアと相対してしまった時点で最初から敗北は決まっていた。

 

剣聖と超魔導。五十前と同様に、世代を超えての頂上決戦は再び剣聖の勝利に終わったのだった――――

 

 

「ぐっ……!!」

 

 

何とか受け身を取りながらジークは着地するも苦渋の表情を隠し切れてはいない。右腕は健在。切り裂かれたものの皮一枚のところで体を捻り致命傷を避けることができていた。だがダメージは深刻。加えて最悪の状況になってしまっている。

 

 

(シンクレアは……あそこか……!)

 

 

ジークは痛みに耐えながら地面に落ちてしまったシンクレアを捉えるも身動きを取ることができない。先の攻防によって右腕を狙われたことによってシンクレアは吹き飛ばされてしまった。最初からそれが狙いだったのだと気づくも時すでに遅し。シンクレアの位置はルシアの方が近い。流星であっても間に合わない。だがこのままルシアの手に渡ってしまえば全てが終わる。これまでの戦いが無意味になってしまう。ジークは決死の覚悟で最後の魔法を解き放たんとする。

 

『星座崩しセーマ』

 

隕石を操る古代禁呪。ジークが持つ魔法の中で最強であり最速の魔法。だがこの場で放てばミルディアンハートごと、自分を巻き込んでしまうことになる。恐らくルシアを倒すこともできない。それでも星崩しによってミルディアンハートを崩壊させればシンクレアを隠すことが、時間を稼ぐことができる。場合によっては混乱に乗じてシンクレアを奪取できる可能性もある。そんな望みを懸けた最後の抵抗は

 

 

「―――っ!?」

 

 

ルシアのかざした手によって終わりを告げる。瞬間、再びジークはルシアに引き寄せられる。クロノスを使う暇も星崩しを放つ時間もない。全てを見越しているかのように、止めを刺すかのように鉄の剣がジークに向かって振るわれる。避けることも防ぐこともままならない完全な詰み。しかし

 

 

「はあっ!!」

 

 

それは突如乱入してきた黒い影によって防がれる。黒いマント、顔に大きな切傷を持つ男は二人の間に割って入り刀によってルシアの一刀を防ぐ。

 

 

「シュダっ!? 何故お前がここに!?」

「話は後だ! てめえはさっさとシンクレアを回収しろ!!」

 

 

困惑するジークをよそにシュダは叫びをあげるしかない。シュダは優れた剣士であり、天空桜も神の刀と呼ばれるほどのもの。だが相手は剣聖であるルシア。まともに剣を斬り結べば敗北は必死。今の鍔迫り合いですら長くは保たない。シュダの叫びに呼応するようにジークはシンクレアを回収せんと動くも見えない力によってシュダもろとも吹き飛ばされてしまう。

 

 

「くそ……!! 何だこの力は……!?」

「……っ! 恐らく引力支配……ドリューが持っていたシンクレアの力だ……」

「ちっ……! とにかくここはオレに任せろ! お前はすぐにハル達のところに行け!」

 

 

シュダは負傷しているジークを一瞬見た後、自らが囮になるためにルシアへと挑む。もはやシンクレアを回収することは不可能。先の不意打ち、隙が最後のチャンスだったがそれすらも通用しなかった。ならば自分達の中で最大戦力であるジークをここで失うわけにはいかない。シュダは決死の覚悟で自らのDBバレッテーゼフレアの力によってルシアもろともシンクレアを爆発させんとする。しかしいつまでたっても爆発は愚か、火花一つ起こることはなかった。まるで神の意志が働いているかのようにバレッテーゼフレアは力を見せることはない。

 

シュダは驚愕するだけ。自らの半身とも言えるDBはただの石へと成り下がってしまっている。ようやくシュダは知る。自分が相手にしているのが誰なのか。ダークブリングマスター。全てのDBを操る担い手。その前では全てのDBは無力。四つのシンクレアを手にしているルシアに対してDBで対抗できる者など存在しない。

 

 

「なっ―――!?」

 

 

だがそれだけでは終わらなかった。シュダは何が起こったのかすら分からない。ただ自分が胸に掛けていたDBが姿を消してしまった。バッレッテーゼフレアだけではない。ベリアルから奪ったジ・アースもまた同じ。その意味をシュダはようやく悟る。

 

ルシアの手の中。そこに二つの六星DBが収まっている。まるで在るべき持ち主の元に戻ったかのように。ワープロードによる瞬間移動。六星DB全てにルシアはマーキングを済ませていた。理由は簡単。六祈将軍の、さらに言うならハルの味方になるであろうシュダの位置を把握するため。一度使えばシュダのDBを奪ってしまうため今まで使うことのなかった切り札。だがもはやその意味はない。今のルシアにとってシュダはただの邪魔者でしかない。

 

 

「消えろ」

 

 

宣告と共にルシアは爆炎を解き放つ。相手を捕縛する力も、座標を把握する作業も必要ない。ただ視認した範囲を全て意のままに爆発させることができる極み。その炎もシュダが操る時の比ではない。ダメージの表示など無意味な程の爆撃。メギドの持つ獄炎には及ばないものの、真に迫る炎が踊り全てを破壊しつくしていく。衝撃と威力によってミルディアンハートは無残に崩壊し、ジークとシュダも為すすべなく飲み込まれていく。それがダークブリングマスターが手にした六星DBの在るべき姿だった――――

 

 

 

「……アナスタシス」

 

 

崩壊した地下空洞の中でルシアの呟きと共に一角だけが何事もなかったかのように再生される。ハジャとの戦いよりも前の無傷のミルディアンハート。違うのは地面にラストフィジックスが落ちていることだけ。崩壊に巻き込まれたはずのジークとシュダの姿も見当たらないもののルシアは気にすることはない。今のルシアにとって優先すべきことは他にあるのだから。

 

 

「…………」

 

 

一歩一歩、ゆっくりとルシアは最後のシンクレアに近づいて行く。ラストフィジックス。かつてオウガが持ち、さまざまな人物の手に渡りながらここまで至った最後のピース。だがルシアを前にしてもラストフィジックスは一言もしゃべることはない。間違いなく他のシンクレア同様人格があるはずにもかかわらず。だがこれは分かり切ったこと。ダークブリングマスターでありながらダークブリングマスターではないアキにとっては当たり前の対応。

 

事実それは他のシンクレアも変わらない。アナスタシスも、バルドルも。あの瞬間からアキに口を開くことはない。あれだけ騒がしかったことは嘘のよう。もしかしたらあれは夢だったのでは、そう思ってしまうほどに。

 

当然だ。自分はエンドレスを、シンクレアを裏切っていた。それがバレた以上自分は彼女達の敵、裏切り者でしかない。分かり切っていたことだ。なのに、それなのにそれが悲しいなんて感じるなんて虫がよすぎる。無様すぎる。

 

ルシアは屈みながらついにそれを手にする。最後のシンクレア。五つに分かれてしまっていた母なる闇の使者達。それが今、ここに集った。

 

今のアキに後悔はない。自分の企みが、裏切りがバレた以上もはやどうすることもできない。あのまま何もしなければジェロが動き、ラストフィジクスを手に入れてきただろう。もしジェロが動かなければ自分は操られ、ラストフィジックスを手に入れていただろう。

 

世界のためを思うなら、自分が死ねばいい。だがそれすらも許されない。

 

自殺したところでまた蘇らせられるだけ。待っているのは頭痛と吐き気。拷問にも似た末路。その苦しみは死よりも恐ろしかった。

 

一度だけなら耐えられる。二度目なら意識を失える。三度目は感覚が麻痺してくる。それから先になればどうなるか分からない。肉体の前に、精神が死ぬことになる。廃人なり、ただエンドレスの意のままに操られる人形となる。それならまだいい。もしかしたら精神すらも再生されるかもしれない。怖かった。ただ怖かった。死よりも恐ろしいことがあるなんて想像もしていなかった。

 

ハル達に倒される未来も意味がない。エンドレスと繋がっている自分はエンドレスが消滅すれば死ぬだけ。ヴァンパイアの言うようにそれは唯の自殺と変わらない。全てを知ったエンドレスが易々と破れるわけもない。結局自分が死ぬ運命は変わらない。いや、それはどうでもよかった。死ぬことは怖い。でももうあきらめていた。

 

四面楚歌。袋小路。ダークブリングマスターになった時点で詰んでいる。エンドレスと繋がっている以上どうやってもエンドレスには逆らえない。敵わない。シンクレアでさえ、マザーでさえエンドレスには逆らえなかったのだから。

 

いや、違う。逆らえなかったのではない。逆らったのだ。自分が死ぬと分かりながらマザーは自分に力を貸してくれていた。自分がみっともない自己保身のために動いて、シンクレアを、マザーを壊すために動いていると知りながらもマザーは動いていた。

 

どんな気持ちだったのだろう。

どんなに辛かっただろう。

どんなに寂しかっただろう。

 

ただ自分はそれに気づかずに道化のように踊っていただけ。今になってようやくマザーの言葉の意味が分かった。

 

羅刹剣に飲み込まれたハルを見た時のマザーの言葉。それが操られる自分を案じたものだったのだと。ただ戦うだけの化け物になり果てたアキを見ることがマザーにとってはもっとも憂慮したこと。ならそうなることだけは避けなければならない。

 

そのために自分の意志で動いた。この世界に来て、損得抜きで、初めて自分は動いた。ジェロに任せればよかったのかもしれない。自我を失えばよかったのかもしれない。だがこれだけは譲れなかった。自分の責任で果たさなければならなかった。

 

 

「……約束通りラストフィジックスを手に入れた。これでマザーを元に戻してくれるんだな、ヴァンパイア」

 

 

ラストフィジクスを手に入れてマザーを元に戻すこと。ただ元に戻してくれるなど都合がいいことはないかもしれない。それでも、たった一言でもマザーに謝りたい。それが今のアキに残った最後の願い、贖罪だった。

 

 

『そうねぇ、御苦労さま。約束通り、マザーは元に戻してあげる……最後まで見られないのが残念だけど、私は退場させてもらうわ』

 

 

感慨深げに、そして心底愉しげな声を上げながらヴァンパイアは嗤う。他のシンクレア達は何も語ることはない。もはや言葉など不要なのだと告げるかのように。一体何を言っているのか、その意味を問いたださんとするも

 

 

瞬間、凄まじい光が全てを覆い尽くした。

 

 

ルシアは光と共に凄まじい熱を発するラストフィジックスを手放し落としてしまう。それに呼応するように四つのシンクレアも鎖から解き放たれ、地面へと転がり落ちて行く。紫の五つの光が空に向かって奔る。まるで光の柱。

 

 

(あれは……!!)

 

 

アキはその光景に言葉を失う。そこには巨大な怪物がいた。エンドレス。星跡の洞窟で見た時よりもさらに巨大化し、禍々しさを増している終わり亡きもの。その足音と咆哮がミルディアンを震撼させる。先程までは何の気配もなかったにもかかわらず突如この場に現れたエンドレスはアキの頭上で動きを止める。正確には五つのシンクレアの上空。全てのシンクレアに共鳴するようにエンドレスは霧のように姿を変え、シンクレアの元に吸い込まれていく。その暴風によって直ったはずのミルディアンハートは再び崩壊していく。ただアキに分かること。それは今、全てのシンクレアとエンドレスが一つになろうとしているということ。世界の滅亡を示すもの。かつて自分が防ごうとし、破れてしまった企み。今のアキにとっては自らの死よりも大切な、たった一つの希望を願ったもの。その最中

 

 

『…………アキ』

 

 

微かな、途切れそうな声が確かにアキの耳に届く。アキがそれに応えようとした瞬間、それは完成した。

 

 

「これが……エンドレス……」

 

 

アキは呆然としながら地面に落ちている一つの魔石に目を奪われる。もはやそれは石ではなかった。大きさは拳ほどであり、生き物のように鼓動している黒い心臓のような禍々しさ。その力の大きさにアキですら恐怖する。

 

この世界どころではない、次元そのものを消滅しかねない純粋な力の塊。まさに神に等しい力が備わっている。だがアキにとってそれはどうでもいいことだった。

 

 

「マザー……?」

 

 

ただ元に戻ったマザーに会うこと。そして今までのことを謝ることだけがアキの全て。自分の力ではどうすることもできない事態を前にして、今まで何一つ自分で決めることなく、流されてきたアキは望んだ最後の願い。それは

 

 

『ようやくこの時が来たか……随分と待たせてくれたものだな、人形よ』

 

 

人間味を全く感じさせない、機械のような言葉によって砕け散る。たったその一言でアキは全てを悟った。

 

 

そう、ヴァンパイアは言った。マザーを元に戻すと。それは正しい。間違いなくヴァンパイアは約束を守った。

 

 

アキは知っていた。今のエンドレスの声がまさに一番最初に出会った時のマザーと瓜二つであることを。

 

 

マザーだけではない。アナスタシスも、バルドルも、ヴァンパイアも、ラストフィジックスも。何の気配も残ってはいない。

 

 

そうこれは単純な話。エンドレスとシンクレア達が元の姿に戻った。ただそれだけのこと。

 

 

シンクレアの役目は担い手を見い出し、全てを集めること。ならば役目を終えたシンクレアは消え去るのみ。

 

 

アキはただその場に膝を着き、首を垂れるだけ。涙すら出ない。声にならない叫びを上げることしかできない。最後まで道化でしかない自分を呪いながら。残ったのは唯一つ。ただマザーが消滅したことだけ。

 

 

今、全ての犠牲の上に次元崩壊のDB『エンドレス』が完成した――――

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