ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第百四話 「抵抗」

 

九月九日。時が交わる日。歴史上で転機となる出来事が起こる約束された日。しかし今回のそれはこれまでのものとは比べ物にならない意味を持つ。

 

魔導精霊力とエンドレス。レイヴとDB。並行世界が生まれた時から続く永い戦いの終着点。今、二つの世界を賭けた、石の戦争の最終決戦が始まらんとしていた。

 

 

「……よし、みんな用意はいいか?」

 

 

皆の先頭に立ちながらレイヴマスター、ハル・グローリーは声をかける。決意に満ちた、これまで以上にない意志を感じさせる顔。その手には二つの力がある。レイヴと聖剣レイヴェルト。レイヴは既にエリーの力によって元の一つの十字架へと姿を変えている。世界のレイヴ。その名の通り世界を想う全ての人の願い、カームやシバの意志が受け継がれている希望。同時にレイヴェルトには今の人々の想いが受け継がれている。もはやハルに迷いはない。レイヴマスターとしての意志も、ガラージュ島のハルとしての約束も、その全てを背負いハルは立ち上がる。

 

 

「うん。大丈夫だよ、ハル」

 

 

そんなハルの姿に笑みを浮かべながらエリーもまた自らの二つの力に力を込める。魔導精霊力と時空の杖。共に世界を救う、導くためのもの。五十年の時を超え、現在まで繋いだ信じる力。既にエリーには昨夜まであった迷いはない。自らに託された願いと自らが望む願い。その二つを叶えるためにエリーは進む。

 

 

「ったく、二人で盛り上がってんじゃねえぞ」

「いいじゃない。若いっていいわねえ」

「ジュリアさんも十分若いと思いますけど……」

「全く……分かっておるのか、ジュリア。これから戦なんじゃぞ」

「分かってるわよ。要するに敵を全員ボコボコにすればいいんでしょ。簡単よ」

 

 

呆れかえっているレットに向かってジュリアは指を鳴らしながら不敵な笑みを見せている。とても最終決戦の前とは思えないような有様。だがレット以外の仲間たちはそんなジュリアの姿に笑みを浮かべているだけ。ジュリアが緊張した空気を和ませようとしていると気づいているからこそ。もっともジュリアにとっては元の姿に戻ってから初めての戦闘のため逸っているのが半分以上の理由なのだが気づいているのはレットだけだった。

 

 

「頼もしいがちょっとは空気を読めよな……それにレイナはいいとしてもニーベル、お前も本当に着いてくる気か?」

「は、はい! 足手まといにはなりません……だからみんなと一緒に戦わせて下さい!」

 

 

ムジカはそのまま自分達の中に加わっている新たな仲間に目を向ける。レイナとニーベル。レイナについては先日確認しているため問題ないがいくら魔導士とはいえ子供のニーベルを連れて行くのはどうなのか。そんなムジカの考えを吹き飛ばすようにニーベルは己が意志を伝える。自分もできることをしたいと。それに圧倒されながらムジカは横目でジークを見る。ある意味ニーベルにとっては兄弟子に当たり、ムジカ達の中で最もニーベルを知っている男。だがジークは腕を組んだまま何も言うことはない。それだけで十分だった。

 

 

「あら、将来いい男になりそうね。もしかしたら負けちゃうかもね、ムジカ」

「そうかい……じゃあ精々オレも負けないようにしねえとな」

「よかったポヨ! これでボクにも仲間ができたポヨ!」

 

 

レイナのからかいに煙草をふかしながらもムジカはニーベルの同行を認めるしかない。ルビーからすれば未熟な魔導士という自分と同じ立場の仲間ができたことに大喜びしプルーと共に騒いでいる。いつもと変わらない、これまでの旅の風景。だがそんな中でもハルとエリーを除く仲間たちの胸中は一つだった。

 

『ハルとエリーの道を作ること』

 

それが仲間たちの決意であり役目。この戦いは最終決戦。ルシアとエンドレスを倒せるかに全てがかかっている。故にその障害となる物を排除することが彼らの役目。

 

『四天魔王』

 

ルシアの元に集っている四人の魔王。彼らを倒すことがムジカ達の目的。だがそれは容易なことではない。ムジカ達は何度か四天魔王であるジェロの力を目の当たりにしている。あまりにも桁外れの怪物。いかに数の利があろうとも倒すことができないかもしれない存在。しかしムジカ達に逃げる選択肢はない。倒せなくとも足止めだけでも十分。ハルとエリーがルシアとエンドレスを倒すことができればいい。そのためになら命も惜しくはない。全てはハル達の道を作るために。それがムジカ達の決意であり誓いだった。

 

 

「……どうやら準備はできたようだな。ハル、エリー、そろそろいいだろう。いつ大破壊が起こるかも分からないからな」

 

 

そんなムジカ達の胸中を理解しながらもあえて口に出すことなく、これまで黙りこんでいたジークは口を開く。同時にジークは自分と同様、腕を組んだまま黙り込んでいたシュダに視線を送るもシュダはただ目を閉じるだけ。ある意味立場的には通じるところがあるジークはそれだけでシュダの意志をくみ取る。もはや言葉は必要ない。

 

 

「分かった……エリー、頼む」

「うん。任せて、ハル」

 

 

仲間たちの意志を確認した後、エリーはその手にある時空の杖を天高く掲げる。まるで祈りを捧げる聖女。同時に杖からまばゆい光が溢れだし、辺りを包みこんでいく。魔導精霊力の時空を歪める力。それが完全制御され、時空の杖という形を得たことで本来の役割を果たす。

 

『星の記憶』

 

星の聖地であり全く違う時空の世界。この世の始まりと終わり、全てが揃う奇跡。時空の杖とレイヴの力によってその扉が開く。ハル達はその輝きにただ目を奪われながらも決意を新たにしていた。今まさに最後の戦いの幕が上がろうとしているのだと。だがそんな決意は

 

突如巻き起こった、紫の光によって終わりを告げた――――

 

 

 

「――――っ!? 何だ!? さっきの光は……!?」

 

 

一瞬、意識が途切れるほどの光の奔流に目がくらみながらもムジカはすぐさま我に返り辺りを見渡す。だが混乱を隠し切れていない。一体何が起こったのか。エリーが時空の杖で星の記憶への道を作り出し、飛び込んだことまでは間違いない。しかしその直後の紫の光。それが何だったのか分からないもののムジカは真っ先に仲間達の安否を確認する。

 

 

「お前ら、大丈夫か!?」

「ワシは問題ない……体も何ともないようじゃ」

「私も同じよ。でもさっきのは何だったの?」

 

 

レットとジュリアも自分の身に何が起こったのか分からないものの体に異常がないことを確認する。見た目も、動きも問題ない。不可思議な状況に翻弄されながらもムジカ達はすぐさまその光景に目を奪われる。そこには

 

辺り一面を覆い尽くすほどの星の輝き、水晶が溢れている幻想的な光景が広がっていた。

 

 

「これは……星跡の洞窟にあった水晶か?」

「なるほど……星跡の洞窟は星の記憶の跡地。ならばここは間違いなく……」

「星の記憶ってことね……」

 

 

レイナの言葉によってその場にいる全ての者達はここ聖地、星の記憶なのだと悟る。地面にある無数の星の水晶とは対照的に空は漆黒。本当に宇宙を彷彿とさせる現実感がない空間。圧倒的な光景にムジカ達が吸い込まれるように心を奪われかけるも

 

 

「た、大変ですみなさん! エ、エリーさんがどこにもいません!!」

 

 

それは動揺し、混乱しているグリフの叫びによって止められる。瞬間、弾けるようにムジカ達は自分達の周囲を見渡す。互いに互いの存在を確認し合うもどこにもエリーの姿がない。

 

 

「……エリーだけではない。ハルとジークハルトの姿も見えん。どうやらこの辺りにはいないようだな」

 

 

混乱しているムジカ達とは対照的にどこか冷静さを滲ませながらゆっくりとシュダが姿を現す。その言葉通り、エリーだけではなくハルとジークの姿もこの場にはない。それ以外の仲間たちは全てこの場に集っているというのに。それが何を意味をしているのか知る術はないムジカ達は一瞬、動きを止めてしまうもすぐさま行動を起こす。

 

 

「……とにかくこのままでは埒があかん。とりあえずハル達と合流するべきじゃ」

「そうだな……オレ達が無事ってことはハル達もどこかにいるはずだ」

「なら探すのは私とレットに任せて。竜人は鼻がいいの。近くにいればすぐに分かるわ」

 

 

はぐれてしまったハル達との合流。この戦いはハルとエリーがルシアとエンドレスに辿り着けるかに全てがかかっている。今の状況が何なのかは気になるがとにかくハル達の安否の確認と合流が最優先。ムジカ達がそのまま行動を開始しようとした瞬間

 

 

「……その必要はねえ。お前達はここで終わりだ」

 

 

全ては絶望に染まった。

 

 

ムジカ達はまるで時間が止まってしまったかのように動きを止めてしまう。手足を動かすことも、呼吸すらも忘れてしまうほどの衝撃。ただゆっくりとこちらに近づいてくる男に目を奪われることしかできない。

 

 

金髪に黒い甲冑。背中に大剣を背負った見間違うはずのない容姿。

 

 

「…………ルシア」

 

 

ルシア・レアグローブ。ダークブリングマスターであり大魔王の称号を持つ男。この戦いにおいて何を置いても倒さなくてはならない最大の敵が今、ムジカ達の前に降臨した。

 

 

「……驚いたぜ、まさか敵の大将がわざわざ出てくるなんてな。てっきり奥で引きこもってるとばかり思ってたぜ」

「そうじゃな……だが一つ聞かせてもらおうか。ハル達はどうした。ワシらを分断したのもお主の仕業か……?」

 

 

ムジカは不敵な笑みと共に挑発的な言葉でルシアを威嚇するも動揺は隠し切れてはいなかった。当然だ。ルシアは敵の大将であり、大魔王。それがまさかわざわざこんなところまで単身で現れるなど誰も想像できるわけがない。だが何よりもこの状況こそがレット達にとっては最悪に近いものだった。

 

 

(まさかルシアが単独で動いてくるとは……はっきり言って最悪の事態じゃ……!!)

 

 

自分の問いかけに全く反応しないルシアに不気味さを覚えながらもレットは内心で動揺していた。ハルとエリーがいない状況でルシアと接敵してしまう。もっともあってはならない状況。いわば詰み。レット達は自分たちの役割を四天魔王を相手にし、ハル達の道を作ることだとしていた。だが裏を返せばそれはレット達ではルシアを相手にできないことを意味している。ダークブリングマスターを、大魔王を倒せる可能性があるのはレイヴマスター、勇者であるハルだけ。四天魔王を従え、エンドレスを手にしたルシアに対抗する術はレット達にはない。

 

 

「…………」

 

 

そんな中、ルシアの視線がある一点で止まる。そこには一人の女性がいた。本来ならこの場にいるはずがない、存在するはずがない女性。

 

 

「……久しぶりね、アキ。ちょっと見ない間に随分やつれたわね。鏡を見てみたらどう?」

「……レイナか。どういうつもりだ。確か二度と俺の前に出てくるなと言ったはずだが」

 

 

元六祈将軍であるレイナはいつもと変わらない優雅さを見せながらルシアと対面する。だがレイナですらその光景に圧倒されていた。ただルシアが纏っている空気、雰囲気に。とてもDCにいた時からは考えられないような不気味さ。本当に同一人物なのかしら疑わしいほどの有様。一見であればその胸にあったシンクレアが全てなくなってしまっているだけの違い。しかしレイナにはここにいる誰よりもそれが分かる。

 

 

「そうだったかしら? ただあのままじゃちょっと目覚めが悪いかと思って。そうね……悪役の振りをしてる誰かさんを放っておくわけにはいかないでしょう?」

 

 

瞬間、わずかにルシアの目付きが鋭くなるのをレイナは見逃さなかった。だがそれはほんの一瞬。すぐさまルシアの瞳から光が消えるとともにどす黒いオーラがルシアの体から溢れだしていく。エンドレスからの力の供給。本来であれば紫であるはずの色は既に黒に染まっている。

 

 

「……そうか。好きにすればいい。どうせお前らはここで終わりだ」

 

 

一度目を閉じながらルシアはゆっくりと一歩ずつレイナ達に近づいて行く。だがそこには全く威圧感がなかった。今まで何度かルシアと対峙したことがあるムジカとレットですら困惑してしまうほど。かつては前にするだけで身がすくんでしまうような重圧が今はない。その理由にムジカ達は気づかない。気づけない。

 

 

「四天魔王にも及ばない雑魚はここで消えろ」

 

 

ルシアは宣告する。ムジカ達にはこの戦いに参加する資格すらないと。その答えが先の紫の光による強制召喚。ワープロードとゲートを組み合わせることによる条件付きの召喚をルシアは行った。

 

 

『大魔王の前に立つ資格がない者を分断する』

 

最終戦、大魔王であるルシアの前に立つ資格がない者を排除するための仕掛け。四天魔王に匹敵する実力がなければルシアと戦うことすら許されない。その資格があるのはハルとエリー、ジークハルトの三人だけ。故にムジカ達はこの場に強制召喚された。いわば戦力外通告。にも関わらずルシア自らムジカ達を相手にする意味を彼らは知らない。

 

 

「……黙ってりゃ調子に乗りやがって、その雑魚の力をみせてやるよ!!」

「……参る!!」

 

 

それを知ることなくムジカ達は己が武器を手にしながら全力でルシアに向かって突撃する。だがムジカ達とて分かっていた。自分たちではルシアには敵わないということを。それでも退くことはできない。本来の役目であった四天魔王の足止めができない以上、彼らにできるのは唯一つ。ルシアに可能な限り手傷を負わせること。倒すことができずとも、わずかでも消耗させ、ハル達へと繋ぐこと。捨石になることさえ厭わない覚悟を持ってレイヴの騎士達は一斉に動き出す。

 

全包囲。圧倒的な数の差。多勢に無勢。ムジカ、レット、ジュリア、レイナ、シュダ。五人の戦士が己の全力を以って大魔王へと挑む。銀術、徒手空拳、剣技。これまでの戦いを乗り越えてきたそれぞれの武器と力。

 

だがそれを前にしてもルシアは全く微動だにしない。それどころかその背中にある剣を手にすることすらない。完全な無防備。いくら実力差があるとしてもあり得ないような侮蔑。

 

 

「銀槍グングニル――――!!」

「天竜虎博――――!!」

 

 

それに対する怒りを込めたムジカとレットの渾身の一撃が放たれる。かつてのドリューとの戦いを彷彿とさせる展開。だがあの時とは比べ物にならない程の実力と覚悟が二人にはある。

 

 

「なめんじゃないわよ!!」

「大人しくするのね、アキ!!」

「―――!!」

 

 

そんな二人に続くようにジュリアはその蹴りで、レイナは銀の蛇で、シュダは天空桜で斬りかかる。初めての共闘とは思えないようなコンビネーション。いかにルシアであっても躱すことができないタイミングと包囲。だがそれは

 

 

まるで空を切ったように全て無意味となった。

 

 

「なっ―――!?」

「これは……!?」

 

 

瞬間、その場にいる全員の表情が驚愕に染まる。当たり前だ。確かに自分達の攻撃は当たっている。銀の槍と蛇、拳と蹴り、斬撃。その全てがルシアを貫いている。だがその全てに手ごたえがない。まるで幻と戦っているかのよう。しかし目の前のルシアは幻ではない。確かに存在している。一瞬の間の後、ついにムジカ達は思い出す。いつかこれと同じ光景を目にしたことを。

 

 

『物理無効』

 

剣や銃弾、拳に至る全ての物理攻撃を無効にする五つの闇の頂きの一つ。ラストフィジックス。かつてオウガが持ち、ドリューが見せたシンクレアの力が今、ルシアにもある。

 

 

同時にムジカ達は戦慄する。ルシアはシンクレアを手にしてない。かつてはその首からシンクレアを掛けていたにも関わらず。だがそれは掛けていないのではない。掛ける必要がなくなっただけ。全てが一つとなり、エンドレスとなったシンクレアと繋がっているルシアにはもはやシンクレアを持つことすら必要ない。だがそれはもう一つの絶望を意味する。それはすなわち

 

 

ルシアは五つ全てのシンクレアの能力を扱うことができるということ。反則という言葉すら生ぬるい絶望がそこにはあった。

 

 

「――――」

 

 

ムジカ達は跳ねるようにその場を離脱する。だがその瞳にまだあきらめはない。確かに物理無効は最強の一角。かつてそれを持ったドリューに手も足も出なかったほど。しかし今は違う。その能力を知った時からムジカ達もまた対抗策を練ってきた。もし他のシンクレアの力も使えるならヴァンパイアの引力すら使用できる。なら引き寄せられる前に距離を取る必要がある。だがルシアはそれを見せることはない。その意味を知ることなく、ムジカ達は再びルシアへとその力を解放する。

 

 

「双竜旱天――――!!」

 

 

レットとジュリアは息を合わせるよう咆哮し、火炎を放つ。竜人である二人であるからこそ可能なブレスによる炎の二重殺。タイミングと相乗作用によってその力は炎竜旱天を遥かに超える物。

 

 

「絆の銀――――!!」

 

 

ムジカとレイナ。二人の銀術師はその手を繋ぎながら力を解き放つ。二人の信じる銀術師でなければできない銀術の究極技。今のそれはかつてのドリュー戦を大きく超えている。対象を消滅させる力すらもコントロールできるほどに昇華した奥義。

 

 

「天空桜――――!!」

 

 

シュダは自らの手を切り、刀身を血に染めると同時に斬撃を繰り出す。空束斬ではない、シュダの、天空桜の特性を生かした奥義。使用者の血を吸い取ることによって、その担い手の特性を斬撃とする技。神の刀でありながら妖刀に近い能力。血を吸い取るという桜の逸話から派生した刀。シュダの特性、爆炎を意味する斬撃。

 

三つの奥義がルシアに向かって迫る。それぞれがキング級であっても防ぐことができない極み。全てが物理ではない、非物理の攻撃。物理無効では防ぐことができない、単純な真理。だが

 

 

「――――無駄だ」

 

 

それすらもルシアは凌駕する。言葉と同時にムジカ達の攻撃は消滅する。いや、なかったことになってしまう。

 

二人の竜人の炎も、全ての物理を超えた力も、神の刀の神秘も。その全てが無効化される。ムジカ達は知らなかった。その力の正体を。

 

 

『時間逆行』

 

時間を逆行させることで全てを再生させる五つの闇の頂きの一つ。アナスタシス。かつてハードナーが持ち、ルシアの手に渡った力。

 

 

だが今ルシアが見せているのはただのシンクレアの力ではない。巻き戻しと呼ばれる時間を巻き戻すことで物理以外の全てを無効化するシンクレアの極み。かつては本来の担い手にしか扱えないはずのもの。しかし今のルシアにはそれが為し得る。エンドレスが一つとなった今、ルシアは全てのシンクレアの極みを習得した。

 

次元を、時間を、引力を、理を操り、神の力を引き出すことができる存在。ダークブリングマスター。それが神の力を手にした者の称号。人では抗うことができない領域。ムジカ達が今のルシアに重圧を感じなかったのはそのため。次元の違い。あまりにもかけ離れているが故にルシアの力を感じ取ることができなかった。神と人の差だった。

 

 

突きつけられた現実にムジカ達は呆然とするしかない。アナスタシスの能力を知らない彼らであっても本能で察していた。物理も非物理もルシアには通用しないのだと。触れることすらできない存在。その出鱈目さによるわずかな隙が全てを決した。

 

 

重力という逃れることができない力によって。

 

 

「がっ―――!?」

「な、何なのこれ!? 体が……!?」

「くっ……!!」

 

 

ムジカ達はまるで見えない力に押しつぶされるかのように地に伏していく。どんなに抗おうとしても立ち上がることができない。自分の重さの何倍、何十倍もの力が天から地に降りかかってくる。かろうじて分かるのはルシアが手をかざしているということだけ。

 

 

『引力支配』

 

引力を支配することができる闇の頂きの一つ。ヴァンパイア。かつてドリューが手にしていた力。今見せているのはその極みである圧縮の応用。故に発動に時間がかかり今までルシアが見せることはなかった力。本来ならブラックホールを作り出し、対象を消滅させる技であるがルシアはそれを調整し、重力をムジカ達にかけている。いわば範囲攻撃。だがその力は常軌を逸していた。

 

 

歴戦のレイヴの騎士たちですら脱出できない重力の檻。その重みによってムジカ達は深手を負って行く。体力は奪われ、全身の骨が砕けて行く。想像を絶する痛みにうめき声を上げるも脱出する術はない。魔法の力も、封印剣も今はムジカ達にはない。巻き込まれている五人の姿をニーベル達は絶望と共に眺めていることしかできない。やがてムジカ達の体が動くことも、声を上げることもなくなる。

 

 

「…………」

 

 

それを見て取ったのか、ルシアは引力支配の力を解除する。後には地面が陥没し、無様に地に這いつくばっている戦士達の姿があるだけ。命を失っていないものの、戦うどころか、立ち上がることすらできない圧倒的な力の差。だが

 

 

「ま、まだじゃ……ワシはまだ……倒れるわけにはいかん……」

 

 

振り絞るような声とともに、レットは自らの体をゆっくりと起き上がらせる。竜人であるレットは人間よりもはるかに優れた肉体を持っている。だがそれでも立ち上がるだけで精一杯。同じ竜人であるジュリアですら立ち上がれない深手を負いながらもレットはあきらめることはない。

 

 

「このまま……なにも出来ぬまま倒れるわけにはいかん! ワシは……ワシらはハル達の道を作るためにここまで来た!! 主をこのままハルの元に行かせはせん!!」

 

 

血反吐を吐きながらレットは己が覚悟を咆哮する。このまま倒れるわけにはいかないと。例え自らの命が尽きようとも、心を失おうともルシアを止めて見せる。一人の武人として、男としての誓い。それを守るために、証明するためにレットは全てを解き放つ。

 

 

「……! レット……!」

 

 

息も絶え絶えになりながらジュリアはその光景に声を漏らす。直視できないような現実を受け入れられないように涙しながらもジュリアはただレットが本来の姿に戻って行く様を止めることができない。止めることができるわけがない。これはレットが決めていたこと。

 

 

「オオオオオオオオ―――――!!」

 

 

『竜王化』

 

 

竜人の本来の姿。巨大な竜となり果てることがその奥義。それを示すようにレットの体は鱗に覆われ、手足の爪は伸び、顔も竜のそれとなり巨大化していく。両翼をはばたかせながらレットは咆哮する。もはやそこにレットはいなかった。

 

 

『竜王 ジャヴァ・レット・ダハーカ』

 

 

それがレットの真名。竜王の末裔である証。かつてレットが使った神竜一声はその命を捧げることで天下無双の力を得るもの。対して竜王化は命だけでなく、心すらも失う禁忌。いかなる戦いの時も心だけは失わないようレットはそれを封印してきた。だが今、レットはその禁を破った。最後の戦いであること、何よりも自らの戦いが、ハルの心の戦いが正しいことを証明するために。ただハルの道を作るために。例え傷を負わすことができなくとも、わずかでもルシアに力を使わせ、消耗させるために。レットはただ力のままにルシアへと挑む。爪で、ブレスで。その力は先の比ではない。竜王の名に相応しい四天魔王の領域に指を掛けかねないもの。命を、心を捨てても構わない。レットの覚悟を宿した戦。だが

 

 

それすらも『アキ』は許さない。

 

 

瞬間、ルシアは初めてその手でレットに触れる。今まで先の引力支配を除けば全く微動だにしていなかったルシアが初めて自ら動く。何の変哲もない、攻撃でも防御とも思えないただ手を触れる行為。レットの爪がルシアの体を貫くも物理無効により無効化され、ブレスも時間逆行によって通用しない。このまま立っているだけでも勝敗は明らか。後はレットが自滅するだけ。だがそれをアキは許さなかった。

 

 

「なっ―――!?」

 

 

それはレットの声だった。だがそれはあり得ない。もはやレットの心は消え去った。竜王化した以上言葉を発することはできない。にも関わらずレットは自分が言葉を口にしたことに驚愕するしかない。否、それだけではない。

 

手も、足も、体も元に戻っている。竜ではない、竜人の体。あり得ない事態。竜王化すればもう二度と竜人の姿には戻れない。不可逆の、故に禁じられた奥義。だがそれすらも覆す力をルシアは手にしている。時間逆行という奇跡を。直接触れた相手を再生する力。その本質は傷を負う前まで肉体を逆行させること。

 

 

「極限の痛みアルティメットペイン」

 

 

混乱するレットに向けてルシアは最後の一撃を加える。かつてハードナーが得意としていた触れた相手の全ての傷を再生する奥義。これまで数多の戦いを潜り抜けてきたレットにとってそれはまさに一撃必殺。竜王化を解かされ、過去全ての傷を開かれたレットはそのまま意識を失い、地に伏せる。もはや立ち上がることはできない。

 

 

それがルシアとレイヴの五人の騎士達との戦いの決着だった――――

 

 

 

「あ……ああ…………」

 

 

その顛末をニーベルはただ眺めていることしかできなかった。ルビーも、グリフも、プルーも同じ。一体何が起こったのか。悪い夢なのではないか。そう思いたくなるような悪夢。だがそれは紛れもない現実。仲間たちが死力を尽くしたにもかかわらず傷一つどころか息一つ乱すことができない。今のニーベルにできるのはその手にある一冊の本を握ることだけ。

 

『最期の齢ラスト・エイジス』

 

変身魔法の極意であり禁呪。己の時間を失う代わりの力を得る魔法。今は未熟なニーベルであってもできる一つの可能性。全ての時のためなら自分の時などいらない、というニーベルの決意を示すもの。だがニーベルはその本を開くことが、魔法を使うことができない。

 

 

「…………」

 

 

そんなニーベルの姿にすら興味がないとばかりにルシアは悠然とその隣を通り過ぎ、その場を去っていく。その間際に一瞬、ニーベルはルシアと視線を交わす。

 

 

圧倒的な力の差。例え時間を失ったとしても届くことはない次元の壁。それを前にし、ニーベルは涙を流し、震えることしかできない。彼を責めることは誰にもできない。ルビーも、グリフも、プルーもそれは変わらない。

 

 

絶望すら超える終焉。

 

 

それを見せつけながらルシアはその場から姿を消し去ったのだった――――

 

 

 

 

「…………」

 

 

言葉を発することなくルシアは瞬間移動によってその場に戻ってくる。そこには大きな空洞と共に巨大な力の塊があった。エンドレスという名の力の源が。

 

その大きさは既に人間大を大きく超え、かつてのエンドレスを彷彿とさせるほどまでに成長している。破裂寸前の風船、爆発寸前の爆弾。大破壊を前にしたエンドレスの姿。

 

それを目にしながらもルシアは背を向け、そのまま無造作に星の水晶を腰掛けに座りこむ。先程まで戦闘を行っていたとは思えないような姿。ルシアにとってはこれから先が本番なのだと言わんばかりのもの。事実、ルシアはその視線をどこか遠くに向けたまま。誰かがやってくるのをただ待ち続けているかのように。

 

 

『ほう……どこに行っていたのかと思えば……光の者達を排除してきたのか。四天魔王に任せればいいものを……』

「…………」

 

 

エンドレスが戻ってきたルシアに向かって声をかけるもルシアはそれに応えることはない。エンドレスが完成してから変わることのない関係。だがエンドレスにとってそんなことはどうでもよかった。結果こそがエンドレスにとって全て。その過程も、手段も関係ない。

 

 

『だがこの期に及んで命を奪わぬとは……どうやら本当に知識の通りの人形のようだな……。わざわざ自ら動いてまであの偽り達を救いたかったのか……理解できんな』

 

 

エンドレスはただ淡々と事実だけを述べる。ルシアがわざわざ自らレイヴの騎士達、仲間たちを相手にし、戦闘不能にしたことを。同時に全てを知っていた。四天魔王でなく、ルシアが自ら動いたのがムジカ達を救うためなのだと。もっとも知っていただけで、理解しているわけではない。エンドレスはただ事実を知識と照らし合わせているだけ。いわば機械が人間の振りをしているに等しかった。

 

 

「…………そこまで分かっていながら何で俺に行かせた」

『単純なことだ。結果的にあの有象無象が戦闘不能になるなら何の問題もない。いたところで大きな障害とはならんが邪魔であることには違いない』

 

 

ルシアは初めてエンドレスに問う。何故自分の好きにさせたのかと。ワープロードとゲートを使い、ハル達を分断し、ムジカ達を排除すること。ここまでなら何の問題もない。だが既にエンドレスはそれがムジカ達を四天魔王達と戦わせないためだと知っている。

 

 

『それよりも……どうやら事ここに至っても我に従う気はないようだな……』

 

 

それはすなわちルシアがあくまでもエンドレスに楯突くことを意味している。エンドレスはただ確認するかのように問うのみ。怒りも悲しみもない。ただ機械のように。

 

 

「……当たり前だ。誰がてめえの言いなりになるか。そんなことになるなら死んだ方がましだ」

 

 

ルシアはエンドレスが完成した時から見せなかった、意志の光を灯した瞳を持ってエンドレスと対峙する。その言葉には恐れも迷いもない。

 

それがルシアの、アキの出した答え。例え何度殺されようと、追い詰められようとエンドレスに屈服することはない。

 

『生き延びるために』

 

それが今までのアキの行動理念であり目的だった。だがそれは潰えた。エンドレスに命を濁られている限りそれは為し得ない。例え並行世界を消滅させ、現行世界に至ったとしても一人では意味がない。そこでエンドレスと共に生きて行くことになるなら死んだ方がマシであるとアキは告げる。アキがそこに至ろうとしたのはマザーがいたからこそ。だからこそアキは自らの意志を貫く。

 

世界を救うため、ハル達を救うためなどという綺麗事ではない。そんな責任転嫁をする気は毛頭ない。ただ自分のために。マザーを失ってしまった、信じることができなかった自分の責務。

 

『最期までルシアを演じること』

 

死が逃れられないならせめてルシアであり続けること。それがハル達のため。何よりも自分のため。かつてマザーがしていたことと同じ。

 

誰にも気づかれることなく、自分が死ぬ道を選ぶこと。

 

マザーはそれをやり切って見せた。ならば主である自分がそれから逃げるわけにはいかない。それがルシアに憑依した自分の役目。最後の最期までエンドレスを道連れにするという子供のような意地。アキがアキであることの意味だった。

 

 

「殺すなら今のうちだぜ。それともそれができない理由でもあるのか……?」

 

 

ルシアは挑発するようにエンドレスへと告げる。殺すなら今のうちだと。殺さなくとも自分を完全に操り人形にすればいいと。だがそれはルシアにとっては敗北ではない。わざわざここまでエンドレスが裏切り者である自分を生かしているのには理由がある。それを逆手に取った形。操られたとしても構わない。そうなれば自我は失うが同時に担い手の力は半減する。そうなればハル達を倒す手段はなくなる。だがそれは

 

 

『なるほど……だがもう手遅れだ。魔導精霊力の娘の元には既に四天魔王を送り込んでおる。残念だったな』

「なっ―――!?」

 

 

エンドレスの無慈悲な宣告によって無と化す。ルシアは一瞬、エンドレスが何を言ってるのか分からなかった。それほどまでに予想外の事態。エンドレスの動きを察知できなかったことに驚愕するしかない。

 

 

『貴様が光の者達を分断するのは分かっていた。同時に我も策を講じさせてもらった。全てのDBは我の思うがままだ。例え貴様が持っているものであってもな』

「くっ―――!!」

 

 

ルシアはただ己の失策を嘆くしかない。ルシアはハル達が星の記憶に突入してくるその隙をついてハル達を分断。ムジカ達を戦闘不能にし、ハル達をエンドレスから出来る限り近い位置に移動させたはずだった。無論あまりにも近ければエンドレスに察知されてしまうためある程度の距離を置いて。四天魔王達からも離れた場所。そのままいけば四天魔王達とハル達が接触することなくここまでやってこれると。だがその策は全てエンドレスに見透かされていた。ヴァンパイアの持つ狡猾さと同期したことによって得たもの。何よりもエンドレスはマザーの記憶すら得ている。だからこそ知っていた。最初から、四天魔王が配下となる前からルシアがムジカ達を最終戦から排除する気だったことを。四天魔王と戦わせればムジカ達が勝利したとしても多くの犠牲を出すことを知っていたからこそ。故にそれを逆手に取る策をエンドレスは打ってきた。

 

 

『無駄だ。今から行っても間に合いはせぬ』

 

 

ルシアがムジカ達に気を取られているうちにエリーを四天魔王の元へ送り込むこと。エンドレスにとって脅威となるのは魔導精霊力とレイヴのみ。その最大戦力である魔導精霊力を持つエリーを排除することがエンドレスの最優先すべき事項。例え四天魔王が敗北したとしてもエリーは魔導精霊力を使わざるを得ない。そうなればエンドレスを相手にすることはできない。戦闘経験が浅いエリーであればそのまま四天魔王に敗北してしまう可能性すらある。どっちに転んでもエンドレスにとっては勝利となる手。マザーの、アキの記憶から自らが敗北した可能性を知った上で講じた策。ルシアは何とかこの場からエリーを救わんとするも瞬間移動することも、四天魔王を呼び出すこともできない。全てのDBはエンドレスに従うほかない。抗う術はない。それでも自分にできることを。そうルシアが思考を切り替えようとした瞬間

 

 

『さて……それでは最期の役目を果たしてもらうぞ、人形よ』

 

 

エンドレスは宣告する。自らが仕掛けたもう一つの策を実行する時が来たと。

 

 

ルシアはただその姿に目を奪われるだけ。知らず心は落ち着いていた。奇しくもエンドレスの言葉と同じ。自分の果たすべき役割を為す時がやってきたのだと。

 

 

そこには一人の少年がいた。自らと対照的な銀の髪を持つ少年。いつもと違うのは背負っている剣の形が違うことだけ。

 

 

二代目レイヴマスター、ハル・グローリー。

 

 

今、三度目、ダークブリングマスターとレイヴマスター、アキとハルの最期となる戦いの時が訪れようとしていた――――

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