ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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後日談 「大魔王の憂鬱」

見渡す限り広がる蒼い海と空。常夏を思わせる太陽の光を浴びている小さな島。ガラージュ島。人口はわずかであっても心温かな住民とのどかな雰囲気に包まれた集落。その中の一角、小さな家の中に少年はいた。

 

 

「…………」

 

 

銀髪という住民の全てが黒髪であるガラージュ島では異質な容姿を持つ少年、ハル・グローリー。シンフォニア王族の血を引く、かつて世界を救った二代目レイヴマスターの称号を持つ存在なのだが傍目に見れば年相応の少年。ハルは家のリビングのソファに腰掛け、ただ真剣にテーブルに向かって視線を向けている。いや、顔をのぞかせながら凝視していると言ってもいいほど。テーブルの上にはあるものが置かれていた。

 

 

『レイヴ』

 

 

かつてリーシャ・バレンタインによってDBに対抗するために造られた聖石。この世界においてハルしか扱うことができないもの。かつては五つに別れていたそれは世界のレイヴとして一つの姿に戻っている。そんなレイヴをただハルは見つめ続けている。まるでレイヴが生きているのではないかと思えるような真剣ぶり。それがいつまで続いたのか、ついにハルが意を決して口を開きかけた瞬間

 

 

「…………何やってんだ、ハル」

「――――っ?!?!」

 

 

すぐ傍からこの場にはいないはずの声が掛けられると同時にハルはまるで弾けるようにソファから飛び上がり、音速剣もかくやという早業によってその場から離脱してしまう。声にならない叫びと共に。

 

 

「ア、 アキ!? い、いつからそこにいたんだ!?」

 

 

ハルは何とか落ち着きを取り戻し、平常を装うとするも後の祭り。顔を赤面しながらハルはその手にあるレイヴを隠し、目の前にいる突然の来訪者に向かい合う。

 

 

「いや、お前がずっとレイヴと見つめ合ってるところからだが……」

 

 

ハルとは対照的な金髪にガラージュ島には不釣り合いなスーツに身を包んだ少年、アキ。元DC最高司令官でありダークブリングマスターであった存在。現在はDG最高司令官と大魔王という新たな称号を持っているのだがそれはまた別の話。アキはただどこか生温かい目でハルを見つめているだけ。まるで可哀想なものを見るような、哀れみさえ感じさせる瞳。

 

 

「お前……まさかレイヴと話そうとしてたのか……?」

「っ!? いや、それは……」

 

 

アキのそのままずばり的中の指摘にハルはただ背中に汗を流すことしかできない。まさかこんな時に、ある意味最も見られたくない相手に見られてしまったことにハルはただ言葉を濁すことしかできない。

 

 

「そ、そうだよ! もしかしたらマザーみたいにレイヴもしゃべれるんじゃないかって……」

「……正気か? これ以上しゃべる石が増えるなんて御免だぞ……」

 

 

心底呆れ気味にアキはハルの奇行に溜息を吐くしかない。まさか本気でレイヴと会話を試みようとしているなど正気の沙汰ではないと。もっともある意味お前が言うな状態なのだがアキはあえて自分を棚に上げたまま。

 

 

「くくく……なるほど。ハル、お主も我のようなパートナーが欲しいというわけか。エリーという相手がいながらお主も中々やるではないか」

 

 

そんな二人の間に割り込むように愉しげな声とともにぺたぺたと裸足で金髪と黒のゴスロリ姿の幼女が現れる。イリュージョンによって実体化したマザーの姿。ガラージュ島に戻った際には必ずと言っていいほどマザーが見せるもの。

 

 

「エ、エリーは関係ねえだろ! オレはただレイヴもマザーみたいにもしかしたらしゃべれるんじゃないかって思っただけで……」

「ふむ、まあそういうことにしておいてやろう。だが残念だがレイヴには意志はあるが我のように人格はない。故にしゃべることもない。どうしてもしゃべりたいならエリーに造り直してもらうんじゃな」

「お前な……そんなことしたらまたエリーが記憶喪失になっちまうじゃねえか」

「冗談じゃ冗談。そもそもレイヴがしゃべるなど我は願い下げじゃ。キャラが被ってしまうからの」

 

 

冗談か本気かも分からないマザーの言動にアキはもちろんハルもまた振り回されるしかない。分かるのは生まれ変わったとしてもマザーにとってレイヴは苦手な存在であるということだけ。

 

 

「ごほんっ! とにかく久しぶりだな、アキ。また仕事が忙しかったのか? 最近帰ってこなくて姉ちゃんも心配してたぞ」

「いや……忙しいっちゃ忙しいんだが前ほどじゃねえ。半年の間にDGも随分安定したからな」

 

 

ポリポリと頭を掻きながらアキは一息つくようにソファに腰を下ろす。同時に待ってましたばかりにマザーが膝の上に陣取るもアキは気にするそぶりすらない。もはや何を言っても言うことを聞くことはないことを悟っているからこそ。幻であるため重さもないため半ば放置している形。

 

 

(そういやもうあれから半年経ったんだな……)

 

 

アキはそのまま思い返す。あの日、ハルとエリーが無事に戻ってきてから既に半年が過ぎている。そのままハル達と共にガラージュ島に戻ったもののアキの仕事がなくなったわけではない。そのままこの半年アキは主にDGの最高司令官として動くこととなった。これまでディープスノーに任せきりであった負い目もあり、精力的に動いた結果何とかDGも組織として安定期に入ることができたのだった。

 

 

「なら何で帰ってこないんだ……? ワープロードがあるんだから帰ろうと思えば帰れるだろ?」

「それは……まあ、なんだ……やっぱ新婚のお前らの邪魔にはなりたくないっつーか……」

 

 

アキはどこか言いづらそうにしながらも仕方なく白状する。というかこのぐらい察しろとハルの鈍感さに呆れるしかない。

 

今から一か月前。色々な後始末も済み、落ち着いたところでハルとエリーは式を挙げ、結婚した。ある意味当然の流れ。むしろ遅かったと思ってしまうほど。だが大きな問題がアキにはあった。それはこの家が四人で暮らすには狭いということ。ただ暮らすだけなら問題はないが結婚し、ハルとエリーが同じ部屋で生活するようになれば余計それは際立ってしまう。それに加え、新婚である二人に配慮するためアキはここ一カ月ほどはガラージュ島の家ではなくDG本部のあるエクスペリメントに居を置いていた。ある意味アキなりの二人への配慮。だが

 

 

「……? 何でアキが邪魔になるんだ? 家族なんだからそんなの気にしなくてもいいだろ」

「……そうか。でもお前がよくても俺が気にするんだよ……」

「ふむ、ぶっちゃければ夜に居づらいということだ」

「ぶっちゃけすぎだろ!? っていうかナチュラルに人の心読んでんじゃねえ!!」

 

 

全てが台無しになるマザーの言葉によってアキは焦るもハルは対して気にしている素振りはない。意味が分かっているのか、それとも本気で構わないと思っているのか。どちらにせよ大物であることは間違いない。

 

 

「そんなに気になるならアキも姉ちゃんと結婚すればいいじゃないか」

「ぶっ!? な、なんでそうなる!? っていうかそんなことカトレア姉さんに言ってないだろうな!?」

「言ってねえよ。流石にオレもそこまで鈍感じゃねえ。でも結婚してくれって言ってたのはアキだろ」

「それは……だがあれはその……」

 

 

ハルの予想外の切り返しにアキは言葉をつぐんでしまう。まさかそんな返しをされるとは、といった形。

 

 

「くくく……一本取られたな、アキ。だが残念だったな、ハル。我が主様は見ての通りヘタレでな。小さい頃は勢い、ノリでできたことも今は出来ぬ有様よ。いやはや、情けない」

「うるせえよ! 大体てめえこそどういうつもりだ! 散々邪魔してきやがって……」

「人聞きが悪いことを。我はただ茶々を入れておるだけ。お主が誰と結ばれようと我は構わん。それほど狭量な器ではない、本当にその気があるならさっさと動けばいいだけであろう?」

「くっ……てめえ……!」

 

 

マザーのやれやれと言わんばかりの態度に怒りをあらわにするもアキはそれ以上反論することもできない。ある意味マザーの言う通り、これはアキ自身の問題なのだから。半年前、この島に帰ってきてから何度か意識はしているが未だにアキは自分の気持ちに確信が持てていない。小さい頃はノリ、冗談混じりで結婚してほしいなどと好き勝手ができたが今のアキに同じことはできるわけもない。アキと一心同体のマザーはそれが分かっているからこそ邪魔をしている、もとい警告しているだけ。アキが誰かと結ばれること自体はマザーは認めている。だがそれはアキが本気で誰かを、異性として好きになった時だけ。

 

 

「あら、騒がしいと思ったら帰ってたの、アキ? マザーも久しぶりね」

 

 

そんな中、騒ぎを聞きつけたのかいつもと変わらない笑みを浮かべながらカトレアがリビングへと姿を見せる。エプロンをつけていることからどうやら料理をする気でいるらしい。ある意味アキがガラージュ島に帰ってきたと実感できる光景。

 

 

「あ、ああ……今帰ったところだ」

「久しいの、カトレア。変わらず元気そうだな」

「マザーもね。アキ、今日は休みなの? 泊って行く?」

「いや……夜には会合があるから出かけてくる。晩飯は食べて行くつもりだ」

「そう。なら久しぶりに奮発しちゃおうかしら。ちょっと買い物に行ってくるわね」

 

 

一際嬉しそうな笑みを見せながらカトレアはそのまま慣れた手つきで料理の下ごしらえをした後、買い物へと出かけて行く。アキにとっての女性の理想像を形にしたような姿。だが今のアキにはそんな余韻に浸る余裕はない。先程までの会話が聞かれていなかったことにただ安堵するしかない。

 

 

「まったく……いつまでそのままなのやら。先は長そうだの」

「そうだな……姉ちゃんもその気があるのかないのかよく分かんねえし……」

「お前らな……」

 

 

いつの間にか意気投合しているハルとマザーの姿にアキは頭を抱えるしかない。ハルまでマザーに毒されているのではないかと心配してしまうほど。もっともマザーの元とでも言えるエリーと一緒にいるのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

 

 

「でも仕事が忙しいならオレがまた手伝ってやってもいいぜ。そうすればアキも家に戻ってくる時間が増えるだろ?」

「いや、お断りだ。二度とお前には手伝わせねえ」

「な、何でだよ!? ちゃんと依頼はこなしたじゃねえか!」

「こなしたじゃねえよ! 余計な仕事まで勝手に請け負いやがって……しかも依頼料をもらわねえってのはどういうつもりだ!? こっちは慈善事業でやってんじゃねえだぞ!?」

「し、仕方ないだろ……困ってる人を放っておくわけにいかないし。それにお金だって……」

「それが一番重要だろうが!? 金がなくて組織をどうやって維持するんだよ!? DGの構成員を野たれ死にさせるわけにはいかねえだろうが!」

「そんなこといってねえだろ! オレはただもっとお金を持ってる人から依頼料をもらえばいいんじゃないかって言ってるんだ!」

 

 

先程までの雰囲気はどこにいったのかと思うほどにアキとハルは声を荒げながら言い争う。きっかけは数か月前。ハルがアキの仕事であるDGの依頼を手伝ったこと。アキも忙しく人手が足りなかったことからアキはハルの要望もあり、依頼をこなしてもらうことになった。腕は誰よりも確か、加えて正義感が誰よりも強いハルであれば適人だろうと。だがそれは裏目に出てしまう。確かに依頼自体は問題なくこなしてくれた。だが依頼にはない仕事まで請け負い、そのまま依頼料をもらうことなく戻ってきてしまうというある意味ハルらしいお人好しぶり。これまでの冒険であればそれでもよかったがこれはDGの依頼。DG最高司令官としては見過ごすことができないこと。それ以来アキは二度とハルには仕事を手伝わせないと心に誓ったのだった。

 

 

「大体隠居してるくせにオレの仕事に口出してきてんじゃねえよ! 現場で働いてる奴らの身になれっつーの!」

「そんなこと分かってるさ! それにオレだってまだまだ現役だ! お前にだって後れは取らねえぞ!」

「お前が? オレに? 今のお前がオレに勝てるわけねえだろ。新婚で惚気きってるくせに偉そうにするんじゃねえ!」

「アキこそ最近調子に乗ってるんじゃないのか? そこまで言うなら見せてやってもいいんだぞ!」

「やるのは構わんがここではなく場所を変えろ。いつかのように島が消えかねんぞ」

 

 

まるで火がついたかのように言い争い、睨みあいをアキとハルは始める。だがそれはある意味日常茶飯事。兄弟喧嘩のようなもの。もっとも本気で喧嘩をした際には危うくガラージュ島が消し飛びかねなかった(その際はエリーに本気で怒られた)ためマザーが仲裁に入る形になっている。十八歳を超えるというのに二人揃えば精神年齢が大幅に下がってしまう、いわば大きな子供のような有様だった。

 

 

「んふー。相変わらず仲が宜しいようですね、お二人とも」

「見ての通りだ。心配するな。危なくなったらすぐさま二人とも砂漠に送りこんでやる」

「流石マザーさんですね。どうですか、あんな二人は放っといて私の恋愛話でも聞きませんか?」

「うむ、遠慮しておこう。後それ以上近づけば消し飛ばすぞ、ナカジマ」

 

 

人面花?であるナカジマが家の内側に現れ、どこか懐かしげに二人の喧嘩を眺めているもマザーもまた同じ。そのままナカジマは自分語りを始めんとするもマザーは流れるようにそれを断ち切る。それ以上近づくなら空間消滅で消し飛ばす、と。いつかのアキと全く同じ対応だった。

 

 

「お前こそ他人のこと言えんのかよ。聞いたぜ、ベルニカに告白されたらしいじゃねえか。エリーがいるくせにどういうつもりだ?」

「っ!? そ、それは……オレは断ったんだ! ベルニカもオレが結婚してるって知らなかったって……」

「ふん、そんな言い訳が通用するとでも思ってんのか? 大体依頼で一度一緒になったぐらいで告白されるなんて流石レイヴマスター様は違うな。コツを教えてほしいぐらいだ」

「オレは何もしてないぞ! それにお前がモテないのはオレとは関係ないだろ!」

「ねえ、ベルニカって誰のこと?」

「ん? ウチで雇ってる女の魔導士のことだよ。美人で人気があるんだがハルの奴、一度依頼を一緒にこなしただけで惚れられ……て……?」

 

 

そこまで口にしたところでアキはようやく気づく。明らかな違和感。先程までいなかったはずの第三者がいつの間にか会話に混じっているという事実。ギギギという音が聞こえそうな動きでアキは首を動かし、その第三者を捉える。

 

 

「エ、エリー……いつからそこに……?」

 

 

そこにはエリーがいた。いつもと変わらない、タンクトップにミニスカートと言う服装。いつもと変わらない笑顔。だがそれが何よりも恐ろしかった。笑いながら笑っていない。そんな矛盾を体現している。怒ってくれていた方が百倍マシではないかと思えるような姿。

 

 

「ちょっと前からだよ。久しぶり、ママさん。元気そうだね、よかった」

「う、うむ……お主も元気そうで良かったぞ……うむ」

 

 

さしものマザーも今のエリーを前にしては冗談の一つもかますことはできないらしい。このままではいけない。既にハルは顔面を蒼白にし、まともに動ける状態ではない。今の状況を打破できるのはアキだけ。

 

 

「そういえばエリー、みやげを買って来たんだ。一緒に」

「で、そのベルちゃんってどんな娘なの?」

 

 

撃沈だった。瞬殺だった。何故ちゃんづけなのか。もうそれだけで十分だった。そのままアキとハルは土下座をしながらエリーに説明と言う名の弁明をする羽目になる。自分が土下座する必要がないことにアキが気づいたのはしばらく後の話だった。

 

 

「ふーん、そういうことか。やっぱりハルってモテるんだね」

「いや……そんなことは……」

 

 

事情を一通り聞いた後、エリーはどこか拗ねた様子でハルに食ってかかっている。まさか帰って早々夫婦の修羅場を見る羽目になると思っていなかったアキは少し離れたところで観戦モード。原因を作ったのはお前だろう、という恨みのオーラを放っているハルを見ながらもアキは手を差し伸べることはない。そんなことをすれば自分も巻き込まれるのは火を見るのは明らか。だが

 

 

「いいもんいいもん。ならあたしはアキと浮気しちゃうんだから!」

「……は?」

 

 

アキには既に逃げ場はなかった。アキはそのままエリーに腕を掴まれ、引き寄せられてしまう。突然のエリーの奇行にアキはされるがまま。エリーはその姿をハルに見せつけどこか満足気な笑みを浮かべている。

 

 

「な、何のつもりだよエリー!? 何でそんな話に……」

「だってハルも浮気したんだから。ならあたしも浮気してもいいってことでしょ?」

「そこで何で俺が!? てめえらの夫婦喧嘩に俺を巻き込むんじゃねえよ!?」

「いいじゃない、アキ、あたしに無理やりキスしてきたでしょ?」

「いつの話だ!? あんなもん時効だ!時効! そもそも俺は好きであんなことしたわけじゃ……」

「え、ひどい! あたしのファーストキス奪ったのにそんなこと言うの!?」

「アキ、エリーから離れろよ! エリーもいい加減に……」

 

 

そのままもみくちゃになりながら三人は争うも収拾がつくことはない。唯一止めることができるマザーは飽きたのか他のMB達とおしゃべりを始めてしまう。そんな異次元空間がいつまでも続くかと思われた時

 

 

「邪魔するわよ、アキ」

 

 

静かな声とともに、部屋中の室温が一気に低下した。瞬間、部屋にいる全ての者の視線が新たな来訪者に注がれる。そこには

 

 

「ジェロ……? どうしてお前がここに……?」

 

 

いつもと変わらない無表情と空気を纏った四天魔王の一人、絶望のジェロの姿がある。唯一違うのがその服装。魔界にいる時の戦装束ではなく、アキに送られたセーターとロングスカートを身につけている。ガラージュ島を訪れる時のジェロの普段着のようなものだった。

 

 

「あ、久しぶりジェロ! 結婚式の時以来かな?」

「ええ。どうやら仲良くやっているようね……」

「どこを見ればそう見えるんだよ……ったく……」

 

 

呆れ果てながらも、ようやくアキは力づくでバカップルならぬ馬鹿夫婦を自分から引き剥がし自由の身となる。犬も食わない夫婦喧嘩を何故自分がと思いながらもアキはとりあえずこの場をどうにかしてくれたジェロに感謝するしかない。

 

 

「……で、一体どういうつもりだ? 確かお前はまだ仕事が残ってたはずだが……」

「そうね……でも今日の公務は既に終わらせたわ。なら私がここに来ようと構わないでしょう?」

「それは……まあ、そうだが……」

 

 

まるで予想していたかのようにジェロは全くよどみなくアキの突っ込みを受け流す。事実、ジェロは自らの仕事を終わらせてからガラージュ島へやってくるのが日課になりつつあった。特にカトレアとは気が合うらしく、自分がいない時にも交流を計っているらしい。何だが嫌な予感を抱きながらもアキはそれ以上何も言うことはできない。

 

 

「久しぶりだな、ジェロ。レットはそっちで元気にやってるのか?」

「ええ。飽きもせずにウタと修行しているわ。何が楽しいのか理解できないけれど……」

「ははっ、あいつらしいな。今度オレも遊びに行ってみようかな」

「止めておいた方がいいと思うわ……ウタは喜ぶだけよ」

「マジで止めとけハル……体がいくつあっても足らねえぞ……」

「何? そんなに楽しいところなの魔界って? あたしも行ってみたい!」

「うむ、魔界探検ツアーか。懐かしい響きではないか、我が主様よ?」

 

 

好き勝手に騒いでいるエリーとマザーのコンビに頭を悩ませながらもアキは確かに感じ取る。それはジェロの気配。明らかにそれがいつもとは違っている。アキだからこそ分かること。今のジェロは四天魔王の顔を、雰囲気を纏っている。

 

 

「……ジェロ、何かあったのか?」

「……ええ。アキ、すぐに私と一緒に魔界に来て頂戴。見てもらいたい物があるの。メギドとウタも待っているわ」

「メギドとウタが……?」

 

 

ジェロの言葉にアキは呆気に取られるしかない。メギドとウタ、そしてジェロと自分。魔界における全ての魔王が会さなければならない事態が起きていることを意味しているのだから。

 

 

「分かった……すぐ行く。ハル、エリー、悪いがちょっと出かけてくる」

「……ああ。気をつけてな、アキ」

「……無茶しないようにね。ママさんも」

「お主に言われるとはな……ま、面倒事に巻き込まれるのは運命のようなものよ、なあ我が主様よ?」

「うるせえよ……さっさと行くぞ、マザー、ジェロ」

 

 

不吉極まりないことを呟くマザーに辟易としながらもアキはジェロと共にゲートによって魔界へと向かうのだった――――

 

 

 

 

魔界。人間界ではないもう一つの世界。人間ではなく亜人が住む場所。その一画で二人の魔王が大魔王の到着を待っていた。

 

獄炎のメギドと永遠のウタ。共に四天魔王であり、魔界を統治する四人、今は三人となってしまった王の内の二人。本来ならめったなことがない限り会することがない二人が共にいるということだけで異常な事態が起きていることは明らか。そんな中

 

 

「悪い、遅くなっちまった。何があったんだ?」

 

 

光と共にゲートをくぐり、アキとマザー、ジェロが姿を現す。魔界の門を開くことができるゲートだからこそできる芸当だった。

 

 

「済まぬね、アキよ。できるなら我らだけで対処する気だったのだがやはりお主の力も借りた方がよいと判断したのだ」

「オレは一人でもよかったのだがな」

 

 

メギドとウタの言葉にアキはさらに疑念を強くするしかない。自分を除けば二人はいわば魔界の頂点に君臨する二人。ジェロを加えたこの三人で対処できないことなど存在するわけがない。それこそエンドレスが相手でもない限りそんなことは起こり得ない。アキが一体何が起こっているのか尋ねんとするもそれよりも早く

 

 

「いいえ……話すより見た方が早いわ。付いてきて頂戴」

 

 

ジェロはそのままアキを先導するように歩き始める。宣言通り、この状況の原因をその目でアキに見せるために。メギドとウタもその後に続いて行くだけ。アキは三天に導かれながらその場所へ向かうことになったのだった。

 

 

「ここは……」

 

 

アキは辿り着いた場所でようやく足を止める。そこにはまるで隕石でも堕ちたかのような大きなクレーターがあった。いや、正確にはまるで空間が抉られたかのような爪痕。時空の歪みが生み出す破壊の跡が。

 

 

(これは……次元崩壊? いや、時空の歪みか? 何にせよヤバそうなことは変わらねえか……)

 

 

アキは知らず息を飲みながらその場所へと下りて行く。それを守護するように三天もまた続く。時空の歪み。それは世界を歪めるほどの力がなければ不可能な奇跡。この並行世界でいえば魔導精霊力とエンドレスがそれに当たる。もっとも今はエンドレスは消えてしまっているため存在しない。

 

 

「この辺りは最近開拓された土地。このクレーターは遥か太古からここにあったようだ。しかしその中にある物が問題でな……」

 

 

メギドがうなりながらその物体をアキへと晒す。クレーターの中心にある確かな物体。それは

 

 

「…………鎧?」

 

 

紛れもない鎧だった。人が身につけるであろう防具。その形状はどこか幻想的なものであり、羽を模したような装飾があちこちに見られている。何よりも目を引くのがその色。血よりも赤いのではないかと思えるような深紅スカーレット。形状から女性用の鎧であることも明らか。だが問題はそこではなかった。

 

 

(何だ……この力は? 下手したらネオ・デカログスやTCMに匹敵するんじゃ……)

 

 

その鎧が纏っている膨大な魔力。魔導士ではないアキですら感じ取れるほどの魔力。しかも封印処置がされているらしいにも関わらずこの力。明らかに常軌を逸している。これほどの魔道具が何故こんなところに。アキはそのまま注意深く鎧を確認していく。触れることはできるがそれだけ。封印を解くことも、力を解放することもできない。もっともその全てを魔導士であるジェロが試しているらしいので当然ではあるのだが。そんな中、アキは鎧に字が書き込まれていることに気づく。

 

 

(妖精……女王……妖精女王ティターニア? この鎧の名前か……?)

 

 

『妖精女王ティターニア』

 

 

それが鎧に刻み込まれていた名前。恐らくはこの鎧の名称。しかしアキには全く聞き覚えがない言葉。三天達もそれは同じ。これほどの鎧を纏える者がいるなら魔界で間違いなく噂となるはず。しかしそんな噂はここ数年、それどころか四天魔王が生まれてから一度もない。

 

 

「アキ……あなたに見せたかったのはそれだけじゃないわ。その奥にあるのがそうよ」

 

 

ジェロは鎧に気を取られているアキにそう促す。まるでその鎧すら問題ではないと言いたげな意味がジェロの言葉には込められていた。その意味をすぐにアキは知る。

 

 

(これは……鍵……? いや……この力は……!?)

 

 

黒い鍵。掌に収まる程の小さな黒い鍵がそこにはあった。隣にある鎧に比べれば取るに足らないような物。事実力の大きさは比べるべくもない。しかしその力の質が問題だった。何故なら

 

 

「エンドレス……?」

 

 

今は消滅したはずの終わり亡き者、エンドレスと酷似した力が鍵にはあったのだから。かつてダークブリングマスターであったアキには誰よりもそれが分かる。間違いなく目の前の鍵が保有している力がエンドレスの力であることを。同時にようやく理解する。ジェロ達が自分を魔界に呼んだ理由。もし本当にこれがエンドレスのものであれば例え四天魔王であっても万が一がある。感じ取れる力は微かだが、エンドレスの力である以上油断はできない。

 

 

「…………」

 

 

アキは一度、大きく息を飲みながらも臨戦態勢を取る。もはや余裕など微塵もない。細心の注意を払いながら、それでもゆっくりとアキはその手を鍵へと伸ばす。しかし

 

 

「っ!! アキ、それに触れるでない―――!!」

 

 

マザーの叫びによってアキはその動きを止める。そうさせてしまうほどの決死さがマザーの言葉にはあった。だがそれは遅かった。アキが鍵に触れるのを待つことなく、まるで呼応するように鍵から紫の光がアキを包み込んでいく。瞬間、三天は弾けるように主を救わんとするも間に合わない。アキもその力の前に抗う術を持たない。光と共に、アキはこの並行世界から姿を消した――――

 

 

 

 

(…………? ここは……?)

 

 

アキは光によって目をこすりながら意識を取り戻し、辺りを見渡す。瞬きにも満たない一瞬。だがそれで全てが変わってしまった。そこは船の中だった。恐らくは巨大な船の中。』その証拠に窓からは空と雲が見えている。アキはすぐさま己の状況を確認する。

 

 

(体は何ともねえ……マザーも、他のMBも持ってる。それよりもさっきの光、鍵は一体……?)

 

 

体は無傷。何の問題もない。マザー達も同じ。ただ違うのは自分の周りの世界。先程までの魔界ではなく、四天魔王の姿も見当たらない。そこでようやくアキは気づく。この場に自分以外の人間が四人いることに。

 

 

まずはリーゼントをしたヤンキーのような容姿をした男と関取のような巨大な大男。共に負傷を負い、自分を見ながら驚いているのか動きを止めてしまっている。だがその所作から二人が一般人ではないことがアキには分かる。恐らくはかなりの実力者。

 

 

もう一人が王座のような椅子に腰かけた老人。全身を包帯で巻かれた姿は満身創痍そのもの。だが先の二人とは桁外れの力と重圧をアキは感じ取る。真っ先に思い浮かんだのは無限のハジャ。だがその力はかつてのキングかそれ以上はあろうかという怪物。満身創痍でありながらこれだけの力を感じさせる相手。だがアキはその老人すら意に介してはいなかった。何故なら

 

 

その全てを以っても足元にも及ばない程の力が、その場を支配していたのだから。

 

 

それは黒髪の青年だった。民族衣装のような姿をした、一見すれば優男と称されてもおかしくない容姿。だがそれが逆に異常性を際立たせていた。大魔王であるはずのアキですら気圧されてしまいかねない圧倒的な力と重圧。これまで感じたことのない、異質な感覚。死の感覚とでも言うべき負の力を青年は纏っている。

 

 

アキはただ条件反射のようにその手にネオ・デカログスを構える。狙いも何もない、本能に近い行動。だがそんなアキを見ながらも

 

 

「君は……アキ、なのか……?」

 

 

青年はまるで待ちわびた、夢が叶ったかのように声を震わせ、瞳から涙を流しながらアキの名を呼ぶ。

 

 

「…………え?」

 

 

アキはただ呆然とそんな青年の姿に困惑するしかない。当たり前だ。いきなり自分に匹敵、凌駕しかねない力を持つであろう相手が現れただけでなく、会ったことも、しゃべったこともない相手に名を呼ばれ、その相手は涙を流している。これで平然としていられる人間などいるはずがない。ただアキは確信していた。ある意味いつも感じていた、懐かしい感覚。どうやら自分がまた、とんでもなく面倒な事態に巻き込まれてしまったのだということだけ。アキはまだ知らなかった。目の前の青年の正体。この世界の正体を。

 

 

「会いたかったよ……アキ」

 

 

古の地に降り立ち、黒き魔術を広め、数万の悪魔を生み出し、世界を混沌へと陥れた。

 

 

魔法世界の歴史上、最強最悪の男。

 

 

『黒魔導士 ゼレフ』

 

 

 

 

 

『やれやれ……いつかのアナスタシスではないが、本当にお主は面倒事に巻き込まれる運命にあるようじゃの……』

 

 

自らの主の不運を嘆きながらもマザーはただ共にあり続けるだけ。やることは変わらない。これまで通り。

 

 

アキの、大魔王の憂鬱はまだまだ続くことになるのだった――――

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