ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第三十四話 「伝言」

ジンの塔の中にある大きな食堂。そのテーブルに座っている二人の男の姿があった。一人はこの塔の主であるキング。キングは静かに自らの前にある食事をナイフとフォークで口に運んでいく。それだけでもその所作に王者の貫録が滲みでている。まさにその名に相応しい姿。そしてそれとは対照的な人物がいた。

 

それはアキ。アキは固まった無表情のまま自らの目の前にある料理に手を伸ばす。だがまるでナイフとフォークが上手く扱えないかのように食器と当たる金属音がカチャカチャと広い食堂に響き渡る。言うまでもなくそれは怯えと焦りによるもの。無言の二人だけの空間の中で食事の音だけが響き渡って行くという異次元空間。今のアキが置かれている状況だった。

 

 

どうなってんの……これ……?

 

 

アキはほとんど魂が抜け掛けんとしている放心状態のまま何とか今の自分の状況を整理する。まずは始まりから。アキはワープロードによってルカ大陸に移動しようとした。そこまではよかった。だがそこで信じられないような事態が起こる。ワープロードによる瞬間移動が失敗に終わってしまったこと。正確には失敗ではなく引っ張られてしまったこと。キングが持つもう一つのワープロードの力に。それはアキとキングがほぼ同時にその力を使ってしまったことによって起こった奇跡のような事故だった。

 

 

いやいやいやどうなってんのこれ!? というかどんな偶然だよ!? 完全に俺、呪われてんじゃねえのか!? ま、まあ身体はルシアだからレアグローブの血に呪われていると言えばそうなのかもしれんが……

 

 

アキは何とか平静さを装いながら食事を口に運ぶも味も何も分かったものではない。そんなものを味わうことができるほど今のアキに余裕は無い。何故なら今、アキはキングと対面しながら食事を行っている最中。それはキングの計らいによるもの。それによって今、親子(身体的な意味で)による食事会が開催されていた。アキにとっては罰ゲーム、拷問に等しい状況。穴があったら入りたい、むしろ自分で穴を掘って地球の裏にまで行きたい気分だった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

アキとキング。二人はそのまま互いに無言のままもくもくと食事を続けて行く。もしその場に誰かいればその空気の気まずさに逃げ出すに違いないほどの沈黙。当事者のアキにとってはその比ではない。アキにとっては本当に命がけ、どんな事態が起こるか予測不能の地雷を踏みぬきかねない状況なのだから。

 

 

お、落ち着け俺……! 別に取って食われるわけでもなし……正体がバレたわけでもないんだし……うん、バレてないよな? でも何で食事になってるわけ? これはあれか……遠回しなサインか? ちょっと親子で食事しましょう的な……? い、いやそんなはずは……!

 

 

アキは背中を冷や汗でずぶ濡れにしながらも自分に言い聞かせる。まだ最悪の事態には至っていないと。それは自らの容姿。髪は黒く染め、顔の傷はイリュージョンによって偽装している。いくらなんでもそれで息子だとばれるはずがない……はずなのだがそうとも言い切れないのはこれまでのアキの経験と待遇によるもの。二度も命令違反したにも関わらず見逃されているという事実。それがアキが危惧している理由だった。そしてそれとはまた別の意味でアキの頭を悩ませている二つの事情があった。

 

一つは自分の恰好。まさにキングと瓜二つ。ペアルックといってもおかしくない姿。黒い甲冑とマント。それを着た男が二人向かい合いながらもくもくと食事をしている。あまりにもシュールな光景だった。

 

 

何なのこれ!? 何で俺こんな恰好でキングと食事してるわけ!? キングは似合ってるにしても俺のは完全にギャグじゃねえか!? ちょっと着替えを取りに帰りたいんですけどいいですか……? というかそのまま帰りたいんですけど……

 

 

アキは切実な願いを抱くもすでにそのタイミングを逸してしまっていた。いきなりその場から再び瞬間移動するわけにもいかずあれよあれよという間にこの状況。そしてそれだけで既に一杯一杯にも関わらずさらに事情をややこしくしかねない存在がいた。

 

 

『なるほど……そうか。お主たちも苦労しておるようだな。何、気にするな。例え我から生まれたのではなくとも主らは我が子も同然。そんなにかしこまる必要は無いぞ』

 

 

それはアキの胸元に隠れているマザー。ハイドによって気配を消してはいるもののそれを持っていることがバレればルシアの身体であること関係なしにキングに狙われてしまいかねない地雷。だがそんなことなど知ったことではないとばかりにマザーはどこか上機嫌に大声で話し続けている。それはアキに向かってではない。そう、キングが持っているDBたちに向かって。ちょっとしたDBたちの井戸端会議が行われているのだった。

 

 

『マ、マザー! てめえいつまでぺちゃくちゃしゃべってやがる!? 状況が分かってんのか!?』

 

 

アキは焦りながらも凄まじい剣幕でマザーに向かって叫びをあげる。当たり前だ。キングとの接触、そして食事という訳が分からない状況にも関わらず空気を読まずに好き勝手にしているのだから。文句の一つも言いたくなるというもの。

 

 

『なんだ、やっと戦う気になったのか?』

『な、なんでそうなる!? 言ったろうが、戦う気はねえって!』

『ふん……つまらん。なら我の役目はなかろう。後はお主で好きにすればいい。戦う気になったら呼ぶがいい』

『な、なんだそりゃ!? てめえマスターほっといて自分だけおしゃべりかよ!?』

『喚くな、騒々しい。そんなに言うならお主も参加するがいい。なかなかこやつら骨があるぞ。エンクレイムで生まれたと侮っていたがどうやら間違いだったようだ。勧誘したいぐらいだ』

『て、てめえ……後で覚えてろよ……!』

 

 

アキは恨み事を言いながらもどうすることもできずマザーたちが楽しくしゃべっているのを眺めることしかできない。だがその中でもキングがもつDBたちがどこか貫録を持ったものたちであることは感じ取ることができる。

 

 

流石はキングのDBたち……六星DBたちにも後れをとらないだけの力と貫録があるな。やっぱDBも持ち主に似るのか……全くどっかの誰かに見習せたいぐらいだ。ん? まてよ、それってマザーがあんなのも俺のせいってこと? いやいやそれはない! あいつの鬼畜っぷりは元々だし俺にそんな趣味は無い! っとそれは置いておいてまじで俺もDBたち集まりに参加したいわ……だがそんなことできるわけもない。目の前のキングを放ったまま脳内会議に参加するなんて現実逃避するようなもんだし

 

 

「どうした。口に合わんか」

「っ!? い、いえ!? そんなことはありません!」

 

 

突然のキングの言葉にアキは身体をびくんとさせながらも何とか答える。だが声が上ずるのを抑えることができない。だがそんなアキを見ながらもキングは特に気にした様子を見せないまま。

 

 

「そうか、ならいい。それと敬語は必要ない。ここはオレとお前以外はいないのだからな」

「分かりまし……ご、ごほん! 分かった……」

 

 

キングの言葉を聞きながらもアキは気が気ではなかった。特に何もしていないのも関わらずそこにいるだけでプレッシャーを感じるほどの存在感がキングにはある。もっともアキもそうなりつつあるのだが本人には知る術は無い。

 

 

ふう……とにかく落ち着かないとな。敬語じゃなくていいのは助かるけど何だろう……俺って敬語しゃべれないって思われるほどあれなのか? ジェロにも同じこと言われたし……っていうか地味に二人きりだって宣言が恐ろしいんですけど……もうお前に逃げ場はない的な……ま、まあそれはともかくもうすぐ食事も終わる。あとはその流れで自然に、溶け込むようにこの場を去ることにしよう!

 

 

アキがそのままこの場を離脱するタイミングを計っているのを知ってか知らずか

 

 

「……そういえば貴様、そのDB、ワープロードをどこで手に入れた?」

 

 

キングは疑問を口にする。もはやそれは詰問に等しい物。当然の疑問だった。

 

 

「…………」

 

 

アキはそのまま口ごもり答えることは無い。ただじっとキングを見つめているだけ。答える気は無いといわんばかりに。キングはそんなアキの態度を見ながらも視線を返す。瞬間、空気が凍る。まるでその場に見えない壁があるのではないかと思えるほどの緊迫感。

 

 

そ、そうですよね……やっぱそこは突っ込まれるよな……同じDB持ってるなんて普通は考えられないし……下級ならともかく。じゃなくって!? や、やばい!? なんか今にも戦闘が始まりかねん空気がある! し、しかし下手なこと言えばボロが出かねんしここは耐えるしかない……!

 

 

アキはそのまま必死にキングとの耐久にらめっこを続けるしかない。二度目だが以前よりも状況は悪化している。だがアキは耐えるしかない。ここでシンクレアの、マザーの存在を知られるわけにはいかないのだから。

 

 

「……まあいい。それを詮索しないことが貴様との取り決めだったな」

 

 

キングはそう思い出したかのように口にした後、再び食事を始める。瞬間、張り詰めていた空気も元に戻っていく。それはアキとDCの取り決め。アキがどこからDBを手に入れているのかは詮索しないという取り決めによるもの。それによってアキは何とかキングの詰問から逃れることができたのだった。

 

 

あ、あぶねえ……マジで死ぬかと思った……

 

 

アキは心の中で溜息を吐きながらも安堵していた。何とか危機を乗り切ることができたと。同時に戦慄していた。それはデカログスのこと。もし一緒にこの場に持ってきていれば白を切るのは流石に不可能だったろう。まさに九死に一生を得たに等しい。もっとも戦闘になっても今のアキならマザーの力がなくとも易々と遅れは取らないのだがそれとは関係なくアキはキングに苦手意識を持っていた。ある意味ルシアの身体の影響かもしれない。

 

 

『ちっ……もう少しだったのだがな。つまらん』

『っ!? て、てめえいつの間にこっちに混じってやがる!? それになんだその舌打ち!?』

『いい加減飽きてきたぞ。ここはひとつ我が盛大な挨拶をかましてやろうか』

『ふ、ふざけんなっ! 勝手に動かないって約束したばっかだろうが!』

『おや、そうだったか……仕方ない。契約は契約。だがどうやらもうこの茶番も終わりのようだぞ』

『え?』

 

 

マザーの言葉につられるようにアキが見た先には既に食事を終え、その場を立ち上がらんとしているキングの姿があった。アキも驚きながらもそれに合わせるようにその場を立ち上がる。

 

 

「オレはこれからエンクレイムの準備がある。貴様は邪魔だ。早々にここから立ち去れ」

 

 

キングはそう言い残したままその場を去っていこうとする。もうアキに用は無いといわんばかりに。だがアキはそんなキングの姿にただ目を奪われていた。その背中に何か言葉にできないような哀愁を感じたが故。知らずアキは言葉に出していた。

 

 

「キング……あんた、何で俺を二度も見逃したんだ……?」

 

 

それはアキにとっては聞く必要のないこと。聞くべきではないこと。六祈将軍オラシオンセイスの選定の時、本部への招集に参加しなかった時。本来なら裏切り者として処刑されてもおかしくない事態。にも関わらず見逃されたこと。アキはそれを尋ねずにはいられなかった。恐らくはこれがキングとの最期のやりとりになると悟ったからこそ。

 

キングはそのまま足を止め、立ち尽くす。だがキングは答えようとはしない。長い沈黙が両者の間に流れる。アキがやはり聞くべきではなかったかと思い、その場を去ろうとした時

 

 

「…………下らん気紛れだ。貴様に死んだ息子の面影が見えた。それだけだ」

 

 

まるで独白するように、呟くようにキングは吐露する。その表情はアキから伺うことはできない。それでもその背中がどこか影を背負っているのをアキは感じ取る。今まで見たことのないキングの姿。それにただアキは息を飲む。だが不思議と焦りはなかった。本当ならキングの言葉によって混乱してしまうところ。にも関わらずアキは心乱れることなくキングの背中を見つめ続ける。

 

 

「息子……」

「生きていれば貴様と同じぐらいの年頃だろう……いや、それでよかったのかもしれん。今のオレを見せずに済んだのだからな……」

 

 

キングはどこか自嘲気味に告げながらもすぐにDC最高司令官としての顔に戻る。そこには既にいつもと変わらない王がいた。誰よりも気高く孤高な王。それがキングの、ゲイル・レアグローブの宿命。

 

 

「……ふん。下らん感傷だな。どうも貴様と相対するとペースが乱れる。戯れはこれまでだ」

 

 

キングはそのままマントを翻しながらその場を去っていく。アキはその背中を見ながらもかける言葉は無い。ただそのまま去っていくキングを見つめることしかできない。それは罪悪感。自分が本物のルシアではないことへの。そしてその正体を明かせないことへの。何よりもこれから先に何が起こるか分かっていながらもそれを止めることができない、止めることをしない自分への。

 

 

「……一つ言い忘れていた。DC本部へは近づくな。これは命令だ」

 

 

アキはキングのその言葉に目を見開くしかない。その言葉の意味をアキは知っている。同時に気づく。キングが自分の身を案じてくれているのだと。自分がルシアだと気づいているわけはない。にも関わらずアキである自分にその言葉を掛けてくれたであろうことに。

 

 

「…………キング、あんたの息子が生きてたらきっと、あんたのこと誇りに思ったと思う」

 

 

知らずアキは告げていた。その言葉を。もうこの世界にはいないルシアの想い。本来の道でも出会うことはなかった親子。その子の想いをアキは代弁する。

 

 

『親父が死んでも何も感じなかった』

 

 

それがルシアの言葉。だがそれが嘘であることをアキは知っていた。キングの剣、父の形見であるデカログスが壊された時の怒り、そしてキングへの対抗心。間違いなくそれは偉大な父に対する息子の尊敬。本来伝えられることは無かったそれをアキは伝える。そしてもう一つ。ルシアの身体を持っているからではなく、アキ個人としての言葉。

 

 

「それに……今のあんたを想ってる奴もいると思うぜ」

 

 

アキは告げる。今のアキが知るはずのない言葉。故にアキははっきりと伝えることはできない。だが間違いなく今のキングを想っている、愛している者がいることをアキは知っている。

 

深い雪の名をもつもう一人の息子が。

 

 

キングは知らず振り返る。だがそこにはアキの姿はなかった。先の言葉の意味もキングは理解できない。だが知らずキングは自らの心が軽くなっていることを感じていた。まるで何かに救われたかのように。

 

キングはそれでも進み続ける。自らの因縁と運命に決着を付けるために。その先に何が待っているか分かっていても―――――

 

 

 

 

『どうした、何を泣いておる?』

「うるせえ……何でもねえよ……」

 

 

マザーの言葉を振り払い、涙を流しながらもアキはその場を去っていく。それがアキ自身のものなのか、ルシアの身体だからなのかはアキにも分からない。それでもアキは進むしかない。自分が決めた自分の道を。

 

アキは知らなかった。先の出来事が一つの救いと一つの破滅をもたらすことを。

 

 

九月九日 『時が交わる日』 全ての運命が交わる日がすぐそこまで迫っていた―――――

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