ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第五十一話 「処刑人」

「力づくで奪い取る……か。中々意勢がいいことほざくじゃねえか、坊主?」

 

 

心底おかしいといわんばかりの笑みを見せながらハードナーは自らの剣を抜く。だがそれは唯の剣ではなかった。剣先が丸くなってしまっている剣。敵の首を跳ねるためだけのもの。処刑人と呼ばれるハードナーを現す武具。それを手にしながらハードナーは一歩、また一歩とルシアへ向かって近づいて行く。一見無防備に見えるそれは決してそうではない。その証拠にハードナーの瞳は確実にルシアを捕えている。その一挙一動を見逃すまいとするかのように。その視線がある一点に集中される。

 

 

(なるほど……あれが奴の剣……形態を変えるっていう剣ってわけか……)

 

 

ハードナーはルシアが手にしている巨大な剣を見据えながらも思考する。様々な形態に変化し能力を変えるという剣。噂に名高いTCMと同じ能力を持つ剣。その存在、デカログスをハードナーは知っていた。かつての先代キングが使っていたとされる魔剣。自分と互角の力を持っていた闇の頂点とまで呼ばれた男の剣。どうやらそれが目の前のルシアに受け継がれたらしいことを悟りながらもハードナーには恐れは無い。確かにあのルナールに無傷で勝利したことからルシアの実力はかなりのもの。だがそれでも王たるハードナーの前には通用しない。ハードナーには確信があった。今の自分はかつてのキングを超えていると。ならば恐れるのものは何もない。欲しいものを力づくで奪い取る。それは奇しくもBGを、空賊である自分の在り方。ならばその力を以て目の前のルシアから逆にシンクレアを、命を奪わんとハードナーは動く。だがその刹那、ルシアの持つ剣の形態が大きく姿を変える。ハードナーはそれを見ながらも自身の動きを止めることは無い。まだルシアの剣の間合いからは大きく離れた位置。それは剣士であれば誰もが悟ること。

 

しかしハードナーは知らなかった。アキが持つ魔剣がかつてキングが持っていたものとは大きく変わっていることを。その力を受け継ぎ、先代を大きく超える真の魔剣であることを。ルシアはそのままネオ・デカログスを無造作に地面に向かって突き立てる。一切の迷いなく、自然な動作。

 

 

だがその瞬間、大地が崩壊した――――

 

 

「何っ―――!?」

 

 

突然の事態にハードナーは驚愕の声を上げることしかできない。当たり前だ。いきなり自分のいる場所が、大地が崩壊し始めたのだから。しかもそれは収まることがない。ヒビ割れながらも凄まじい規模の爆発が辺りを巻き込んでいく。まるで数百、数千の地雷が一気に炸裂してしまったかのような衝撃と閃光。それがルシアが持つネオ・デカログスの形態の一つ『闇の爆発剣テネブラリス・エクスプロージョン』の力。だがそれは本来の力ではない。ルシアはただそれを地面に突き刺しただけ。最小限の力を引き出しただけに過ぎない。だがそれだけでもこの威力。大地を崩壊させかねない規模の爆発がハードナーに襲いかかって行く。だがその爆発と崩壊の中をハードナーは臆することなく躱しながらルシアに向かって疾走してくる。傷一つ負うことなく向かってくるその姿はまさに王に相応しいもの。だがそんなハードナーであっても足場である大地が崩壊しかけた瞬間に逃れようのない隙が生じる。ほんの一瞬の、見逃してしまいそうなほどの刹那。だがそれこそがルシアが生み出したかったもの。そしてこの戦いの終焉を告げるもの。

 

 

「闇の真空剣テネブラリス・メルフォース」

 

 

その名を告げながらルシアは剣を振るう。瞬間、大地が、山が切り裂かれた。信じられないような規模の真空の刃が暴風を巻き起こしながら大地を削り取っていく。凄まじい轟音と地震が起こっているかのような振動。まさに天変地異。人の手では及ばないような圧倒的な力。それが容赦なく一人の人間であるハードナーを飲みこんでいく。決して逃れることができない一撃。

 

 

後には地平線の彼方まで続くのではないかと思えるほどの傷跡が大地に残されただけ。たった一振りで大地を割り、新たな崖を作り出してしまうほどの力。それが真の魔剣ネオ・デカログスの真の力。先代を超える新たな王、ルシア・レアグローブの実力だった―――――

 

 

 

 

(ちょ、ちょっとやりすぎちまったかな……?)

 

 

ネオ・デカログスを鉄の剣の状態に戻しながらもルシアは背中に冷や汗を流し自らが引き起こした惨状に目を向ける。どこまでも続くのではないかと思えるような崖。その衝撃による粉塵によって辺りの視界は奪われているものの破壊の爪痕は隠し切れていない。それを目の当たりにしながらルシアは改めて自らの力、ネオ・デカログスの力に恐怖していた。これまでは広大な砂漠でしか使用したことがなかったため砂煙が上がるだけ、もしくは砂がえぐられるような惨状しか見たことがなかったのだが実際に山の中で使えばどうなるか。それが目の前の光景。もし街中で使おうものなら街そのものが消滅しかねない規模。

 

ルシアは心に固く誓う。対人戦においてはネオ・デカログスを使用しないことを。もっとも今回の戦いは例外中の例外。シンクレアを持つ、キング級の相手ならば死ぬことは無いだろうという考え。相手が再生の力を持つハードナーだったというのも大きな理由。そしてルシア自身、先の一撃も最小限の力しか引き出していない手加減したもの。だがそれでもやりすぎしまったのではないかと不安になりかけた時

 

 

『ふん、どうだ! これが我らの力だ! 散々好き勝手言いおって……いい気味だぞ、そうは思わんか、主様!?』

 

 

それは胸元ではしゃいでいるマザーの言葉によって吹き飛ばされてしまう。ルシアの胸中など、心配などなんのその。我が世の春が来たといわんばかりにマザーは興奮し、歓喜している。とても先程のアナスタシスと同じ存在とは思えない程のお子様ぶり。

 

 

『あ、ああ……でもやりすぎちまったか? 一応手加減はしたつもりだったんだが……』

『ん? なんだ、そんなことを心配しておったのか。まあ大丈夫だろう。腐っても奴は再生を司るシンクレア。易々と主を死なせることはあるまい。もう一撃ぐらい食らわしてもいいぐらいだ』

『そ、そうか……』

 

 

マザーの当てになるのか当てにならないのか良く分からない言葉を聞きながらもルシアはその感覚を研ぎ澄まし今自分たちがいる場所から反対側、六祈将軍オラシオンセイス達がいる方向に向ける。無事は確認したもののまだ戦闘中であったはず。もし危険なようなら助けに向かわなければならない。だがルシアがそれを感じ取るよりも早く

 

 

「なるほど……どうやら甘く見てたのはオレの方だったみてェだな。危うく『死んじまう』ところだったぜ」

 

 

どこか楽しげな、そして狂気を孕んだ声がルシアに向かって掛けられる。瞬間、ルシアはその場から飛び跳ね大きく距離を取りながら声の主、ハードナーと向かい合う。だがその瞳は見開かれたまま。あり得ないような事態を前にしたことによるもの。その証拠に先程まで自信満々であったマザーでさえ言葉を失い黙りこんでしまっている。

 

 

「どうした、そんな幽霊を見ちまったような顔しやがって……まさかあの程度でオレが死んだとでも思ってやがったのか?」

「…………」

 

 

嘲笑うかのような表情を見せながらもハードナーの瞳は笑ってはいない。先程までの相手を侮っているかのような空気も何も消え去ってしまっている。ルシアはただそんなハードナーは姿を無言で見つめているだけ。だがその表情には明らかに焦りがあった。それは

 

 

(こいつ……何でこんなに余裕があるんだ……?)

 

 

ハードナーが全く自分を恐れる様子をみせていないことにあった。ルシアは改めてハードナーの状態を確認する。全くの無傷。傷一つ負っていない先程までと変わらない姿。だがそれ自体に驚きはない。再生の力を持つアナスタシス。それをハードナーが持っていることを知っていたからこそ。致命傷であっても瞬時に再生するほどの力。それがあれば確かに先の攻撃を食らっても耐えることができるだろう。事実それを計算に入れたうえでルシアは攻撃した。だがルシアにとって先の攻撃はハードナーを戦闘不能にするために行ったものではなかった。

 

 

『ハードナーの心を折ること』

 

 

それがその本当の理由。ネオ・デカログスの圧倒的な力を目の当たりにさせることでハードナーの戦う意志を奪うこと。それだけの力が先の攻撃にはあったはず。防御も回避も不可能。剣で戦うハードナーではルシアに近づくことすらできない。いわば詰みに近い状況。いかに再生の力を持ったハードナーとはいえ絶望を悟らざるを得ない程の戦力差。にも関わらずハードナーには微塵の恐れもない。アナスタシスの力が無限だと思い込んでいるにしてもあり得ないような自信。だがその正体とでも言うべきものをルシアは捉える。それはハードナーの胸元で輝きを放っている存在、アナスタシス。そこから先程までは感じなかった凄まじい力の奔流が満ちている。まるでマザーに匹敵、いやそれを凌駕しかねない未知の力。知らず息を飲みながらもルシアは自らの中に生まれつつある恐れを振り払うかのように再びネオ・デカログスを構える。同時にその姿が大きく変わる。

 

 

『闇の双竜剣テネブラリス・ブルー=クリムソン』

 

 

炎と氷の属性を持つ二刀剣。その力はかつてのデカログスとは比べ物にならないもの。その片方、氷の剣を持ちながらルシアは力を振るう。

 

 

「はあっ!」

 

 

ルシアの咆哮に呼応するように刀身からこの世の物とは思えないような冷気が溢れだし、ハードナーに向かって襲いかかって行く。アイスサンドと呼ばれる遠隔攻撃。相手を氷漬けにすることで動きを奪う力。そしてネオ・デカログスとなった今の攻撃はかつてジェロが見せた氷の息吹に匹敵するほどのもの。それを示すかのようにハードナーの周囲の世界が全て氷漬けになっていく。草も、岩も、大地も、空気さえも白銀の世界に変えながら氷の力が全てを覆い尽くさんとする。例え魔導士であったとしても防ぐことができない規模の攻撃。だが

 

 

「残念だが……オレ様には何も通用しねェ」

 

 

それはハードナーの宣言によって木っ端微塵に打ち砕かれる。ハードナーがその右手を晒した瞬間、あり得ないようなことが起こる。今にもハードナーを飲みこまんとした冷気の力が動きを止めてしまう。いや、それだけではない。その力の流れがまるで逆流するかのように無効化され消え去っていく。凍らされていた周囲も既に元の姿に戻りつつある。その全てがルシアの手にしているネオ・デカログスに向かって戻って行く。ルシアは考えもしなかった事態に驚愕しながらも何が起こったのか分からず混乱するしかない。ただ分かること。それは先の闇の真空剣テネブラリス・メルフォースも恐らくはこの力によってハードナーは無効化したのだということ。

 

 

「驚いたようだな……これがオレのシンクレア、アナスタシスの力だ」

「…………アナスタシス。じゃあそれも再生の力なのか……?」

「ほう、オレのシンクレアの能力も知ってるってわけか? だがそれだけじゃねえさ。確かにアナスタシスの力は再生、オレ自身を不死身にする力だ。だがそれはその一部に過ぎねえ……アナスタシスにはさらにその上の力がある」

「上の力……?」

「そう……それが『巻き戻し』だ」

 

 

狂気を秘めた笑みを見せながらもハードナーは左腕に据えられたマシンガンを自らの手でちぎり取る。もはやそれが必要ないのだと告げるかのように。いきなりの気が触れたと思えるようなハードナーの行動にルシアは圧倒されながらもその光景に目を奪われる。そこには失われたはずの左腕があった。いや、『再生』されていた。

 

それはハードナーの戒め。過去の事故によって奪われた全てを象徴する傷跡。治すことができるにも関わらずあえてそれをしなかったのは自らを戒めるためのもの。だがこの瞬間、それは解き放たれた。目の前のルシア、その強さが自らの全力を出すに相応しいと認めた証。そして再生を司るシンクレア『アナスタシス』の真の力を解放するためのもの。

 

 

ルシアが動くよりも早く見えない力が全てを包み込んだ。

 

 

アナスタシスがまばゆい光を放った同時に凄まじい振動が巻き起こる。それは地面から起こっているもの。まるで先のルシアの攻撃の焼き回し。だが違うことあった。それはルシアの一撃によって生まれた崖が再び元の大地に戻らんとしていること。吹き飛ばされたはずの土が、岩が、あらゆるものが元に戻ろうとするかのように動きだし形を為していく。だがそれだけではない。崩壊しかけていたアルバトロスさえも再生されていく。いや、元の姿に戻って行く。まるで映像が『巻き戻されていく』かのように。その光景に、力の流れによってようやくルシアは気づく。ハードナーが一体何をしているのかを。

 

 

「『時間を巻き戻す』……それがアナスタシスの真の力だ。どんなDBも、魔法もオレには通用しねえ。力を使う前に巻き戻しちまえばいいんだからな……これがオレが無敵の戦士と呼ばれる理由だ。光栄に思えよ、小僧。これを全力で見せるのはお前が初めてだ」

 

 

『時間逆行』

 

 

それがアナスタシスの真の力。ルシアは自らの身体や物質の再生こそがアナスタシスの能力だと思っていた。だがそれは大きな間違い。それはその力の一部に過ぎない。時間を巻き戻すことこそがその本質。その最も基本的で扱いやすいのが自身の肉体の再生。正確には受けた傷を無傷であった時間まで巻き戻すこと。だが今ハードナーが行っていることはその比ではない。見えない力が包みこんでいる範囲。その全ての時間の流れをハードナーは意のままに巻き戻すことができる。それが先の攻撃の無効化。発生した効果や能力を発動する前まで巻き戻しなかったことにする力。まさにDBの母たるシンクレアに相応しい能力。だがそれはハードナーとアナスタシスだからこそ辿り着ける頂きであり極み。

 

 

『一心同体』

 

 

それがDBを極めるために絶対不可欠の要素。使い手とDBが通じ合う感覚。それを今、ハードナーとアナスタシスは成し遂げている。

 

 

『過去をやり直したい』

 

 

それがハードナーの根本にある感情。愛する妻と娘を失ってしまった過去を無かったことにしたい。取り戻したい。決して消えることのない傷とそれをなかったことにしたい想い。それとアナスタシスの力である時間逆行はまさにこれ以上にない程に合致している。だからこそアナスタシスは自らの主にハードナーを選んだ。自らの司る力と同じ願いを持ち、同時に全てを消し去らんとする矛盾した願いを持つ処刑人。それがハードナーの力。

 

 

(時間を巻き戻す……!? な、何だよそれ!? じゃあDBの力は全部通用しねえってことか……!?)

 

 

戦慄しながらもルシアは咄嗟に自らが持つDBの力を使わんとするもその全てが使えない。いや、正確には使おうとしてもその全てが巻き戻されてしまう。ネオ・デカログスも、イリュージョンも、ワープロードもその能力を発揮できない。今この空間はアナスタシスによって支配されている。そこにいる限り全ての力は封じられてしまう。あり得ない事態にルシアの顔に初めて焦りが浮かぶ。もはや表情を取りつくろっている余裕すらなくなったことを示すもの。

 

 

「だが安心しな。この力は生き物には効果がねェ。あればてめえを巻き戻して消滅させることもできたんだが……ま、そう何でも上手くはいかねェってことだな」

 

 

高らかに笑い声を上げながらハードナーはついに自らの剣の間合いにまでルシアを追いこむ。それを前にしながらルシアもまた意識を切り替えながら自らの剣を持ちハードナーと向かい合う。ルシアは己を鼓舞する。確かに今、自分は全ての能力を封じられてしまっている。ネオ・デカログスによる力も、イリュージョンによる幻影も、ワープロードによる瞬間移動も使えない。だがそれでもまだ手がないわけではない。

 

 

「つまり……オレを殺すには剣を使うしかねェってことだ」

 

 

ハードナーがまるでルシアの思考を読むかのようなタイミングで自らの弱点を吐露する。剣でしか自分は倒せないと。つまり物理攻撃でしかハードナーには届かない。それ以外の力はアナスタシスの極み、『巻き戻し』によって無効化されてしまう。単純な、それでも絶対の真理。

 

先に動いたのははたしてどちらだったのか。それが分からない程の刹那、ルシアとハードナーは動き出す。共にその手に愛刀を手にしながら。二人の間に距離が一瞬で零になる。瞬きも許されない程の動きと剣閃。それが合わさった瞬間

 

 

お互いの剣の衝撃が大地を揺るがした――――

 

 

その威力によって両者の足元はめり込み、剣は摩擦によって火花を散らす。擦れ合う金属音だけが辺りを支配する中、ルシアとハードナーは睨みあいながらも互いの力量を一瞬で感じ取る。それは奇しくも同じこと。互角。こと剣の腕は目の前の相手が五分の力を持つことを両者は見切る。

 

 

「カハハ! 本当にやるじゃねえか、小僧! このオレ様と剣で互角とはな!」

「…………」

 

 

鍔迫り合いをしながらも楽しげなハードナーとは対照的にルシアは無言のまま。それは目の前のハードナーの剣の腕を見誤っていたからこそ。今のルシアの剣技はかつてのキング、ゲイルに勝るとも劣らないもの。剣聖シバの幻と十年以上修行してきた成果。だが目の前のハードナーもそれに匹敵する腕を持っている。まさに王に相応しい力、アナスタシスに頼っているだけではないことを示す事実。だがまだ戦況は五分。ルシアはそう己を奮い立たせ剣を振るわんとする。だが

 

 

「けどここまでだ……オレを剣で殺せる奴はこの世にはいねェ」

 

 

ハードナーの絶対とも言える宣告によって戦況は一気に覆る。

 

 

「なっ――――!?」

 

 

ルシアはただ声を上げることしかできない。今、自分に何が起こったのか分からない。分かるのはただ自分の視界が鮮血に染まってしまっているということだけ。同時に痛みがルシアを襲う。自らの右腕からの痛み、まるで剣によって切り裂かれたかのような痛みと出血が起こる。

 

 

『っ!? アキっ!?』

 

 

あり得ない、理解できない事態を前にしたことでマザーが悲鳴にも似た声を上げるもそれによってルシアは我を取り戻し剣を弾きながらハードナーから距離を取らんとする。だがあえてそれを追うこともなくハードナーは不敵な笑みを見せながらもルシアの右腕を見つめ続けている。だがルシアは理解することができない事態に混乱するしかない。自分はハードナーの剣に斬られてはいない。ましてや触れてすらいない。何よりも今自分は甲冑を着ている。にも関わらず右腕には切傷が、出血がある。不可思議な状況。

 

 

「どうやら驚いてくれたみてェだな。これがオレの剣、処刑剣『エクゼキューショナーズ・ソード』の力。剣を合わせただけで相手を切り裂ける魔剣さ」

 

 

ハードナーはそのまま自らの手のある魔剣、エクゼキューショナーズ・ソードを見せつける。その剣と剣を合わせた者を切り裂くという特殊能力を持った代物。だがそれはハードナーだからこそ扱える物。何故なら

 

 

「だがこいつは魔剣ってよりは呪われた剣でな。相手だけでなく自分も傷つけちまう。ほらな、てめえと同じように右腕が斬れちまってるだろ? 悪趣味なことを考えた奴らもいるもんだぜ」

 

 

面白い小話を聞かせるかのようにハードナーはその右腕を晒す。そこにはルシアと全く同じ傷を負ってしまっている右腕があった。それがエクゼキューショナーズ・ソードの呪われた力。相手だけでなく自分すらも傷つけてしまう狂気の剣。かつて罪人を捌く際に処刑人にもその痛みを負わせるべきだという狂った信仰から生まれた凶剣。この剣を扱う者は相手を直接斬る必要は無い。ただ耐えるだけ。故にこの剣に剣先は無い。何故なら最後に倒れ伏した罪人の首を跳ねることだけがこの処刑剣の役目なのだから。だがその常識を覆すことができる担い手がここにいる。

 

 

「しかしこいつは中々オレと相性がいいのさ。もう分かっただろう? オレにはアナスタシスの再生がある。処刑されるのはお前だけってことだ、小僧」

 

 

『再生』という力を持つ処刑人。彼がこの呪われた剣を持った瞬間、それはまさに無敵の魔剣と化す。

 

 

「――――っ!!」

「無駄だ! オレからは逃げられはしねえ! このまま大人しく首を落とされな!」

 

 

ルシアは己が逃れられない状況に、罠に陥ったことに気づき、その場を離脱せんとするもそれを見通していたかのように凄まじい速度でハードナーが間合いを詰め剣を振るってくる。その速度を躱すことができずルシアはネオ・デカログスでそれを受けるしかない。だがそれはさらなる窮地へとルシアを追いこむ。

 

 

「ぐっ……!!」

 

 

新たに胸にできた傷によってルシアの顔が苦痛に歪む。ハードナーの剣を防御してしまった代償。その証拠にハードナーの胸元もまたルシアと同じように鮮血に染まっている。だがそれは一瞬。次の瞬間にはハードナーはアナスタシスの力によって再生し、無傷のまま再びルシアへと襲いかかってくる。だがそれを前にしながらもルシアには打つ手がない。相手の剣を避けようにもハードナーの剣の腕は自分に匹敵するもの。それを全て躱しながら戦うことなど不可能。剣で受けなければその瞬間、首を落とされてしまう。だが防御したとしても処刑剣の能力によって傷を負ってしまう。まさに絶体絶命。今までの戦いで受けたことのない傷の痛みが、出血がルシアの平常心を奪って行く。隙を見つけようにもハードナーは未だに『巻き戻し』の力を解除してはいない。DBの力を使うことはできない。できるのは剣で戦うことだけ。しかもそれすらも全て通用しない。完全な袋小路。このままではいけない。何とか活路を見つけ出さなくてはいけない。

 

 

「はあああああっ!!」

 

 

ルシアは渾身の力でハードナーの剣の一閃を弾き飛ばし斬り込んでいく。その攻防によって新たな傷を負うもののそれを振り切りながらルシアは剣を振るう。狙うのはハードナーの胸にあるアナスタシス。それを斬り飛ばすことで勝機を掴まんとするもの。だがそれは

 

 

『焦るでない、アキ! それは罠だ!!』

 

 

マザーの絶叫とも言える声でかき消されてしまう。ルシアはその声で咄嗟に冷静さを取り戻すも動きを止めることができない。ルシアのシンクレアを狙った剣はあろうことかハードナーの腕によって止められる。その一閃によってハードナーの左腕が斬り飛ばされるも全く意に介することなくハードナーの剣がルシアを襲う。今までの攻防では見られなかった確実にルシアの首を狙った一撃。自らの負傷を恐れることなく戦うことができる、狂気にも近い精神をもったハードナーだからこそできる捨て身の攻撃。

 

 

「くっ!!」

 

 

その断頭台の一撃をルシアは身体を捻り首の皮一枚のところでは回避する。だがその勢いを殺し切ることができずそのまま地面へと転げ落ち、倒れ込んでしまう。しかしそれは九死に一生を得たもの。もしマザーの声がなければそのまま首を落とされてしまっていただろう。ルシアは何とか剣を支え代わりにしながら立ち上がろうとするも既に身体は満身創痍。度重なる傷による出血によって足元はふらつき、意識も朦朧としている程。

 

 

『……!! ア、アキ、しっかりせんか! このままでは嬲り殺しにされてしまうぞ……!』

 

 

マザーは必死にルシアへと話しかけるも既にルシアにはそれに応える余力すら残っていない。だがマザーもただ黙って自らの主がやられているのを見ていたわけではない。その証拠にこれまでに何度もマザーは自らの意志で空間消滅を使おうとしていた。だがその全てを無効化、巻き戻されてしまっている。

 

 

(まさかここまでとは……我の力よりも奴らの力の方が上回っているということか……!)

 

 

マザーは己の見通しの甘さに後悔するしかない。同じシンクレアを持つ者同士の戦い。いかに再生の力を持つアナスタシスが相手だとしてもルシアが後れを取ることはないと考えていたがそれは大きな間違いだったのだと。マザーとアナスタシス。そこに大きな力の差はない。むしろ力の強さで言えばマザーの方に分があるだろう。だがそれすらも覆せるのが使い手の力。シンクレアの極みとでもいえる力。その領域にハードナーとアナスタシスは到達している。それこそがエンドレスの求めている存在。かつてシバ・ローゼス、初代レイヴマスターという使い手の力によって敗れてしまったからこそ追い求めた魔石を操る力を持つ者。

 

 

『どうやらここまでのようですね……これで分かったでしょう、シンクレアを統べるに相応しいのがどちらであるかを』

『く………!』

 

 

そんなマザーの姿を見て取ったかのように今まで全くしゃべることのなかったアナスタシスが告げる。もはや勝負は決したと。自らとハードナーの力を示しながら。それを前にしてマザーは何も言い返すことができない。ただあるのは恐怖だけ。敗れることではなく、ルシアを失ってしまうかもしれないという恐怖。もしDBが使えるのならワープロードで脱出させることもできるがこの状況では不可能。もはや逃げ場は無い。今のハードナー達から逃れる術は無い。万事休す。どうしようもない絶望がマザーを包み込んでいく。

 

 

「ハアッ……ハアッ……!」

 

 

二つのシンクレアのやり取りが聞こえているのかどうかも定かではない状況でルシアは何とか立ち上がる。夥しい出血による痛みと消耗によってもはや戦うこともできないではないかと思える姿。

 

 

「まったく……まだやるつもりかよ。もう分かっただろ。てめえじゃオレには勝てねェ。さっさとシンクレアを使ったらどうだ? それともシンクレアの力も使えねェってことか?」

「…………」

 

 

ハードナーの挑発に対してもルシアは何も答えることは無い。ただその視線は自らの胸元に向けられていた。息が上がり、虚ろな瞳になりながらもルシアはただマザーを見つめている。まるで何かを迷っているかのように。マザーもまたそんなルシアの姿に目を奪われ声をかけることができない。ハードナーは何の反応も示さないルシアに呆れたかのように大きな溜息を吐きながらもその剣を手にしながら近づいて行く。さながら死刑の執行人のように。既に相手は満身創痍。次の攻防で確実に首を落とす。その決意をもって。

 

 

「ここまでだ……安心しな。その使えねェシンクレアもオレがもらってやるよ」

 

 

ハードナーは笑いながら告げる。この勝負の決着をつける言葉を。自らの破滅を意味する言葉を。

 

 

瞬間、空気が凍りついた。

 

 

『――――――』

 

 

アナスタシスは知らず息を飲んでいた。声を上げることも忘れてしまう程のその空気に飲まれていた。それはDBマスターとしての力。いうならばDBを扱う者の力を示すもの。それが今この瞬間、全てを支配している。だがそれは自らの主であるハードナーの物ではない。先程までこの場を支配していたハードナーの力は既に霧散してしまっていた。あるのはそう、目の前の使い手、ルシア・レアグローブの力だけ。だがその力の強さにシンクレアであるはずのアナスタシスですら恐怖する。いわば本能によるもの。アナスタシスは悟る。今、自分たちが敵対している相手が何者であるかを。

 

 

『ア、 アキ……?』

 

 

マザーはただ恐る恐る自らの主へと話しかける。だが知らずマザーは高揚していた。既に満身創痍、絶体絶命の状況。だがそれすらも些事だと思えるほどマザーはその姿に力に魅せられていた。同時にルシアの感情が流れ込んでくる。それは怒り。それもこれまで感じたことのない程のもの。かつてエリーの危機を前にしてみせたものを凌駕するほどの怒り。

 

 

「……調子にのってんじゃねえぞ、てめえ……」

 

 

ゆらりと、まるで幽鬼のようにルシアは顔を上げながらハードナーへと視線を向ける。身体は変わらず傷だらけ。いつ倒れてもおかしくない重傷。だがその瞳からはこれまでにはなかった光がある。様々なしがらみによって縛られていた全てがどうでもいいといわんばかりの意志を秘めた眼光。

 

 

今のルシアには何もなかった。痛みによる疲労も、苦痛も、仲間のことも、世界のことも、自分のことも。ただあるのは怒りだけ。

 

 

マザーを馬鹿にされたこと。ただそれだけ。何のことは無い、いつも自分がしている行為。だがそれが我慢ならない。自分がそれをするのは構わない。でも自分以外の誰かがそれをするのは許せない。そんな子供のような感情だけ。

 

 

 

ルシアはその胸に掛けている鎖を引きちぎり、マザーを力強く握りしめながら叫ぶ。

 

 

 

「こいつは俺の物だ……誰にも渡さねえ!!」

 

 

自分の物を誰にも渡さない。DBマスターとしての、そしてアキとしての宣言。

 

 

 

今、五十年の時を超えかつて王国戦争で世界を震撼させたシンクレアの力が解き放たれる時が来た――――

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