ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第五十三話 「終戦」

(ふう……何とかなったか……)

 

 

大きな溜息と共にお馴染みの心の声を漏らしながらもルシアは手にある時空の剣を解除する。同時にそれによって起こっていた時空の歪みと崩壊が次第に収まって行く。それは並行世界の意志、ある意味世界の修正力によるもの。もっとも力の上では現行世界の修正力、すなわちエンドレスの方が上なのだが完全な次元崩壊でなかったために大事には至らずに済んだ形。それでも長時間時空の剣を使い続ければその限りではないためルシアはとりあえず安堵するしかない。だがまだルシアは気を抜くわけにはいかなかった。大きな問題が二つ残っているのだから。

 

ルシアは満身創痍の身体に鞭打ちながらも何とかその場所に辿り着き、しゃがみこみながら一つのDBを手にする。それはただのDBではない。アナスタシス。マザーと同じ五つのシンクレアの内の一つ。先のルシアの最後の剣の一振りによって切り払われ地面へと落下したもの。それを手にするということはこのDCとBGの戦争、そしてルシアとハードナーのシンクレアを賭けた戦いの決着を意味するもの。にもかかわらずルシアはどこかげんなりした顔で自らの手にあるアナスタシスを見つめることしかできない。

 

 

(うーん……どうしたもんかな……っていうかとうとう俺、シンクレアを手に入れちまったんだな……)

 

 

本物のルシアであったならその勝利とシンクレアの入手を喜ぶところなのだがあいにく今のルシアは事情が大きく異なる。何故ならシンクレアを手に入れることはルシアが最も避けなければならない事態。五つのシンクレアを全て集めることはエンドレスの完成を、世界の終焉を意味するのだから。だがルシアは二つ目のシンクレアを手にしてしまった。しかも原作よりも早くBGを壊滅させるというおまけつきで。それによってどんな影響が起きるか予想できない。しかしそれに関してはもはやルシアは完全にあきらめていた。今回の戦いはいわばエリーとハルを守るための戦い。決して避けることができないものだったのだから。故に問題はたったひとつ。それは

 

 

『あー……ごほんっ、ア、アナスタシスだっけ? この勝負は俺達の勝ちってことでいいんだよな?』

『…………』

 

 

自分の掌の上で黙りこんでしまっているアナスタシスをどうするか。それに尽きていた。

 

 

『見たか、これが我とアキの力だ! 散々好き勝手ぬかしおって……身の程をわきまえたか!』

『…………』

『……ふん。反論する気力もないか。情けない奴だ。そうは思わぬか、アキ?』

『お、お前な……』

 

 

まるで鬼の首を取ったかのように勝ち誇り上機嫌になっているマザーの姿にルシアは呆れ果てるしかない。負けてしまったアナスタシスを気遣うどころかさらに巻きしたてるような有様。本当に同じシンクレアなのかと思ってしまうほどのお子様ぶり。それを嗜めながらもルシアのどうしたものかと途方に暮れるしかない。慰めるにしてもどんな言葉をかけるべきか。そもそも何故自分が石に気を遣わなければならないのか。そんな根本的な疑問にあらためて直面した気分。

 

 

(何だこれ……俺、何でこんなに気を遣ってるわけ? というかまるで俺が悪いことしたみたいじゃねえか……)

 

 

ルシアは今更ながらに今自分が置かれている意味不明の状況に気づく。自分はハードナーとの戦いに勝っただけ。そしてそれはシンクレアを賭けた戦い(ルシアは欲しくなどないのだが)だったためアナスタシスを手にしただけ。何もおかしいところは無い。にもかかわらずこの居心地の悪さ、罪悪感は一体何なのか。その正体にようやくルシアは辿り着く。奇しくもそれは戦闘前に自分が放った言葉。力づくでシンクレアを奪い取るということ。DBの声を聞き取ることができるルシアにとってはそれはまさに強引にハードナーからアナスタシスを略奪、寝取る(?)ようなものだということに。そんな意味不明の事態にルシアが変な汗を流している中

 

 

「ま、まだだ……まだ終わっちゃいねェ……」

 

 

息も絶え絶えに、絞り出すような声を上げながら地面に倒れ伏していたはずのハードナーが立ち上がる。ルシアはそんなハードナーの姿に驚くしかない。ルシアは確かに最後の一撃を手加減した。だがそれはあくまでも死なない程度のもの。その傷の深さはルシアよりも深く、無理して動こうものなら本当に命を落としてしまいかねない程の重傷。既にアナスタシスを失っているハードナーは再生することもできない。傷はただ開く一方。不死身の処刑人の力はなくなってしまっている。だがそんなことなど関係ないといわんばかりにハードナーは自らの身体を省みることなくルシアへと向かってくる。

 

 

(こいつ……)

 

 

ルシアはただその姿に圧倒される。ハードナーの執念ともいえる力に。今のルシアには持つことができない人間の底力。それによってルシアは最後の瞬間にハードナーに後れを取ってしまった。だがもはやハードナーには戦う力は残ってはいない。立っているのもやっとの無様な姿。本当ならばそれに幕を下ろすのが戦士としてのルシアの務め。だがルシアはそれができない。人を殺すということがどうしてもルシアにはできない。

 

 

『どうした……さっさと引導を渡してやったらどうだ? 我が代わりに下してやってもよいのだぞ』

 

 

マザーがそんなルシアの内心を見抜いたかのようなタイミングで話しかけてくるもルシアはそれに応えることができない。それはマザーの言葉の意図を理解したからこそ。マザーが自分の代わりに引導を渡すということ。それはルシアにはできないだろうとマザーが理解しているからこその提案。しかしルシアはその命令を下すこともできない。自分の代わりにマザーにそれをやらせてしまっていいのか。だがこのまま放っておけばハードナーは自らの身体を酷使し命を落としてしまう。故に選択肢は二つに一つ。自分がやるか、マザーに任せるか。そしてついにルシアがその手にあるネオ・デカログスに力を込めんとした瞬間

 

 

「お止めください……! ハードナー様!」

 

 

そんな女性の声が響き渡りその場の全てを支配する。ハードナーはもちろん、ルシアも突然の乱入者に目を見開くことしかできない。そこには

 

 

「ルナール……?」

 

 

ルシアとの戦闘によって気を失っていたはずのルナールの姿があった。

 

 

「ハードナー様、それ以上動いてはいけません……そのままでは……!」

 

 

ルナールはそのまま息を切らせながらもハードナーの元へと近づいて行く。だがその速度は既に閃光ではない。ライトニングを失い、先の戦闘によって傷ついているルナールにはもはや戦闘能力は残ってはいない。それを理解していながらもルナールは迷うことなく自らの主であるハードナーの身を案じ駆ける。だがそれは

 

 

「……! ルナール、てめェオレの邪魔をする気か!?」

「いえ……ですが今はまず自分のお身体のことを考えてください。ハードナー様にもしものことがあれば私は……」

 

 

ハードナーの恫喝とも言える叫びによって拒絶されてしまう。もはやハードナーには何もなかった。アナスタシスも、配下である六つの盾シックスガードも、組織であったBGも。残っているのはただ己の命のみ。それすらも先の勝負によって奪われたも同然。かつてと全く同じ。十五年前の墜落事故によって全てを失ってしまったあの時と。

 

 

「……オレにはもう何もねェ……ただあの日が忘れてェんだ……だからエンドレスと一つにならなきゃいけなかった……忘却の王ならオレから全てを忘れさせてくれると……」

 

 

ハードナーは自分を支えようとしてくるルナールがまるで目に入っていないかのように振り払いながらルシアへと近づいて行く。ただ一つ。過去をやり直したい。忘れたい。そんな願いのために。

 

そのためにハードナーは求めた。シンクレアを。時空の杖を。魔導精霊力エーテリオンを。エンドレスを。だがそれは果たされなかった。もはや勝負は決している。そのことをハードナーは誰よりも理解していた。故に今のハードナーにあるのはたった一つのこと。

 

 

「もうこんな世界に用はねェ……こんな簡単なことに今更気づくなんて……そうだ、死ねばいい……死ねばオレはこの苦しみから解放されるんだああああああ!!」

 

 

自らの死。それが果たされれば全ての苦しみから解放される。そんな自決とも言える特攻をハードナーは残された力の全てを賭けてルシアへと駆ける。何の武器も持たない子供の駄々のようながむしゃらな拳。だがそれを振るうだけでハードナーの体からは夥しい出血が起こり、傷が開き始める。もはや死に体。それでも誰かによって殺されたい。解放されたい。そんな願いを

 

 

「うるせえよ……死にたきゃ自分で勝手に死ね」

 

 

ルシアはつまらなげにその拳をハードナーの腹に打ち込むことで打ち砕いた。

 

 

「ガハッ……!?」

『っ!? アキっ!?』

『――――!?』

 

 

ハードナーはそのままルシアの最後の一撃によって難なくその場から吹き飛ばされる。剣を持っていない左拳による一撃。だがそれは大男であるハードナーを軽々と吹き飛ばすほどの威力。満身創痍のハードナーにとっては致命傷となるもの。その光景にルナールは顔面を蒼白にしながらも悲鳴あげることすらできない。ただできるのは必死にハードナーに縋りつくだけ。ルシアの行動にマザーはもちろんアナスタシスも言葉を失ってしまう。

 

 

「ハードナー様!!  しっかりして下さい、ハードナー様!! あなたが死んでしまったら私は……」

 

 

ルナールは既に最悪の事態を悟りながらもただ子供のように泣きじゃくりながらハードナーの身体に縋りつくことしかできない。もはやそこにはBG副船長の姿はなかった。ただ親に縋りつきながら泣き続ける娘の姿。

 

 

「お父様……」

 

 

ぽつりと、嗚咽を漏らしながらもルナールはその言葉を口にする。それは十五年前。初めてルナールがハードナーと出会った時からの呼び方。そしてハードナーに亡くなった本当の娘がいたと知ってから決して口にすることがなかった言葉。今までの戒めが解かれたかのような感覚を覚えながらもルナールが大粒の涙と共に顔を挙げた瞬間

 

 

「……な、何だ……?」

 

 

まるで生き返ったかのようにハードナーが驚愕の声と共に身体を起こす。ルナールもまたそんな信じられない事態に目を奪われるだけ。当事者のハードナーの戸惑いはその比ではない。間違いなく先のルシアの拳によって致命傷を受けたはずだったのだから。だがその正体をハードナーはすぐに悟る。当然だ。何故ならそれは

 

 

「ハードナー様……傷が治って……?」

 

 

『再生』 アナスタシスの力に他ならなかったのだから。

 

 

それが先のルシアの拳の一撃の狙い。手に入れたアナスタシスの力によって自分ではなくハードナーを再生するという端から見れば信じられないような行為。

 

 

「ふざけやがって……小僧、てめえ情けでもかけたつもりか!? 止めを刺しやがれっ!!」

 

 

ハードナーは無傷になっている自分の体を忌々しく睨みながらルシアに向かって叫びをあげる。それはハードナーにとっては死よりも恥ずべきこと。敵に敗北し、あろうことかその敵によって命を救われるという戦士としての誇りを踏みにじられる行為。だが

 

 

「……何で俺がてめえの言うことを聞かなきゃなんねえんだ」

 

 

ルシアはどうでもよさげにハードナーを一瞥し、背中をみせながらその場を後にする。もはや用はないといわんばかりに。ハードナーは理解できない事態にその場から動くことすらできない。それはルシアの行動のせいでもあったがその背中から感じる重圧にもあった。向かってくるなら容赦はしない。そうはっきりと感じ取れる程の力。マザーに加えてアナスタシスまで手に入れたルシアの力は先の比ではない。マザーにすら敵わなかったハードナーがアナスタシスまで奪われた現状でルシアと戦うことなどできない。もはや戦いにすらならない。ハードナーは悟る。それが分かっているからこそルシアはどうでもよさげにこの場を去っていくのだと。ハードナーはただその後ろ姿を見つめ続けることしかできない。新生DC最高司令官である金髪の少年。自分の常識では理解できない存在。だがそれまでのハードナーであったなら狂気に囚われたままルシアに向かっていただろう。だが今、ハードナーはその場に留まっていた。

 

 

「ハードナー様……お身体の方は大丈夫なのですか……?」

 

 

ルナールの手がしっかりと自らの手を握っていたからこそ。ハードナーはその手を見ながらも奇妙な感覚に襲われていた。郷愁とでもいうべきもの。十五年前。全てを失い、当てもなく世界をさすらう中で闇の頂きであるアナスタシスを手に入れて間もない頃。偶然立ち寄った治安が悪い紛争地でであった小さな少女。

 

その手に不釣り合いな大きな銃を自分に向け、必死に生きようとしている少女。

 

本来ならその場で殺すのに何のためらいももつ必要のない光景。

 

だがそれを自分はしなかった。単なる気紛れに過ぎないものだったのかもしれない。もしかしたら知らず見たこともない死んだ娘にその姿を重ねてしまったのかもしれない。

 

 

『……面白れェガキだな。てめェ、名前は?』

『……? そんなものない』

 

 

少女は首をかしげながら自分の質問に正直に答えるだけ。銃を使って自分を脅している状況にも関わらずそれすら忘れてしまったかのように。それほどまでに自分の質問は虚を突いたものだったらしい。それが一層自分の興味を引く。ハードナーは今になってようやく気づく。

 

 

『名前もねェのか……いいぜ、気に入った。てめェは今日から『ルナール』だ』

 

 

それが自分の人生において最も大きな間違いだったのだと。死んだ娘につけるはずだった名前をあろうことか自分の命を狙って来た子供につける。そしてそれが自分とルナールの出会い。それから変わることなくそれはある。十五年間、ずっと。

 

 

ようやくハードナーは気づく。この十五年間で自分が得た物もあったことを。自分のことを父と慕ってくれるもう一人の娘がずっとすぐ傍にいたことに。

 

 

「…………ハ、くだらねェ……」

「……? ハードナー様……?」

 

 

ハードナーはそのままルナールを振り切るようにその場から歩き出す。まるでらしくないことを考えてしまったかのように言葉を吐き捨てながら。ルナールは何も理解できぬままそれでもハードナーの後を追って行く。それが当たり前だといわんばかりに。

 

 

ハードナーとルナール。二人の親子は歩き出す。全てを失いながらも十五年前と同じように。だがハードナーの歩く速度は心なしかルナールの歩幅に合わせるかのように緩やかなものだった―――――

 

 

 

 

『どういうつもりだアキ!? 何故敵を助けるような真似をした!?』

『うるせえな……別にいいだろ。大体敵は殺さなくてもいいって言ったのはてめえだろうが』

『ぐ……それとこれとは話が違うわ! あのまま奴が襲ってきたらどうする気だったのだ!?』

『その時はその時だ。第一今のハードナーなんて相手にもならねえだろうが。それとも俺が負けるとでも思ってたのかよ?』

『そ、そんな訳なかろう! 今の我と主がいれば四天魔王にも後れはとらん!』

『じゃあ問題ねえな。とっとと六祈将軍オラシオンセイス達のところに行くぞ。すっかり遅くなっちまったし……』

 

 

慣れた様子でマザーをなだめつつもルシアはすぐに六祈将軍オラシオンセイスがいるであろう場所に向かって移動をしようとする。ハードナーとの戦いが思ったよりも長引いてしまったことで内心焦りながら。だが向かうよりも今手に入れたアナスタシスの力でルカンが持つDBを自壊させればいいのだと気づきルシアが実行に移そうとした時

 

 

「おお! ルシアじゃないか! 無事みたいだね、心配したんだよ!」

 

 

そんな気の抜けるようなナルシストぶりを感じさせる声がルシアに向かってかけられる。ルシアは驚きながらも声の方向に向かって振り返る。そこには

 

 

「どうやらそっちも終わったみたいね。一安心ってところかしら?」

「御無事で何よりです、ルシア様」

「…………」

 

 

並んでこちらにむかって歩いてくる六祈将軍オラシオンセイス達の姿があった。ルシアはその雰囲気から既に戦闘が終わっているのだと悟る。だがルシアはそれよりも違うことによって驚いていた。それは

 

 

「ベリアル……? 何でお前がこんなところに?」

 

 

この場にいないはずのもう一人の六祈将軍オラシオンセイス、べリアルがさも当然のようにレイナ達共にいたことへの驚きだった。

 

 

「ガハハ! 随分な挨拶じゃねえか! オレ様がいちゃそんなに可笑しいか!? それよりも何だよそのザマは? ボロボロじゃねえか、そんなにハードナーとかいう奴は手強かったってことか?」

「うるせえよ……それよりもどういうことだ? 確かお前、今回の戦闘には間に合わないんじゃなかったのか?」

 

 

上機嫌に笑い声を上げながらべリアルはルシアに向かってからかいの言葉を浴びせかける。本来なら最高司令官に対する言葉遣いとは思えないようなものだが六祈将軍オラシオンセイスにそんなことを言っても無駄なことを悟っているルシアは溜息をつくだけ。とりあえず状況だけを状況を確認することにする。そしてルシアは感じ取る。ルカンのDBの気配が健在なことを。そしてそれが地中にあることに。

 

 

「それについては僕が説明するよ。べリアルはジ・アースの力でこの山脈までは移動してきてたらしいんだ。でも空にあるアルバトロスまでは移動できないでいたのさ」

「そんな中、ちょうど運よくアルバトロスが不時着して晴れて参戦できたってわけ。良かったわね、最後にいいところを持っていけて」

「何だ、せっかく助けてやったってのによォ。揃いも揃って死に掛けてやがったくせに」

「いえ……本当に助かりました。もしベリアル様が来て下さなければ私達は全滅していたでしょうから……」

 

 

どこか不満げなレイナとそれをからかっているベリアル、そんな二人の姿を見ながらもユリウス、ディープスノー、ジェガンは止めようとはしない。いつも通りの光景でもあるがそれ以上に本当にべリアルによって救われたからこそ。その内容も気になるところだがそれ以上にルシアの目を奪う光景がそこにはあった。それは

 

 

「ディープスノー……お前、その右腕……!?」

 

 

服によって隠しているもののディープスノーが右腕を失ってしまっている光景。だがそれだけではない。ジェガンはその両腕が、ユリウスは身体全体、レイナはその足に傷を負ってしまっている。六つの盾シックスガードと戦った代償。いかな六祈将軍オラシオンセイスといえども苦戦せざるを得なかった証だった。

 

 

「ご心配なく……既に止血は済んでいます。それにこれは私の失態。ルシア様が気になさる必要はありません」

 

 

ルシアの動揺を感じ取りながらもディープスノーは冷静に己の状況を伝える。そこには全く迷いはない。右腕を失ったにも関わらずそんなことは些事だといわんばかりの姿。だがそれは余計にルシアを焦らせるだけ。当たり前だ。唯の怪我ならまだしも身体の一部を失うほどの大けがを負ってしまっているのだから。だがすぐにルシアは思い出す。それは先のマザーの言葉。そしてそれを為し得る力が今のルシアにはある。

 

 

「……ディープスノー、傷痕をこっちにみせろ」

「……ルシア様? ですが……」

「いいから早くしろ」

 

 

ディープスノーはルシアが何を意図してそんなことを言っているのか分からず呆気にとられるしかないものの素直に命令に従うしかない。その晒された傷跡にルシアはもちろん他の六祈将軍オラシオンセイスの顔も歪む。だがそれを振り切るかのようにルシアがその手でディープスノーに触れた瞬間、それは起きた。

 

 

「っ!? これは……」

 

 

ディープスノー、そして六祈将軍オラシオンセイス達はその光景に言葉を失う。そこには先程までなかったはずの右腕がある。まるで一瞬で新しい腕が生えてきたかのように。傷一つない腕。それだけではない。身体に受けていた傷すらも全て消え去ってしまっている。それが再生を司るアナスタシスの力。どんな致命傷も瞬時に再生することができるシンクレアの能力だった。

 

 

「おお! 素晴らしいよルシア! これが新しい君の力なんだね……これ以上美しく強くなるなんて、君はなんて罪な男なんだ!」

「不死身ってことかよ……ますます化け物じみてきてんな……」

「ま、今に始まったことじゃないけどね……それにしても身体だけじゃなくて服も直せるなんて何でもありね。今度破れたドレス持ってこようかしら……」

「申し訳ありません、ルシア様……お手を煩わせてしまいました」

 

 

(こ、こいつら……)

 

 

無傷であったベリアルを除く六祈将軍オラシオンセイス達を全員治療し終えたルシアは胸をなでおろしかけるもその騒がしさに頭を痛めるしかない。まともに礼を述べてくるのはディープスノーだけ。他の連中は自分のことをまるで尊敬する気配もなくあろうことか化け物扱い。治すんじゃなかったと本気で思ってしまうほど。だが心のどこかでルシアも納得していた。自分の力が冗談抜きで化け物じみてきていることに。もしかした自分はもうとっくの昔に人間をやめてしまっているのではないか。

 

 

「……ったく、おしゃべりはそこまでだ。さっさと戻るぞ」

 

 

そんな今更のことを考えながらもルシアはその手にワープロードを持つ。瞬間移動によって本部へと帰還するために。もちろん六祈将軍オラシオンセイス達も伴って。だがいつまでたっても六祈将軍オラシオンセイス達はルシアに向かって近づいてこない。ただ何かに気づいたようにルシアを見つめているだけ。

 

 

「……? 何だ、さっさとしろ。置いて行かれてえのか?」

 

 

不可思議な行動をしている六祈将軍オラシオンセイスに首をかしげながらもルシアは自分に近づくように促す。そんなルシアに六祈将軍オラシオンセイスを代表してレイナはどこか呆れ気味にその言葉を告げる。

 

 

「帰るのはいいんだけど……ルシア、あなたさっさと自分の傷を治したら? それとも痛みに耐える趣味でもあるのかしら?」

 

「…………え?」

 

 

ルシアは言われて改めて自分の身体の状態に気づく。そこには六祈将軍オラシオンセイスたちに勝るとも劣らない、もしかしたら一番重傷かもしれない程傷を負ってしまっているかもしれない自分の身体があった。にも関わらず他人ばかりを治療していたという間抜けっぷり。恐らくハードナーが一度も使ったことのないであろう用途。

 

ルシアは無言で自分の体を再生し、そのまま一言も発することなく本部へと帰還したのだった―――――

 

 

 

 

「はあ……散々な一日だったぜ……」

 

 

簡単な事後処理と六祈将軍オラシオンセイスに解散の指示を出した後、ルシアはようやく自らの部屋に戻り机に突っ伏していた。これまでで一番長い一日がようやく終わったと。もう半年ぐらいは働かなくても、動かなくてもいいんじゃないかと思ってしまうほどの疲れっぷり。だが時期で言えばまだ原作の第二部が始まろうかというところ。いわば折り返し地点。本番はこれからといっても過言ではない。そんな現状を考えながらもすぐにルシアはそれをあきらめる。もう今日はこれ以上厄介事は御免だった。だがそんな中、ふとルシアは気づく。それは自分の胸元にいるマザー。それがずっと黙りこんだままだった。

 

 

「……? おい、どうかしたのか、マザー?」

 

 

だが話しかけてもマザーは何かを迷っているかのように点滅するだけ。てっきり今回の戦闘に関する愚痴やら何やらを延々聞かされる羽目になるとばかり思っていたルシアにとっては肩透かしを食らったようなもの。そしてしばらくの沈黙の後

 

 

『う、うむ……そういえばアキ、さっきハードナーとの戦いの時のお主の言葉なのだが……その……あれは』

 

 

どこか意を決したようにマザーがルシアに向かってずっと気になっていた、気にしていた言葉の意味を尋ねようとするもマザーはすぐにそれを止めてしまう。それはルシアがまるで金縛りにあってしまったように固まってしまっていたから。理解できないものを目の当たりにしたかのように。

 

 

『アキ……? 一体何をそんなに驚いて……』

 

 

マザーは自らの主の驚愕によって固まってしまった間抜け面を見ながらも同じようにその視線の先に目を向ける。そして同時にマザーも固まってしまう。まるで鏡映しのように。そこには

 

 

黒髪に和服姿の美少女が三つ指をついてお辞儀をしているという幻があった。

 

 

ルシアは何が起こっているのか分からず機能停止をしたまま。

 

 

マザーは何が起こっているのか分かっているがゆえに機能停止する。

 

 

『……ルシア様、いえアキ様。あなた様の自らを省みない御心、感服いたしました』

 

 

少女は頭を下げたまま己が心を口にする。それは忠誠の証。ルシアを新たな自分の主に相応しい担い手であると認めたが故の言葉。

 

 

かつての主であるハードナーの命を奪うことなく、それどころかその命を救い、心の傷も癒すという自分ではできなかったことを果たしてくれたこと。(偶然)

 

 

自らの再生ではなく、他人の再生を優先するというあり得ない心のあり方。(忘れていただけ)

 

 

その全てによって少女はルシアに忠誠を誓う。

 

 

 

『……シンクレアの一つ、アナスタシスです。不束者ですがどうかよろしくお願いします』

 

 

 

それがルシアのDBに新たな仲間(?)が加わった瞬間。そして新たな頭痛の種が増えた瞬間だった―――――

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