ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第五十九話 「誤算」

「久しぶりだな、ハル……いやレイヴマスター……」

 

 

感情を感じさせない重苦しさを持った言葉をかけながら金髪の悪魔、ルシアはようやくその歩みを止める。ハル達はただ呆然とルシアに目を奪われていた。いや、まるで金縛りにあってしまったかのように身動きが取れないでいた。その場の全てがルシアによって支配されている。そう感じてしまうほどのカリスマとも言える見えない力。そんな中、何とか我を取り戻しながらハルが改めてルシアに向かって視線を向ける。

 

黄金の金髪。顔に残る大きな傷跡。身に纏っている黒い甲冑とマント。

 

見間違うはずのない、間違いなく半年前ハルが再会したアキと一致する容姿。だがそれが信じられないかのようにハルは一言も発することなくその場に立ち尽くすことしかできない。

 

 

「どうした、まるで幽霊見たような顔しやがって……もう俺の顔を忘れちまったのか。まだ半年しか経ってないはずだぜ」

「っ! ア、アキ……やっぱりアキなのか!?」

「俺以外の誰に見えるってんだ? そういうお前は変わってないみてえだな、ハル」

 

 

そんなハルの姿を嘲笑うかのように笑みを見せながらルシアが口を開く。まるで一語一句を噛みしめるかのようにゆっくりと、それでも確かな声で。ようやく我を取り戻したかのようにハルの表情に変化が生じる。それは驚きと戸惑いが入り混じったもの。当たり前だ。目の前に今までずっと探していた、家族と言ってもおかしくない存在がいるのだから。半年前に再会したとはいえ面と向かってしゃべるのはおよそ四年ぶり。お互いに成長していることでそれがより一層深く感じられながらもハルは意を決したように口を開く。

 

 

「そ、そうだ……アキ、何でお前がこんなところにいるんだ!? それに今までどこに……ずっと探してたんだぞ!」

「そうか……そいつは悪かったな。でももうその必要はねえ。こうしてわざわざ挨拶しに来てやったんだからな……」

「あ、挨拶……?」

 

 

ルシアが何を言っているのか分からないままハルはただ戸惑うことしかできない。挨拶というルシアが口にした言葉。その意味がハルには分からない。だがようやくハルはどこか夢心地だった感覚から抜け出し、次第に今の状況を思い出す。今、自分がどこにいるのか。そして今、自分がどんな状況だったのか。直前に見ていた世界地図と五つの黒い光。そしてその内の二つの光がここシンフォニアにあった。そう、それはつまり

 

 

「ああ。改めて挨拶させてもらうぜ。新生DC最高司令官『ルシア・レアグローブ』それが今の俺の本当の名前だ」

 

 

目の前にいるアキ、ルシア・レアグローブが間違いなくシンクレアを二つ持っているということ。

 

 

「ルシア……? な、何だよそれ……じゃあアキってのは本当の名前じゃなかったのかよ……?」

「そういうことだ。名前はともかく姓の方は名乗ると面倒なことになるからな……今のお前ならその意味が分かるんじゃねえか?」

「っ!? ま、待てよ……アキ……今お前確か、レアグローブって……」

「聞こえなかったか? ルシア・レアグローブ……それが俺の本当の名前だ。お前にも同じように本当の名前があるだろ? ハル・グローリー……いや、ハル・シンフォニア・グローリー七世」

 

 

次々に明かされていく情報によってハルは翻弄されるしかない。シンクレアを二つ持っているかもしれないということすら頭の隅に追いやられてしまうほどの衝撃がそこにはある。

 

『レアグローブ』

 

それはハルにとっては切っても切れない、正確にはハルの中に流れるシンフォニアの血と深い因縁がある存在。五十年前の王国戦争で互いに争い合った王族。そしてハルの父であるゲイル・グローリーとキングであるゲイル・レアグローブもまたまるで運命のように互いに殺し合った。時の交わる日に導かれるように。まさに呪われた血の宿命。そのレアグローブの血を目の前のアキが受け継いでいる。そんな信じられない言葉にハルは顔をこわばらせ、汗を滲ませるしかない。

 

 

「……ムジカ」

「ああ、分かってる……お前こそ油断してんじゃねえぞ」

 

 

ハルとルシアに聞こえない小さな声でムジカとレットは互いに声を掛け合う。ムジカの手には銀のドクロが、レットの手は既に拳へと変わっている。既に臨戦態勢。いつルシアが動いても対応できる状態。相手どう動くか分からない、ハルと面識がある人物であるためいきなり動くことは無いものの二人は決して油断することなく警戒する。それはルシアの正体が明かされたこともあったがそれ以上にルシアが纏っている空気、重圧によるもの。明らかに常軌を逸したレベル。しかもどうやらルシアは特に意識をしてそれを放っているわけではない。それはつまりその場にいるだけで場を支配してしまえるほどの強さを持っている証。レットはその感覚がまさに先代のキングそのものであることに息を飲む。もしかすればそれ以上の物かもしれないと感じるほど。ムジカもそれを肌で感じ取っていた。

 

 

 

「レアグローブ……じゃあアキ、お前の父親って……やっぱり……」

「ああ、ゲイル・レアグローブ……キングが俺の親父だ。もっともキングは息子である俺が生きてることは知らなかったみてえだがな……」

「…………」

 

 

だが戦う姿勢を見せている二人など眼中にないのだといわんばかりにルシアは言葉を続ける。自らがレアグローブの血を継ぐ、キングの血を受け継ぐ者であると。

 

 

「……? どうした、そんなに落ち込んじまって……そんなにキングの息子が生きてたことがショックだったか?」

「…………違う。何となくだけど……アキがきっとキングの息子なんだってことは半年前から分かってたんだ……」

 

 

ハルはその情報を聞きながらも驚くことなくそのまま表情を曇らせそのまま俯いてしまう。予想外の反応だったためかルシアもそのまま呆気にとられているかのよう。だがハルは驚いていないわけはない。ただ何となくではあるがその可能性を感じとっていたからこそ。それは半年前のジンの塔での戦い。その際にキングが使っていたDB、TCMと同じ能力を持つというデカログスがきっかけ。何故なら同じ武器をルシアが使っていたのをハルはエクスペリメントで見たことがあったのだから。加えてキングに瓜二つの甲冑にマント、金髪という容姿。かつてアキが島にいた頃父親をいつか探しに行くと言っていたこと。様々な符合からハルはその可能性を感じていた。だが確証がなかったため今まで誰にも明かしたことは無かった。何故なら

 

 

「アキ……お前、やっぱりキングの、親父の仇討ちのためにここに来たのか……?」

 

 

それは自分は親友であるアキの父を殺してしまったことを意味しているのだから。正確にはハルやゲイルが命を奪ったわけではなくキング自身の自殺と言った方が正しい。しかしそれでもそのきっかけを作ったのは間違いなく自分たち。ならDCにアキが所属していたのも、新生DCを受け継いだのも説明が行く。できるなら当たってほしくなった予想が現実になったことでハルは苦渋に満ちた表情でただアキの答えを待ち続ける。だが

 

 

「……なるほどな。確かにそういう風に見られてもおかしくねえか……」

「……? アキ……?」

「……いや、何でもねえ。残念ながらお前の心配は的外れだ。俺はキングの仇を討とうなんて気は毛頭ねえ。ほとんど話したこともねえしそれでお前を恨んだりもしてねえ……あれはキングの望んだ結末だからな……」

「…………」

「加えて言っとくとシンフォニアとレアグローブの因縁なんてもんもどうでもいい。そんなオカルトなんて信じてねえし振り回されるのも御免だ。あんなもんは自分たちが戦う理由をでっちあげるための盲信みたいなもんだ」

 

 

ハルの想像とは全く違う反応をルシアは見せる。まるでハルに向かって言い聞かせるかのように。初めは恨みを隠すためにそんなことを言っているのではないかとハルは疑うもののルシアには全くそれがみられない。本当に恨みでこの場に来たのではないのだと、血の因縁など関係ないのだと。だが変わらず重苦しい、今にも戦闘が始まるのではないかという空気は変わっていない。ただ再会を、話をするためではないことはハルにも十分理解できていた。なら残る理由はたった一つ。

 

 

「だから俺が動く理由はたった一つだ。それはお前が一番よく分かってんじゃねえか? 『二代目レイヴマスター』?」

 

 

ルシアがその胸に輝かせている二つの魔石、DB.。そして自分が手にしている聖石レイヴ。あまりにも単純な、そしてこれ以上ない理由だった。

 

 

「アキ……お前、やっぱりその胸にあるのはDB……シンクレアなんだな」

「……! そうか、なら話は早え。お前の言う通り、これが全てのDBの頂点に立つ五つの母の内の二つ……母なる闇の使者マザーダークブリングシンクレアだ」

 

 

ルシアはそのまま自らの胸にある二つのシンクレアを手に取りながら見せつける。かつて世界の十分の一を破壊したシンクレア。五つに分かれた内の二つが今、ハル達の目の前にある。レイヴマスターであるハルにはその力が感じ取れる。間違いなく今まで戦って来たどんなDBも比較にならない程の存在。半年前、目にした時よりさらに力が増しているのではと思える程。思わず背中にあるTCMに手が伸びてしまいそうになるのをハルは必死に抑えていた。

 

 

『プーン……』

「プ、プルー様! 大丈夫です、私達がついています!」

「そうポヨ! ハルは強いポヨ!」

「二つ……ということはやはりお主がBGを壊滅させてハードナーを倒したというのは本当のようじゃの……」

「なるほど、こいつが新しいDCのキングだってのは間違いねえってことか。でもまだガキだな……前のキングより大したことないんじゃねえか?」

 

 

今までハルに全てを任せ様子を見ていたムジカとレットがシンクレアを目にしたことで初めてルシアに向かって話しかける。それはある意味確認作業。ドリュー幽撃団から得た新生DCがBGを壊滅させたという話が真実であるかを確かめるための物。

 

 

「銀術師シルバークレイマームジカと竜人ドラゴンレイスレットだったな……少しは腕を上げたようだがここで試してやろうか。何なら三人まとめてかかってきてもいいぜ」

「大した自信じゃの……」

「オレたちのことも御存知みたいだぜ。もしかしたらオレたちって有名人なのかもな」

 

 

ムジカとレットは軽口を口にしながらも今にもルシアに向かって行かんとする。ハルとの会話を聞く限りではもはや戦闘は避けられないと悟ったが故の行動。だが知らず二人は息を飲み、気圧されていた。二つのシンクレアの力、何よりもルシアの力に。それを振り切るかのように二人が動きださんとした瞬間

 

 

「待ってくれ、二人とも! まだアキに聞きたいことが残ってるんだ!」

 

 

二人の前に割って入るかのようにハルは両手を広げながらルシアに対面する。だがその表情には先程までの曇りも戸惑いも見られない。何かを決意したかのような瞳があるだけ。

 

 

「アキ……一つだけ教えてくれ。お前は、本当に自分の意志でこんなことをしてるのか?」

「……どういう意味だ?」

「もしかして……そのシンクレアたちに操られてるだけじゃないのか? もしそうならオレ達が戦うことも……」

「……今更何を言うかと思えばそんなことか。余計な心配だ。これは俺の意志だ。他の誰のせいでもない」

「……! アキ……本当なのか……?」

「当たり前だ。俺はメガユニットを脱獄した時からこのシンクレアを、マザーを手にしてる。ガラージュ島で暮らす前からだ。その時から俺はダークブリングマスターになった。お前がレイヴを手に入れてレイヴマスターになったようにな……」

「ダークブリングマスター……」

 

 

ハルはその名を口にしながら改めてルシアが持つ二つのシンクレアと恐らくはデカログスであろうルシアが背負っている剣を見つめる。その脳裏にはかつて戦ったキングの姿があった。五つものDBを扱うことができる闇の頂点とまで呼ばれた存在。今目の前にいるルシアもまたそれに匹敵する存在なのだとハルは悟る。

 

 

「その名の通り魔石を操る者、DBを極めし者を示す称号だ。DBとレイヴが対を為すようにレイヴマスターと対極にある存在。まさかお前が二代目だとは思ってなかったが……シンフォニアやレアグローブの呪いで戦うよりよっぽど分かりやすい理由だろ」

「アキ……ほんとに止める気はねえのか」

「今更怖気づいたのか……? 俺はシンクレアを五つ集めて星の記憶を手にする。お前はレイヴを五つ集めて星の記憶を守る。ならどうなるかは考えるまでもないだろ? 見せてもらうぜ、二代目レイヴマスターの力をな……」

 

 

もはや言葉は必要ないとばかりにルシアがその手に剣を持つ。後は力を以て示して見せろとハルに告げるかのようにルシアが一歩一歩その距離を詰めて行く。ハルもまたそれに合わせるかのように自らの武器であるTCMに手を伸ばす。もうルシアを止めるには力づくしかないと言い聞かせるように。柄を握る手に力がこもる。知らず心臓の鼓動が速くなる。そんなハルに続くようにムジカとレットもまた意識を集中する。そしてまさに戦い空気がその場を支配しかけたその瞬間

 

 

 

「もう! いつまでそんな演技を続ける気なのアキ!?」

 

 

 

それは場違いな少女の声によって木っ端微塵になってしまった。

 

 

「エ、エリー……?」

「ハルはちょっと黙ってて! ちょっとアキと話してくるから!」

 

 

口を開けたまま呆気にとられたハルが何とか声をかけようとするも何でもないかのようにエリーはそのまま両手を腰に当てぷりぷりと怒りながら一直線にルシアの元に向かって近づいて行く。まるで悪いことをした近所の子供を叱りにいくかのような空気。

 

 

「ちょっとアキ! ダメだよ、あんな風にしゃべったらみんな怒るに決まってるじゃない。無口じゃなくて今度は怖い人のふり? 全然似合ってないよ?」

 

 

ルシアのところまでたどり着いたエリーはそのまま自らの人差し指をルシアの鼻先に突きつけながら嗜めるように説教をする。ルシアはただ無表情のまま。微動だにしない。

 

 

「エ、エリーさん!? は、離れてください、危ないですよ!」

『プーン!』

 

 

あり得ない光景、展開にグリフとプルーは頭を抱え右往左往だけ。何故ならルシアは今にも戦闘を始めんとその手には既に剣が握られている。それを振るわれればエリーはひとたまりもない。相手はシンクレアを二つ持つ、新生DC最高司令官。それに向かって説教をするなど気が触れてしまったとしかおもえないような行動。ムジカとレットも下手に動けばエリーの身に危険が及ぶため動くことができない。だが

 

 

「それともママさんの趣味? そういえばママさん久しぶり! 元気にしてた? イーちゃんやハーちゃんは? あ! そういえば新しいDBも増えたんだよね! ママさんと同じシンクレアだから新しいママさんになるのかな? でもアキ、ちゃんとママさんにも優しくしてあげないとダメなんだからね。ママさんは……何だっけ、そう! つんでれなんだから!」

 

 

そんな仲間たちの焦りなど全く気にすることなくエリーは楽しそうにルシアに向かって話しかけ続ける。あろうことかその手でシンクレアを触りながら。およそハル達には理解できない奇行、意味不明の言葉のオンパレード。

 

 

「やっぱり声が聞こえないと分かんないねー……あ、アキ、あのイヤリング勝手に持って行ったでしょ!? それにあたしのカジノの勝ち分も! おかげで酷い目にあったんだから! 街からは出られないしあたしの話はハルに信じてもらえないし、それにそれに……とにかく大変だったんだから!」

 

「…………」

 

 

だがそれによって収まるどころかエリーはさらにテンションを上げ、マシンガンのようにひたすらしゃべり続ける。まるで今まで会えなかった分を取り戻すかのように。もっとも半分以上がルシアに対する愚痴の様なもの。

 

 

「もう、ちゃんと聞いてるのアキ? 何とか言ってよ! 勝手にあたしを置いて行ったのほんとに怒ってるんだからね! それにみんなにもちゃんと謝らなきゃ。大丈夫だよ、ムジカもレットもみんないい人ばっかりだから。アキもきっとすぐ仲良くなれるよ!」

 

 

自分の言葉に全く反応しない、無視するかのようなルシアの態度に怒りながらもエリーはルシアの手を引っ張りながらハル達の元に連れて行こうとする。およそ考えられないような行動の連続に一行は呆気にとられるだけ。先程までの緊迫した空気は、状況は夢だったのではと思ってしまうほど。だがそんな中、ハルだけは違っていた。その表情は驚きに満ちながらも何かに気づいたかのような物。まるで目から鱗が落ちたかのように。

 

 

 

「…………ほんとに相変わらずだな」

「え?」

 

 

ぽつりと、エリーにも聞こえないように言葉を漏らしながらもルシアは意を決したように手を振り払いながら動きだす。その矛先はハルに向けられたもの。

 

 

「っ!? アキ!?」

 

 

突然のルシアの行動にエリーは驚きの声を上げることしかできない。その数秒にも満たない隙を突き、ルシアはその手にデカログスを持ちながらハルへ向かってその刃を向ける。あまりにも予想できない事態の連続に臨戦状態であったムジカとレットもルシアの動きに対応できない。動けるのは完全に虚を突いたルシアと完全にそれを捉えていたハルのみ。

 

 

「――――」

 

 

静寂が全てを支配する。息をすることすら忘れてしまうほどの極限状態。エリーたちはただ目を奪われていた。そこには

 

 

ハルの喉元に向かって剣を向けているルシアとそれを見ながらも微動だにしないハルが互いに睨みあっている光景があった。

 

 

「……どうした、剣を抜かねえのか。それともその背中にあるのはただの飾りか?」

「そうじゃねえ……オレはアキとは戦わない。それだけだ」

 

 

ルシアは殺気を放ちながらハルを射抜く。後わずかでも剣を押し込めば致命傷になりかねない状況。剣の切っ先を突きつけながらのルシアの言葉に臆することなくハルは応える。まるで剣を手にしないことが自分の答えだと示すかのように。

 

 

「さっきアキも言ってただろ。シンフォニアもレアグローブも関係ないって。それと同じさ。オレが戦うのも、戦わないのも自分の意志だ。シンフォニアもレイヴも関係ない。エリーのおかげで目が覚めた……」

「…………」

 

 

ハルはまるで憑きものが落ちたかのように自らの心情を吐露する。自分が状況に飲まれかけていたことを。レイヴマスターという重すぎる責務によって自分を見失いかけていたことを。それをエリーを見ることでハルは気づくことかできた。

 

 

「アキはアキだ。例えレアグローブでも、ダークブリングマスターでもそれは変わらねえ!」

 

 

自分は自分。そしてアキはアキであるという当たり前のこと。誰かを信じるという当たり前のこと。自分はシンフォニアの王族でもありレイヴマスターでもある。それでもガラージュ島のハルであるということを。同じようにどんな肩書きや称号があってもアキもまた変わらないのだと。

 

 

「……正気か? 俺がこの剣をあと少し突きだすだけでお前は死ぬんだぞ」

「正気さ。何年一緒にいたと思ってんだ。馬鹿なことやってないで一緒にガラージュ島に戻ろうぜ。姉ちゃんもずっと心配してるんだぞ」

 

 

ハルは笑いながらルシアに向かって手を伸ばす。一緒にガラージュ島に帰ろう、と。その脳裏には島で自分たちを待っている姉であるカトレアの姿があった。アキを連れて帰るという約束。父を連れて帰ることができなかったハルにとって絶対に破ることができない約束。

 

 

「…………そうか……じゃあ仕方ねえな……」

 

 

一度深く目を閉じた後、ルシアはそのまま剣をゆっくりと下ろしていく。ハルはそれを見ながらも安堵の息を吐く。流石にずっと剣を突きつけられるのは斬られることがないと分かっていても精神的に辛いものがあった。だがハルはルシアが剣を下げてくれたことで笑みを浮かべる。やはりアキはアキだったのだと。しかしハルは気づかなかった。ルシアが先程までとは比べ物にならない程何かを決意した瞳をしていたことを。そう、まるで先程までのやりとりなどお遊びだったのだといわんばかりの空気を纏っていたことを。

 

 

ハルはそのままルシアが剣を下げ、背中を見せながら自分から離れて行く姿を見つめていたもののすぐに声をかけんとする。このまま放っておけばまたルシアがどこかに行ってしまうと感じ取ったから。だがそんなハルの想像とは全く違う行動をルシアは取る。それはルシアの進行方向。そこにはエリーがいた。エリーもどこか呆然と自分に向かって近づいてくるルシアの姿を見つめているだけ。そしてすぐにルシアがエリーの眼と鼻の先までの距離に辿り着く。完全に先程とは逆の状況。

 

 

「え? アキ、ちょっと……」

 

 

だがエリーはどこか慌てながらルシアから距離を取ろうとする。自分から近づくのはいいがルシアの方からここまで接近されることなど今まで一度もなかったため。一番はどこか気恥かしさを感じてしまったからこそ。しかしエリーがその場から動くよりも早く

 

 

「――――っ!?」

 

 

エリーはルシアによってその唇を奪われてしまった――――

 

 

 

瞬間、全ての時間が止まった。

 

 

エリーはもちろん、ハルも、ムジカもレットも、その場にいるルシア以外の全員が何が起こったのか分からないまま固まることしかできない。

 

 

ただ分かること。それはルシアの行動が先程までとは全く違う意味で火種を生むことになるということだけ。

 

 

「どうした、これでお前自身の戦う理由ができただろ?」

 

 

およそ感情というものが感じられないような声でルシアはハルに向かって告げながらその場から一歩離れる。一瞬だったのか、それとも数秒だったのか分からないものの口づけを交わしたことを示すかのように。

 

 

「アキ……お前何をっ!? どうしてエリーを……じゃなくて……っ! エ、エリー……大丈夫か!?」

 

 

ルシアの言葉によってようやく我を取り戻したハルは弾けるようにエリーの元に駆けて行く。まさに電光石火。同時にハルの中には言葉にではできない感情が渦巻いていた。これまで生まれてから一度も感じたことのない感情。それが何なのか分からないまま、ただ心臓の鼓動を抑えながらその場に崩れ落ちてしまったエリーに向かって駆け寄るもエリーはそのまま蹲ったまま。どうしたものかとハルが焦り、そんなエリーとハルの姿を無表情でルシアが見つめている中

 

 

「ア、 アキ……いきなり何するのよ! みんながいる前でこんなことするなんて……」

 

 

エリーは口を押さえ、顔を赤くしながらルシアに向かって声を上げる。だがそこには驚きはあれ怒りは全くなかった。ただ本当に何故いきなりキスをされたのか分からない。キス自体ではなくそのことに怒っているかのような姿。いきなりキスされたことでショックを受けてその場に泣き崩れたのだと思っていたハルはそんな予想外の反応に呆気にとられるだけ。だがそんな中で凄まじい速度で動く二つの影があった。

 

 

「……悪いがハル、割って入らせてもらうぜ! 流石にここまで好き勝手されたら黙っちゃいられねえ!」

「ワシも加勢しよう! こやつが敵対する意志を持っておるのは明白……文句なら後でいくらでも受けよう!」

「っ!? ムジカ、レット!?」

 

 

それはムジカとレット。理解できない事態の連続によって先程は後れを取ってしまったが同じ失態を二度も見せない決意がそこにはあった。何よりもこれ以上好き勝手させることに我慢の限界が来た形。ハルやエリーが動けない以上自分たちがルシアを、金髪の悪魔を相手にせんとする。だが何の勝機もなく動いたわけではなかった。

 

それはルシアの姿、エリーにキスをした直後からルシアの動きが完璧に止まってしまっている。完璧に隙だらけ。剣どころかDBさえ使えないであろうと一目で分かるほどの致命的な隙。加えて頭痛を耐えるかのように頭に手を当てている。千載一遇のチャンス。それを逃さんと銀の槍と竜の拳がルシアへと放たれる。だが

 

 

「何だ!? オレの銀が……!?」

 

 

銀の槍がルシアを貫かんとした瞬間、その穂先がまるでルシアを避けるかのように形を変えてしまう。ムジカの意志ではない、全く違う意志が介入したかのように。だがその光景をムジカは知っていた。何故ならそれと同じことを以前ムジカは行ったことがあったのだから。それは

 

 

「いつかのお返しよ、ムジカ君♪」

 

 

別の銀術師シルバークレイマーの介入。同じ銀を操る術を持つ存在。それが再び相まみえたことの証。

 

長い髪に煌びやかなドレスを身に纏った美女。その腕にはムジカのドクロ同様、銀でできた蛇の腕輪がある。

 

 

 

「っ!? 貴様は……!?」

 

 

レットはただ目の前の光景に言葉を失うしかない。自らの拳が何者かによって受け止められてしまった。だが問題は止められたことではない。その人物こそが何よりもレットを驚愕させる。

 

 

「…………」

 

 

言葉を発することなく顔に入れ墨がある男はレットを睨み続けている。その片手に剣を担ぎ、もう片方の手でレットの拳を防ぎながら。まるで片手で十分だと見せつけかのように。同時にその背後に巨大な物体が浮かび上がってくる。この世の物とは思えないような巨大な黒い龍が。

 

 

先程まで何もなかったはずの空間に一組の男女と龍が姿を現す。まるで蜃気楼のように。だがそれは大きな間違い。何故なら彼女たちは最初からこの場にいたのだから。

 

 

「いい加減おままごとは終わりってことでいいのかしら、ルシア?」

 

 

ルシアを守護するかのように前に出ながら女、レイナは優雅な、それでいて不敵な笑みを浮かべる。ようやく退屈な時間が終わったのだと告げるかのように。それとは対照的に男、ジェガンは無表情のまま。だが表情には見えないものの彼もまた心境はレイナと同じ。

 

ハル達は圧倒されながらも体勢を整えながら目の前に現れた新たな乱入者に息を飲む。何故ならハル達は知っていたから。目の前に現れた人物がどんな存在であるかを。

 

『六祈将軍オラシオンセイス』

 

DC最高幹部であり一人で一国に匹敵するまさにDCの切り札。半年前の本部壊滅によって死んだとされていた存在。

 

 

今、レイヴの騎士たちと新生DCの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――――

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