ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第八十話 「交差」

 

「お前は……」

 

 

ハルは呆然としたまま目の前に現れた乱入者を見つめることしかできない。そこには何本もの杖を背中に担ぎ、マントをはためかせている覆面の男の姿がある。奇しくもその状況は先のシンフォニアと酷似している。自分たちが絶体絶命の危機に陥った瞬間にまるで狙ったかのようなタイミングで現れる。あまりにも出来すぎた話にハルですら疑念を抱いてしまうほど。だがそれは

 

 

「あ! あの時の覆面の人!? ありがとう! また助かっちゃった!」

 

 

まるで近所の知り合いが来たかのようにはしゃぎながら覆面の男に近づいて行くエリーによって吹き飛ばされてしまう。全く人を疑うということを知らないかのような純粋さ、もとい天然さにハルは呆気にとられるしかない。だがそんなエリーに纏わりつかれているにもかかわらずいつかと同じように全く無駄のない動きで覆面の男はあしらい続けている。その手際の良さはハルだけでなくその場のいる全ての者たちが感心してしまうほど。だがそんな空気も束の間、すぐさまハル達は今の自分たちが置かれている状況を思い出し、動き出す。

 

 

「っ!! エ、エリー、いつまでそんなことやってんだ!? そいつも困ってんじゃねえか!?」

「え? そんなことないよ! それにまた助けてくれたんだしきっといい人だよ! ね?」

「済まぬが今はそんなことを言っておる場合ではない……覆面の主よ、今のはお主がワシらを救ってくれたと思ってよいのじゃな?」

「…………」

 

 

ハルが何とかエリーを羽交い締めにし、覆面の男から引き剥がした隙を見計らってレットが皆を代表して問う。その問いに言葉ではなく頷くだけで覆面の男は応えるのみ。だがそれはハル達にとっては十分すぎるほどのもの。この窮地において目の前の援軍ほど心強い者はいないのだから。

 

 

「おい! とりあえず助けてくれたのはありがてえがこれからどうする気だ!? 今はあのジジイ、様子を見てやがるのか攻撃してこねえがいつまでも待ってはくれねえぞ!?」

「そ、そうですよ! またさっきみたいな魔法を使ってこられたら船の方が持ちません!」

「とにかく今はこの男の魔法に頼りながらイーマ大陸を目指すしかなかろう……無論、このままワシらに力を貸してくれればの話じゃが……」

『プーン……』

 

 

操縦席からムジカが声を上げたようにまだ脅威が去ったわけではない。今この瞬間も後ろからハジャが迫ってきている。今は先程の攻防を警戒してか攻撃してきていないがそれも時間の問題。依然追い詰められていることには変わらない。同時にこの状況を打破するには覆面の男の出方に全てがかかっている。ハル達の視線の全てが覆面の男に注がれるも男は一言も発することはない。シンフォニアの時と同様、男は言葉を紡ぐことはない。あるのは行動で示すことのみ。

 

覆面の男が指を振るった瞬間、船を守護するように展開されていた杖が動きだし、男の元に集って行く。それに合わせるように男はその中の一本に飛び乗り、宙を舞う。その光景にハル達は言葉を失う。それはまるで空を滑るサーファーのような洗練された動き。同時に覆面の男は杖を片手に持ち、船の進行方向に向かってかざす。それは

 

 

「オレ達に行けって言ってるのか……?」

 

 

東、イーマ大陸に向けてのもの。すなわちこの場は自分に任せて先に行けというメッセージ。それを示すかのようにハルの言葉に覆面の男は顎を動かすことで応える。他の者たちにもその意志は伝わったのかすぐにそれぞれが己が為すべきことを為すために動きだす。

 

 

「分かった……でも無理すんなよ。まだお前が誰なのか教えてもらってないんだからな」

「……ありがとう。気をつけてね」

 

 

ハルは振り切るようにこの場を覆面の男に任せ、船の加速に備えて船内へと戻って行く。全てを覆面の男に委ねるしかない自分の不甲斐なさに後ろ髪を引かれながらもハルは後を託す。エリーもまたそれは同じ。つい先ほど同じように自分達はダルメシアンに後を託し、それに甘えることしかできなかったのだから。また同じように覆面の男も命を落としてしまうのではないか。そんな心配を含んだ言葉。しかし覆面の男はそれを理解しながらも全く動じることはない。あるのはただ確かな自信だけ。その姿を目に焼きつけながらもエリー達は先へと進んでいく。そんな中、エリーは覆面によって目には見えないものの確かに感じ取った。

 

 

男が自分に向かって微笑みかけていたのを――――

 

 

 

 

空と雲、そして果てしなく続く海だけの世界で二人の魔導士は向かい合う。奇しくも共に空にその身を置いている点は同じだがその風貌も何もかもが異なる二人の男。

 

 

「なるほど……主がシンフォニアでレイヴマスターどもを手助けした魔導士だな」

 

 

その片方、無限のハジャは全く疲労した様子ら見せずに杖の上に乗っている覆面の男と向かい合う。つい先ほどまで飛行魔法を制御し、大魔法を連発していたにもかかわらず息一つ切らすことがないまさに怪物。だがそんなハジャであったとしても目の前の相手は油断できる存在ではない。自分の魔法を防ぐことができる魔導士など数えるほどしかいるはずがないのだから。そして何よりもハジャは目の前の男を知っていた。それはシンフォニアでの戦いをハジャは離れた場所から魔法によって盗み見ていたのだから。その中で目の前の男は自らの師であるシャクマと渡り合っていた。もしその実力が本物だとすれば今の自分では敵わず撤退を余儀なくされかねない。確実に攻めることも退くこともできる距離を保ちながらハジャは話しかける。

 

 

「だが何故レイヴマスター達に味方する……? 奴らに縁がある者か……?」

 

 

それは少なからず目の前の覆面の男の正体に興味があったからこそ。何故レイヴマスター達の味方をするのか。目的は何なのか。それいかんによっては自分の側に引き込めるかもしれないという狙いがあっての物。だが

 

 

「…………」

 

 

男は口を開くことはない。まるで本当にしゃべることを知らないかのように。

 

 

「フン……まあよい。我をレイヴマスター達から遠ざけることができたと思っているようだが甘いな。我を足止めしたところで無駄なことだというのに……」

 

 

正体を暴くことをあきらめたハジャはどこか憐れみにも似た声で覆面の男にある事実を告げんとする。覆面の男が決死の覚悟で自分を足止めすることでレイヴマスター達を救えたと思っている愚かさを思い知らせるために。だがそれは

 

 

 

「他の六祈将軍オラシオンセイス達が待ち伏せしているから……か?」

 

 

 

今まで一言もしゃべることがなかった覆面の男の言葉によって遮られてしまう。

 

 

「……! ほう、気づいていたのか……だがそれを知っていながら何故奴らを行かせた? このままでは全滅するだけだというのに……」

「『知っていた』だけだ……それに余計な心配をする前に自分の心配をした方がいい……」

 

 

理解できない覆面の男の物言いに引っかかりを感じるものの初めて口を開いたことに少なからずハジャは驚きを隠せない。その声から恐らく二十代。魔法によって声を変えている可能性は捨てきれないが口調や体つきからほぼ間違いない。だがそこまで読みとった所でハジャはすぐに臨戦態勢に入る。これ以上言葉は必要ない。

 

 

「なるほど……主が我をこの場で倒すと言いたいわけか……」

 

 

先の言葉の意味をハジャはそう見抜く。だがそれは正しくもあり間違いでもある。ハジャは知らない。その言葉の意味を。ハジャは気づけない。男が今まで開くことがなかった口を開いた理由を。

 

 

「いや……お前を倒すのはオレではない。すぐにお前にも分かる時が来る……」

 

 

予言にも似た確信を以て覆面の男はその手に杖を構える。今ここに未来と現在が交差する瞬間が訪れようとしていた――――

 

 

 

 

 

 

鐘の音が鳴り響き、時計が溢れている静かな街。まるで時の流れを形にしたかのような空気がそこにはある。

 

『ミルディアン』

 

それがその街の名前。時を刻む街と呼ばれる場所。その中を一人の男が進んでいく。蒼い髪に白いコートを身に纏った美青年。その歩みには全くよどみがない。何故ならこの街は彼にとっては慣れ親しんだ場所、故郷なのだから。

 

 

(久しぶりに戻ったはずだが……やはり昔と変わっていないようだな……)

 

 

時の番人ジークハルトは久しぶりの帰郷に感慨深げになりながらも自分が知る時と全く変わっていない街と人々に安堵していた。この街は表向きは小さな何の変哲もない街であるがある大きな秘密がある。それはこの街に住むすべての人間が魔導士であるということ。加えてある使命を負っている。

 

『時を守ること』

 

それこそがこの街の者達の使命であり、時の民と呼ばれる所以。ジークハルトもまたその使命を全うするために街から離れ動いていた。そして今、ジークは何の理由もなく故郷へと戻ってきたわけではない。

 

 

(ドリュー幽撃団と鬼神は恐らくDCによって壊滅させられた……どうやらハル達は無事のようだが時は一刻を争う……)

 

 

ジークはめまぐるしく動き続ける状況を危惧しながらも冷静に己が為すべきことを再確認する。ジークは既につい先日ドリュー幽撃団がサザンベルク大陸で、鬼神とシルバーレイがエクスペリメントで壊滅させられるという情報を得ていた。それによって脅かされていた世界にとっては喜ぶべきニュースであり、脅威が去ったことで人々は安堵している。しかしジークにとっては喜んでばかりはいられない。それは闇の組織が新生DCを残し全て壊滅してしまったということ。すなわちDCが全戦力でハル達に総攻撃を仕掛けてくる危険が高いこと。加えて最悪四つのシンクレアがルシアの元に渡ってしまっている可能性があること。ハル達もまた四つ目のレイヴを手に入れているであろう点では五分だが何よりも戦力差がありすぎることが大きな問題。シンクレアを手にしているルシアを筆頭に六祈将軍、超魔導シャクマも加わっているであろうことは間違いない。今のハル達ではどう足掻いても勝ち目はない。

 

 

(あれから七日……シュダはそろそろ合流するだろう……不安がないわけではないが、今は信じる他ない……)

 

 

元六祈将軍『爆炎のシュダ』

 

帝都の跡地で彼と再会したジークは共にハル達の味方となることを約束した。ジークからすれば完全に信用するには危険すぎる男ではあったのだが今の状況では一人でも味方が増える方がメリットは大きいという判断。本当であればあのままシュダと共にハル達の援護に向かう予定だったのだがジークはそれを変更し、単身ここミルディアンへと訪れていた。

 

 

(誰がこれを送ってきたのかは分からないが……無視するわけにはいかないな……)

 

 

ジークは神妙な表情を見せながら懐から一枚の手紙を手に取る。それは先のシュダとの再会の際、一羽の伝書鳩がジークに託していった手紙だった。送り主は不明。だがその手紙の文面はイタズラだと無視することができない内容だった。

 

 

『エリーの記憶の秘密を知りたければミルディアンへ来い』

 

 

それが手紙に記されていた内容でありジークにとっては驚愕と共に無視することができない内容だった。普通に考えれば自分を陥れるための罠だと考えるが当然。しかし罠にしてはあまりにも不可解な点が多い。伝書鳩を使っていることから自分の居場所を知っているはずにも関わらず場所を指定していること。襲撃することが目的ならわざわざ知らせることなく今この場を狙った方が遥かに効率的。DCの仕業にしてはお粗末が過ぎる内容。何よりもエリーの記憶という自分にとって最重要な情報を提示してくる点も気にかかるところ。様々な要素を考慮した結果、ジークはシュダと別れ、ミルディアンへと向かうことにした。もちろん手紙の件もあるがそれ以外の理由もある。

 

 

(魔導士であるオレに求められるのはハジャを倒すこと……だがオレ一人では奴には敵わない……この街の者達の協力が得られれば……)

 

 

時の民達の協力を得ること。それがもう一つの理由。DC側の魔導士であるハジャを倒すことが己の役割であるとジークは自覚していた。他の六祈将軍も侮ることはできないがハジャは別格。無限の魔力を持っているとされるハジャはその気になれば一日中魔法を詠唱することすらできると言われている。流石に大魔道であるジークであっても敵う相手ではない。だがこの街にいる千人の魔導士の力と一人の賢者の力を借りることができれば可能性は出てくる。

 

 

「……ん? ほう、懐かしい顔じゃな。戻ったか、ジークハルト」

 

 

一際大きな時計台のような建物の窓から一人の老人が顔を出し、眼下のジークハルトに向かって声を掛けてくる。小柄な体と髭を生やしている姿からどこか間抜けな風貌を持ってはいるもののその老人は只者ではない。その手にある杖が意味するように彼もまた魔導士。

 

 

「お久しぶりです、ミルツ様……お元気そうで何よりです」

 

 

ジークは手を胸に当てながら深く頭を下げることで敬意を示す。大魔道であるジークをしてそこまでの礼を取らなければならない程の力と権威がその老人にはある。

 

『時の賢者 ミルツ』

 

ミルディアンの最高責任者でありジークにとっては育ての親でもある存在だった――――

 

 

 

「さて、本当ならお茶でも振る舞ってやりたいところじゃがお主には聞きたいことが山のようにある……構わんな?」

「はい……自分にもあまり時間がありませんので……」

 

 

ミルツの部屋に招かれたもののジークは全く油断することなく対峙する。知らずジークの背中には汗が滲んでいる。今からジークが行おうとしていることはある意味戦闘にも匹敵するものなのだから。それを感じ取っているのか定かではないがミルツはテーブルの上にある紅茶を一口飲みながら問いただす。

 

 

「ふむ、ではまずは今お主に与えていた任務についてじゃ。確かワシは主にハジャの補佐をするように命じた筈じゃが何故それを放棄しておる?」

「……放棄していたわけではありません。あの男、ハジャについてあまりにも不審な点が多いことから独自に動いていました」

「不審な点、とな……よい、続けなさい」

 

 

ミルツの一挙一動に注意を払いながらもジークはひとまずはミルツが自分の話を聞きいれてくれる姿勢を示してくれたことに安堵する。だがまだそれはスタート地点。ミルツから見れば今の自分が任務を放棄した罪人と映っていてもおかしくないことをジークは自覚していた。

 

『ハジャを補佐し、キングを暗殺すること』

 

それがジークに与えられていた任務であり時を守るための使命。だがいくつもの出来事からジークはそれに疑問を感じ独自に時を守るために動いてきていた。

 

 

「はい。あの男の行動には明らかに時を守る以外の目的が見え隠れしてします。いくらキングが相手だとしてもハジャならばチャンスは何度もあったはずです。にも関わらずハジャは動くことなく、キングの死後も自ら新たなキング、金髪の悪魔をDCの最高司令官に迎えています……」

 

 

ジークは一つ一つ己の疑念を提示していく。ハジャの任務は先代DC最高司令官であったキングの暗殺。しかしジークが補佐としてやってきたにもかかわらずハジャには一向にそれを実行に移す気配がなかった。いくらキングが規格外の強さを持っていたとしてもハジャの力と知略なら手はあったはず。ジンの塔の戦いでキングが没した後もその息子であるルシアを新たなキングに据えるという行動に出ている。ハジャの力ならルシアを倒すことはできなくとも他の六祈将軍を壊滅させ戦力を殺ぐことは容易であろうにも関わらず。

 

 

「何よりもハジャは以前からルシアとエリー……魔導精霊力の娘の所在を掴んでいました。にも関わらずそれも見逃していたことになります。ミルツ様……あの男は明らかに時を守るという使命ではなく何か別の、恐らくは私利私欲のために動いている節があります」

 

 

何よりも決定的だったのがハジャがルシアとエリーの所在を知っていたにもかかわらず放置していたこと。それどころかそれを利用している節まで見える。ジークもまたその術中にはまり道化を演じさせられることになった。それからジークは独自に動き、ハジャの狙いを看破した。それは

 

 

「ミルツ様……ハジャの目的は恐らく全てのシンクレアを揃え、星の記憶を手にすることです。そう考えれば今までの行動にも辻褄が合う。どうかオレに力を貸していただきたい。時を、この星の未来を守るために……!」

 

 

自らがシンクレアを全て手にし、星の記憶を手にすること。そうであれば今までの明らかに不可解な行動や言動に辻褄が合う。一切の思い込みを捨て去ったジークだからこそ辿り着いた論理的な事実。だがそれは

 

 

「ほう……そのことに自力でたどり着くとは流石じゃな。それで……それが分かったからどうだというのじゃ?」

「え……?」

 

 

それを遥かに超える理解できないミルツの言葉によって無残にも砕け散ってしまう。ジークは口を開き、呆然としたままミルツを見つめることしかできない。

 

 

「お主の言う通り、ハジャは星の記憶を手に入れるために動いておる。だがそれはハジャの独断ではない。ワシら時の民の総意なのじゃよ」

「なっ!? 何を言っているのですか!? 我々の使命は時を守ること! 時を手に入れることではないはずです!!」

 

 

ようやくミルツが何を言っているのかを理解したジークは声を荒げながら問いただすしかない。冷静沈着なジークであってもそうならざるを得ない程の衝撃がそこにある。星の記憶を手に入れる。それはすなわち時を手に入れること。時の民の使命とは相反する真逆の行為なのだから。

 

 

「ふう……やはり外に出したのがいけなかったのか。お主の考えは古いのじゃよ。我ら時の民は選ばれた特別な人間! 時を支配することが我らの真の使命なのだ!」

「馬鹿な……!? 星の記憶に人間を入れてはならないと……それがあなたの教えだったはず! ご自身の手で自らの戒律を破るのですか!?」

 

 

だがミルツには全くジークの言葉を意に介することはない。自らを正しいと信じて疑わない。自分たちこそが正義、特別だといわんばかりの在り方にジークは激しい既視感を覚えるも必死に訴え続けるしかない。しかし

 

 

「フム……なら逆にお主に問おう。何故お主は魔導精霊力の娘を生かしておる? しかも娘が星の記憶に行こうとしているのを手伝っているとか……これはお主の言う時を守る使命に反することではないのかね?」

「……! そ、それは……」

 

 

それはジークにとっての矛盾。時を狂わす可能性がある物を破壊、消滅させることが時の番人としてのジークの使命。それから考えれば魔導精霊力はその最たるもの。加えてその者たちが星の記憶へ行くのを手助けしているのだから。その事実を突きつけられ、ジークは一瞬息を飲む。だがそれはすぐに消え去って行く。かつてのジークであればあり得ないようなこと。だが今のジークは違う。

 

 

「それは時を守るための別の答えなのです! 決して彼女を殺してはならない! 魔導精霊力とレイヴはこの星を救うための最後の希望! どうかこれだけは信じてください!」

 

 

誰かに言われるままでなく、自らの目と耳によって世界を見てきたジークだからこそ出せる答え。

 

 

「まったく……今はお主の戯言に耳を傾けている時間はないのだよ。時は刻一刻と迫っておる。今既にハジャがシンクレアとレイヴを手に入れるために動いておるところだというのに……」

「っ!? そ、それは一体……!?」

 

 

しかしそれはミルツに届くことはない。やれやれと言った風に呆れながらもミルツはその口から今まさに何が起こっているかをジークに告げる。もはや動きだした歯車は止まらないのだと分からせるために。

 

 

「なんだ、まだ知らなかったのかね。今、金髪の悪魔は魔界に行っておる。どうやら四天魔王を配下とするためのようじゃ……」

「四天魔王……!? 魔界を統治する四人の王を……!?」

 

 

金髪の悪魔が力をつけ、四天魔王まで取り込もうとしている。それこそがミルツ達が動きだした最大の理由。ルシアだけでも脅威であったにも関わらず四天魔王まで加わればいかにハジャ達といえども勝ち目はない。

 

 

「金髪の悪魔の力はかつてのキングを遥かに超えておる……これに四天魔王まで加わればもはや世界は終わりじゃ。何としてもその前に我らが星の記憶を手に入れねばならん!」

 

 

だが今は逆にいえば好機でもある。ルシアが人間界を離れた今こそが最初で最後の勝機。この間にシンクレアとレイヴを手に入れることでルシアやレイヴマスター達が星の記憶へ至るのを阻止し、先にそれを手に入れる。星の記憶は時空操作が可能な聖域。その力を使えばルシアであろうと四天魔王であろうと恐れるに足らない。

 

 

「それだけではない。預言者サガ・ペンドラゴンのエンドレス復活の予言から既に二年が経っておる。忘却の王エンドレスもいつ目覚めるか分からん。もはや我らが動くしかないのだ!」

 

 

何よりも最も大きな問題は忘却の王であるエンドレスの復活がいつ起きてもおかしくないと言うこと。もしエンドレスが目覚めれば全てが終わる。DCもレイヴマスターもエンドレスには敵わない。その前に星の記憶を手にし、エンドレスを消滅させるしか人類が生き延びる方法はない。それがミルツが星の記憶を手にせんとしている理由だった。

 

 

「ま、待って下さい! 例え星の記憶を手にしてDCを、エンドレスを消したとしてもそれはまた新たなエンドレスを生み出すだけ……終わりない破滅が待っているだけです!」

 

 

だがそれでもジークは根本的な問題を口にするしかない。エンドレスを生み出したのはかつて何者かが時空操作を行ったからこそ。もしエンドレスを時空操作によって消し去ったとしてもまた新たなエンドレスを生み出すだけ。それこそが終わり亡き者と呼ばれる所以。ルシアや四天魔王を消滅させるために使えば最悪、エンドレスが増えてしまうことにもなりかねない。一時的な延命処置にしかならないのだと。

 

 

「フム……では逆に聞こう。お主はこの状況をどう打破するというのかね?」

 

 

ミルツとてそのことは誰よりも理解している。だがそれ以外に手段がないことも。しかしその答えを得た者がここにいる。

 

 

「先程言った通りです! DBを壊すために生み出された聖石レイヴとその使い手であるレイヴマスターであればルシアを止めることが、そして魔導精霊力ならエンドレスを倒し得る可能性があります! どうかそのために力をお貸しください、ミルツ様!!」 

 

 

レイヴと魔導精霊力。DBとエンドレスと対極に位置する力。それがあれば時を守ることが、星を救うことができる可能性がある。それがジークの導きだした答え。しかしそれは

 

 

「残念じゃが『可能性』などという不確かな物を信じるわけにはいかんのじゃよ。お主にはハジャから生け捕りにするように言われておる。大人しく『時を歪ます罪人』として処刑されよ、ジークハルト……」

 

 

無慈悲にもミルツによって否定される。可能性という不確かな物を信じることはできないという責任者としての責務と驕り。それを前にしてようやくジークはもはや言葉ではミルツ達を止めることができないのだと悟るももはや退路はない。ミルツの杖には凄まじい魔力が集中し、部屋に控えていた護衛の魔導士たちも最初からジークを捕えるためだけに配置されていた精鋭ぞろい。いかにジークといえども脱出することができない窮地。

 

 

(くっ……! 何てことだ……まさかハジャだけでなくミルツ様まで敵に回るとは……!!)

 

 

活路を見いださんとしながらもジークは考え得る中で最悪の事態に為す術がない。ミルツの言葉を信じるなら既にハジャはハル達を襲撃している可能性が高い。援護に向かうどころか自らの命運すらも尽きかけんとその時

 

 

「幻の霧ミスト!!」

 

 

子供の声とともに部屋全体が凄まじい霧に包まれてしまう。目の前すら見えない程の濃霧。幻影魔法と呼ばれる相手を惑わすための魔法の力。

 

 

「な、何じゃ!? 敵襲か!? 前が何も見えんぞ、衛兵は何をやっておる!?」

 

 

突然の事態にミルツは声を荒げるも行く手を遮る霧によって初動が遅れてしまう。すぐに、魔法によって霧を払うも時すでに遅し。部屋にはジークも侵入者の姿もない。この街にジークに味方する物などいないという油断によってまんまと出し抜かれた形だった。

 

 

 

「ジーク!! こっちだよ、早く!!」

「っ! お前は……ニーベル!?」

 

 

手を引かれながらがむしゃらに走り続ける中でようやくジークは自らを救ってくれた者の正体に気づく。

 

『ニーベル』

 

変身魔法を得意とする魔導士の少年。小さい頃からジークを慕っていたジークにとっては弟のような存在だった。

 

 

「どうしてお前が……それに何故オレが戻ってきたことを……」

 

 

だが助けられたことに感謝しながらもジークはあまりにも出来すぎた展開に疑問を感じずにはいられない。ジークはこの街に戻ってすぐ一直線にミルツの元へと向かっていた。それからまだ一時間と経っていない。街に伝わるにしてはあまりにも早すぎる上にいくら油断していたとはいえ衛兵たちの目を欺いてあの場まですぐやってくることなど不可能に近い芸当だった。

 

 

「うん……ボクも半信半疑だったんだけど、昨日ボクの前に見たことない覆面をした魔導士がやってきて教えてくれたんだ。ジークが今日帰ってきて、処刑されそうになるはずだから助けてやってくれって」

「覆面の男だと!? それは迷彩柄のマスクとマントを身に纏っていた男か!?」

「う、うん……やっぱりジークの知り合いだったの?」

 

 

事態が掴めないニーベルが困惑するもジークはそれ以上の混乱に襲われていた。当たり前だ。ニーベルの言葉が真実なら自分を助けたのはシンフォニアで出会った覆面の男なのだから。

 

 

(ならこの手紙も覆面の男からの物なのか……? まさかオレを嵌めるためにミルディアンに……いや、おかしい。ならわざわざニーベルにオレを助けさせるわけがない……一体何の目的でこんなことを……?)

 

 

ジークは懐にある手紙を手に取りながらも答えは出ない。この手紙が覆面の男からの物であるのはほぼ確実。ミルツと示し合せて自分をここへおびき寄せたと考えるのが一番自然だがそれではニーベルに自分を助けるように指示を出すのは矛盾している。まるで意図が見えない行動にジークは翻弄されるしかない。

 

 

「ニーベル、その覆面の男は今どこにいる?」

「え? わ、分からないよ。すぐにどこかに行っちゃったし……ボクももっと話したいと思ったんだけど……あ、そうだ! もう一つ頼まれてたんだ! ジークに会ったらこれを渡してくれって!」

 

 

ミルツの時計塔から脱出するために階段を全速力で駆け下りながらもニーベルは思い出したかのように背中に背負っていた物をジークに向かって差し出す。それは

 

 

「これは……杖?」

 

 

一本の杖。恐らくは覆面の男が複数所持していた杖の内の一本。何故そんな物を自分に託すのか理解できないもののジークはニーベルから杖を受け取るしかない。しかしそこには全く魔力がなかった。本当にただの杖。魔力すらないそれはただの棒きれと変わらない。

 

 

「おかしいよね……ジークに渡してほしいって言うからすごい杖かと思ったんだけど全然魔力もないんだ。どうしてこんな物を……ジーク……?」

 

 

ニーベルは何の役にも立たないであろう杖をジークに託した覆面の男を訝しむもジークはその杖を手にしたままピタリと動きを止めてしまう。すぐに逃げなければ追手が迫ってきてしまう。だがそれすらもジークの頭には残ってはいなかった。まるで自分の体が自分の物ではないような感覚。導かれるようにジークは杖を手にしながら自らの魔力を杖に注ぎこむ。

 

 

瞬間、とてつもない魔力が辺りを支配した――――

 

 

「こ、これは……!? さっきまでは何の魔力もなかったのに……!?」

 

 

ニーベルは驚愕の表情を浮かべながらジークが手にしている杖から溢れ出ている魔力に圧倒されてしまう。その力は今までニーベルが感じたことのないほどの莫大な魔力。とても先程までの杖と同じ物とは思えないような変化。

 

 

「いや……魔力がなかったわけではない。恐らく隠していただけ……特定の者の魔力でなければ扱えないように封印処置がされていたのだろう」

 

 

自らの手の中にある魔力の塊とでも言える杖を手にしながらジークは恐らく杖に自分の魔力でなければ扱えないような封印が施されていたのだと悟る。大魔道であるジークですら習得に何十年かかるか分からない超高等魔法。加えてその杖にある魔力の量も尋常ではない。天空魔法陣の加護を得たジークですら霞んでしまうほどの膨大な魔力量。。だがそれ以上にジークにとっては自らの魔力によってのみ封印が解けるように処置されていた点こそが重要な点。

 

 

(オレの魔力を知っている……? 確かにシンフォニアで魔法は使ったがあの時にはまだ覆面の男はいなかったはず……)

 

 

何故自分の魔力をあの覆面の男が知っているのか。さらにこの杖に込められている魔力もまた自分の魔力に酷似している。質そのものは自分とは比べ物にならない程高位の物だが波長は限りなく己のそれに近い。理解できない事態の連続に本当なら疑ってかかるべき事態。だが驚くほどにジークの心は落ち着いていた。むしろこうならない方がおかしいと思えるほど。それが何なのかジークには分からない。だが一つだけ確かなこと。それはあの覆面の男が間違いなく自分にとって、ハル達にとって利する行為を取っているであろうことだけ。根拠のないものであるがジークにはそれが分かる。

 

 

「そこまでよ、ジークハルト様」

 

 

だがついにジーク達は追い詰められる。既に周りは街の住人全てによって包囲されてしまう。そこにはジークを尊敬していた少女であるヒルデ、フリッカの姿もある。かつての仲間であり家族でもある時の民達。千人の魔導士がジークを取り囲む。例え肉親であっても時を歪ます罪人であれば容赦はしない。それがこの街の、時が止まった街の在り方。

 

 

「どうやらここまでのようじゃな……幼い頃から目を掛けてやったというのに、恩を仇で返しおって……大人しくニーベルと共に時の裁きを受けるがよい」

 

 

杖で地面を突きながらミルツもまたゆっくりと姿を現す。この街に入った時点で逃げ場などないと告げるかのよう。本来なら詰みに近い状況。だが

 

 

「ニーベル、下がっていろ……」

「っ!? ジ、ジーク……まさか戦うつもりなの!? いくらその杖がすごくても相手は千人……しかもミルツもいるんだよ!?」

 

 

ジークはその手に杖を構えながらニーベルを庇うように前に出る。ニーベルはそんなジークを止めんとするももはやそれは叶わない。ジークの貌は既に大魔道としてのものに変わっている。戦うことを決した男の姿。

 

 

「今なら分かる……彼らはかつてのオレだ。時を守るためなら何でもできると……考えることをやめていた頃の……」

 

 

ジークは一度目を閉じた後、自分と対峙している時の民の姿をしっかりとその瞳に映す。

 

 

そこにはかつての自分がいた。言われるがままに罪を犯し、時のためなら何をしても許されるという免罪符を胸に動いていた自分。時が止まってしまっていた自分。

 

 

「だから逃げるわけにはいかない……これはオレ自身の戦い。誰かに言われたわけでも、強制されたわけでもない……オレ自身が決めたことだ」

 

 

ジークの脳裏にはかつてのエクスペリメントと、シンフォニアで会ったハルの姿があった。

 

自分では持ち得ない答えを以てエリーを救った存在。決してあきらめない姿。対極であるはずの、敵であるはずのルシアですら救わんとするお人好し。それと出会えたことで変わった、変わることができた自分を証明するために。

 

 

「見せてやろう……オレの本気を。時の番人と呼ばれる本当の意味を……」

 

 

新たな時間を刻む者、真の時の番人となるためのジークの戦いが今、始まった――――

 

 

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