ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第八十六話 「癒しと絶望」 後編

「ハアッ……ハアッ……!」

 

 

肩で息をしながらルシアはまるで力尽きたかのようにその場にへたり込む。額には汗が滲み、身体は疲労で一杯一杯。大魔王となった男とはとても思えないような体たらく。街の大通りのど真ん中で男が今にも倒れそうなほどに憔悴し、走り回っている光景に通行人の視線が集まるも当の本人はそんなことを気にすることすらできない緊急事態に陥っていた。それは

 

 

(ちくしょう……! ジェロの奴、一体どこに行きやがったんだ……!?)

 

 

共に行動をしていたジェロの行方が分からなくなってしまったこと。一緒に服を選ぶために店に入ったはずにもかかわらずいつの間にかジェロは店内から姿を消してしまっていることに気づいたルシアは絶望に顔面を蒼白にしながらも必死に捜索を行っていた。だが店内はもちろん、街の中まで範囲を広げるものの未だ見つけることは敵わない。休日で人出が多いのにも加え、ソング大陸最大の都であるエクスペリメント。その中で一人の女性を見つけることは困難を極めるのだから。

 

 

(やっぱゲートもワープロードも無視してやがる! っていうか何で俺の呼出しには誰も応じないんだよ!? どいつもこいつも命令違反ばっかりしやがって嫌がらせかっつーの!?)

 

 

呼吸を整えながらもルシアはその手にある二つのDBに力を込めるも状況は一向に変わらない。共に瞬間移動、召喚の能力をもつDB。かつてドリューの元から呼び出した時のようにルシアはジェロをその場に召喚せんとするもうんともすんとも言わない。完全に無視されているかのような状況。残された最後の手段も通じなかったことにルシアはただ焦りを募らせることしかできない。まるでかつてレイナを呼びだそうとしても無視された状況と瓜二つ。何故誰も自分の呼出しには応じないのか、命令違反の部下達の横暴ぶりに憤慨しながらもルシアに立ち止まることは許されない。何故なら今探しているのはただの一般人ではない。四天魔王、絶望のジェロなのだから。

 

 

『何をそんなに慌てておるのだ、騒々しい……もう少し貫録を見せたらどうだ?』

『やかましい! これが落ち着いていられるか! お前もちょっとは手伝え! ジェロの気配とか分かんねえのかよ!?』

『そんな物分かるわけがあるまい……シンクレアならまだしも四天魔王はエンドレスから独立した存在だと教えたはずだがもう忘れおったのか……いや、アスラは例外か。奴の気配なら我らでも探ることができるぞ』

『んなことはどうでもいいんだよ! 元はと言えばてめえがぎゃあぎゃあ騒いでるからジェロを見失っちまったんじゃねえか!』

『なっ!? 我のせいだと言うのか!? そもそもお主が服を買いに行こうなどと言いだすからこんなことになったのだろうが! 人のせいにするでない!』

『お二人ともそこまでになさってはどうですか。アキ様、ジェロも恐らくそう遠くまでは行っていないはずです。人間界での取り決めもあるのですから心配することはないかと……』

『そ、そうか……そうだよな。いくらあいつでもいきなり無茶苦茶なことはしないよな……?』

 

 

まるで他人事のように、むしろこの状況を楽しんでいるかのようなマザーにルシアは食ってかかって行くもアナスタシスの仲裁によって何とか落ち着きを取り戻し、同時に思い出す。それは人間界に着いてくる上でルシアがジェロと行った取り決め。

 

 

『ハルとエリー、そして一般人には手を出さないこと』

 

 

試行錯誤の上にルシアが課した制約のようなもの。流石にジェロに好き勝手に動かれてはまずいため設けた苦肉の策。ハルについては二代目レイヴマスターであること、因縁があることから自分が相手をするという理由。エリーについては魔導精霊力を手に入れるため。一般人については余計な混乱を起こせば動きづらくなることから手を出さないように強くジェロに確約させた。ルシアとしてはハル達一行に手を出さないようにさせたかったのだが流石にそこまでいけば無理が出る。ジェロだけでなくマザー達にまで疑念を抱かれかねないため今契約した内容がルシアができるギリギリのもの。そのことを思い出しながらルシアはひとまず安堵しかけるも

 

 

『ま、ジェロがぶらぶらするのはいつものことだから心配することなんてないわ。もし何かあったなら街が氷漬けになるはずだし今のところは大丈夫じゃない?』

『ふむ、それもそうか。むしろそっちの方が探す手間がなくなっていいかもしれんな』

『そっか。なら安心だ……な……?』

 

 

さも当然のようにバルドルとマザーの会話の内容にルシアは言葉を失うしかない。あまりにも自然な会話の流れに思わず納得しかけてしまったものの違和感によってルシアは踏みとどまる。とても和やかに聞き流すことができない内容。

 

 

『いやいやいやおかしいだろ!? 何でそこで街が氷漬けになる!? 明らかに放っておけるレベルじゃねえぞ!?』

 

 

街が氷漬けになる。とても軽く聞き流せるレベルを遥かに超えている自然災害についてマザー達は日常会話のような気軽さで話していたのだった。

 

 

『今更何を言っておる。大体お主は一度その目にしておるだろうが……ん? そうか、また自分が氷漬けにされるかもと怯えておるということか。まったく、心配するでない。流石に大魔王である主を巻き込むような真似はすまい。もしあったとしてもその……うむ、我が主を守ってやらんでもないぞ。ウタの時には後れを取ったが本来の我の力を持ってすればジェロといえども』

『んなことはどうでもいいんだよ!? 何で街が氷漬けになる前提で話が進んでんだ!?』

『仕方ないじゃない、だってジェロだし。一応一般人には手を出さないようにはすると思うけど、もしかしたらうっかりくしゃみが出ちゃうかもしれないし』

『っ!? くしゃみ!? くしゃみでそんな大災害が起こってたまるか!』

『まだそんな次元の話をしておるのか? ジェロは四天魔王なのだぞ。お主やウタはどちらかといえば対人向きの能力だがジェロやメギドは多数を相手にする方が得意だからの。力の加減を間違えればそうなっておかしくあるまい』

『…………』

 

 

マザーのこいつ何言ってんだと言わんばかりの言葉にルシアは改めて自分が既に人外を超えた力を持っていることを再認識するしかない。加えてそれに近い力を持った氷の女王を配下にしているのだということも。

 

 

ルシアはただ無言で走り出す。できるのはジェロの逆鱗に誰も触れないことを祈るだけだった――――

 

 

 

金髪の大魔王が奔走している方向から正反対の通りで今、二人の女性が相対していた。その内の一人、ベルニカは呆然としながらただ目の前にいきなり現れた女性に圧倒されるしかなかった。長い髪に白い雪のような肌。間違いなく絶世の美女と称するに相応しい姿。衣装のような服装もまた現実感を虚ろにさせ、女性の存在を逆に際立たせている。だがベルニカが圧倒されているのはその美しさからではない。もう一人の女性、ジェロから放たれている鋭い冷気にも似た魔力によってベルニカはその場に氷漬けにされたかのように身動き一つとることができない。

 

 

「あ、あの……」

 

 

理解できない事態を前にしてベルニカは必死の思いで声を漏らす。何故自分を探していたかのような言葉をかけてきたのか。そもそも何故自分を知っているのか。何故自分にこんな魔力を向けているのか。目的は何なのか。様々な疑問を含んだ言葉を何とか口にしようとするも敵わない。

 

 

「しゃべりかける無礼を許した覚えはないのだけれど……まあいいわ。答えなさい。お前は何の目的でこの街にいるのかしら?」

 

 

この場で全てを支配しているのはジェロ。口を開くことも、息をすることさえも許しがなければできないと悟ってしまうほどの絶望がベルニカを包み込んでいる。ベルニカは理性では今の状況が何なのかは理解できない。突然自分の前に現れ詰問をされるという理解不能の事態。会ったこともない女性にここまで詰め寄られる理由など欠片も思いつかない。だが魔導士としての本能がベルニカに警鐘を鳴らす。目の前の女もまた魔導士なのだと。同時に今、己が死の淵にいるのだと。

 

 

「…………質問を変えるわ。お前のその魔力、力は何? さっさと答えなさい。これは王の命令よ」

 

 

いつまで待っても固まったまま、応えようとしないベルニカに対してジェロは表情一つ変えることなく最期の命令を告げる。それこそがジェロがベルニカの前にまでやってきた理由。自分以外の魔導士、しかもDCにも属していない存在がルシアの本拠地である街にいる。魔力も全く感じたことのない未知の物。大魔王を守護するジェロにとって不確定な要素であり見過ごすには大きすぎる力。普段のジェロであれば詰問するまでもなく葬っていたところだがルシアによる契約によって体面としてこのような手段に出ている。だがそんなことを知る由のないベルニカはただ恐怖し、固まることしかできない。

 

 

「…………そう。いいわ、なら消えなさい」

 

 

もはや用はないとばかりにゆっくりとジェロの細い手がベルニカに向けられていく。後はただ絶望によって凍結されるだけ。助かる道は残されていないかに見える詰み。だが極限状態の中でベルニカはその言葉を口にする。もはや本能に近い、無意識の言葉。

 

 

「エ……魔導精霊力エーテリオン……です……」

 

 

間違いでありながら自らの命を救う唯一の正答。震えながらも自らの生きる意味と同義でもある魔法の名を告げた瞬間、今度はジェロの動きが止まってしまう。本当に氷の彫像になってしまったのではないかと思えるような行動停止。そしてそれがいつまで続いたのかベルニカに向かってかざされかけた手がゆっくりと下ろされていくとともに殺気にも似た魔力もまた霧散していく。

 

 

(た、助かった……? でもどうして……)

 

 

同時にずっと息を止めていた状態から解放されたベルニカは息を切らしながらもようやく安堵するもすぐさま意識を切り替える。間違いなく先程自分が殺されかけたことをベルニカは確信していた。その理由もだがそれを止めた理由も見当がつかない。分かるのはただ自分がまさしく九死に一生を得たという事実だけ。

 

 

「魔導精霊力エーテリオン……お前がエリー?」

「……? エリー……? いえ、私はベルニカと言います……」

 

 

ベルニカはジェロからの質問に疑問を抱きながらも今度はすぐさま応える。先程までのプレッシャーは完全に消え去ってしまっているものの、応えなければ恐らく次はないことを悟っているからこそ。

 

 

「そう……お前は何の目的でここにいるの? 何故魔導精霊力エーテリオンを持っているのかしら」

「そ、それは……」

 

 

一瞬言葉に詰まりながらもベルニカは全てを包み隠さずに吐露することを決断する。嘘など通用しないことは明らか。だが恐らく魔導精霊力エーテリオンに何らかの興味を示していることがベルニカにも見て取れる。息を整えながらもベルニカは応えて行く。

 

 

自分は幼いころからの実験によって人工的に魔導精霊力エーテリオンを身につけたこと。

 

その力を世界平和のためにぜひ貸してほしいという組織の誘いに応じて村からここエクスペリメントまでやってきたこと。

 

だがその組織は先のドリューが起こした混乱によって消滅してしまったこと。

 

今はこれからどうするか考えながらも共に来た医者であるジェリーボーンと合流するためにこの通りで待ち合わせをしていたこと。

 

 

ベルニカは言葉を選びながらも嘘偽りなく自らの状況を伝え終える。本当ならば魔導精霊力エーテリオンの魔力によって戦うこともできるがベルニカは手を出すことはない。元々戦うことは嫌いな温和な性格であることもあったがそれ以上に目の前の魔導士、ジェロを相手にすることはしてはならないとベルニカは悟っていた。直感にも近い確信。

 

 

「…………」

 

 

ジェロはただ無言のまま立ち尽くす。その瞳は確実にベルニカを捕えているはずにもかかわらず意識は違う所に向いているのでは思えるほどに生気が感じられない。ある種の芸術性すら感じるほどの光景。感情を感じさせない無表情。

 

 

「……あ、あの……」

「……何かしら」

「い、いえ……あなたは一体……」

 

 

誰なのか。何が目的なのか。聞きたいことは山の用にあるもののベルニカは口をつぐんでしまう。もし不用意に話しかければ再び逆鱗に触れかねない。だがベルニカが何を言わんとしているかを悟ったのかジェロは瞳に光を取り戻しながらベルニカに向かい合う。知らずベルニカは身体をこわばらせながら対面する。だがそんな緊張感は

 

 

「……ジェロ、それが私の名よ。今はアキ……主と共に服を買いに来ているところよ」

「…………え?」

 

 

ジェロの何気ない言葉によって消え去ってしまった。

 

 

「ふ、服を買いに……ですか……?」

「ええ。主がどうしても言うから着いてきているの。何かおかしな点でも?」

 

 

ベルニカがどこか気が抜けた、呆然とした様子を見せながらもジェロは淡々と答えるだけ。ジェロはベルニカをどうするかを決めあぐねていたため片手間にベルニカの問いに答えていた。

 

魔導精霊力エーテリオンを持つとされるエリーかと思ったものの別人。だが魔力の大きさと質はジェロですら未知の物であり魔導精霊力エーテリオンではないとは言い切れない。もし本当に魔導精霊力エーテリオンだとすればルシアにとっては有用であるが同時に危険も大きい。戦闘を仕掛けるのが一番手っ取り早いが魔導精霊力エーテリオンを相手に戦うにはルシアまでの距離が近すぎ、危険に巻き込みかねない。思いつく限りの方法を検討しながらジェロはベルニカとの会話によって時間を稼ぐ行動に出ていた。

 

しかしそんな事情など知らないベルニカからすればあまりの不可解さに呆然とするしかない。先程までのやりとりは何だったのかと思えるほど。

 

 

「そ、そうですか……その、主というのは……?」

「言葉通りの意味よ。私の主。私はそれに従う者よ」

「え、えっと……その……そ、そうなんですね! 御主人と一緒に買い物されてたんですね!」

 

 

顔を赤くし、慌てながらベルニカはジェロの言葉の意味を取り違えていたことに気づき訂正する。主などという呼び方からよからぬ想像をしてしまったことを恥じながらもベルニカはジェロの空気が明らかに先程までとは変わっていることに気づく。正確には主と呼ばれる者の話題になってから。表情は全く変化していないものの雰囲気や声の響きが違う。本当なら自分に話しかけてきた理由を聞きたいところではあるが今はこの話題を続けた方がいいと判断し、ベルニカは続ける。

 

 

「でも、一緒に買い物をされるなんて仲がいいんですね」

「そうでもないわ。以前氷漬けにしてしまったせいで怖がられているようだし……」

「(氷漬け……?)よ、よく分かりませんけどきっと大丈夫ですよ。一緒に服を買いに来てくれるなんて仲がいい証拠ですし……」

「そう……ならいいのだけれど……」

 

 

そのままジェロとベルニカは他愛のない話をいくつか繰り返すだけ。お互いの事情でそれ以上深く突っ込んだ話ができないため二人はあえて魔導精霊力エーテリオン以外のやりとりを続けるしかない。だがそんな中、ベルニカは次第にジェロに対する認識を改め始める。

 

 

(本当にさっきまでとは違う……まるで別人みたい)

 

 

自分と話をしているジェロの姿はとても先程までの殺気を放っていた姿とは似ても似つかぬもの。普通の者なら気づかないかもしれないがベルニカにははっきりとそれが分かる。氷の女王の名に相応しい残酷な姿とどこか子供のような純粋さ、幼さを感じさせる一面。矛盾を内包した存在。

 

 

(結婚してるのにこんなに気にしてるなんて……新婚さんなのかしら)

 

 

御主人であるアキという人物のことを気にしているジェロの様子は明らかに少女のよう。見た目からは想像もできない程。恋愛に関しては奥手、ウブであることを自覚しているベルニカから見てもそう感じてしまうほどに表情からは読み取れない物の雰囲気には現れている。先程命を狙われたにも関わらずそれを忘れ去ってしまうほどにベルニカはジェロに親近感を覚えてしまう。

 

 

「あの……余計な御世話かもしれませんけど、一つアドバイスさせてもらってもいいですか……?」

 

 

ベルニカは思わずジェロに向かってアドバイスという名のおせっかいを焼く。信じられないようなお人好し加減。ジェロもまた黙ってそれを聞いているだけ。形容しがたい異次元空間が発生しているものの唐突に終わりは訪れた。

 

 

それは三人組の男達。全身に黒いタイツを身に纏ったオッサン達が凄まじい速度で走りながらジェロ達に迫ってくる。何よりも目を引くのがその巨大なケツ。間違いなくヘンタイと関するに相応しい悪夢のような光景。

 

 

ケツプリ団と呼ばれる強盗団が今、銀行強盗を行い逃走しようとしているのだった。

 

 

「フフフ……見たか子分たちよ。オレ様の見事な手際を! 今までの失敗を帳消しにできるほどに悪ワルだっただろう!?」

「流石リーダーでござんす! まさかここらで一番大きい銀行を狙うなんて悪ワルの中の悪ワルでござんすね!」

「フッ……あまり褒めても何も出ねえぜ、子分B。お前には特別に取り分を7パーセント増やしてやろう」

「う、嬉しいんでやんすけど何でいつもそんなに中途半端なんでやんすか?」

 

 

久しぶりの盗みが成功しかけていることによってケツプリ団はこれ以上にないほどテンションが上がっている。彼らにとって盗みが失敗することは日常茶飯事。というか成功したことなど一度もないのだがそれ故にあり得ないこの事態に彼らですら驚いていた。普段は例え盗めたとしてもすぐに捕まってしまうのだから。だが今、彼らを追っている警官の姿はない。何故なら

 

 

「全てはこの爆弾のおかげよ。見ろ子分たちよ。これのせいで奴らも追ってこれんのだ!」

 

 

リーダーの手の中にあるアラームがついた時限爆弾。それをちらつかせることで警備員も警察もケツプリ団を追うことができずにいるのだった。

 

 

「流石リーダー……頭がいいッス! 苦労して準備した甲斐があったッス!」

「完璧な計画でやんすね。でもそろそろタイマーは切った方が……」

 

 

子分達はタイマー式のカウントダウンを続けている爆弾を臆することなく持っているリーダーの度胸に敬意を示しながらもそろそろ止めた方がいいのではと進言する。わざわざタイマーを進ませることで脅しの効果は高まったものの流石に本当に爆発させるわけにはいかないのだから。だがそんな子分達の考えは

 

 

「え……? これって偽物じゃないのか?」

 

 

目が点になりながら爆弾を見つめているリーダーの姿によって木っ端みじんに砕かれてしまう。

 

 

「な、何を言ってるんでやんすか!? 本物に決まってるでござんす!」

「お、お前らこそ何を言ってる!? 何でそんな危険な物を用意したんだ!?」

「リ、リーダーが用意しろって言うから用意したッス! 違ってたんッスか!?」

「あ、当たり前だ! 本物の爆弾なんて危険な物、いくら悪ワルなオレでも使うわけがないだろうが―――!?」

 

 

強盗団とはとても思えないような小心者でありながらどこか常識的な意識を持っているリーダーのミスによって爆弾を止めることはもはや間に合わず爆発が巻き起こってしまう。それだけなら自業自得。幸いにも周囲の店や客は強盗のせいで既に避難が完了していた。唯一の例外、ジェロと、彼女によってその場に留まることになってしまったベルニカを除いて。

 

 

「…………」

 

 

突然の事態。正体不明の生き物が迫り、同時に爆発してしまう状況を前にしてもジェロには微塵の乱れもない。瞳を動かすだけでその場から動くことすらしない。ジェロが身に纏っている魔力があれば爆弾の爆発程度は何の問題もない。気に留めることもない。しかしその場にはベルニカもいる。それをどうするべきか思案するも早く

 

 

「あ、危ない―――!!」

「っ!?」

 

 

目を閉じ、悲鳴を上げながらもベルニカがあろうことかそのままジェロを庇うように飛び出してくる。自分を庇おうとするなど想像すらしていなかったジェロは初めて表情を変えながら反射的に自らの魔力でベルニカを救わんとするも間に合わない。だがその瞬間、未知の魔力が辺りを支配した――――

 

 

「…………え?」

 

 

まるで目が覚めたかのようにゆっくりとベルニカはその場から立ち上がる。咄嗟に爆発からジェロを庇おうとしたのは覚えている。にもかかわらず身体には傷一つない。あれだけの爆発をまともに受けた筈にも関わらず。一体何が起こったのかベルニカには分からないもののジェロだけは確かに見ていた。

 

 

ベルニカを襲おうとした爆風がまるで避けるかのようにかき消されてしまった光景を。

 

 

「ジェ、ジェロさん……大丈夫ですか!? 怪我は……!?」

「……何ともないわ」

「そ、そうですか……良かった。もしかしてジェロさんが助けてくれたんですか?」

「いいえ、違うわ。あれはお前の魔法よ」

「私の……?」

 

 

ベルニカはジェロが何を言わんとしているのか分からないものの二人とも無事だったことにとりあえず胸をなでおろす。だが以前ジェロは無表情のままベルニカを見つめ続けている。その意味をベルニカが聞こうとした時

 

 

「ふう……怪我がなかったようで安心したぜ、お嬢さん方。すまない……オレ達が悪ワルだったばっかりに。許してくれ」

 

 

ジェロの肩に手を置きながら爆発をまともに受けた筈のリーダーが現れる。本来なら重傷、まともに動くことすらできない負傷にもかかわらず破けているのはケツの部分だけ。とても人間とは思えないような頑丈さ。ギャグの世界に生きる者だけが許される境地。

 

 

「リ、リーダー……大丈夫でやんすか!?」

「この状況で自分よりも女性を気遣うなんて……流石ッス!」

「悪ワルとして当然の嗜みだ……済まない、お嬢さん、オレ達はもう行かせてもらうぜ。元気で……な……?」

 

 

どこか誇らしげに二人の無事を確認した後、リーダーはその場を後にせんとするも唐突に足を止めてしまう。知らずリーダーは自らの手を確認する。

 

 

それは先程女性の肩に触れた手。まるで氷を触ったかのように手が霜焼けになってしまっている。およそ人間とは思えないような体温。一体何が起こったのか分からないままにリーダーはゆっくりとその視線を女性の顔に向ける。子分達もそれに合わせるように向かい合う。そこには

 

 

「…………」

 

 

絶対零度の視線を向けている氷の女王の姿があった。まるで虫けらを見下すかのような眼光。瞬間、ケツプリ団は思い出す。一年前にも全く同じ状況に陥ったトラウマを。三人の胸中にあるのは一つの言葉だけ。

 

 

『氷漬けの美女』

 

 

ようやくその正体に気づきながらもいつかと同じようにケツプリ団はその意識を失うのだった――――

 

 

 

 

「あ、あの……ジェロさん……」

「アレなら気にしなくていいわ。放っておけばそのうち溶ける。見るだけでも吐き気がするわ……」

 

 

ジェロは何事もなかったかのようにその場を後にする。もはや視界に入れる価値すらないと言わんばかり。ジェロにとっては本来なら自らの力を振るうことすら躊躇うような存在。ベルニカはそんな状況にどうしたものかとあたふたするしかない。同時にようやく先程ジェロが口にした氷漬けという言葉が冗談でも何でもなく真実だったことに気づくもあえてそこから先は考えないことにする。そんな中、ジェロはその胸にある小さな石に意識を向けたまま再び黙り込んでしまう。それがいつまで続いたのか。

 

 

「……分かったわ。戻るから少し待って頂戴」

 

 

ここにはいない誰かと話すかのような言葉を漏らしながらジェロはそのままその場から立ち去って行く。もはやここには用はないのだと告げるかのよう。

 

 

「私はもう行くわ。後は好きにしなさい……」

「え……? あ、あの……私に何か用があったんじゃ……?」

「いいえ。用はもうなくなった……本当ならここで摘み取ってもいいのだけれど気が変わったわ。二つ借りができてしまったしね……」

「借り……? 一体何のことですか?」

 

 

ジェロが何を言っているのか理解できないままベルニカはその場に立ち尽くすことしかできない。ジェロはそんなベルニカを置いたままその場を立ち去って行こうとするも不意にその足を止める。まるで忘れ物をしたかのように。

 

 

「……一つ借りを返しておくのも悪くないわね。お前の力は魔導精霊力エーテリオンではないわ」

「え……?」

 

 

今度こそベルニカは完全に言葉を失ってしまう。それほどにジェロが口にした言葉はベルニカにとっては想像だにしていなかったもの。

 

 

「『絶対回避魔法』……それがお前の魔法。あらゆるものを回避する超上級魔法。誇りに思いなさい……それは人間ごときが本来手にすることができない物よ……」

「絶対回避魔法……? ま、待って! それって一体どういうことなんですか!?」

 

 

置き土産という名の借りを返しながらジェロはその場を去って行く。ベルニカは慌ててその後を追おうとするも既にその姿は霧のように消え去ってしまっていた。まるで白昼夢を見ていたかのような出来事。だが確かにその出会い、言葉はベルニカにとっては大きな意味を持つもの。

 

 

癒しと絶望。本来なら相対し、殺し合う運命だった出会いは違う形で終わりを告げたのだった―――

 

 

 

「っ!? ジェ、ジェロ!? お前今までどこに行ってたんだ!? ずっと探してたんだぞ!」

 

 

突然ジェロが傍に現れたことによってルシアはその場に転げまわりながら急停止し、必死にジェロに迫って行く。身体は既にボロボロ。音速剣を使ってなりふり構わず街中を走り回った代償。いつ街が氷漬けになるか分からない恐怖によって精神的にも限界に近かったのだがようやくジェロが見つかったことでルシアは安心するしかない。もっとも心配していたのはルシアだけなのだが。

 

 

「……ごめんなさい。少し気になるものがあったのだけれどもう用は済んだわ」

「よ、用……? 一体何をしてたんだ……?」

「些細なことよ。心配ないわ」

「い、一応聞くけど魔法は使ってねえよな……?」

「ええ。一般人には手を出していないわ」

「そ、そうか……ならいいんだ。でも一応離れる時には行ってくれ……心臓に悪い……」

「分かった。次からはそうするわ」

 

 

とりあえず最悪の事態が避けられたことでルシアは肩の荷が下りた気分だった。次からという言い方にそこはかとなく突っ込みたいところはあるがもはやそんな気力すら残っていない有様。

 

 

『ふん、だから言ったであろう心配ないと。お主は六祈将軍といい過保護すぎるのだ。もう少し威厳という物をだな……』

「うるせえ! てめえこそもっとシンクレアとしての威厳を見せたらどうなんだよ! 着せ替えごっこをして遊ぶだけが能の石コロなんて必要ねえんだよ!」

『なっ!? いくらお主でも聞き捨てならんぞ! まるで我が役立たずの用ではないか!?』

「雄たけびだけでかき消されるような一発芸人が役立たずじゃなくて何だっつーンだ!?」

『お二人ともそこまでにしてはどうですか。こんな街中で言い争いをすれば一目を引きますよ?』

『そーそー。役立たずでもあたしはマザーのことは見捨てたりしないから安心して!』

『き、貴様、全然フォローになっておらんぞ!?』

「はあ……もういい、何かもう疲れたわ……っとそうだ。ほら、ジェロ。お前の服だ」

 

 

これ以上喚いても仕方ないとげんなりしながらルシアはそのまま抱えていた服が入った紙袋をジェロに手渡すことにする。本来の目的である服が手に入らなかったのでは本末転倒であるためルシアは何とかそれらしい服を購入することに成功したのだった。

 

 

「…………」

 

 

ジェロは無言のまま手渡された服の内容を確認する。一つはスーツ。もう一つはセーターとロングスカートの組み合わせ。普段着のようなものはおおよそ似たような雰囲気で統一されている。ある意味でエリーとは対極になるようなコーディネート。大人の女性の雰囲気を意識したもの。できるだけ露出が少なくしたのはルシアの目論見。もっともルシアの周り(この世界の女性)はやたら露出が多いのに悩んでいたからこその選択だった。

 

 

『ふむ……お主にしては中々まともなセンスだな。てっきり巨乳が強調されるような服を選ぶかと思っておったが』

「てめえは俺を何だと思ってんだ……? 別に俺は巨乳好きじゃねえって言ってんだろ」

 

 

心底意外そうなマザーの言葉にルシアは呆れ果てるしかない。そもそもDBに服のセンスをダメだしされることの方がどうかしている。そんな風に思いながらもひとまずは目的を果たした形になり、ルシアはそのまま本部まで帰還することにする。まだ戻っていないにもかかわらずこの疲労と騒ぎ。この先のことを考え、頭痛を感じながら歩きだそうとするもふとその足が止まる。ルシアはようやくジェロがその場から動こうとしていないことに気づき声を掛けようとするも

 

 

「……ありがとう、アキ。感謝するわ」

 

 

それはジェロの言葉と表情によって妨げられてしまう。ルシアはただその表情に固まってしまうだけ。普段は見せないような確かな笑み。男であれば魅了されない者はいない程の氷の微笑み。ベルニカによってもたらされたもの。笑顔を見せればもっと仲良くなれるはずだというアドバイス。ジェロなりに努力してそれを意識して見た結果。

 

 

「あ、ああ……気にすんな、とりあえず本部に行くぞ……」

 

 

だがルシアにとっては絶望の淵に叩き落とされる気分を味わうに等しいもの。無表情も怖いものの普段見せない笑みの方がルシアにとっては何倍も恐怖。ジェロが悪意を持っているわけではないことは理解しながらもこればかりはいかんともしがたいルシアのトラウマ。だが

 

 

(そ、そんな―――ま、まさか―――!?)

 

 

その胸元にあるマザーだけはそんなジェロの変化に気づく。いや、正確にはようやく気づく。自分が想像だにしていなかった事態が既に起こっていたのだと。

 

 

『……まさか本当に気づいていなかったのですか、マザー?』

『っ!? ア、アナスタシス、貴様知っておったのか!? いつからだ!? いつからこんなことになっておる!?』

『魔界に行く前からバレバレだったと思いますが……分かっていて同行を許可したのではないのですか?』

『そ、そんな訳がなかろう!? 知っておればこんなことには……お、おいバルドル!? 貴様の刺し金か!? ジェロがアキと接触する機会などほとんどなかったではないか!』

『ふふふ……残念ながらあたしのせいじゃなくてあなたのせいよ、マザー。自業自得よ。思い出してみなさい……そして絶望なさい。今度はあなたがジェロに絶望する番よ……』

『―――――』

 

 

まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのようなバルドルの言葉もアナスタシスの溜息もマザーの耳には届いてはいなかった。あるのはどうしてこうなったのかという疑問だけ。だがようやくその答えにマザーは辿り着く。

 

 

奇しくもそれは一年前。ジェロの模擬戦でルシアが氷漬けにされている間にしたマザーの一方的な会話。惚気という名の自慢を散々ジェロに聞かせてしまったこと。それによってジェロが必要以上にルシアに興味を持ってしまったという過ち。マザーはそのまましばらく黙りこんだまま静まりかえるだけ。ようやくマザーは悟る。

 

 

ジェロはルシアにとってだけでなく自らにとっても絶望だったということを。

 

 

そんなやりとりがされているとは知らぬままルシアはジェロを引き連れながら本部へと戻って行く。新たな絶望を一つ加えながら――――

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