ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第九十二話 「時と絶望」

満月と星の輝きだけが夜を照らし出している星跡の洞窟から離れた山。その山中にいくつものまばゆい光が爆発音とともに生まれ出て行く。まるで戦争が起こっているのではないかと思ってしまうような激しさ。

 

魔力光。それが爆発と光を巻き起こしているものの正体。魔導士が魔法を扱う際に生じる閃光。その一つ一つには様々な性質が含まれている。ある物には炎。ある物には雷。ある物には風。魔法と呼ばれる超常の奇跡。しかもその全てが考えられない程の魔力を帯びた一撃。並みの魔導士が己が魔力を全て費やしてようやく放てれるかどうかのレベル。

 

 

「―――っ!」

 

 

聞きとれないほどの高速詠唱を行いながら白い外装を纏った魔導士、ジークハルトは指を振るう。同時に無数の魔法陣が浮かび上がり魔法という形を以て放たれていく。その威力は六祈将軍はおろかキング級であっても防ぎきれない程。全てがただ一点に向かって注がれていく。魔法の弾着による煙と大地の崩壊によってそれを視界に収めることはできない。だがジークには分かっていた。否、感じ取っていた。それがまだ健在であることを。

 

一瞬のつなぎとなる呼吸の後、ジークは天高く舞い上がる。表情には全く余裕も甘さもない。端から見れば一方的な蹂躙。自らの魔法だけが相手に降り注ぎ命中している状況。圧倒していると言ってもいい。にも関わらずジークには全く逆の感覚に囚われていた。未だ一度の反撃も受けていないはず。しかし確実に自らの背中に、喉元に氷のような寒気が突きつけられている感覚。

 

 

「天体魔法……真・七星剣ネオ・グランシャリオ――――!!」

 

 

全てを振り払うかのようにジークは力を解き放つ。天体魔法と呼ばれる宇宙魔法すら超える自分だけの固有魔法。七つの光の剣を天から降らし、相手を殲滅する切り札。大魔道を超え、超魔導に至ったジークの扱うそれはまさに大地を崩壊させて余りある威力がある。その光が全て突き刺さり、辺りは轟音と衝撃に包まれる。後には焦土となった森であった場所が残されただけ。誰の目にも勝敗は明らか。これだけの破壊に晒されて生きていられる者などあり得ない。だがその例外が今、この場には君臨している。

 

 

「…………下らないお遊びはもう終わりでいいのかしら」

 

 

つまらなげな呟き共に彼女の姿が煙から現れる。いつもと変わらない雪のように白い肌と見る者を魅了する美貌を兼ね備えた美女。絶望のジェロ。ジェロはただ物を見るような生気を感じさせない瞳でジークを見上げている。身じろぎどころか瞬き一つ見せることはない。氷の人形を思わせる不気味さ。見下ろしている、優位に立っているはずのジークですらその瞳に魅入られかねない魔性がそこにはある。

 

 

(通じるとは思ってはいなかったが……まさかここまでとは……)

 

 

己に纏わりついている絶望の影を振り払いながらジークは改めてジェロと向かい合う。戦闘が始まったのはつい先ほど。ハル達がいる星跡の洞窟から離れた人気がない山の中。そこを戦場に選んだ後、合図もないままジークとジェロの戦いは始まった。いや、それは戦いですらなかった。攻撃を仕掛けるのはジークのみ。ジェロは戦闘が始まってから魔法を一度も使っていない。それどころかその場を一歩も動いていない。正気とは思えない奇行。だがその意味をジークはようやく悟る。

 

 

(ダメージどころかかすり傷一つない……放っている魔力だけで全て防いだとでもいうのか……?)

 

 

自分の魔法の直撃を受けながらもかすり傷一つ負っていない、無傷のままの姿。だがそんなことがあり得るのか。ただの魔法ならともかく先程の七星剣は宇宙魔法を超えたもの。例え超魔導であったシャクマであっても直撃すればただでは済まない。しかも今のジークの魔力はクロノスを手に入れたことによって当時よりも遥かに増している。しかし現にジークの魔法は全て無力化されてしまっている事実は変わらない。何か自分が気づいていない能力、種があるのでは。その正体を見抜くべく思考を切り替えようとするも

 

 

「これ以上茶番に付き合う気はないわ……さっさと『力』を見せなさい……」

 

 

ジェロの王としての命令によって急激に辺りの温度が下がって行く。比喩でも何でもなくジェロの空気に呼応するように辺りの全てが凍りつき始める。ジェロにとって先程までの攻防はただのお遊び、茶番に過ぎない。戦闘ですらない。かつてのルシア、ドリューへの儀式も同じ。例えるならばウタが戦気を纏わず戦っていたようなもの。だからこそジェロはジークへと命令する。力を見せろと。ジークが自らに、自らの主に届き得る牙を隠し持っていることをジェロは既に見抜いている。

 

 

「…………」

 

 

ジェロの全てを見抜いているかのような視線に晒されながらジークは未だ決断できないでいた。ジークにとってもその力は諸刃の剣。下手をすれば取り返しのつかないことになりかねない禁忌の力。故に使いどころは限られる。その瞬間を見逃さないことが今のジークの為すべきこと。

 

 

「そう……いいわ。なら先に見せてあげるわ。光栄に思いなさい……真の絶望がいかなるものか、その身を以て知るがいい」

 

 

もはやここまで。宣言と共にジェロの体から冷気が溢れだす。ブリザードにも似た暴風が吹き荒れる。瞬間、時間すら凍らせるかのような力が全てを飲み込んでいく。草も、大地も、空気さえも。その全てがジェロの内へと取り込まれる。

 

一瞬。ジークが瞬きをしたほんの一瞬で世界は変わった。白銀の世界。見渡す限り全てが白に染まっているジェロの世界。変わらないのは空にある満月と星だけ。それ以外のすべてはジェロの放つ魔力によって彫像、オブジェへとなり果てている。かつてルシアとの儀式の時に見せた光景の再現。街一つを氷漬けにするという奇跡。同時にその全てを己が領域へと変化させる攻防一体の魔法。違うのはその規模が桁違いだということ。街一つではない。周囲の山脈全てが今、ジェロの掌の上。例外はルシアがいる星跡の洞窟のみ。

 

この世界の中心は氷の女王のみ。その姿も先程までとは違っている。周囲には無数の氷結した氷が舞い、背中には羽にも似た氷の翼が生えている。身体が氷と一体になったかのように白の光に包まれている。天使のような神々しさと悪魔のような禍々しさを内包した魔王。

 

それが四天魔王『絶望のジェロ』の真の姿。自らが敵と認めた相手にしか見せることはない、全力の証。

 

 

『絶対氷結アイスドシェル』

 

 

絶望が初めて詠唱と共に両手を交差させ、解き放つことによって全ては終わった。

 

 

「――――っ!!」

 

 

瞬間、ジークは飛んだ。何か狙いがあったわけではない。ただ本能に従った純粋な逃亡。その速度はまさに流星。『流星ミーティア』と呼ばれる天体魔法。今のジークは速度であれば閃光にすら匹敵する。かつてシャクマですらその速度には対応できなった一つの到達点。だがその力を今、ジークは逃げることのみに使用していた。ただこの場から離脱しなければ命はない。魔導士としての直感。

 

 

(『絶対氷結アイスドシェル』だと……!? だがあれは術者の命を犠牲にしなければ使用できない禁呪だったはず……!)

 

 

ジークは刹那にも等しい時間の中で思い出す。ジェロが口にした魔法の正体をジークは知識として知っていた。絶対氷結アイスドシェルと呼ばれる氷属性の魔法の中で頂点とされ同時に禁忌とされている禁呪。自らの身体を永遠に溶けることのない氷とすることで相手を封じ込めるもの。術者の命を奪う、いわば捨て身の技。ならばジェロも自らの命を捨ててまでそれを放ってきたのかと考えるもそれが間違いであることをジークは見て取る。

 

氷の化身。絶望とは異なるジェロの異名。その名の通り生きた氷とも言えるジェロは命を奪われることなく絶対氷結アイスドシェルを使用することができる。その意味を悟り、ジークは戦慄し、恐怖する。

 

魔導士がその一生を賭けて一度しか使えない魔法を何のリスクもなく放つことができる。しかも超魔導の域にいる魔導士の禁呪。反則と言う言葉ですら生ぬるい絶望。絶対の氷結の波がジークを捕えんと迫る。回避というジークの選択は正しい。魔導士であれば誰でも知る禁呪の意味。それはあまりにも強力すぎるがゆえに禁じられているということ。もしあの氷結魔法に囚われれば逃れる術はない。だが

 

 

「――――無駄よ」

 

 

ジークの必死の逃亡は絶望の宣告によって終わりを告げる。瞬間、ジークの表情が驚愕に染まる。そこには振り切ったはずの氷結が目の前にまで迫っているあり得ない光景があった。速さと言う点においては他の追随を許さないはずの流星を纏っているにもかかわらずジークは絶対氷結アイスドシェルを回避することができない。まるで既に囚われることが決まっていたかのような状況。

 

『絶対回避不能魔法』

 

それが絶対氷結アイスドシェルが禁呪とされるもう一つの理由。魔界には絶対防御不能魔法と呼ばれる防御できない魔法が存在する。対して絶対回避不能魔法はその名の通り回避することができない魔法。どんな速さを以てしてもこれに抗う術はない。捨て身の、命を賭けた魔法だからこそ許される特性。故に絶対氷結アイスドシェルを防ぐ術は二つしかない。

 

一つが発動させないこと。どんな魔法も発動させなければ意味はない。ある意味戦いにおける真理の一つ。だがもはやそれは叶わない。残されたたった一つの方法。それは

 

 

「はああああ――――!!」

 

 

絶対氷結アイスドシェルに匹敵する魔法、防御を展開すること。単純であるがゆえにもっとも難しい対抗策。

 

ジークは自らの持つ膨大な魔力を無造作に、力づくで周囲に解放する。瞬間、まるで大地が揺れ、大気が震えるような魔力の波動が生まれ出る。この世で唯一究極魔法魔導精霊力に近い力を持つと言われるクロノスの魔力。その力を以て絶対氷結アイスドシェルを退けんとするも拮抗するのが精一杯。無詠唱であることに加えてこの空間は既にジェロの領域。いかにクロノスの魔力であってもそれが限界。だがそれすらも絶望の吹雪は超越する。

 

 

(こ、これは―――!?)

 

 

ジークは自らの周囲に起き始めた異変に声にならない声を上げる。そこには自分を殻に閉じ込めるように氷結が始まっている光景がある。間違いなく絶対氷結アイスドシェルの魔力には拮抗しているにもかかわらず。それがもう一つの絶対氷結アイスドシェルの特性。魔法だけでなく物理属性も併せ持っているということ。魔導士は魔力なき物は防げない。既に氷と化しているものを無効化することはジークにはできない。魔力は防げたとしてもその周囲に氷結していく氷はどうすることもできない。まるで卵の殻のようにジークの足元から包み込むように絶対氷結アイスドシェルが迫る。このままでは全身が氷漬けにされることは避けれても氷の卵の中に閉じ込められてしまう。決して溶けることのない氷の殻に閉じ込められることは敗北と同義。残された退路はさらに上空に飛翔すること。時間稼ぎにしか過ぎないがそれ以外に手は残されていない。だがそれすらも絶望の掌の上だった。

 

 

「――――」

 

 

ジークはようやくその存在に気づく。自らの上空。満月との間にあり得ない物体がある。いやそれはもはや物ではない。それは大陸だった。実際にジークは見たことはないものの知識として知っていた。曰く北と南の果てには氷の大地があるのだと。人間が大地だと勘違いしてしまうほどの巨大な氷の塊があるのだと。そう、これは単純な話。何のことはないお伽噺。

 

 

絶対氷結によって文字通り空中に氷山を創り上げていた。そんな笑い話にもならないような冗談が現実になったというだけ。

 

 

「さあ……絶望なさい……」

 

 

慈悲すら感じさせる宣告と共に鉄槌が下される。数百メートルどころではない、キロにも及ぶほどの巨大な氷山がジークを圧殺せんと迫る。

 

 

『氷河期アイスエイジ』

 

 

大質量による圧殺という単純が故に覆しようがない奥義。加えて決して溶けることがない、砕けることがない絶対氷結アイスドシェルによって創り上げられたもの。避けることも、防ぐことも許さない究極技アルティメットスキル。絶対氷結アイスドシェルを防ぐだけで余力がないジークの隙を狙った完璧な詰み。超魔導であっても逃れようがない絶望。だがジェロは知らなかった。

 

 

それを覆し得る『時の加護』をジークが手にしていることを。

 

 

「――――っ!?」

 

 

その刹那、戦闘が始まってから初めてジェロは目を見開く。沈着冷静であるジェロであればあり得ないような表情。だがそうさせてしまうほどのあり得ない事態が巻き起こる。

 

そこには何もなかった。白銀の世界も、絶対氷結アイスドシェルも、氷河期アイスエイジも。否、『何がなくなったのか』すらもジェロには分からない。幻覚に惑わされているかのような混乱。四天魔王のジェロであってもそれを前にしたことで一瞬の隙が生じる。だがその一瞬が全てだった。それこそがジークが全てを賭けて見いだした勝機。

 

ジェロはそのまま光に飲み込まれる。その名の通り流星のような速さを持った大質量の一撃。音速を超えた速さと衝撃によってジェロは大爆発とともに消え去っていく。残されたのは山を削る程の災害の爪痕だけ。

 

 

古代禁呪『星座崩しセーマ』

 

 

それがジェロを襲った魔法。隕石を操る古代から禁じられた魔法。かつてシャクマが得意としていた奥義。ジークによって放たれたそれによってジェロは声を上げる間もなく吹き飛ばされたのだった――――

 

 

 

「ハアッ……ハアッ……!」

 

 

体中から汗を流し、肩で息をしながらもジークはようやく落ち着きを取り戻す。ジェロほどではないが冷静さを持っているジークからすれば考えらないような有様。だがそうならざるを得ない程の攻防、博打が先程行われたのだった。

 

 

(危なかった……! もしあと一瞬クロノスが遅れていれば命はなかっただろう……)

 

 

ジークは自らの体が氷漬けになっていないことを確認しながらも眼下にある焦土と化した惨状に目を向ける。隕石の衝突によって山が抉れ、クレーターが生まれマグマが溢れだしている地獄がそこにはある。まさに天変地異に相応しい光景。星座崩しセーマの威力を示す物。

 

星座崩しセーマこそがジークの持つ最高の攻撃魔法であり切り札。だがジェロ相手に馬鹿正直に放ったとしても避けられるか対処されてしまう可能性が高い。故にジークはもう一つの奥の手を使用することを決断した。

 

『時の審判クロノス』

 

ミルディアンで手にしたエンドレス、魔導精霊力に匹敵する第三の力。その本質である時空操作による対象の消滅こそがジークの切り札。もしシャクマの時のようにジェロその存在そのものをなかったことにできればその手もあったが残念ながらその手は通用しない。エンドレスの力を持つ者、すなわち四天魔王やシンクレアを持つ担い手にはクロノスは通用しない。知識のレイヴを手にしたハルのようにジークもまたクロノスを手にした瞬間にその知識を得ていた。だがジークはもう一つのクロノスの使い方を見いだす。

 

それが先の絶対氷結と氷河期の消滅。正確にはジェロが放った二つの魔法をなかったことにすること。ジェロ自身を消滅させることはできないがその魔法を無効化することがクロノスにはできる。加えてその瞬間ジェロは何が起こったのか分からない。間違いなく隙が生じる。その隙を星座崩しで貫くことがジークの狙い。

 

無論この戦法には大きなリスクが付きまとう。正しく言えばクロノスを使うことのリスク。時空操作である以上使用すればするだけエンドレスが成長し、力が増してしまう。ましてや今回消滅させたのは四天魔王の奥義。その影響がいかほどのものかジークであっても想像がつかない。既にシャクマとその古代禁呪を消滅させたこともあるジークにとっては諸刃の剣。使うべきではない力。だが四天魔王という最高戦力を削る最初で最後になるかもしれない好機。故にジークはクロノスの使用を決断し、見事それを成し遂げたのだった。

 

 

ジークは一度大きく深呼吸をしながらもすぐさま星跡の洞窟の方向に振り返る。四天魔王の一角を落としたもののまだ三人残っている。加えて今まさにルシアとハルが戦っている。喜んでいられる時間などない。ジークが流星によってその場を離脱せんとするもそれは

 

 

「なるほど……それがお前の力ね……驚かされたわ……」

 

 

消滅したはずの絶望の声によって止められてしまう。ジークは信じられないものをみたかのように額に汗を滲ませながらも確かにその光景に息を飲む。

 

 

隕石の衝撃によってクレーターができ、マグマが流れ出している灼熱の世界にあっても氷の女王は変わらずそこにあった。マグマの中を平然と歩いているという生物としてあり得ない事実。彼女が足をつけるたびにマグマが凍りついて行く。何人もジェロを溶かすことなどできないのだと示すかのよう。

 

 

「馬鹿な……確かに星座崩しセーマは直撃したはず……」

「ええ、流石は古代禁呪……おかげですぐ再生できなかったわ……ここまで手傷を負わされたのはいつかウタと戦った時以来ね……」

 

 

どうでもいいことのように呟きながらジェロは己の右手を握っては開く動作を繰り返す。まるで自らの身体の動作を確認するかのように。そこでようやくジークは目にする。ジェロの体のいたる所が光輝いていることに。正確にはヒビが入り、損傷している部分を新たな氷が塞ぎ再生している。瞬く間にジェロは最初と変わらぬ万全の状態に回復してしまう。

 

 

(そうか……あれがオレの魔法が通用しなかった本当の理由……!)

 

 

その光景によってジークはついにジェロの能力を看破する。『自動再生』氷の化身であるジェロは己の身体のダメージを氷によって瞬時に回復することができる。ジークの魔法が効かなかったのは単純にジェロの再生速度が上回っていただけ。星座崩しであればダメージを与えられたようだがそれすらも瞬く間に再生してしまった。

 

ジェロの骨は氷でできており外からの攻撃は通用しない。ウタをして「ジェロを倒す術は存在しない」と言わしめるほどの不死身性。それこそがジェロの真の恐ろしさ。

 

 

「さっきの力……時間逆行、いえ事象の改変かしら。人間ごときがどこでそれほどの力を手に入れたのか興味はあるけれど……もういいわ。種が割れた手品師に相応しい絶望をくれてやるわ……」

 

 

だがジークはまだ知らない。四天魔王に対して手の内を晒してしまう危険を。同じ技は二度と通用しない。そんな不文律が現実にあり得ることを。

 

 

「くっ……!!」

 

 

ジェロの空気が変わったことを察知し、流星で距離を置こうとするも再び絶対氷結が放たれ追い縋ってくる。先の攻防の焼き回し。だがジークにとってはまだ勝機が失われたわけではない。間違いなく星崩しは通用する。後はあの再生力をどうするか。先のように再び氷河期を使われる前にクロノスによって状況を脱し、星座崩しを発動させる。だがそんなジークの狙いは

 

 

「―――言ったはずよ。もう種は割れたと」

 

 

一瞬で目の前にまで迫ってきたジェロによって外される。ジークは咄嗟にクロノスによって絶対氷結を消滅させるもできるのはそこまで。ジェロを消滅させることはできない。ましてや星座崩しを行うには詠唱が必要。目と鼻の先にまでジェロが近づいているこの状況では発動はおろか他の攻撃魔法すら唱える隙は作れない。

 

 

「思った通り……どうやら私自身を消すことはできないようね。ならこれはどうかしら」

 

 

何かを確かめるようにジェロは身体を翻しながらジークに向かって拳を放つ。肉弾戦という魔導士ではあり得ない選択肢にジークは呆気にとられるものの唯一ジェロに勝る武器である速度によって紙一重で拳を躱す。魔導士の肉弾戦という本来なら付け焼刃に過ぎない行動。だがそれをジークは本能で回避することを選んだ。それは正しい。何故なら

 

 

ジェロの拳が地面にたたきつけられた瞬間、周囲の大地と森が粉々に砕け散ってしまったのだから。

 

 

「私はウタほど肉弾戦は得意ではないのだけれど、仕方ないわね……」

 

 

自らの拳を見つめながらもジェロは一切の油断も容赦もなく一歩一歩ジークに近づいて行く。

 

ジェロの拳の威力自体は大したものではない。ウタには及ぶべくもなく、単純な体術であればキング級の実力があれば拮抗することができる。だが問題はジェロ自身の体質。本気のジェロはその名の通り氷その物。触れたものの熱を奪い、崩壊させてしまう力がある。その結果が今の惨状。まるで液体窒素に漬けられてしまったかのように粉々に砕かれてしまうというウタとは違うもう一つの一撃必殺。

 

 

ジークはそんなジェロの姿を見ながらも既に察していた。今の自分が限りなく詰み、絶望の淵にいることを。

 

 

(ま、まさか……いや、間違いない! さっきの攻防で既にこちらの手の内を全て読まれている……!)

 

 

ジークはただ戦慄するしかない。ジェロの洞察力とでもいうべき戦士としてのセンスに。

 

 

ジェロは既に先の攻防でジークの持つクロノスが事象の改変であることを見抜いていた。加えて恐らくはその間の記憶すらも失わせる特性があることを。本来ならそれは厄介極まりない性質。自分が攻撃したことすら忘れてしまうのだから。だがその問題をジェロは機械的に解決する。絶対氷結と氷河期という切り札を囮として使うことによって。常に自分の意識を肉弾戦のみに集中することでジェロは先の攻防で見せたような隙を見せる可能性を潰す。

 

加えて肉弾戦を選んだのはクロノスが自分の身体には影響を与えられないと見抜いたから。もしそれができるのなら最初から使ってくるはず。それを度外視しても出し渋っていたのは他にも何らかのリスクがあると見ていい。持久戦になればこちらの有利は変わらない。星崩しもこれだけ接近していれば自身を巻き込むためジークは使えない。速度では劣るが結界を張ることで動きを制限すれば捉え切れない動きではない。

 

 

ジェロは冷酷な機械のような思考でジークを追い詰める。戦うために生まれたウタのような直感ではなく計算されつくされた理詰めと経験によって相手を封殺する。それこそがジェロの真骨頂。知識と経験。奇しくもシャクマとの戦いで痛感した己の足りない部分によって再びジークは窮地に立たされる。

 

 

「どうやら悟ったようね……さっさと絶望なさい。お前にはもうそれしかないわ……」

 

 

己の勝利を目の前にしても全く動ずることなく氷の女王は宣告する。ジークはそれを前にしてもまだ膝を折ることはない。ここで絶望することはすなわちハル達の敗北、引いては世界の滅亡に繋がる。時の番人としてジークハルトに絶望することは許されない。何よりもジークには一つだけ、文字通り最後の切り札が残されていた。それは

 

 

(最期の齢ラスト・エイジス……これしかオレに残された手はない……!)

 

 

『最期の齢ラスト・エイジス』

 

 

その名の通り己の命を捨てる禁呪であり変身魔法の奥義。自分のこれから先の寿命を全て犠牲にすることで強大な力を得るもの。言うならば時間の前借り。今の自分に足りない知識と経験すらも手に入れることができる最期の切り札。だが後戻りをすることができない時を失う魔法。例えそれを使ったとしてもジェロに必ず勝てるとは限らない。あまりにも危険が多すぎる選択肢。

 

 

だがその全てを理解しながらもジークは決意する。今この瞬間に自分の命を賭ける価値があると。それほどまでに四天魔王の強さを痛感したが故。もしルシアの元にその全てが集えばハルが全てのレイヴを手にし、エリーが魔導精霊力の完全制御が可能になったとしても打つ手がない。誰かが四天魔王を止めない限り勝つことはできない。

 

 

「…………」

 

 

ジークの決意を感じ取ったのかジェロもまた全力を以てジークを倒さんとする。間違いなくこのまま生かしておけばルシアにとって害になり得るだけの可能性を持った存在だと認めた証。

 

 

静寂が全てを支配する。絶望と時の番人。魔界の超魔導と人間界の超魔導。互いに譲れないものを守るための戦い。その決着が訪れんとした瞬間

 

 

紫の光が全てを覆い尽くした―――――

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