ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第九十四話 「本音」

 

「……っ! …………っ!」

 

 

ハルは自分の耳に誰かの声が響くのを微かに感じ取る。だがすぐに意識を取り戻すことができない。まるで深い眠りの中にいるかのような感覚に囚われている。何か懐かしい夢を見ていたかのような、悪夢を見ていたのか。それすらも分からない程。次第に瞼の裏から光を感じ取るとともに意識が戻って行く。深い水の底から地上に浮かび上がるかのよう。ゆっくりとハルは目を覚ます。そこには

 

 

「っ! ハ、ハル!? よかった、もしかしたらもう目が覚めないんじゃないかって……」

 

 

大粒の涙を流しながらハルを見つめているエリーの姿があった。その表情は悲しみと不安に満ちている、普段のエリーからは想像できないような有様。涙がほほを伝い、ハルの顔へと落ちてくる。そこでようやくハルは自分が地面に横たわり、エリーに膝枕をされていることに気づく。

 

 

「エリー、オレは一体……」

 

 

どうしてこんなことになっているのか。そう口を開こうした瞬間、この世の物とは思えない確かな痛みがハルの全身を駆け巡った。

 

 

「っ!? あっ……があ……っ!?」

「ダ、ダメだよハル! 体中大怪我してるんだから動かないで!」

「け、怪我……? どうして……」

 

 

ハルは突如自分の全身を駆け巡る痛みに悶絶しながらも首だけを動かしながら自分の体を確認する。見た目には大きな傷はない。だがその内部は酷い有様だった。片腕と片足の骨は砕け、筋肉は痛みによって動かそうとするたびに激痛が走る。これまでの戦いの中で感じた物とは比べ物にならない程の痛み。まともに動かせるのは首から上だけ。しかし痛みによって次第に記憶が戻って行く。自分がこんなことになってしまっている理由を。それは

 

 

「……やっとお目覚めか。どうやら死に損ねたらしいな、ハル……」

 

 

ハルからも見える位置にゆっくりと移動しながらルシアが姿を見せる。その姿は全く変わっていない。手にネオ・デカログスを持ち、首から三つのシンクレアを下げている。何よりも先程まで戦闘を行っていたにもかかわらず傷一つ負っていない。まるでシンフォニアの時の再現。いや、あの時にはかすり傷だけでも負わせたのを考えればその差はさらに広がったのでは思えるほど。

 

 

「アキ……そっか、オレはまた……」

 

 

負けたのか。その言葉を寸でのところで飲みこみながらようやくハルは全てを悟る。自分が羅刹剣を使用してもアキには届かなかったのだと。その間の記憶は完全にないもののもはや疑う余地はない。アキは立ち、自分は地に伏している。いつかの時と同じ。知識のレイヴによって得た羅刹剣の知識。今持てる以上の力を持ち主に与えるも代償を求める魔剣。結果がこの満身創痍。だがそこは大きな問題ではなかった。羅刹剣を、自分の限界以上の力を以てしてもアキには敵わなかった。ただそれだけ。

 

 

「ううっ……ほんとに心配したんだからね、ハル!! もうあんなことはやめて……お願いだから……」

「……ごめん、エリー。今のオレならあの剣を使えると思ったんだ……あれしかアキを止める方法はないって……ごめん」

 

 

本気で涙し、怒っているエリーの姿にハルの罪悪感が増していく。それほどまでに自分が心配をかけてしまったのだと。ハルはそんなエリーの姿に心に誓う。もう二度と羅刹剣を使うことはしない。魔剣に心を委ねることはない。代償である体の怪我ではなく、エリーを泣かせないために。その誓いを確かめるようにハルは痛みを承知の上で自らの手にあるTCMに力を込める。だがそこでようやくハルは知る。

 

 

「…………え?」

 

 

誓いに関係なく、己の手からTCMが既に失われてしまっていることに。

 

 

そこには柄しかなかった。十字架のレイヴがある位置から上の刀身が全てなくなってしまっている。呆然としながらハルはその目の端に捉える。地面に無造作に転がっているTCMの刀身。自らの旅を支えてくれた愛剣。もはやそれにかつての姿はない。自分の未熟さで、浅はかさで剣を失ってしまった。世界の剣を。レイヴマスターの証を。そして何よりも

 

シバから受け継いだ魂。世界のために、リーシャのために戦い続けてきたシバの証を失ってしまった。自らの敗北すらその前では霞む。本当の意味でハルが全てを失ってしまった瞬間だった――――

 

 

(ハル……すまねえ、でもそうするしかなかったんだ……)

 

 

呆然としているハルの姿に心を痛めながらもルシアにはもはやそれ以外に方法は残されてはいなかった。また新しい剣を作ることはできてもハルを蘇らせることはできない。どちらを優先するかなど考えるまでもない。最初からああしていれば、こうしていれば。だがそれは過ぎ去ったこと。例えハルの心を折る選択であったとしてもルシアは選ばざるを得なかった。

 

そしてルシアもまたいつまでもこの状況で留まっているわけにはいかない。今の自分はアキではなく、ルシア。ダークブリングマスターとしての行動をとらなければならない。でなければ全てが終わってしまう。自分だけでなく、世界の全てが。

 

 

『ふん、手間取りおって……もういいであろう。さっさとエリーとついでにヴァンパイアを奪って終わらせよ、我が主様よ』

『う、うるせえな……分かってるっつーの。でもエリーは別だ。今の俺に必要なのはヴァンパイアの方だ』

『え? もしかしてヴァンパイアの方が気に入っちゃたってわけ? ジェロといい気が多い男なのね。ま、大魔王だし当たり前といえば当たり前かもしれないけど節操はあったほうがいいわよ』

『何の話だ!? そもそも俺は石や魔王に求愛する趣味はねえ! エ、エリーは……そう、全てのシンクレアが揃ってから手に入れるってだけだ!』

『いつまでそんなヘタレなことを言っておる! それでは間に合わんのだ! 仕方がない、もはや我が直接動くしかないようだな。お主はそこで黙って見ておれ』

『お、おい勝手に動くんじゃねえよ! てめえは黙って俺に従ってろ!』

『っ! そ、それは……うむ、なかなか魅力的な口説き文句だが今はそうも言ってられん。ともかくエリーを手に入れるのだ! それで後はどうとでもなる!』

『……何でシンクレアの私がついで扱いなのか気に障るけどさっさとして頂戴。放置プレイはもう飽きたわぁ』

『アキ様、ともかくまずはヴァンパイアを。このままでは収拾がつきませんし。マザーは私が』

『あ、ああ……悪い』

『ええい、邪魔だアナスタシス! 最近出番がないくせにしゃしゃり出てくるでない!』

 

 

間違いなくお前よりは役に立っているという心の声を封じながらルシアは改めてハルとエリーに近づいて行く。正確にはエリーの持つヴァンパイアに向かって。何故マザーがあそこまでエリーを奪うことに執着しているのかは理解できないがシンクレアを手に入れれば一応この場を離脱する言い訳はつく。苦しいことには変わらないがハルは間違いなく満身創痍。見逃してもそれほど違和感はないだろうという狙い。ジークとジェロがどうなっているのかも気になる。時間がないのはいつも変わらない。

 

 

「エリー、そのシンクレアを渡せ。そうすればここで終わりにしてやる」

 

 

ルシアは星跡の洞窟に来て初めてエリーに話しかける。否、命令する。その首に掛けているシンクレアをよこせと。そうすればここで退いてやると。というか渡してくださいお願いしますという本音を必死に飲みこみながらルシアは手を差しだす。

 

 

「アキ……だ、ダメだよ! このママさんはあたしのだし……それにママさん達を集めて何か悪いことをする気なんでしょ!? あたしだってそのぐらい分かるんだから!」

 

 

一瞬、迷いながらもエリーはその手にヴァンパイアを握りしめルシアの言葉を拒否する。ここで戦いを止めてくれるならエリーにとっては受け入れてもおかしくない条件。しかしエリーではない、その内にあるもう一人のエリーが告げる。シンクレアを渡してはならないと。根拠はないもののシンクレアを渡すことはきっとアキにとってもよくない災いをもたらす。直感にも似た確信でエリーはシンクレアを渡すことを拒み続ける。

 

その光景をシュダもまた苦渋の表情で見つめている。この場でルシアが退いてくれるなら願ってもないこと。だがシンクレアを渡せばルシアの元には四つのシンクレアが揃ってしまう。五つ目はジークが隠しているがジェロに敗北してしまえばどうなるかは分からない。どちらを選択しても得るものと失うものがある。天秤をどちらに傾けるか。単純な、それでもこれからの展開を左右する二者択一。

 

 

「……悪いが力づくでももらっていくぜ」

 

 

そんなエリーの心情を理解しながらもルシアは心を鬼にしてエリーへと迫る。できればしたくはなかった実力行使。力づくでシンクレアを奪うために。傍にシュダもいるが今のルシアの敵ではない。後はエリーを傷つけないようにシンクレアを回収する。だがそんなルシアの狙いは

 

 

「や、めろ……アキ……」

 

 

かすれるような声を上げながらルシアの前にハルが立ち塞がることで防がれてしまう。ルシアはまるで幽霊を見たかのように驚愕し、その場に立ち尽くしてしまう。ルシアだけではない。エリーもシュダもその光景に目を疑い、声を失っていた。

 

 

(う、嘘だろ……!? 何でまだ動けるんだ!? 間違いなく羅刹剣のせいで体は動かせないはずなのに……!)

 

 

ルシアは戦慄し、自分の前に立ち塞がっているハルに目を奪われる。ハルは既に満身創痍、死に体といってもいい姿で立っている。そう、立っている。体を動かすだけで激痛が走り、片腕を侵食されただけでその腕は剣を握ることすらできなくなる。その影響をルシアは身を以て知っている。だからこそあり得ない。その痛みを全身に受けながらなおも立ち上がるなど。

 

 

「いくら……アキでも……エリーを傷つけるのは許さない。オレは……エリーを、守る」

 

 

そんなルシアの内心など知る由もないハルはただルシアの前に立ち塞がる。エリーを庇うように、守るように。

 

 

顔は苦痛に歪み、まともにしゃべることすらままならない。痛みを感じていないわけではない。今この瞬間も体を磨り潰すような痛みが体中を駆け巡っている。いつ意識を失ってもおかしくない状態。だがそれでもハルは倒れることはない。

 

 

今のハルには何も残っていない。四つのレイヴを手に入れ、羅刹剣という反則を使ってまでルシアには及ばなかった。完全な敗北。覆しようがない力の差。TCMという自分にとっての半身ともいえる武器も失った。もはやレイヴマスターとしてのハルを支えるものはなにもない。なのにハルは立ち上がる。何もかも失ったにも関わらず。それでもまだ譲れないものが、あきらめられないものがあると誇示するように。

 

 

「……そこまでにしておくんだな。今のお前じゃエリーは守れねえ」

 

 

今まで感じたことのないハルの変化に気づきながらもルシアはハルへと告げる。もはや勝負はついたと。今のお前では自分には敵わない。エリーを守ることもできない。ルシアとしての言葉。真意としてはこれ以上無理をするなという警告。羅刹剣の後遺症に加え、骨折もある。このまま無理をすれば本当に命を落としかねない。その証拠にハルは立っているのがやっと。立っていることすら奇跡。ルシアはそのままハルを素通りし、エリーへと迫る。一刻も早くこの状況を脱するために。だがそれは

 

 

「アキ――――!!」

 

 

ハルの咆哮と拳によって粉々に砕け散ってしまった――――

 

 

「~~~~っ?!?!?」

 

 

瞬間、声を上げる間もなくルシアは遥か彼方へと吹き飛ばされる。否、殴り飛ばされる。纏っていた甲冑を砕く程の衝撃と威力。人間業ではない怪力。為すすべなくルシアはそのまま蹲る。

 

 

(っ!? な、何だ!? 何で俺、こんなところに、じゃなくて……な、殴られたのか!? 誰に!? どうして……)

 

 

当のルシアは一体何が起こったのかすら分からない。ただ混乱するだけ。未だかつて遭遇したことのない事態、出落ちにすらならないような異常事態。分かるのは自分が殴られたのだということだけ。そう、ハルによって殴られただけ。だがそれはルシアにとってあり得ない、その場にいる全ての者達にとっても信じられないこと。

 

 

(ま、まさかあの怪我で殴ってきたのか!? そ、そんな馬鹿な……アナスタシスがあるわけでもないのにどうやって……甲冑を素手で……ってちょっと、待て? 確かこれと同じ展開がどっかであった気が……)

 

 

殴られた痛みでせき込みながらもルシアは強烈なデジャヴを感じる。今の状況が何かに酷似していると。ようやく悟る。それが原作でハルとルシアが繰り広げた殴り合いというおよそあり得ないような展開と同じなのだと。シュダを手にかけたルシアに対してハルがキレて襲いかかるという状況。だがルシアはそんなことが起こるなど露ほども思っていなかった。シュダを手にかけることなどするはずもないのだから。しかもハルの状態は立っていることでやっと。まともに動くことはできないはずだと。誤算はたった一つ。

 

 

先のルシアの言葉。シンフォニアでもハルを戦わせる気にした言葉に繋がる、ハルにとって譲れないものを刺激してしまったことだった。

 

 

「あああああ――――!!」

 

 

ハルは叫びを上げながらルシアの元へと駆ける。かつての羅刹ではない。明確な意志を持って。他の全てを失ってでもなくしてはならないもののために。痛みなど超越すほどの覚悟。精神が肉体を凌駕する。軋む体も、折れた手足もかなぐり捨ててハルはルシアを止めるために駆ける。

 

 

(え? ちょ、まっ――――!!)

 

 

ようやく自分が踏んではいけない地雷を踏み抜いてしまったことに気づきながらもルシアは何とかハルを止めんとするもやめてくれと叫ぶわけにもいかない。あまりな不意打ちであったために持っていたはずのネオ・デカログスも手放してしまっている。これに関してはむしろ幸運だったといえる。もし持っていても今のハルなら剣ごとネオ・デカログスを破壊しかねない。冗談でもなくあり得ること。ともかく肉弾戦でも構わない。一刻も早くハルを止めなければハルが死んでしまいかねない。そう判断し、迎え撃とうとするもルシアは動きを止めてしまう。今のハルは満身創痍。もしそこに拳とはいえ攻撃してしまえばどうなるか。再起不能になってしまいかねない危険がある。だが

 

 

「ぶっ―――!?」

 

 

そんなルシアの事情などお構いなしに今度はハルのひざ蹴りがルシアの顔面に直撃し、再びルシアは吹き飛ばされる。もはや何が何だが分からない事態の連続にルシアは思考が追いつかない。

 

 

『な、何をしておるアキ!? 遊んでおる場合か!?』

『ア、 アキ様……すぐに再生を!』

『なにこれ? 修羅場? 修羅場なの?』

 

 

自らの主の思わぬ状況にシンクレア達は各々の反応を見せるも構っている暇はルシアにはない。自らの主が傷つけられたことでマザーは勝手に空間消滅を使用せんとするも何とか力づくで抑える。アナスタシスは瞬時にダメージを再生するも、次々にハルの拳、蹴りがルシアに襲いかかり焼け石に水。なまじ再生する分、痛みが新鮮な生きたサンドバック状態。抵抗しようにもネオ・デカログスはこの場にはなく、反撃すればハルを殺しかねない袋小路。できるのはひたすらにぼこられることだけ。

 

 

 

「ハアッ……ハアッ……!! アキ……どうして、どうしてなんだ!!」

 

 

そんな中、ハルはただ子供のように無我夢中でルシアへと向かって行く。がむしゃらに、何の技術もない子供のように。ハルはただ己が内の感情を吐き出す。今まで表に出すことができなかった、レイヴマスターとしての責務から向き合うことができなかったアキに対する自分の想いを。

 

 

「どうしていつも……いつもお前は先にいるんだ……! どうしていつも……! オレだって……オレだってそこに行きたかったのに……!!」

 

 

その拳に、蹴りに思いを込めるようにハルはただ叫ぶ。どうして。いつも。何故。その脳裏に蘇る。幼い頃、浜辺で初めて会った自分と同い年の男の子。金髪という自分とは正反対の容姿を持つ、姉しかいなかったハルにとっては兄弟同然の存在。父は物心つく前に姿を消し、母が亡くなったばかり。ハルにとってアキはカトレアと同じかけがえのない家族だった。

 

いつも一緒。共に遊び、共に育ってきた。同時にハルにとってはアキは大きなライバルでもあった。だがハルは一度もアキに勝てたことがない。勉強も、運動も。人並み以上にこなせるアキにいつしかハルは劣等感を抱くようになる。嫉妬という感情。だがそれだけではない。それ以上に大きな感情がハルにはある。

 

いつかの日を思い出す。島の友達が父親が取ってきた大きな魚を自慢してきたあの日。父がいないことでカトレアに八つ当たりをしてしまったあの日。自分は初めてアキに怒られた。喧嘩になった。取っ組み合いになり、完膚なきまでに負けた。どうしてアキが自分を怒ったのかすぐには分からなかった。でもその日の晩、アキは不機嫌そうにしながらも友達に負けない大きな魚を取ってきてくれた。その意味を子供心ながらハルも知った。

 

それだけではない。いつもアキは自分の手を取ってくれた。その背中に憧れた。そう、憧れ。ハルにとってアキは大きな壁であるとともに憧れでもある。だがそんな日々はいつまでもは続かなかった。

 

 

「どうしてあの時、行っちまったんだ!? オレだって……姉ちゃんだって着いて行きたかったはずなのに……!!」

 

 

あの日。DCの一員がガラージュ島にやってきた時、アキはいなくなってしまった。父と同じように。それが悲しかった。悔しかった。

 

時が流れ、レイヴという力を手に入れたことでハルは喜んだ。これでアキを探しに行けると。アキに負けない力が手に入ったと。だが結果は変わらなかった。どんなに修行しても結果は変わらなかった。何をやってもアキには敵わない。そうあきらめるしかなかった。

 

 

「何でいつもアキなんだ……! 何でオレが欲しい物をいつも持ってるんだ!」

 

 

しかし、そんな中であってもどうしても譲れないものがハルにはできた。旅の中で出会った女の子。いつも元気で不思議な、よく分からない存在。でも何よりも自分にとって初めて好きになった少女。

 

 

「オレは……エリーを守る……! エリーは渡さない……!! オレは……オレは……」

 

 

アキにとっても特別な存在であるエリーを好きになってしまった。エリーもまたアキのことを好いている。それを知りながらもこの感情を抑えることはできなかった。例え敵わなくとも、レイヴマスターとして敗北してもこれだけは譲れない。ハルがハルである理由。

 

 

「オレは……エリーが好きなんだ――――!!」

 

 

エリーが好きであること。好きな女の子を守ることがハルがこの旅の中で見つけた戦う理由。その想いを込めた拳がルシアの体に放たれる。アキへの想い、そして自らのエリーへの想いをハルは叫ぶ。その光景にルシアはふらつきながらも魅入られてしまう。

 

 

「ハル……お前……」

 

 

もはや先程までの痛みも混乱も消え去ってしまっている。そうなってしまうほどにハルの心の叫びが拳と共に伝わってくる。視界の端に映るエリーもまた呆然とした様子でハルの姿を見つめている。これ以上のない盛大な告白。ジェロであっても邪魔することができない、これ以上ないもの。

 

 

(そうか……余計な心配だったみたいだな……)

 

 

どこか満足気な笑みを浮かべながらルシアは悟る。自分に負け、TCMを失ったことでハルの心さえも折れてしまうのではないか。それがルシアの憂いだったがそれは完璧に払われた。それどころかハルは全ての答えに辿り着き、見せつけてくれた。

 

『エリーのために』

 

ハルの戦う理由であり根幹。シバとの試練で得るはずだった答えをハルはもう手にしている。今のハルならば想いの剣を扱うこともできるはず。しかしそれは些細なこと。今のルシアの中にあるのはそんな感情ではない。

 

自分の後ろをついてくるだけだった小さなハルが成長し、好きな女の子に告白するまでになった。強さではまだだが、人として自分はとっくに追いこされていたのだと。

 

 

『へえ、中々熱い告白ね。敵とはいえやっぱり愛はいいものよねー!』

『ぬう……ええい、アキよいつまで黙っておる。お主も早く叫ばんか! 我のことが好きだと! このままではエリーが奪われてしまうではないか!』

『本音が駄々漏れですよ、マザー……』

『お、お前ら……』

 

 

ある意味平常運転なシンクレア達に辟易しながらもルシアがどこか感慨深げに溜息を吐きかけるも

 

 

「あああああ―――!!」

「ぐほっ!?」

 

 

それは容赦ないハルの拳によって終わりを告げる。咄嗟に現実に引き戻されたかのよう。ルシアは思い出す。何だがいい話になりかけたが状況は全く変わっていないのだと。それを忘れさせてしまうほどにハルの告白にはインパクトがあったということ。

 

 

「お、おい……! ちょっと待て! いくら何でもそれ以上は……!」

 

 

ルシアはよろけながら何とかハルを制止せんとする。このまま殴られ続けるのもだが何よりハルの体が危ない。とても人間とは思えないような肉弾戦を仕掛けてくるハルにルシアは為す術がない。

 

 

「い、いい加減に……」

 

 

無慈悲な乱打に耐えしのびながらハルが止まるのを待つものの一向に動きが止まることはない。今のハルには声は届かない。ただひたすらにエリーを守るために戦っているだけ。だが次第に己の身を守るように構えていたルシアが無防備になっていく。その隙を突くかのように渾身の力を込めたハルの拳が放たれる。だがそれは

 

 

ルシアの手によってがっちりと掴まれ、防がれてしまった。

 

 

「……え?」

 

 

瞬間、初めてハルが驚きの声を上げながら動きを止める。今まで自分の拳をその身に受けていたルシアが初めて防御した。だがそれだけではない。それ以上に信じられない事態がハルに巻き起こる。

 

 

(これは……!? オレの体が治ってる……!? 何で……)

 

 

それは自らの体の変化。体中の痛みは全て消え、手足の骨折ですら嘘であったかのように治ってしまっている。俄かには信じられない奇跡。だがすぐにハルはそれがルシアの持つDBの能力なのだと気づく。恐らくは手を握られたことがその理由なのだと。しかしルシアがどうしてこんな状況でそんなことをしたのか問いつめようとした瞬間

 

 

「……調子に乗ってんじゃねえぞ、こらあああああああああ!!」

 

 

洞窟全てに響き渡るような絶叫と共にルシアは渾身の拳をハルの腹に叩き込む。まるで今までの分を全て取り返すかのような勢い。あまりにも不意に近いルシアの攻撃に今度はハルが遥か彼方まで吹き飛ばされる。完全にキレている、先程までのハルと同じ状態。アナスタシスを使ったのは全てはこのため。本当なら敵を再生するという行うべきではない選択にも関わらずルシアはそれを選んだ。否、そんな小難しい理屈は今のルシアにはない。それどころか今の彼はルシアを演じることさえ頭にはない。これはアキの意志。

 

 

『ハルを再生させれば、ハルを殴ることができる』

 

 

そんな矛盾した、無茶苦茶な行動だった。

 

 

アキはそのまま距離を詰め、ハルに拳と蹴りを繰り出す。もはや容赦はしないとばかりにアキはただ力を振るう。ハルもまた回復したことによって応戦するもアキの勢いを殺すことができず、されるがまま。完全に先程までとは逆の構図。ハルもまた思い出す。自分にはカッとなって周りがみえなくなる悪癖があるのと同じようにアキにもまた同じ悪癖がある。ガラージュ島を出てからルシアを演じる中で一度も見せることはなかったもの。その臨界点を超えてしまったのだと。

 

 

「さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって……!! てめえに俺の何が分かるってんだ!?」

 

 

アキはただ叫ぶ。まるで知った風なことを叫ぶハルに対抗するかのように。

 

 

確かにハルの言う通り。できるならあのままガラージュ島で暮らしたかった。本当なら戦いたくなんてなかった。その全てを放り投げて逃げ出したかった。だが状況がそれを許さなかった。勝手に世界の命運を背負う羽目になった。なまじ原作知識なんてものを持っているせいで厄介事は増えるばかり。

 

 

「てめえはいいさ! 何も考えずに、ただ進めばいいだけ! だが俺は違う! 俺にはそんな物はない!」

 

 

なのにハルはただ光の道を歩き続けている。レイヴというこれ以上ない正義。信じる仲間たちと悪を倒していく誰もが憧れる勇者。対して自分は大魔王。倒されるだけの存在。周りは全てそのための装置。自分を偽り、顔も知らない大多数の誰か救うために動き続けるだけ。何故自分がこんなことをしているのかすら分からなくなることがある。死にたくない。ただそのために。だがそれすらも偽り。ならウタとの戦いの時に全ては終わってよかった。あきらめてよかった。戦う理由がなくなったのならそこで終わるはずだった。だが自分はまだここにいる。それが何故だったのか思い出すことができない。

 

 

「何でこんなに違う!? 俺が何をした! 何でてめえばっかり……!」

 

 

ようやくアキは悟る。何のことはない事実。そう、自分は誰よりもハルに憧れていたのだと。出会った時から変わらない真っ直ぐな心。人を信じることを疑わない純粋さ。自分には持てない輝き。ルシアとなってもまだ自分をアキと呼んでくれる友人。後ろめたさで潰されそうになりながらも自分を信じてくれる家族。物語の主人公だからではない。ただ一人の人間として、男としてこう在りたい。そう思えるほどにアキはハルに憧れと嫉妬を抱いていた。

 

これはただの喧嘩。かつて幼い二人がした兄弟喧嘩の続き。太陽と月のように対照的な二人の少年のぶつかりあい。

 

 

「ハル――――!!」

「アキ――――!!」

 

 

互いの名を叫びながら二人は最後の一撃を繰り出す。言葉にはできない全ての想いを込めた拳。交差する刹那。それでもわずかな差が勝負を決する。

 

 

「てめえとは……くぐってきた修羅場の数が違うんだよ――――!!」

 

 

時間の差。アキの方が旅立つのが早かった。経験した死地の数。レイヴでもDBでもない。アキ自身の経験の差。その一撃がハルの顔面に突き刺さる。だがアキの中には喜びも達成感もない。あるのはただ一つの単純な感情。

 

 

(羨ましいぞ、こんちきしょう――――!!)

 

 

エリーという金髪美少女をハルが彼女にしたということ。自分の周りには石ころと魔王しかいないというのに青春を謳歌していたハルへの羨ましさ。同時に二人への心からの祝福を込めた右ストレートがこの戦い、二人の喧嘩の結末だった――――

 

 

 

(ちょ、ちょっと大人げなかったか……? い、いや……俺は悪くないはず! そもそも最初に喧嘩売ってきたのはハルだし何より…………うん、リア充死ね)

 

 

肩で息をしながらルシアは仰向けに倒れ、気を失ってしまっているハルを見下ろす。所々記憶はあいまいではあるがとにかくハルを止めることはできた。胸元でシンクレア達がぎゃあぎゃあ騒いでいるがもはやそれを気にする余裕も体力もルシアには残っていない。

 

 

(な、何か色々あった気がするがもうどうでもいい……とにかく早くこっから退散しよう。なんか体の調子もおかしい……し……?)

 

 

そこでようやくルシアは己の体の異変に気づく。まるで力が漲ってくる、精神が昂ぶってくるような感覚。だがアナスタシスによって再生している以上体に、ルシア自身に異常が起こることはあり得ない。それはつまり

 

 

ルシア自身ではなく、ルシアに繋がっているナニカに異変が生じたということ。

 

 

瞬間、紫の光が全てを照らし出す。洞窟が崩落するような地鳴りと共に、光が所々から溢れだし、形を為していく。メモリーダストと呼ばれる記憶の渦が溢れだそうとする現象。だがその規模は計り知れない。

 

光がまるで形を為すかのように集まって行く。意志を持つ生命体。山を超える巨大さと共に竜にも似た形相を持つ化け物。この世の負の力を全て宿しているかのような紫の色。

 

その場にいる者達はただその光景に息を飲むだけ。全てを理解しているのはその場にいる四つの闇の使者のみ。共鳴するように四つのシンクレアは輝きと共に熱を発する。彼女達は誰一人声を上げることもない。ただその時が近づきつつあるのを感じ取るだけ。

 

 

今この瞬間、エンドレスが並行世界に復活した――――

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