ダークブリングマスターの憂鬱  【完結】   作:闘牙王

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第九十六話 「別れ」

日が昇り正午を迎えようかという頃、ルシアは一人その場に立ち尽くしていた。表情は真剣そのもの。もっとも表面だけはいつもそうなのだが今は内面すらも全く余裕がない状況。ルシアはただゆっくりと歩きながらその惨状に目を向ける。

 

かつて星跡の洞窟があった場所。もはやかつての面影はない跡地。エンドレスの復活とその余波によって完全に崩壊してしまった場所。既にエンドレスはこの場にはおらず当面の心配はないにも関わらずルシアには全く安堵が見られない。ある意味それ以上に厄介な事態が今起こってしまっているのだから。

 

 

(ちくしょう……!! やっぱマザーもエリーも見当たらねえ……一体どこに行っちまったんだ!?)

 

 

焦りによる冷や汗を流し、頭を掻きながらルシアは声にならない愚痴を漏らすしかない。マザーとエリーが姿を消してしまうという予想だにしなかった、理解できない事態。それが今、ルシアが頭を悩ませている原因だった。

 

 

(まさか洞窟の崩落に巻き込まれて……いや、それはねえ! マザーがついてたんだからその程度じゃ何の問題もないはず! そもそもエリーはともかくマザーに何かあることがあり得ねえ……シンクレアが壊れるなんてこと今はないはず……)

 

 

焦る自分を落ち着かせるようにルシアは深呼吸し、顔を叩くことで意識を切り替える。まずは状況の整理から始めることにする。マザーとエリーが姿を消したのはルシアがエンドレスをワープロードによって強制移動させている間に起こった。ルシアは必然的にエンドレスと共に一瞬ではあるがその場を離れたもののジェロは星跡の洞窟に残っていた。しかしジェロもまたその瞬間を目にしてはいない。もし何か異常があったのならジェロが気づかないはずがない。チャンスがあったとすればジェロも作戦に参加し、絶対氷結を使った瞬間。だが時間にすればほんの数秒。最初はエンドレスの仕業かと疑ったがあの状況でそんなことができるとは考えづらい。ルシアは頭を抱えながらその場に座り込むものの気にする様子はない。

 

何故なら今、この場にはルシア以外誰もいない。ジェロはもちろん他の全てのシンクレアも同様。現在、ジェロ達はルシアとは別行動、星跡の洞窟から距離がある山脈周辺の捜索を命じられ動いているところだった。

 

 

(とりあえずはハル……いやジークも動いてはないみてえだな……流石に俺とジェロがこの場にいたんじゃ動くに動けねえってところか……)

 

 

星跡の洞窟での騒動から既に半日が経過しようとしている。ハル達はもちろん、ジェロと戦っていたはずのジークもまた姿を見せていない。恐らく身を隠していると見るのが妥当。当然エリーがいないことには気づいているはずだがこの場にルシア、加えてジェロまでいることからジーク達は動くことができていない。ルシアはその牽制と本当にマザー達が星跡の洞窟から離れた場所にいる可能性を見越してジェロに捜索を命じていた。だがその可能性が低いであろうことはルシアは既に見抜いていた。

 

 

(エリーの魔力もジェロは見つけられてねえ……それはまだいい。マザーの気配までなくなってるのはどういうことだ?)

 

 

それはマザーの気配が全く感じ取れなくなってしまっていること。エリーの魔力が感知できないのはまだ分かる。気を失えば魔力の反応はなくなるのだから。最悪、死に至ってしまっているのだとしても同じ。だがマザーに関してそれはあり得ない。現段階でシンクレアを壊すことは誰にもできない。五つのレイヴを揃えたTCM、もしくは完全制御の魔導精霊力しか方法はない。にも関わらずダークブリングマスターのルシアであってもマザーの気配が感じ取れない。今まで一度もなかったこと。ワープロードの召喚も試みたが全く応答がない。それどころか力が届いている気配もない。拒否ではなく力が届かないという普通ならあり得ない状況。バルドルもそれは同じ。今ジェロに預けているのはマザーの気配を探らせるためであるが、アナスタシスと回収したヴァンパイアも預けているのは他ならぬ理由があった。

 

 

(やっぱマザーの仕業だとしか考えられねえ……エリーに手渡すように言ってきたのもあいつだったし……ほぼ間違いねえはず……)

 

 

げんなりとしながらもルシアは答えに辿り着く。恐らくはこの状況の原因は十中八九マザーにあるのだと。ここに来る前からしきりにエリーを奪うことに執心していたこと、あの状況でどさくさに紛れてエリーの元に渡ったこと。エリーの命を狙っての行動とは考えにくい。それならばとうの昔に動いているはず。一体何のために。そう思考の海に落ちかけた瞬間、ルシアはようやくそれに気づく。

 

 

(これは……マザーの気配……!? でも何でこんなところから……!?)

 

 

ルシアは微かにではあるが確かなマザーの気配を感じ取り、弾けるようにその場に向かう。本当にルシアでなければ気づけないようなわずかな力。針の穴から漏れているかのような力の流出。しかしその場には何もなかった。マザーの姿もエリーの姿も見当たらない。だがそれは確かにあった。まるで空間に針の穴が開いているかのように。ルシアは直感に、本能に従うかのように自らのダークブリングマスターとしての力を注ぎこむ。瞬間、まばゆい光がルシアを包み込んだ――――

 

 

 

「…………え?」

 

 

ルシアは目を開けると同時に呆然と声を漏らすことしかできない。何が起こったのかすら分からない。ただあるのは目の前に広がる見たことのない風景だけ。

 

見渡す限り何もない。果てしなく荒野だけが広がっている死の大地。まるで世界が変わってしまったかのような状況。

 

 

(な、何だここは!? まさかシンフォニアか……!? い、いや俺ワープロードなんて使ってないし……それにこの感じ、どこかで……)

 

 

いきなり目の前の世界が変わってしまうという事態を前にしルシアは混乱するもその光景にかつてのシンフォニアが重なる。大破壊によって崩壊した大地。それに目の前の光景は酷似している。しかし、同時にここがシンフォニアではないこともまたルシアには感じ取れた。何故ならルシアはかつて一度、この景色を目にしたことがあるのだから。それが何であったか思い出そうとした瞬間

 

 

「あ! ほんとにアキだ! やっぱりママさんの言ったとおりだったね!」

『ふん、当然じゃ。だが迎えが少し遅いのではないか、我が主様よ?』

 

 

聞き慣れた二つの声がルシアの背後からかけられる。まるで親の迎えを待っていた子供のようなはしゃぎよう。聞き間違いようが、見間違いようがない金髪の少女と彼女が身につけているシンクレア。

 

 

「お、お前ら……どうしてこんなところに……?」

 

 

エリーとマザー。世界滅亡コンビがどこか楽しげな様子でルシアを出迎えてくれたのだった。

 

 

『お主こそ何を言っておる? 我らを迎えに来てくれたのではないのか?』

「一体何の話だそりゃ!? 俺はただお前の気配がした場所に向かっただけで……とにかくどういうことか全部説明しろ!」

『全く……少しは威厳を持ってはどうだ。単純な話よ。あのままあの場にいたのではエリーに危険が及びかねなかったのでな。次元崩壊を使ってこの場にエリーを避難させておいたのだ』

「じ、次元崩壊……? お、お前一人で次元崩壊が使えたのかよ!?」

『ん? 言っておらんかったか? まあ極みである以上お主のように連続して使うことはできんが我一人でも一度使うぐらいなら問題ない』

「そういう問題じぇねえだろうが!? てめえそんな勝手なことを……」

「もう、アキったらそんなにママさんを怒ったらダメだよ! ママさんはあたしを助けようとしてくれたんだから!」

『その通りじゃ。まあ片道分しか力が足りんかったのは予想外だったがお主が迎えに来てくれたのだから問題なしよ』

「そうか……ってちょっと待て!? じゃあ何か!? てめえは帰れなくなるかもしねえ馬鹿な真似にエリーを巻き込んだってことか!?」

 

 

突然自分を出迎えてくれた二人の姿に右往左往しながらもルシアはおおよその事情を悟る。どうやらマザーがエリーの身を守るために次元崩壊を使い世界を移動したのだと。まさか担い手である自分なしで極みを使えるなどとは思っていなかったこと、何よりも帰ってこれないかもしれない片道切符にエリーを巻き込んだことにルシアは戦慄し、食ってかかって行く。

 

 

『そ、それは……まあいいではないか。ちゃんと我の気配が分かるようにしておいたであろう? なのに半日も待たせるとは情けない』

「あんな今にも消えそうな気配で偉そうなこと言ってんじゃねえよ! もし俺が気づかなかったらどうする気だったんだ!?」

『そんな心配など無用よ。我と主の間には例え世界が違ったとしても切れん繋がりがある。それにそんなに大声を上げんでもお主が我を心配しておったのは十分伝わってきたぞ。うむ、全く我がおらぬとお主はやはりダメじゃな』

「寝言は寝て言え。誰がてめえなんざ……俺はエリーを探しに来ただけだ。てめえがどうなってようと知ったこっちゃねえ。どこへなりとも消えやがれ」

『なっ!? いくら照れ隠しでも言っていいことと悪いことがあるぞ! そもそもお主がレイヴマスターに無様にもボコボコにされていなければこんなことにはならなかったのだ!』

 

 

ルシアとマザーはそのままいつも通りのいがみ合いを始めてしまう。周りの状況も何のその。二人にとっては日常茶飯事、挨拶のようなもの。だがこの場にはもう一人、それを楽しそうに眺めている少女がいた。

 

 

「ふふっ、ほんとに二人とも変わってないんだね」

 

 

エリーはまるで微笑ましい物をみつめるように笑みを浮かべながら二人に話しかける。思ってもいなかったエリーの言葉にルシアは思わず喧嘩を止めてしまう。端から見ればルシアがエリーに向かって食ってかかっているように見えるのだから。

 

 

「それにやっぱりアキ、演技してたんだね。今の方が似合ってるのにどうしてあんな変な演技してるの?」

「い、いや……それは……」

『察してやれ、エリー。恰好をつけたい年頃なのだ。一応、大魔王としての威厳を見せようとしているのだがやはりヘタレは隠しきれんということかもしれんな、我が主様よ』

「ふーん。ハルが姉ちゃん姉ちゃんっていう口癖を恥ずかしがってるのと同じなのかな?」

「あ、あれと一緒にするんじゃねえ! ハルはシスコンだが俺はそんなことは……な……?」

 

 

ここに至ってエリーに素の態度で接してしまったことに慌てながらももはや手遅れ。しかもマザーに加わり恥ずかしいところがバレてしまったかのようないたたまれない空気が生まれるもルシアは何かに気づいたかのように動きを止めてしまう。最初からあった違和感の正体にようやく辿り着いたかのように。ルシアは驚愕と共にその視線を改めてエリーに向ける。正確にはその両耳に。

 

 

「? どうかしたの、アキ?」

 

 

きょとんとしながら首をかしげるエリーの両耳。そこには確かに紫の光を放つ二つのイヤリング、DBの姿があった。

 

 

「エリー!? お前それをどこで……!?」

「あ、これ? ママさんに貸してもらってるの。これがないとあたしママさんが何言ってるか分かんないし」

「っ!? マザー、お前一体どういうつもりだ!?」

『どういうつもりも何もお主が来るまで暇だったのでエリーと話をしておっただけよ。主にお主の恥ずかしい話をな。何なら初めから聞かせてやろうか?』

「ふ、ふざけんな!! 大体恥ずかしい話ならてめえの方が遥かに多いだろうが!」

『ほう、何のことやら。散々部下に振り回されておる無能な上司であるお主以上の面白い話などありはせんと思うが。のう、エリー?』

「もう、喧嘩ばっかりしちゃダメだよ、ママさん!それにアキも!あんまり酷いとあたしも怒るんだから!」

 

言い争いを続ける二人を流石に見かねたのか腰を手に当て、ぷりぷりと怒りながらエリーは二人の間を仲裁する。そんなエリーの姿に二人はまるで条件反射のように黙りこみ、大人しくなってしまう。ある意味条件反射。例え数年過ぎたとしても体に染みついた習性はちょっとやそっとでは拭えないらしいことをルシアは思い知る。

 

 

「……ごほんっ! まあ、それはおいといてここはどこなんだ? シンフォニアに風景は似てるみてえだが……」

 

 

一度大きく咳払いし、改めてルシアは目下気になっていることをマザーに問いかける。自分に知らせずに勝手に次元崩壊を使い、DBの声が聞こえるDBをエリーに渡したことなど挙げればきりがないもののその全てを棚上げしルシアは問う。この場所はどこなのか、と。

 

 

『まだ気づいておらんかったのか? 現行世界以外のどこだというのだ。次元崩壊を使って移動できる場所などそれ以外あるまい』

「ゲンコーセカイ?」

『うむ。お主らがいた世界の元となる世界。始まりの世界。そして本来の正しい在るべき姿といったところかの』

 

 

どこか仰々しく、厳かな雰囲気を見せながらマザーはその名を口にする。

 

 

『現行世界』

 

ルシア達がいた世界とは異なる世界であり、世界の本来の姿。気候変動や砂漠化によって滅んでしまった世界。同時にエンドレスにとっては目指すべき場所であり到達点。それが今、ルシア達がいる世界だった。

 

 

(やっぱそうなのか……ここが現行世界。ほんとに世界が滅亡しちまった世界ってことか……)

 

 

一度息を飲みながらルシアは当たりを見渡す。見渡す限り何もない荒野。建物はおろか草一本生えていない死の世界。この一帯は落ち着いてはいるものの少し離れれば気候は荒れ、デスストームのような異常気象が起きている。人間はおろか、生物の全てが生き絶えてしまっている地獄。それがこの現行世界。そしてエンドレスによって並行世界が消滅させられれば残るであろう世界だった。

 

 

『何をそんなに驚いておる? お主もハードナーと戦った時に一度見たことがあったはずじゃろう』

「あ、ああ……そうだったな……」

 

 

マザーの言葉によってルシアはようやく思い出す。かつてハードナーとの戦いで次元崩壊を使った際にも同じ光景を世界の割れ目から見たことを。だが見ただけ。実際に現行世界に足を踏み入れた今とは状況が異なる。もしエンドレスが勝利すればこの世界が現実の物となる。その事実がルシアに突きつけられた形。

 

 

『何を怖気づいておる。お主には我らとともにここにたどり着いてもらわねばならんのだぞ。もっとも並行世界を消滅させた後の話だがの』

「…………」

 

 

冷や汗を流しながらもルシアは実感するしかない。既に自分の手にはシンクレアが四つ。残るはラストフィジックス一つのみ。滅亡へのカウントダウンが刻一刻と近づきつつあることに。だがそんな中

 

 

「でも何だが寂しい世界だね……ママさんはこんな世界が好きなの?」

 

 

エリーは話を理解しているのかどうかも分からない様子でマザーへと問いかける。思わずルシアが止めてしまいそうなきわどい質問。場合によってはマザーの逆鱗に、エンドレスの意志に逆らうことを意味しかねない言葉。だが

 

 

『そんな訳がなかろう……こんな辛気臭い世界、我からすれば願い下げじゃ』

「…………え?」

 

 

それはマザーの完全に予想外とも言える発言によって吹き飛んでしまった。

 

 

『……? どうした、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。いや、お主の場合は魔導精霊力を食らったような顔をしての方が正しいかの?』

「ど、どんな状況だよ!? そ、それよりもどういうことだ!? お前は現行世界に至るために動いてるんだろ? それなのに……」

『……うむ、どうやら誤解を与えたようだな。この世界が気に入らんというのはあくまで我個人の思考だ。我らの、エンドレスの意志とは関係ない。我がどう思おうとそれは変わらん。我らはそのために生まれた存在なのだからな』

「そ、そうか……」

 

 

思わず声を上げそうになったもののルシアは理解する。やはり根幹は変わらないのだと。そもそもそれは当たり前のこと。シンクレアは、DBはエンドレスから生まれたもの。並行世界を消滅させ、現行世界に至るための力。いわば本能。理性でどう思ったとしても変えることなどできない。どんなに抗っても動く心臓を止められないように、息をすることが止められないように。シンクレアである限り変えることができない、エンドレスと人間の間にある絶対の壁を再びルシアは感じ取る。

 

 

「でもここじゃ何にもないよ? カジノもないんじゃつまんないよ」

「エ、エリー……お前な……」

『ふん、心配いらん。アキがおればこの世界を再生させることができる。そのためにダークブリングマスターが存在するのだからな』

「…………は?」

 

 

理解できないエリーとマザーの言葉にルシアは言葉を失うしかない。エリーに関してはいつもどおりであるため仕方ないがマザーの言葉には無視することができない意味が込められていたのだから。

 

 

『いや、再生という言葉は気にくわんな……創造と言うべきか。うむ、こちらの方が神々しい感じがするし何よりアナスタシスの奴を連想せずに済む』

「そんなことはどうでもいいんだよ! それよりもどういうことだ!? そんな話、俺はこれっぽっちも聞いてねえぞ!?」

『おや、そうだったか……? 確かに話したことはなかったか……まあ我もついこの間まですっかり忘れておったのだがダークブリングマスターには並行世界を消滅させることともう一つ、この現行世界を創造するという役目があるのだ』

「現行世界を……創造……?」

『そうだ。少し考えれば分かることじゃろう。現行世界がこのざまでは例えお主を連れてきたとしても生きることはできん。そのために我ら、いや六星DBは存在しておるのだ』

 

 

マザーはそのまま話を続ける。今までルシアですら知ることのなかったもう一つのダークブリングマスターの役割を。

 

 

『並行世界を滅ぼし、現行世界を創造する』

 

 

それがその役目。前者については嫌というほどルシアは知っていた。エンドレスの本懐であり世界の意志。偽りの世界である並行世界を滅ぼすことがダークブリングマスターの本来の役目。だがその先がまだあった。現行世界を再び再生、創造すること。並行世界という偽りではなく、現行世界そのものを滅びから救うという役目。その力を持つのが六星DB。自然の力を司る六つの奇跡。

 

大地を操り山を生み出し

種によって樹木を生み出し

爆炎によって火を灯し

大気を操り天候を、水を操り川を生み出し

凍結によって氷と雪を生み出し

無から有を生み出す

 

DBを極めしダークブリングマスターが六星DBを手にすることでそれは可能になる。まさに神のごとき力。同時にDBの裏に当たる役割。

 

魔導精霊力が破壊と創造の魔法であるように、エンドレスにも破壊と創造の役割がある。それこそがダークブリングマスターによる現行世界の創造だった。

 

 

「な、何でそんなに大事なことを黙ってやがったんだ!? それが分かってりゃ……」

『……? 何をそんなに怒っておる? 確かに忘れておったことは謝るがそもそもこれは並行世界の消滅を為した後のこと。まずは並行世界を消滅させることが先決なのだぞ』

 

 

マザーからすれば当たり前の反論にルシアは返す言葉を持たない。まさかダークブリングマスターにそんな役目があったなどと想像もしていなかった。だがよく考えれば当然の疑問。原作のルシアが現行世界に至ったとしてもどうやって滅びた世界で生きて行くのかという疑問に対する答え。現行世界をなかったことにし並行世界に生きるのではなく、現行世界を再生させることで一からやり直す。自然の摂理。もう一つの答えだった。

 

 

「じゃあアキがこの世界を治してる間にあたしたちの世界のみんながこっちに移ってきたらダメなの? それならあたしたちの世界を壊さなくてもいいんじゃ……」

 

 

ルシアが混乱している間にエリーはルシアにとって最も確認したかった事柄を尋ねる。並行世界の人間を全て現行世界に移動させればいいのではないか。そんな希望。だがそれは

 

 

『……無理じゃな。いくらアキでも現行世界を創造するには途方もない時間がかかる。並行世界の人間全てを養うことなどできはせん。そもそも我らにとって並行世界の人間は全て偽り。現行世界唯一の生き残りであるアルシェラ・レアグローブの血を受け継ぐアキだからこそ許されることだ……もっとももう一人ぐらいなら連れて行くことはできなくはないがな』

 

 

マザーの宣告によって消え去ってしまう。並行世界全ての人間を養うことは不可能であること。何よりも偽りである並行世界の人間を連れて行くことなどエンドレスが許すはずもない。唯一の例外がレアグローブの血を継ぐ者だけ。魂は違うもののその資格があるのはアキのみ。そしてその伴侶となる者だけ。ルシアにとってそれはこれまでとなんら変わらないことを意味していた。

 

 

『……ふむ、こういうお固い話は性にあわんの。ほれ、アキ。何か面白い話でもせんか。せっかくエリーもおるのだぞ』

「な、なんだそりゃ!? そんなこと言われてすぐにできるわけねえだろうが!?」

『なんだ情けない。そんなだからエリーに振られるというのだ。なあ、エリー?』

「え? あたし、アキを振ったことなんてないけど……?」

『は……? 何を言っておる。お主がアキを振ったからアキはお主を置き去りにしたのではないのか?』

「っ!? い、いやそれは……!?」

「そうだ、思い出した! あたしそのことでアキにお仕置きしようと思ってたんだ! ほんとなら魔導精霊力でお仕置きしたいけどビンタで許してあげる! あとキスされたことも!」

『よかろう。魔導精霊力でなかったのが残念だが我も久しぶりに頭痛を食らわせてやろう。色々と聞きたいこともあるからな……』

「ちょ、ちょっと待てお前ら! 落ち着け、話せば分かる……!」

 

 

先程までの暗い雰囲気は霧散し、意気投合しながら自分に食ってかかってくるマザーとエリーにルシアはされるがまま。もはや抵抗することはできない。だがそれはどこか懐かしさを感じるもの。

 

アキとマザーとエリー。かつて奇妙な共同生活をしていたあの頃が蘇ったかのような馬鹿騒ぎ。ルシアを演じなければならないということすら既にアキの頭には残っていない。できるのはただ二人に振り回されることだけ。騒がしくも懐かしい時間が瞬く間に過ぎ去っていくのだった――――

 

 

 

『どうやら思ったよりも長居してしまったようじゃな。いつここも天候が悪くなるか分からん。そろそろ戻るとしようか、我が主様よ』

「ああ……さっさとそうしてくれ」

 

 

どこか満足気なマザーとは裏腹に疲労困憊に加え、頬に手形の痕を残しているルシアは意気消沈しながら応えるしかない。マザーの頭痛に加え、エリーの平手によるダメージによるもの。とにもかくにも並行世界に戻ることが先決。だがそんな二人とは裏腹にエリーは何かを考え込みながら立ち尽くしているだけ。普段のエリーでは考えられないような姿にルシアも呆気にとられるしかない。

 

 

「どうした、エリー……?」

「……アキ、一つ聞いてもいいかな?」

 

 

エリーは何かを確かめるかのような視線をルシアに向ける。思わずのけぞってしまうような真剣さがそこにはある。

 

 

『エリー……お主まさか』

「大丈夫だよ、ママさん。心配しないで……きっとここで聞いておかないといけないと思うの……」

 

 

マザーが何かを制止するような声をかけるもそれを見越していたかのようにエリーは笑みを浮かべる。二人のやり取りの意味を知ることもなくアキはただ黙ってエリーの言葉を待つ。時間がどれだけ経ったのかわからないまま。それでもエリーは口にする。

 

 

「アキはどうしてあの時……あたしを助けてくれたの……?」

 

 

今までずっと気にしながらも聞くことができなかった問い。聞きながらも答えを得ることができなかった疑問。あの日、記憶喪失の自分を何故助けてくれたのか。その答えを。

 

 

「それは…………」

 

 

アキはただ口を紡ぐことしかできない。どうしてエリーを助けたのか。今まで何度もエリーに尋ねられた問い。今までアキはそれに応えることはできなかった。エリーの正体を知っていることも。魔導精霊力を持っていたから助けたことも。世界を救うためにエリーを助けたことを。いわば自分の勝手な都合で動いていたことを。マザーがこの場にいる状況で真実を話すことなどできない。否、マザーがいなかったとしてもそれは変わらない。それを口にしないことはアキにとっての戒め。だからこそアキは気づけない。

 

エリーがどんな言葉を待っていたのかを。エリーにとってこの問いの意味はたった一つ。自分の正体も、魔導精霊力も関係ない。かつて聞いてしまったアキの言葉が真実であったのかどうか。ただそれだけ。

 

 

「…………」

 

 

静寂が全てを支配する。静かな時間の流れ。その中にあってもアキは口を開くことはない。エリーに告げる言葉はない。それがいつまで続くのかと思った時

 

 

「……ごめんね、アキ。ちょっと意地悪しちゃった。もうこんなことしないからごめんね!」

 

 

それまでの真剣さが嘘のように花のような笑み、天真爛漫さをみせながらエリーはアキに向かって近づいてくる。いつもと同じように、いつも以上の明るさを振る舞いながら。その理由が分からないアキは呆気にとられるだけ。マザーもまた黙りこんだまま。

 

 

「ど、どういうことだ……?」

「いいのいいの! それよりも一つお願いしてもいい? あたしの髪を切って欲しいんだ! えっと……うん、初めてアキと会った時ぐらいに! いいかな?」

「か、髪を!? 何で俺が……ハサミなんて俺、持ってねえぞ!?」

「師匠がいるじゃない。あ、でも今は新しい師匠さんなんだっけ?」

「デ、デカログスでか!? 流石にそれは……」

「もう、あたしが良いって言ってるんだからいいの! してくれないんだったらあたしが自分で切っちゃうんだから!」

「わ、分かった! 分かったから師匠を勝手に持つんじゃねえ!」

 

 

エリーの突然の奇行に振り回されながらもアキは言われるがままにエリーの髪を剣で切って行く。女の子の髪を剣で切ることに罪悪感を覚えながらもアキには他に方法がない。エリーの表情は後ろに立っているアキの位置からは伺えない。だがそれでもいエリーが何かを想っているのは間違いない。

 

その想いを乗せるかのように金の髪が現行世界に舞って行く。その意味はエリーとマザーにしか分からない。長かった髪はいつかの時と同じように切られていく。かつてリーシャからエリーに生まれ変わった時のように、新たな自分を踏み出すための儀式。風だけが全てを運んでいく。

 

 

「……ありがと、アキ! おかげで助かっちゃった!」

 

 

それがエリーなりのけじめ。初恋と失恋の証だった――――

 

 

 

(ふう……とりあえず無事に帰ってこれたか……)

 

 

次元崩壊の力を使いながらルシアはエリーとマザーと共に並行世界、星跡の洞窟跡に戻ってくることに成功した。もし戻れなければどうするべきか内心焦っていたものの杞憂だったことに胸をなでおろすしかない。だが問題はここから。どうやってエリーをこの場から逃がすかの一点にかかっている。マザーがエリーを奪いたがっていた問題は解決していないのだから。だがそれは

 

 

『うむ、ではここでお別れだな。エリー。精々落ち込まないことだ』

 

 

他らなぬマザーの態度によって無意味な心配に終わる。マザーはそのまま何の未練もなしにエリーをその場から送り出さんとしている。流石のルシアもあまりの変わり身の早さに冗談か何かではないかと疑ってしまうほど。

 

 

「い、いいのか……? あれだけ散々エリーを連れて行くって喚いてたくせに……」

『ふん、女心が分からぬ奴め。だからお主はヘタレなのだ。ともかく早くこの場から離れるぞ。ジェロの奴も心配しておるだろうからな。どうやらヴァンパイアも回収したようだな。これでここにはもう何の用もない。行くぞ、我が主様よ』

「あ、ああ……」

 

 

まるで本当に用は済んだとばかりのマザーの態度に引っかかりを覚えながらもルシアはその場を離脱することにする。またいつマザーの気が変わるかも分からない現状に加え、ジェロとジーク達の衝突も起こりかねない。ヴァンパイアの回収も済んだ以上ここに長居する必要はない。もはやエリーの前では演技する意味もないのだがそれでもこれ以上ボロがでないよう声をかけることなくルシアはマザーを手にしながらその場を去っていく。そのさなか

 

 

「……またね、アキ……ママさん」

 

 

どこか悲しげなエリーの声が二人にかけられる。まるで今生の別れでもあるかのような雰囲気がそこにはあった。驚きながら振り返るもそこには走り去っていくエリーの後姿があるだけ。いつもとちがうのは長い後ろ髪がないこと。

 

 

『いつまで未練がましく見つめておる。全く……これだからお主は振られるのだ』

「は? 何訳が分からないこと言ってやがる?」

『何でもない。それよりもさっさとせんか。これからが本番、最期の戦いなのだからな』

「……分かってるっつーの。ったく……」

 

 

ルシアは頭を掻きながらマザーと共にその場を去っていく。エリーと真逆の方向に向かって。その意味を知る術はルシアにはない。

 

 

それが何年かぶりの三人の再会。そして避けることができない別れだった――――

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