sideほむら
――空を覆う暗雲を睨む。
強く吹く風が、全体的にヒラヒラした魔法少女の衣装を靡かせる。
「……ついに、ここまで来たのね」
「感慨深そーだな。
……ま、そりゃそうか」
前には、前衛のさやかと杏子、クトが、
後ろに振り返れば、後衛のマミが、確かに、そこにいる。
今までではとても実現出来なかった、最高の状態。
不安要素すら限界まで減らした、最適な状況。
―――いける。
今回こそ、ワルプルギスの夜を。
1人も欠けさせずに、倒す。
そして、この永い夜を、終わらせてみせる。
――雲が僅かに晴れると、頭に直接、舞台の幕が上がるイメージが叩き込まれる。
古風な紙に描かれた数字が、舞台の始まるまでの時間を、何処までも残酷に、正確に、刻む。
――バキボキと、手の骨を鳴らし、詠唱の長い魔術の下準備の呪文を小さく口ずさむ。
――盾を操作して、大量の榴弾砲をいつでも撃てるように並べる。
――両手槍が顕現し、柄の内側に潜んだ鎖が、僅かに擦れる音をたてる。
――刃を重ねた、特殊な剣を右手に携え、左手には只ひたすらに頑強にした軍刀を握る。
――周囲に大量のマスケット銃が浮かべ、更に未顕現の武装を魔力塊として展開する。
『――アハ、アハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハ』
上下逆さまに浮かぶ、伝説の魔女。
甲高い笑い声をあげながら、その暴風で巻き上げたビルや大型車両を撒き散らす。
――時間、停止っ!!
カチリと時間が止まり、片っ端から榴弾砲の引き金を引く。
神話生物との戦闘で誘導式の物は相当数消費してしまい、一々狙いをつけなければならない。
けれど、いつもより早いペースで榴弾が打ち上がっていく。
「……やっぱりあなたって、規格外よね」
呆れた目で、隣でトリガーハッピーしてる少女を見る。
「何を今更。
……冗談ともかく、私もビックリだよ、ホント。
『私と同じような盾』を左手首につけたクトが、ため息半分に笑う。
それを聞きながら私は、つい先日の出来事を思い出すのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
――1週間前
「――能力の封印をしたい? どういう事よ、クト」
対ワルプルギスの夜の作戦を練っている最中、思い出したように「あ、そーいえば」みたいなノリで言い出した内容は、『今ある能力を封じる』といったものだった。
「どうって、まんまそのままだけど?
……今は問題ないが、私が
「あー……確かにそれはそうよね」
「でも、方法が分かんないんだよ。
こっちの魔術は一通り試したけどダメでな」
ヤレヤレと肩を竦める。
「……魔法で人間としての肉体を1から再構成するっていうのはどうだい? 明確なイメージがあれば出来るハズだよ」
と、キュゥべえ。
「お、じゃちょっち試してみるか。
……………む〜〜」
ソウルジェムを手に、唸る。
「……イメージするのは、常に最高の私。
具体的には身長160くらい、BWHは90――」
「欲望ダダ漏れじゃねーか?!?」
スパーンッ!
ハリセンでツッコミが炸裂する。
……あと杏子? 幾ら平常時はグリーフシードの心配をする必要がなくなったとはいえ、わざわざハリセンを魔力で編むことは無いでしょう。
「……あの調子じゃまず上手く行かなそうだね。 代案を考えるとするか」
「そういえば、なんで魔女になった時に自我が保てたの? あたしなんて記憶も無いんだけど」
それは私も気になるわね。
「イタタ……それが私にもよく分かんないんだよね。 想像としては、この肉体に
「うっわ、私わたしでややこしぃ!」
ま、確かにちょっと違う気がするわね。
「んじゃ二重人格とか?」
「魂1つじゃん」
「じゃあそもそも魔女化してなかったとか!」
「その可能性も微レ存なのが怖いな」
「あれは間違い無く魔女の結界だったよ」
「そんなことよりおうどんたべたい」
「あ、私作れるよ」
「「「MA☆JI☆DE!?」」」
あああ、話がマッハで脱線していくぅ……
あ、それとまどか、私の分も頼むわね。
「……ねえクト、封印系は一通り試したのよね? その一通りっていうのは何処まで試したのかしら?」
「? まあ旧支配者なら確実に抑えきるどころか圧死するレベルまで試したけど」
「ブフォッ?!」
さらっと自殺試しました発言が出る。 だいぶマシになった(?)とはいえ、やっぱりクトとの会話は心臓に悪いわ……
「ふーん………
――なら逆に、その封印を破れる邪神は?」
「そんなの聞いてどうするんだ??
えぇっと」
記憶を探りながらなのか、指を折りながらブツブツと幾つかの名前を上げる。
「ハスター〆てセラエノ押し入ったり、クz――……ゴm――……旧神2分の5殺しにして色々パチったモンも使ったから……
私が知ってる限りで、所謂ツートップは確実、
「………ぇぇ、旧神オーバーキルするクトゥルフってなに?? それに外なる神も斃してるし」
【あんな過去の栄光に縋り付くことしか出来ない老害共なんぞに負けるかっ!!
シュブは、うん。 ……色々タイミングが悪かった」
個人的に恨みでもあるのか、語気が荒くなる。 2分の5って、どう考えてもやり過ぎでしょうに。
「………うーん。
ね、美樹さん。 ちょっといい?」
「? なんですか?」
何やら小声で相談するマミ。
さやかの顔色が僅かに青くなったけど、何と言ったのかしら?
「やっぱり美樹さんもそう思うわよね。
………ねえクト、試してみて欲しい手があるんだけど」
「なんじゃらほい??」
「それは、―――
―――『アザトース』の封印式を試してみてほしいのよ」
「ゴブフォバッッッ?!?!
ぎ、気管にズトレードに"はいっ!!」
相当驚いたのか、啜っていたうどんの麺でむせた。 慌てて飲んだ水も変な所に入ったらしく、さらに七転八倒してるし。
〜少女悶絶中〜
「ゼフュー、ゼフュー、……
で、アザトースの封印? 専用のならあるけど、それがどうしたんだよ」
空間に浮かぶ赤黒い波紋から吐き出された、革張りの表紙の奇妙な本をパラパラめくりながらジト目で聞き返す。
「この前見た、貴女の魔女化した時の姿なんだけど……一時だけだったけど、その外見がクトゥルフというよりも、アザトースに見えたのよ。
それに、あくまで司祭のクトゥルフが旧神を斃せるっていうのもおかしな話よ。 ブライアン・ラムレイ系ならクトゥルフは神話最強の邪神として扱われているし」
「またマイナーな設定を……
まぁ、なら力の本質は別にあるってことか。
――んじゃ、物は試しでやってみっか!」
指先の皮を噛み千切り、滲んだ血を頁に擦り付けると、半透明の黒い魔法陣が広がり、壁をすり抜ける。
「さて、さて。
魔力は充分。 SAN値、は無視。
ちと不安な点はあるけど、まぁ、なんとかなるだろ。
………――――――――――」
――呟くように、細く息を吐く様に、呪文を
静かに染み渡るその音色には、なんの意味が込められていたのか。
どんな意図があったのか。
――それを知るのは、ずっと、後のことだった。
精密に描かれた魔法陣が閃光を放ち始め、クトの立つ中心部に向けて集束して―――
ダメだ、これ以上は眩しくて見ていられない!
「――もう目を開けていいぞ」
疲れた様子の声に従って目を開くと、輝きを失った魔法陣が本に吸い込まれていた。
その足元には、ヒビ割れた、充血したように赫い線が走るドス黒いソウルジェムのようなものが。
「……上手くいったのかしら?」
「マミたちの予想が正しければな。 こっち系統の呪文は手順が簡単なものが多いけど、その分成功と失敗のラインが厳しいし、ミスった時の被害がエゲツないからな」
「うへぇ」
流石に誰も手を出さず、クトがそのナニカを摘む。
「ふむむ………」
「………どう、かしら?」
回したり、ひっくり返したりして色々な角度から眺めていると、急に握り潰さんばかりに力を込める。
次の瞬間、膨大な魔力が膨れ上がって―――
「……あー、ビンゴだなこりゃ。
ここまで単純な話なら、もっと早く気付けよ私ェ………ゥェェ………」
私たちはまた、無限の武器の突き立つ地獄に立っていた。
……orzしてる魔法少女姿のクトを、中心に。
――あれから、意気消沈して「リスカしてー」としか言わなくなったクトを
「それで結局、上手くいったってことよね?!」
「みたいだな。 つっても100%完全に封印出来た訳じゃない。 回路やらがぐっちゃになって治癒に集中していた分を切除したって感じだな。
……あの弾丸の傷元通りに戻せるって、チート過ぎだろおい」
手の中で転がされている、黒いソウルジェムの形をしたナニカをチラリと横目で見る。
「つまり、もうあなたが狂うことはないのよね」
「自爆でこれ以上狂うことはないな」
「? 『これ以上は』?」
「……SAN値は寝れば回復するもんじゃないんだよ」
「」
だからいきなり死んだ魚の目になるのやめなさい。
「……で、聞きたいのはそんなことじゃないだろ、ほむら。
「……………あなたの問題が解決したのは喜ばしいことだわ」
「そーだな。
ちなみに今の私が
なんせクトゥルフは物理特化だからな。 ワルプルギス相手じゃ相性が悪い」
「………何が言いたいのよ」
「………」
ポリポリと頬を掻いて、困ったように小さくなった翼をはためかせて、頭を仰け反らせて唸って、
「ハヨ言え。 3行」
「今の私は戦力外。
故絞りカス使って能力の部分復活。
アイデア無いんで下さい」
「あ、ちゃんと3行で纏めるんだ。 絶対4行いくと思ってたのに」
「」
銃口を向けて脅すと、危惧していた応えが返ってくる。
「能力を戻すって、じゃあ狂気はどうするのさ?!」
「だから部分復活なんだよ。 経験則だけど、1割程度なら自力で抑えきれる。
それに、――」
言うかどうか一瞬逡巡して、
「――私の贖罪は、まだ終わってない。
戦うにも、世界を
………命1つ救えない、あやふやな『
「……………」
何処か痛々しい、真面目な顔でそう呟く。
その瞳の裏には、あの地獄が映ってる気がした。
「……なに、前みたいに自殺してそれで終いだとは考えないよ。
今度こそ私は、ハッピーエンドを掴むんだ」
「―――分かったよ、クトちゃん。
任せて! さやかちゃん、マミさん! 手伝って!」
「おーし、頑張っちゃうぞー!」
ふんすと張り切ったまどかたちが、2人を引き連れて別の部屋に移る。
「………あのメンツ、大丈夫だよな? なんかすっげぇ不安なんだけど? やべぇ早まったか??」
「………」
「?」
言いたいことは分かるわ。
……………うん。
「……強く生きなさい。 どんなオチでも、あなたはあなたよ」
「ヤメロォ、そんな目で私を見るなァ!!
あァァァんまりだァァアァ!!」
大げさに嘆く幼女。
ま、散々梃子摺らされたんだから、これくらいは、ね?
「――おーい、出来たぞー!
……って、なにやってんの?」
2時間程で、まどかたちが帰ってきた。
なにやら書き込まれたノートを掲げて真っ先に部屋に入ったさやかが見たのは、
「……私、いつから
「」チーン
「ちょうど良かったわ、助けてちょうだい。 どうすればいいのか分からないのよ?!」
トランプでボロ負けして灰になった杏子と、虚ろな目でメタ発言をするクト。
そして、私の傍に山と積み上げられたお菓子と物体X。 なんとかの猟犬用の犬笛とか、意味不明なモノを賭けられても困るんだけど!
「うわ、なにこの山?
で、なにがあったのさ??」
「……最初は杏子が暇潰しにトランプを出したのが始まりだったのよ」
「ほむほむ。 それでそれで?」
「………負け込んだ杏子が、『なんか賭けようぜ! そっちの方がやる気出る』って………」
「あっ(察し。
オチは察したけど、それでどうなったの?」
「……1人勝ち、しまくっちゃったのよ」
「ワーオ。
……取り敢えず、貰っといたら?
安全だけ確認して」
「分かったわ」
その後、クトから貰ったモノの山の約8割は本人に返却(強制)されたわ。 「ティンダロスの手綱とか干将・莫耶とか洞爺湖とか、何考えてるのよ?!」とマミに叱られてたわね。
本人は涎垂れてたけど。
なお、「正しく使えば害無いどころか便利なのに」とはクト談。
「――で、どんな具合になったのよ?」
お説教から解放されたクトが突っ伏しているのを放置して、ノートの中身を覗き込m――
…………………なに、これ?
「ま、まどか、これ、は?」
「クトちゃんの魔法少女設定集!」
「どれどれ………
……………メアリー・スー全開だなオイ」
そこに書かれていたのは、どっからそんなネタが滲み出たのかと問い詰めたくなるような
「ていうか、なんで笑い方まで指定してるんだよ?! 『クッケケ』とかただの怪しい奴じゃねえか!?」
「え? かわいいじゃん」
「」
「……………本当に、あの『力』といい笑い方といい、よく受け入れたわね」
「まあ本人の笑い方が『ウェヒヒヒ』だからねぇ。 それにこれくらいじゃないと詰みかねない……っと、こんなもんか?」
ワルプルギスの夜を発射された榴弾が囲う。
――停止、解除!
世界が色を取り戻すと、幾重にも重なった爆発がその巨体を吹き飛ばす。
「さやか! 杏子!」
「おっけーお任せぇっ!!」
「わーってる!!」
青と赤の魔法少女が距離を詰める。
反撃としてビル郡が落下してくる、が、
「させると思うか?
黒と紫を基調としたものから、黒と一色の衣装に切り替わり、その小振りな骨翼が風を含む。
「――
呪文が唱えられると、巨大な半透明な壁が空を覆う。
落下するビルは勿論、ワルプルギスの暴風を壁が遮る事で宙に浮きっぱなしだったあらゆる人工物が堕とされる。
―――さて。
「決着を、つけましょうか」
杏子から念話での合図と同時に、使い魔用程度にまで威力を抑えて設置したC4爆弾のスイッチを、押した。