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――ワルプルギスの夜を斃してから、一ヶ月。
ほむらが願いの内容を語ったり、重曹浄化の事実を広めるのにようつべに垢作ったらマミがバーチャル面に呑まれたり、今更現れた他の地区の魔法少女との一件もあったりと、濃密な時間を過ごせた。
――でも、それも、今日まで。
「…………………………」
私以外、誰もいない、マンションの屋上。
縁に腰を下ろして足を投げ出してプラプラ揺らしながら、眼下に広がる夜の街並みを眺める。
――しばらくすると、小さな足音が聞こえてくる。
その足音の主は、私の真後ろまで歩いてくると、その場で止まる。
「……………クト」
「………思ったより早かったな、キュゥべえ」
立ち上がり、縫い付けてもらったポケットに手を突っ込みながら振り返る。
「…………………」
「…………………」
互いに見つめあったまま、動かない。 言葉すら発しない。
――少し強めに吹いた風が私の髪を揺らす。
流れるままに放っておいたのが収まる頃になって、ようやく、キュゥべえが口を開く。
「――考え直してくれないか。
こんな時間、こんな場所に、ボク1人だけを呼び出したってことは、
「ま、な」
首元から、翡翠の鎖で繋がった2つのソウルジェムを取り出す。
白いのは、『人間』としての私の魂。
黒いのは、『邪神』としての私の魂。
「……………それでも、私は行かなくちゃいけない。 あいつらの死を無意味なものにしたくないし、大切な妹に、私の夢を預けっぱなしだ」
脳裏に浮かぶのは、罠に気が付かずイキっていたバカな私でさえ姉と慕ってくれた、金髪の少女。
「……………クト、」
「……んなシケた顔すんなよ。 合わないっての。
――それよりキュゥべえ。 契約を果たしてもらうよ」
今までずっと先送りにしてきた、願いを叶える権利を行使する。
「………クト。 ボクにもうそんな力はない。 インキュベーターが地球から撤収した時点で、奇跡はなくなっているんだよ」
「知ってる。 私を一体、何だと思っているんだ? クッケケケ」
大分慣れてきた、というか諦めがついてきた笑い声が口の端から漏れる。
「じゃあ、こんなボクにどんな奇跡を願うのさ」
「なに、んな大層な願いじゃないさ。
ただ、――」
僅かに
――それを、キュゥべえに放る。
「――あいつらが。
『まどかたちが、幸せに生きられますように』。
それが、私の望む願い」
慌ててソウルジェムをキャッチするのを、見届ける。
「こ、これは、」
「私の、邪神としてのソウルジェムだ。
……預かっていてほしい」
「預かってほしいって、キミ自身の魂だよ?!」
「だからこそ、だ」
狼狽するキュゥべえをそのままに、ガンランスを留め金から外し、魔力をまわす。
「ソウルジェムがこの世界にある限り、私は死ねない。 言うなれば
………だから、いつか、必ず。
私の魂を受け取りに戻ってくる。 約束だ。
私が、私を許した時に。 必ず!」
矛先を掲げると、膨大なエネルギーがその僅かな一点に集中、収束し、空間に穴が開く。
「クト!!」
「………さよならだ」
骨翼を意識することで、随分と軽くなった身体が浮かばせ、そのまま『穴』に向けて進む。
……出来ることなら、最後に、
あいつらに、会いたかったな。
でも、それは出来ない。
会ってしまえば、この決心が鈍って立ち上がれなくなる。
………だから、私は、―――――――っ!?
後ろから、何かを投げつけられたのを察知。 頭部の真横を通ったところで掴み取り、
――それが何なのかを把握した瞬間、頭が真っ白になる。
これ、は、――
「――あなたの覚悟は分かってる。 止めたりはしないわ。
……約束、守りなさいよ。 破ったら、それで撃つわよ」
――ベレッタM92FS。 それも、かなり改造されているもの。
「……………ほむら!!!」
意識が復帰してすぐに振り返っても、そこには、誰も、いなかった。
ただ、屋上へと続く唯一の扉がある床には、確かに、水滴が垂れた跡があった。
「………あぁ、約束しよう。
私は、必ず!!
この世界に、帰って来る!!!!!」
そして、私は、
世界の裂け目へと、飛び込んだ。
―――あれから、どれだけの世界を渡り歩いたんだろうか。
ある時は、魔法使い同士の戦争が確約された世界に、学校の生徒として入り。
ある時は、不老不死を求める老人を発端に生み出された兵器を回収してまわったり。
ある時は、
ある時は、遠い宇宙で、力の一方に属し、クソジジイに色々仕込まれ(意味浅)たり。
ある時は、3重の壁に囲まれた世界で、正義とは何かを考えさせられたり。
ある時は、人類同士と、その立ち位置にいたかもしれない生命体との三つ巴の戦争にちょっかいを出したり。
ある時は、惑星を壊せる連中がゴロゴロいる中を割と本気でビビりながらも、何故か共闘するはめになったり。
ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、
ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、―――
救えた命があった。 殺した命があった。
墓場に突き立つ武器が増えた。 墓場に突き立つ武器が減った。
――幾つもの地獄を越え、
――幾つもの理想を叶え、
そして、
そして、―――
―――――墓が4つまで減った時。
気がついたら私は、始まりの世界の土を踏んでいた。
誰の模倣か、発動した遠見の術式で4組の
――紅白の巫女にしばかれている、青髪の少年。
――金髪の魔法使いに振り回されている、自称根暗な武偵。
――早速吸血鬼姉妹の鬱を斬り捨てた、黒衣の剣士。
――今日も今日とて不幸を嘆く、特異な右手をもつ少年と、半生半死の少女。
………やがて紅い霧が発生し、それを察知したメンバーが動き出したのを見て、私の原始の夢が動き出したのを感じ取る。
「始まった、か」
ふとそんな事をポツリと呟けば、何かを邪推したらしい妹がたじろいだ。
「ん? どった?」
「……顔に出てたかしら?」
「読心術。その程度の思考なら大声で喋っているかのよーによく分かるよ」
「……貴女ならやりかねないわね」
「嘘です。読心などしたこともないしやり方も知らん」
これは両方嘘だな。 というか、自分の精神状態に関係なく冗談が出るって………まあ便利っちゃ便利だからいいか。
「……何の役に立つか分からない能力を集めるのが趣味だったと記憶しているけど?」
「それを言っちゃぁお終いだよ。感情が読み取れるのは事実だけどね」
「知ってるわよ。貴女と何年付き合ったと思って?」
「それもそうか」
一旦会話が途切れる。
が、この理想郷の創始者として、まだ言いたいことがあるみたいだな。
「……ところで、幻想郷の結界の異常は?」
おや、そっちが来たか。
「私がやった――いや、やっていることだけど?」
「……」
あれま、黙りこんじゃったよ。
てか黙った時に扇子で口元隠す癖如何にかしたら? だから胡散臭いとか『永遠の17歳(笑)』とか言われるんだよ。
………私が言えた事じゃないけどさ。
「なに、適当なタイミングで戻しておくよ」
割と武力に全振りしちゃってる私と違って、頭のいい妹が何やら考え始めたのを察して、適当なタイミングで異変が戻るよう、式に加えておく。
――さて、さぁて。
それじゃあ、紡いでいくとしようか。
「さあ、4人の英雄達?この私をどうやって止める?」
救済への祈りの神話の終局を。
そして、
――
――むかしむかし、あるところに、ひとりの、こころやさしいおんなのこがいました。
おんなのこは、いじわるでわるいかみさまのせいで、すきなひとを、たいせつなものを、こわしてしまいました。
かなしんだそのおんなのこは、ひーろーさんたちに、たすけてと、さけびました。
ひーろーさんたちは、わるいかみさまを、こらしめようとしました。
そこでわるいかみさまは、そのおんなのこをつかって、ひーろーさんたちをみなごろしにしてしまいました。
そのおんなのこは、―――
――今も、幾千万のセカイを彷徨い続ける
ただ哀しむことしか出来なかった、心優しい『少女』は、もう、居ない
そこに居るのは、
生けるモノよ、思い出せ
嘗ての旧き『支配者』を
神よ、畏れよ
オノレが生み出した『邪悪』を
最早『ソレ』を縛るモノは何も無い
封印は既に意味を成さず、星辰が揃う夜
『狂気』が
『絶望』が
『苦痛』が
『厄災』が
『混沌』が
『嘆き』が
『懺悔』が
『憎悪』が
『憤怒』が
『悲哀』が
『怨嗟』が
『恐怖』が
『終焉』が
世に溢れる
そこで『邪神』は、独り、静かに、
――けれど、『
嘗て、彼女が救おうとした者を
嘗て、彼女を救おうとした者を
世界は、とても醜く、残酷で
だからこそ、『
そして、邪神のチカラを持った『少女』は歩み出す
その身は『憎悪』で造られている
その魂は『狂気』で染まっている
――ならば受入れよう
世界が命を奪うなら、少女が奪う
世界が心を弄ぶなら、少女が弄ぶ
『邪神』が全てを破壊する
『邪神』が全てを蹂躙する
『邪神』が全てを陵辱する
だからヒトよ、『邪神』を憎め
だからヒトよ、『邪神』を呪え
『破滅』は、その掌に
『終焉』は、その掌に
『邪神』は、止まらぬ
――だから、
その独りぼっちの『少女』を、
己の浅はかさと罪の意識に歪んだ『少女』を、救い出せ
『光』と『闇』
『生』と『死』
『正義』と『悪』
『創造』と『破壊』
『奇跡』と『呪い』
『希望』と『絶望』
『少女』と『邪神』
二つに引き裂かれた少女に、祝福を
運命すらを狂わせる少女に、救済を