「ちょっと顔貸して貰えますか?」
朝起きてパンでも買おうかと部屋を出たら目の前に無茶苦茶不機嫌な顔をした
「えっ」
カーマの剣幕に動揺して気圧されるマスター。
カーマは問答無用とばかりに彼の手首を掴むと引っ張るように外へと連れ出すのだった。
「……」
「あの……」
二人は旅館の近くの川を見下ろせる橋に来ていた。
マスターが未だに不機嫌な顔をするカーマの機嫌を窺うように声を掛けるも、彼女は彼方を見つめるばかりでこちらを向いてくれない。
(一体何故彼女がここに……)
まだ相手をしてくれないようだったので、取り敢えずマスターはカルデアに居ると思っていたカーマが遠く離れた国の宿にいきなり姿を現した疑問について考えて時間を潰すことにした。
(……まぁ神だからある程度の事はなんでもありかもしれないな。もしくは霊体で密かに付いてきていたとか)
疑問はあっさりと然程時間もかからず自己解消した。
そんな折にようやくだが、視線は彼方を向いたままのカーマが話してきた。
「……私、人の幸せって嫌いなんですよ」
「はぁ……」
「何かスマホってやつ? あれでえすえぬ何とかってやつでファラオ(笑)が楽しそうに
過ごしている風景を見てですね……」
「え、もしかしてそれで気分が悪くなって嫌がらせと八つ当たりにしにきたとか?」
「正解です。解ってるじゃないですか」
「……」
(性格悪過ぎだろ)
ある程度彼女の性格を把握していたとはいえ、予想していた答えが正解だった事にマスターは呆れて閉口する。
数多くのサーヴァントと契約しているマスターだが第一印象で厄介だと思ったサーヴァントはそれなりにいたが、カーマはその中で彼にとって高ランクに位置する難人物であった。
「全く、人が気怠い気分であの日を過ごしていたらこれです。一体どうしてくれるんですか?」
「えぇ……めちゃくちゃだよ……」
「そんな事解ってますよ。それを踏まえて責任取れって言ってるんです」
「責任ってそんなの成立してないでしょう?」
「は?」
全くの正論なのだが、マスターの言葉にカーマの表情が更に険しくなる。
理不尽この上ないがこれがカーマというカルデアにおけるサーヴァントなのだ。
マスターは彼女とこれから先どう付き合っていくべきかほとほと困り果てる気がした。
「えっと……すいません。どうしたら機嫌直してくれます?」
「あっ、じゃあこんなのどうです? 私があの小娘の前でマスターとまぐわって見せるんです。そしたら彼女、どういう顔をするでしょうねぇ♪」
「……」
思っていたより、いや、彼女らしい言葉だったが、予想を超える言葉にマスターは直ぐに二の句が紡げなかった。
「その顔、良いですね♪ じゃ、それで決定という……」
「待った」
「は?」
「あ、いや……俺、男とは……」
「は? 目、大丈夫ですか? 私、女ですけど?」
マスターの言葉にこれよみがしに自分の胸を腕で抱いて強調して見せるカーマ。
そのボリュームは十分に肉感的で男性の劣情を掻き立てるのに申し分のない魅力といえた。
だがマスターはそんな彼女の誘惑にも屈した様子もなく平常の声で言った。
「いやでも、カーマさん自身は男でしょ?」
「私神だから人間の性別は気にしないし」
「いやでも俺は気にするかな……」
「身体が女でも?」
「寧ろ中身は男なのに気にならないのが凄いというか?」
「そんなものかしら」
「じゃあ一応訊くけど、もし相手がシヴ……」
「あ?」
「ごめんなさい」
機嫌が悪いというか怒りで目まで光って見えた気がした。
それを感じ取ったマスターは速攻で自分の迂闊な言葉を謝罪した。
「ふん……まぁ気持ちは解りました。けど、そうですね……ほら、今の私の口調。これって女ですよね?」
「え? う、うん。そんな感じ、かな……?」
「じゃあやっぱり依代になっている肉体の影響を受けて精神も女に近くなってるって事じゃないですか? だからそんなに抵抗感持つ事もないんじゃないですか?」
「うーん……それでも嫌がらせ目的でニトクリスの前で性交なんていう軽率で品の無い行為は……」
「私はそういうのが好きなんです」
「はぁ……」
多分性格の厄介さではある意味カルデアトップクラスではないだろうか。
マスターは対応の面倒さから挫けそうになる責任感をどうにか保持しつつ尚も説得を試みる。
「まぁまぁ、今回は俺が誠心誠意接待するんで……」
「え? ごめんなさい、そういうの鬱陶しくて厭なんですけど?」
「あ、いや……ほら、俺もえっと……せ、誠心誠意とは言ってるけど、本心では……ね? そういう気持ちで相手をさせるのも一興というか、みたいな?」
「……なかなか自虐的な犠牲心ね」
「は、はは」
モノは言いよう。
カーマはこの歪と言えるマスターの提案と彼の不屈の姿勢に少し目を細めて感心をするような表情をした。
(これはチャンスだ)
カーマの表情の変化に良い方向の展開の可能性を感じたマスターは、この機を逃すまいと新たな話題を振るという選択をした。
「そういえばその服はどうしたの?」
「え? 服、ですか?」
「うん、そう」
「ああ、これは……」
カーマの服装に気を向けて見ると、彼女は素の際どい格好ではなく肌触りの良さそうな白い光沢を放つシルクのパジャマと思われる服を着ていた。
肘下のところでカットされた袖の控えめなフリルの飾りがおしゃれだった。
屋外の寝巻姿は違和感はあったが、普段の格好と比べたら彼女のその時の格好は相当マシと言えた。
カーマは自分の服をマスターに見せつけるようにして肘を曲げると薄笑いを浮かべる。
マスターはその笑顔に何となく嫌な予感を感じた。
「これは
「……」
(やっぱり)
「下着も全部脱がして、ついでにあの女の部屋にあった服も全部取ってきたので、あいつ、起きたら全裸で着る物が見つからず、ベッドの中で羞恥で丸くなっているでしょうね♪」
(酷い……)
意地悪い顔で楽しそうに笑うカーマを見ながらマスターは心の中で
「ま、まぁそのお……面白そうな話は向こうで聞かせてくれるかな? あそこで何か、朝食でも食べながら話をしない?」
「ええ、いいですよ」
マスターの話題振りに気分が乗ったカーマは、彼の提案に何とかスムーズに応じてくれた。
彼が朝食を摂ろうと指をさした方向にあった建物は前日にニトクリスと食事をした店だった。
そこは助かることに朝から営業しており、彼はそこにカーマを何とか誘導することができた事に心の中で安堵の息を吐いた。
「……」
カーマを引き連れて目的の場所へ移動していた時だった。
マスターは自分の後ろから聞こえる素足が地面叩くペタペタという足音に気付いて振り返った。
「どうかしました?」
「いや、あの……」
早朝というわけではなかったが、まだ朝であるため人の姿はそれほどなかったとはいえ、裸足の女性を男性が連れて歩くという構図はちょっとマスターは辛かった。
「一般的な男性としてはサーヴァントとはいえ、寝間着姿の素足の女性を連れて歩いている姿というのは人の目が気になるというか」
「ああ、なるほど。それで?」
「カーマさんさえ良かったら背負われてくれないかな?」
「はぁまぁ、マスタが―そうして欲しいと言うなら……あ」
マスターはカーマの顔を見てまた嫌な予感がした。
一瞬素直に背負われてくれるのかと安心したのだが、それを肯定する言葉を途中で切り、またあの意地悪い笑みを見せた時点でそう感じたのだ。
「マスター?」
「な、なにかな?」
カーマはあからさまな上目遣いであの笑みを浮かべながらマスターに訊いた。
その姿は全くの赤の他人が見れば愛らしいことこの上なく見えただろうが、生憎その時のマスターには質の悪い悪魔のように思えた。
「人目が気になるので私を手ずから運びたいということなら、私から良い提案があるのですが?」
「……それは?」
確かにまだ朝なので人の姿はまだそれでもなかった。
しかし、最初から断れないと予想していたとはいえ、カーマの提案を飲むことになった今の自分の不運をマスターは心底軽く呪った。
「マスターどうしたんですか? ほら、歩みが鈍いですよ? まさか女性の私を重いとか失礼なこと思ってませんよねぇ?」
「いえ、そんな事は……」
(ぐっ……男の癖に……)
「あ? 今私のこと本当は男の癖に、とか思いませんでした? 思ったのなら申し訳ないですけど、今は完全に女として開き直っているので、粛々と悲惨な運命を受け入れて下さいね♪」
「はは……な、なんの事だか……」
「ファイトですよマスター♪」
ニマニマと良い笑顔をしたカーマをマスターは彼女の要望により抱き上げる事によって運んでいた。
一見背負うよりは身体に負担がかかりそうなこの方法だが、サーヴァントという特殊な存在故かまたはそこに高いカーマの神性が重なった影響か、体感的には実はあまり彼女の体重は感じず、然程負荷はかかっていなかった。
しかし見た目的には背負った状態より圧倒的に目立つ為、マスターの精神的負担それなりで、彼は歩を進める度に自分の中の何かのゲージが確実に減っていっている気がした。
「はい、着きましたよ」
「ご苦労様です。おかげで少しは溜飲が下がった心地です♪」
「……本当に機嫌が良さそうな顔をするね……」
「マスターのおかげです♪」
周りの目を気にしながら何とか目的の店に辿り着いたマスターは、精神の疲労を感じつつも料理のメニューを手に取る。
因みにこの時点で彼はカーマから靴の代わりになる物の購入または交換による入手などの行動を移動中に禁じられていた。
遠足は帰るまでが何とかとよく言われるものだが、マスターの場合は帰るまでがある意味苦難の地獄になる事が確定していた。
「カーマさんは何食べる? 食べると言っても此処だとある程度レパートリーが決まっているし、時間帯的に……あ、朝食にも鮎の塩焼きとかあるな」
「あゆ?」
「川魚だよ」
「川……」
川と聞いてカーマの顔が曇る。
天界の川ならいざしらずその様子から察するに彼女は現実世界の、それも今の時代の自分の神話が創られた国で一番有名な川を思い浮かべたは間違いなさそうだった。
それを察したマスターは彼女を安心させるために窓の下から見える渓流を指す。
「大丈夫だよ。あの川から獲れた魚だから」
「あぁ……ですよね。というか、マスター私が考えた事判ったんですか?」
「何となくだけどね。あれなら大丈夫そうでしょう?」
「……そうですね。私が生まれた国にも探せばありますが、この国は常にそういった所が身近そうで少しうらや……妬ましいです」
「いやまぁ、探せばあるんだからいいじゃない。偶々この国が山に囲まれていたってだけだよ」
「ふん……」
マスターの言葉で機嫌を直したのかは定かではなかったが、頬杖を付いて眼下の川の流れをぼんやりと眺めるカーマ。
マスターはその態度から料理のオーダーを任されたと取り、無難に味噌汁とご飯の定食を二人前頼む事にした。
「箸は使える?」
「馬鹿にしないで下さい。依代の身体がそれの扱いには対応しているみたいなので問題ありません」
「あ、でもその魚は手で食べたほうがいいよ。ほら、両端の串を持って……」
「……」
インドと言えば食事は手掴み。
それが神の世界ではどうだったかは判らなかったが、マスターはカーマが後天的な理由とはいえ箸が使えることに素直に感心した。
「へぇ、本当に上手いね」
「馬鹿にしてるんですか? 怒りますよ?」
「いや、これは普通に感心して……」
「なら黙って感心していればいいんです。はぐっ」
どうやら米も魚もカーマには受け入れられる味のようだった。
元々米に関してはインドと日本は主食に近い感じだったのでそれほど気にはしてなかったが、カーマは特に塩をかけて焼いただけというシンプルな調理がされた魚からこれほど旨味を感じた事が特に気に入ったようで、食事中チラチラとまだマスターが手を付けていない魚の料理を見ていた。
「……食べる?」
「は? 要りませんけど?」
「あ、なら交換しない?」
「交換?」
「俺の魚とカーマのその味噌汁を」
「それはつまりマスターはその魚よりこのスープの方が好きという事ですか?」
「まぁそうです」
「なら仕方ないですね♪」
初めて見る気がする心からの嬉しそうな笑顔を見てマスターは、彼女の扱い方が少しだけ解った気がした。
長くなった割には話のテンポが悪いと言うか、終わり方も半端な気がしますね。
でもカーマは割と好きなんですよね。