ようやく彼女の出番となりました。
「すっごーい! これが
見るもの全てに新鮮な反応を示し、楽しそうにはしゃぐ女性。
光の加減によっては透き通った白にも薄い蒼にも見える不思議な雰囲気がする長髪を後ろで束ねた彼女は、カルデアの中でもかなり『マシ』な方の女神アルテミス。
彼女は今、ベージュのワンピースに黒いジャケットという現代風の出で立ちで本人たっての希望によりアメリカに旅行に来ていた。
何故そのような希望をしたのかというと「ダーリンと新婚旅行がしたい!」という願いをふとした気まぐれから彼女が唐突にマスターに求めてきたことによる結果だ。
正直『新婚』の片割れ扱いを強制的にされているオリオンからしたら、別に新婚ではないしそれどころか結婚すらしていないので、このアルテミスの願いについては言いたい事が山程あったのだが、正直やっぱり何か言うと後が怖いからやめた。
それよりもである。
彼は今現状の自分の『扱い』について誰よりも不満を抱いていた。
「おい! あんまりキャーキャー騒ぐなよ恥ずかしい。 ていうか恥ずかしいのは俺じゃない?! なんで俺カバンに吊るされてるの? なんで飾りの一つみたいな扱い受けてるの?!」
「えー、仕方ないじゃないだって初めて見るものばかりで本当に楽しいんだもの。というかダーリンあまり人がいる所で喋っちゃメッよ?」
「不服である! この扱いは大変不服である!」
まるで本当に生きているかのようにわたわたと騒ぐカバンに吊るされたクマのヌイグルミ。
「はは、本当にごめんなんだけど、も少し我慢して下さいお願いします」
そんな彼を苦笑しながら本心から宥めるマスター。
アルテミスの自称新婚旅行に何故彼が付き添っているのかと言うと、それは単純に現代の街並みに慣れていないからエスコート兼ガイドを頼みたいというアルテミスのもう一つの願いによるものだった。
マスターも最初は二人の楽しい(?)旅行に自分が付いていくのは余計な事だとオリオンの願いに難色を示しかけたのだが、よくよく考えてみると太古の神話に登場するような人物が聖杯からある程度は現代の知識を与えられているとはいえ、マスターの同伴なしで外で活動させるという事には不安を覚えた。
それはカルデアの上層部も同じ見解であったらしく、アルテミスの今回の旅行の許可するに当たってはマスターの同伴を条件としていた。
それがアルテミスからマスターへのもう一つの願いへと繋がったのである。
マスターは先程から二人しか気付き難い範囲で不平不満に関する愚痴を言い続けているオリオンを見ながら、頭の中でとあるクマのヌイグルミが出てくる映画を思い出した。
(そういえばあの映画に出てくるクマもオリオンみたいな感じで女好きだったな)
「おい、何見てんだ?」
「あ、いや」
無意識にオリオンを見ながら物思いに耽っていたらしい。
マスターはオリオンに不審の目を向けられると慌てて誤魔化し、傍らのアルテミスに何処か行きたい所はあるか訊いた。
「何処でも! だって何処で何を見ても全部新鮮で面白いからすっごく満足!」
そう言って子供のようにはしゃぐアルテミスの笑顔は本当に女神であることを改めて実感するほど、マスターには輝いて見えた。
(なるほど、これが残念美人というやつか)
(あ、それ解っちゃった?)
(うわっ、いきなり会話にって……もしかして独り言言ってた?)
(おう、だが俺にしか聞こえないくらいの呟きだったから安心し……)
オリオンは最後まで言えなかった。
何故なら彼の言葉を聞き逃すはずがない
「だ・ぁ・り・ん? な・ん・で・す・っ・て・ぇ?」
「ぬおぉぉ?! 裂ける! ヌイグルミじゃないけど、そんな万力のような力で引っ張られたら俺のお尻裂けちゃう―!」
「引っ張ってるのはほっぺでしょ! もう、ちゃんと反省しなさい!」
「Noooooo!」
端から見たらその光景は小さなヌイグルミと突然戯れ始めたちょっと危ない女性だった。
だが彼女の見た目が一般的な美人のレベルを飛び越す程の容姿とスタイルをしていたので、通常だったらただの危ない女性としか見られないであろう彼女の姿は、前述した理由もあってそれでも愛らしくて可愛く見えた。
と、その時ちょっとした事件が起こる。
「えっ」
「あっ」
「へ?」
アルテミスがオリオンと一緒に持ち上げていたカバンを突然密かに後ろから忍び寄って来ていた男が彼女からそれを奪って逃げたのである。
「だーりん?」
突然のことにポカンとするアルテミス。
彼女はカバンより、何故男が同性であるオリオンを奪って逃げていったのか理解しかねて不思議そうに男が走り去った方向を見ていた。
「あの人、なんでダーリンを攫っていったのかしら? 男だったのに」
「いや……多分最初からカバンだけが目的か、もしくはオリオンの事をヌイグルミの形をした財布か何かと思ったんじゃないかな?」
「あっ、なるほど、そっかー」
「うん。あの」
「うん?」
「いや、追わないの?」
「女の人なら即追うけど、男の人なら多少は許すわ」
「え、でも本当に大丈夫? あとカバン自体には特に大事なのは入ってない?」
「ええ、ダーリンを違和感なく連れて行くためだけに用意したものだから中身は何も入ってないの」
「へぇ……」
盗人がただのヌイグルミだと気付けば自ずと彼を開放すると高を括っているアルテミス。
彼女の考えも解らないでもなかったが、マスターはオリオンが攫われたというこの事態に何となく不安を感じた。
一方その頃攫われたオリオンはと言うと。
「なんだよっ、中身は空っぽじゃねーか!」
「当たり前だ。そりゃ俺をあいつが連れ出すためのただの手段だったからな」
「ホワッ?!」
「言っとくけどヌイグルミじゃねーからな」
「へぇー珍しい! よくこんなよくできたロボットがあったもんだ!」
「はぁ? ロボットぉ?」
盗んだバッグを安心できる建物の影まで持ってきた男は、バッグの中身が空だった事に腹を立てていたが、どうやら今度はオリオンのことを非常に高性能な人工知能を積んだヌイグルミ型のロボットだと勘違いし、早速彼に相当の価値があるものだと踏んできた。
「へぇ、しっかり受け応えもするんだな! まるであの映画に出てきた下品なクマみたいだ」
「あ? 誰が下品だって? ていうか映画? あー……マスターの奴が奇妙な目で俺を見ていたのはそういう理由か……」
「にしても本当にすげーな。ロボットだとしても完全にこいつに意思があるみたいだぞ」
下卑な笑みを浮かべてオリオンを掴もうとした男の手を当然彼は不快そうに手に持っていた小さな棍棒で叩いて退けた。
「アウチ!?!」
「きたねー手で触んじゃねーよ」
「おい、マジかよ?! こいつ動きもするのか?!」
「……埒が開かねーなこれ」
自分の手が払われたショックより益々オリオンの希少性に価値を見出して貴重な宝を手に入れたとニヤつく盗人。
対してオリオンは男が自分を舐め腐っている事を感じてドンドン不機嫌になっていくのだった。
「おい、本当にこれくらいにしておけよ? 俺こんな成りだけどな、お前なんて一捻りするくらい朝飯ま……」
最後までオリオンの言葉を聞かずに再び彼に触った男の運命がその時決まった。
「え?」
何やらボキリと小さいが嫌な音がして男がその音が聞こえた自分の手元を見てみると、なんとそこにはオリオンの小さな手によって変な方向に捻曲げられた哀れな姿の自分の指があった。
「Ahaaaa?!」
「とっとと失せろ」
可愛い容姿に見合わず凶悪な赤い目で自分を睨むクマのヌイグルミがそこには居た。
男が恐怖に駆られ悲鳴を上げながら何処へと逃げ去るのは瞬く間であった。
「あっ、ダーリン!」
「ほ、本当に戻ってきた」
暫くした後、アルテミスと一緒にオリオンを待っていてマスターの前に彼女のカバンを引きずったオリオンが現れた。
「もう、ダーリン心配したんだからぁ!」
「ねぇ本当に心配した? 心配したらここでずっと待ってなかったよね? あ、俺を愛してないんですね? ならちょっとそこに美人が居たから……」
感動の再会も一瞬、早々にいつもの調子で軽率な行動を取ろうとしたオリオンを満面の笑顔でアルテミスが再び掴み上げる。
「あっ、嘘! ジョーダンだから?! ちょっとお前の愛を試そうとしただけだからぁ!」
「うふふ、ダーリン……。それならこれから貴方を襲うちょっとしたお仕置きにも耐えて私への愛を証明してみ・せ・て?」
「Noooooooo!!!?」
かくして笑顔が怖い残念美人に頬を力いっぱい引っ張られて絶叫を上げる奇妙なクマの声が街中に木霊する。
マスターはそんな光景を見ながら、さきほど不安を感じたのは彼を攫った男の身の安全だったかと思い直すのだった。
新しい水着イベント、その先にあるアニバーサーリー楽しみですね。
また水着までの間に何のイベントがあるのか告知が今のところ無いのも気になります。