これもう歳のせいとかじゃなくてモチベがアレなのかもしれない。
だけどやめたくないと思うだけまだマシなんでしょうが。
「へぇ~……ベタな漫画だねぇ。まぁ人気ありそうな気がするけど」
マスターは刑部姫に押し付けられたとある漫画を読んでいた。
その本の内容はというと、複数の高校の女教師と男子生徒とのお色気満載ラブコメであり、マスターは何故姫がこんな本を勧めてきたのか疑問に思いながらベッドに横になっている。
「……まぁ男は嫌いじゃない内容だと思うけど」
さして面白いと声に出して言えるほどでもない。
それがマスターの率直な感想だった。
強いて追加で他に挙げるなら、青年誌の性描写はここまで許されるんだという事くらい。
その描写は男の性欲を刺激するには十分な効果があると言えたが、マスターの場合はその描写に至る過程がちょっと可笑しすぎて受け入れ難く、その所為で彼の気分も途中で冷めてしまうのだった。
「何か女が好きそうな本じゃない気がするんだよなぁ……」
気になるのはただ何故姫がこれを自分に勧めてきたのかという事のみであった。
これを参考にして彼女の製本作業を手伝う時に何かの役に立てろということだろうか。
マスターが思い付いたのはそれくらいだった。
と、そんな時に彼の部屋に来訪者が来た事を報せるブザーが鳴り響いた。
「モーさん? どうしたの?」
マスターを訪ねてきたのはモードレッドだった。
「おうマスター。ちょっと頼みがあるんだけどよ」
「うん?」
「お前の部屋なんか変な人形も幾つか置いてあっただろ?」
「変な人形……? ああ、フィギュアの事?」
「あー、多分それか? まぁそれでな? その中に俺が気になったのがあったからそれを一回じっくり見せてもらいたくてよ」
「はぁまぁ、良いけど。でも俺の所にあるフィギュアでモーさんが気になったのってなんだろう?」
少量ある女性のキャラクターのフィギュアは先ず違うだろう。
想像してみてもそれがモードレッドの琴線に触れるような魅力を持っているようには思えなかった。
(だとすると海外の?)
海外のコミックや映画のキャラクターの物なら有り得そうな気がした。
何より総じて大体大きいし出来も精巧だ。
現代の人からしたら現実離れしているデザインが受けて人気があるのに対して、モードレッドの場合はそういった架空の存在がまだ現代より身近に感じる時代に生きていた事もあって興味を持ったのかもしれない。
マスターはそう予想した。
「モーさんが興味あるのってこの辺?」
「んー? いや、違う」
マスターがある程度確信を持って指を指した方に飾られていたフィギュアに対してモードレッドは彼の予想に反して素っ気なくそうではないと否定した。
(ありゃ、こういうのじゃなかったか。するとなんだろう?)
モードレッドはキョロキョロとフィギュアが飾られた棚を幾つか見て回ると、その内の一つ棚の前で目的の物を視界に認めたのか物色していた動きをピタリと止めて、それを指さした。
「おっ、これこれ」
「あー、これ?」
彼女が指さしたのは、筋骨隆々の海に生きる生物を連想させるような体色をしたアニメのキャラクターで、手には身の丈を越える棍棒のような鋸のような長大な武器を、今正に振り落とさんとばかりに振りかぶった態勢をしていた。
「なんかこいつの荒々しいっていうか、躍動感がある感じが妙に気に入ってよ。なぁ、マスター。こいつをもっとじっくり見たいからちょっと借りていいか?」
「ああ別に構わないよ」
自分が所有している物に対して好印象とも取れる感想を抱かれるのは悪い気はしなかった。
ちょっと貸す相手の普段の振る舞いから多少不安を覚えないこともなかったが、それでも自分の持ち物を気に入ってくれた事による嬉しい気持ちが勝ち、マスターは一つ返事でそれを借りたいというモードレッドの希望を承諾した。
それから暫く経った昼食時。
マスターは食堂で食事を摂っていると姫が抑えきれないにやけ顔で彼に話しかけてきた。
「あ! ねぇまーちゃんまーちゃん。この前貸した本どうだった?」
「どうだったって……うーん、そうだなぁ……先ずエロい?」
「うん、そうよねそうよね!」
「……」
「それから?」
「え? それから? あー、えーっと……女性キャラが可愛かった?」
「あーうん、そうだね。あ、あとほら他にもさ。何か読んでいてドキッとかしなかった?」
「ドキッ?」
「うん!」
「それってそういう描写の時?」
「そうそう!」
「あー……まぁ、そうだね。俺も男だから多少はした……かな?」
「そうなんだ!」(という事はアレと同じ事をすれば……)
一体何が嬉しいのだろうか、何を確かめたいのだろうか。
姫の質問の目的がさっぱり掴めずにマスターが戸惑っていると、室内の奥の方からモードレッドの声が聞こえた。
「ん? ねぇあのフィギュア。もしかしてまーちゃんの? 貸したの?」
「ああうん、そうなんだ。何か気に入ったみたいでさ」
恐らく無意識に笑顔になっているのだろう。
自然と嬉しそうな笑みを浮かべてそう言うマスターを見て姫はちょっと自分の機嫌が傾くのを感じた。
「ふーん……。まぁやっぱり自分が好きで持っている物に好印象を抱かれると嬉しいものよね」
「そうだねぇ」
自分の場合はこちらから動かないとこんな自然な笑顔を返してくれない。
姫はモードレッドがこの女の意図とは関係ないものの、特に奮闘することなくマスターを笑顔にさせている事に明らかな悔しさを感じた。
一方その姫のやや理不尽な嫉妬を受けているとは露とも知らないモードレッドは、何やらマスターから借りたフィギュアを片手に持って嬉しそうに聖槍を持っている方のアルトリアに話していた。
どうやら自分が持っている人形について気に入っていることを彼女に理解してもらい、価値観をお互いに共有したいようだった。
その目的を果たしたいというモードレッドの熱意は手振りに表れ、時に手に持ったフィギュアを激しく振ったりしていた。
そんな時である。
―――ポキッ
「あ」
あまりにも激しく振りすぎた所為か、振り下ろした際にテーブルに強く打ち付けるかたちで置いた結果、フィギュアが手にしていた武器の鍔元から先がキレイに2つに折れたのだ。
ことりと転がる人形の武器の一部を目にして固まるモードレッド。
アルトリアも一瞥でモードレッドが取り置かれた状況を察し、懸念が伺える声で聞いた。
「む、それ、大丈夫か? マスターから借り受けていたと聞いたが?」
「ああ……うん」
流石に自分から願い出て借りた物を壊してしまった事に対してモードレッドは確かな罪悪感を持った。
故意にやったことではないとはいえ、果たしてマスターは自分の行いに対してどういう反応をするだろうか。
それを考えただけでモードレッドは少し気分が憂鬱になった。
「やっべーな。あいつに謝らねーと……あっ」
丁度視線を向けた先に姫と話しているマスターがいた。
自分以外の女と楽しそうに話しているマスターを見るとその度に面白くない気分になることが多かったモードレッドだが、その時ばかりは不快感と不安という方向性が近いようで異なる2つの感情がぶつかり合うことで気分が幾分かマシになり、モードレッドはマスターを自分の視界に認めるなり直ぐに行動した。
「よぉマスター!」
「ああ、モーさん。あ」
「……? あっ」
姫もマスターもモードレッドが持っていた物を見て思わず声を漏らした。
モードレッドはバツが悪そうにしながらも真っ直ぐマスターの方を向いて壊れたフィギュアを彼に見せて言った。
「その……悪い。わざとじゃないんだ。その……コレのことで
何処で覚えたのか手を合わせて拝む日本式の謝罪モーションで謝意の気持を彼女らしい言葉と態度で精一杯表すモードレッド。
それに対してマスターは一瞬黙って彼女の掌に載せられたフィギュアを見つめるものの、程なくして意外な事を口をするのだった。
「あぁまぁ、ワザとじゃないならいいよ」
「すまねー、これは誓ってちゃんと直して返す」
「あーいや、それはいいよ」
「え?」
「モーさんが良かったらそれあげるよ」
「えっ、いやそれは……」
「いいっていいって」
「……」(マーちゃん……)
手をひらひら振ってそんな事を言う予想外の反応に動揺するモードレッドだったが、唯一人その様子を冷静に見ていた姫だけは解っていた。
マスターはどれだけ大事な物であっても、それが例え一部でも破損するとその時点で興味を失くす淡白な面を性格構成するパーツの一つとして持っていた。
彼にとっては壊れてしまった時点で例えそれが修復可能な状態であっても、そうなった時点で自分の所有物として保持し続ける気は失せ、容易に捨てたり誰かにあげたりするのだった。
姫は一部共通する趣味を持つ同好の士としてマスターと交流する内にそういった物を幾つか譲り受けていたので、彼の言葉がモードレッドに気を遣ったものではないということも解っていたし、特に壊してしまったことに対してもそれほど怒っていないいうことも解っていた。
寧ろそれを貰って素直に喜んだりお礼を言うと、マスターはこんなものでも喜んでもらえて良かったと逆に喜んでくれるのだ。
だがそれを知らない者からすれば、マスターのその反応は怒りに任せた投げやりな言葉に思え、だからこそモードレッドはそこで退く気になど当然ならなかった。
(これはいけない……)
そしてこの時も姫はマスターとの私的な交流で彼の内面に触れる機会が他の者より多少あったからこそ懸念した。
(だめ。このときのマーちゃんに下手に気を遣うと実はそれがマーちゃんにとっての地雷なの……)
焦るモードレッドの言葉に普段と変わらぬ態度で「いいから」とそのまま躱そうとするマスター。
だがそうしようとした彼の肩を相手にされないことで逆上しかけたモードレッドが掴んで止める。
「だからちょっと待てって!」
「……」
「あっ……」
久しぶりに感じたマスターの怒りの雰囲気につい驚き、小さな声を漏らしてしまう姫。
そこからは彼女が予想した良くない展開が始まった。
「え……」
いつも大体覇気がない気が抜けたマスターの目を見慣れていたモードレッドは自分に向けられたそれを見て思わず掴んだ手の力を緩めてしまった。
その目は明確に自分に対して不快感を示していた。
「いいって言ってるから、ね?」
「っ……だ、だが……よ……」
初めて触れたマスターの怒りにそれでも何とか謝罪しようと食い下がらんとしたモードレッドの言葉が尻切れになったのは、マスターが彼女に令呪が刻まれた手の甲をかざしていたからだ。
その普段物腰が柔らかいマスターが初めて見せる強引さに何人かの気配りができるサーヴァント達が席を立ちマスターに声を掛けようとするも、彼が動く方が早かった。
「令呪を以て、何人も今この場で俺に話しかけようとする事を禁じる」
『…………』
ピシッ……と、まるで氷が張ったような強制的な沈黙がその場に下りた。
マスターは眉間にシワを寄せた顔で食べかけの食事トレイを手に持って席を立つと早々に退席しようとした。
と、その時。
「?」
席を立った自分の袖を引っ張る力を感じたマスターがその方向を向くと、そこには何とも言えない表情をした姫が自分を見ていた。
「……」
マスターはそんな姫に対して特に何を言うでもなく溜息を吐いて頭を掻くと、彼女が自分の服を掴む場所を背中に替えても特にそれに対しても何も言うことなく、まるで彼女の動向を許すかのように二人でその場を去っていった。
後に残ったのはマスターの令呪によって何も言えずに沈鬱な表情をした者と、特に気にせず食事をする者、そして一人黙って俯いて僅かに拳を震わせるモードレッドだけだった。
モードレッドと話していたアルトリアは一人席と立つと、立ち尽くしていた彼女の片手をスッと優しく掴んで自分が座っていた席まで連れて行った。
なんだかマスター君はちょっと面倒くさいところがあるというのが伝わりましたら幸いです。
怒ってはいるんだけど、もっと感情的な自然な怒り方は彼の場合どういう時なんだろうなと、筆者自身が考えていたり。