ヤマなしオチなし。
「疲れた……」
マスターは疲れていた。
ちょっと武蔵の特訓シミュレートに付き合うつもりが、珍しくやる気を出した彼女に何度も再調整をお願いされ最後までそれに答えた結果がこれである。
「マスターごめん!」
「ああうん、いいよ。取り敢えずお疲れ」
「え? 帰るの? お礼に一杯奢るよ?」
武蔵からの謝罪を受けて早々に踵を返して帰ろうとするマスターだったが、彼女は特訓に付き合ってくれたお礼がしたいという。
正直疲労したこの状態で酒を飲む気にもなれなかったし、かといって空腹が気にならないというわけでもなかったが、それ以上にこの時はベッドに飛び込んで眠ってしまいたいという欲求が勝っていた。
強いて言えば温かいシャワーでも浴びてスッキリしたいというのがこの時のマスターの率直な望みだった。
「いや、酒も別に飲みたくないし。もう部屋に戻ってシャワー浴びて寝るよ」
「そっか。じゃ、一緒に浴びよっか♪」
「あ?」
思わず顔を
その言葉が冗談でも本気でも、その時はあまり構う気にならなかったマスターは愛想のない反応をしてその場をやり過ごそうとしたが、残念ながら彼女はそうあっさりと引き下がってはくれなかった。
「だ・か・ら、一緒にシャワーでも浴びよ?」
「アンデルセン先生でも誘って」
マスターは心の中で愛想の悪い気難しい子供につい彼の名前を出してしまったこと侘びた。
「えー、でも彼って実はオジサンでしょー?」
「最期の時はそうだったかもしれないけど、若い見た目の人は精神面も相応だよ」
「えっ、それってあんな子供の頃からあの人あんな感じだったって事?」
「…………」
思わぬ武蔵の返しにハッとした顔をするマスター。
(言われてみればそういうことかも。だとするとあの人は大人になるとさらに偏屈になるって事か?)
「あたし見た目が可愛くても中身が可愛くない子はちょっと苦手かなぁ」
「それって俺が可愛いってこと? やめて。それに俺は少なくとも先生よりは見た目大人だし」
「まぁ、それはマスター自身があたし好みの男の子だからかな?」
「ありがとうとざいます。それじゃまた――」
「あ、待ってよ!」
今度は呼び止める声にも反応せずそのまま立ち去ろうとマスターはするも、瞬時に回り込まれて進路を塞がれてしまた。
彼はこの時日本の某有名なRPGで格上の敵から逃げようとする度に回り込まれて逃亡の失敗を繰り返した苦い記憶を思い出した。
「シャワーは浴びない」
「うん、わかった。でもせめてお礼はさせて?」
「明日じゃダメ?」
「なんか明日になったらはぐらかされそうだし」
「お礼の内容によるね」
「一緒に寝よう」
「うどん食ってろ」
「ひど?!」
「あ」
コントのようなやり取りの中でマスターはある考えが閃いた。
「なに? どうしたの?」
「うん、じゃあご飯食べよう」
「えー、なんかありきたりー」
「君さっき酒奢るとか言ってたじゃん……。それもありきたりだと思うけど、俺の提案は俺がうどん作ってあげるから一緒に食べようってこと」
「なんかそれってあたしがお礼されてない?」
「一緒にご飯を楽しく食べるのがお礼なら別にそれでもいいでしょ? それに武蔵って何か料理作れるの?」
「う……」
マスターの言葉に思わず苦い顔をする武蔵。
どうやら彼の問いかけは武蔵にとっては肯定が難しいもののようだった。
「い、いんすたんとって料理に入る?」
「お湯を沸かして入れるだけを料理って認めてくれる人は少ないかなぁ」
「あはは、やっぱり? んー、分かった! しゃーない! それで手を打とうじゃない! でも美味しくなかったら一緒にお風呂入ってもらうからね?」
「何故こうも自分から進んでセクハラをしようと……。冗談にしても気分は良くないんだけど」
「いやー、こうやってグイグイ攻めたら可愛い反応してくれるんじゃないかと思って」
「親しい仲にも礼儀あり。俺は自分をやたら安売りするような感じの人はちょっと苦手です」
「ガーン!」
「はいはい、分かったら今から30分後に……」
「ごめん、あたしの部屋はいんすたんとしかないの」
「知ってた。じゃ、30分後に来て」
「はーい。美味しいうどん紹介してくださいね?」
「何処かのダブルXっぽい人が文句を言ってきそうなのでその辺で」
武蔵とのやり取りでちょっと心の疲れが解れた気がしたマスターは苦笑して言った。
お仕事がとても忙しいです。
おかげでなかなか楽しく書く気分にもなることが少なく、どうしたものかぼんやりしている内に貴重な休みの日を過ごしてしまう事もしばしば。