それを偶然見かけたマタ・ハリ(以下マルガレータ)は好奇心を覚えて後を追う事にした。
残念ながらサーヴァントとしてアサシンのクラスに属する彼女の気配にマスターが自力で気付く事は不可能だった。
「あらあら、マスターも何だかんだ言って男の子よねぇ」
背後からの突然の声にマスターはびくりと肩を跳ねらせる。
聞き覚えのある声だった。
振り向くとそこには予想通りの女性の姿があった。
「マリィさん……」
『マリィ』というのはマタ・ハリの本名であるマルガレータの愛称だった。
マスターはスパイ時代の仮名で彼女の事を呼ぶ事を躊躇い、本人の公認を得てこの愛称で呼ぶ事にしていた。
マルガレータからしたらわざわざ許可を得るようなことではないし、仮名の方でも構わないという事だったのだが、それなら自分の希望でという形でこの件は落着している。
それ以来マルガレータはマスターの事を気に入っていた。
「この先に何があるのか知っている身としては、やっぱりアレが目的という事で良いのかしら」
「ああ……まぁそうですね」
マルガレータの尋問のようにも思える優しい質問にマスターは気恥かしそうに答える。
この先にあるのは要するに人間の三大欲求といわれる欲の一つを満たす目的の施設だ。
その欲は他の二つの欲に比べて自力で完全に満たすとなると普段の生活の中ではやや難しく、故にそれをサービスとして提供する業種も存在していた。
マスターはそれを利用しようとこっそりカルデアを抜け出した所をマルガレータに運悪く見つかったのであった。
「恥じらう気持ちも解るけど、別にそれを非難するつもりも軽蔑するつもりもないわ。そこは安心してね?」
「あ、はい」
「でも意外なのは本当ね。マスターそういうのはほら? 自分で済ませていると思っていたから」
「いや……僕も今の立場になる前までは……そう、でしたよ? でも今はほら、周りの環境の影響もあって感じ入る事もあるからと言いますか」
「それって私も? と訊くのは無粋よね」
「正直、一番最初の原因です」
マスターはやや目を逸らしながら言った。
傍目からは平静を装っているが内心は結構やりきれない気持だった。
今日のこの事を知られてしまったのが彼女だと言うのはある意味幸運だった。
何故ならその分野では一番理解がある者の一人だろうから。
「別に私に求めてくれても良かったのよ? 魔力供給もできるじゃない?」
「僕も最初はそれを考えたんですけどねぇ……」
「?」
マルガレータは不思議そうな顔をした。
それは自分の魅力に相当の自信を持っている者ならではの余裕であった。
だからこそ、マスターがイの一番に『それ』を自分に求めなかった理由が純粋に気になった。
「例えギブアンドテイク、お互い同意の上だとしてもそういう関係の相手が常に身近にいて、しかもそれが同じ場所で働く仲間となるとちょっと……と言いますか」
「真面目ねぇ」
マルガレータは面白そうに明るい顔で笑った。
今まで知らなかったのが勿体なく感じるほどマスターにこんなところがあった事を愛おしく思えた。
「どうかご理解下さい」
「ええ、勿論よ。でも……ここなら誰もいないわよ?」
「えっ」
マスターは思わず周囲を見渡した。
確かに誰もいないが外だ。
彼女はここで『それ』をしようというのだろうか。
「流石にこの場ではしないわよ。でも外でも上手く忍んでやる事くらいわけないわよ。それに何たって今の私はアサシンのクラスのサーヴァントなんだから」
「……」
「私、貴方なら本心から尽くしても良いと思ってるわよ?」
「あ……」
そう言うとマルガレータはマスターに一歩だけ近付いた。
たった一歩歩いてきただけだというのにマスターはそれだけで彼女の魅力の凄さを感じた。
(こんなの反則だ。今になって漂う匂いに気付いたし、クラクラする……)
「無理にするつもりはないわ。望むなら。それに後悔なんて貴方と結んだ契約にかけて必ずさせない」
不思議だった。
誘惑されている気がするのに自分に向ける視線と表情は真剣なものだとマスターは理解できた。
そして落ち着く事が出来た。
「ふぅ……あの」
「うん」
「抱きしめてもらえますか?」
「いいわよ。もしよければそのまま上手くしてみせるけど?」
「……お願いします。あの勿論この場ではないですよ?」
「うん♪」
蚊が鳴いているようなマスターの小さい声にマルガレータは慈愛溢れる微笑みを称えて彼を包みこんだ。
これはR15ないしR18関連のものを書いていみたい。